イースターバニーは狩りの対象じゃありません!



 目が覚めたら本丸中がうさ耳だらけになっていた。ご丁寧に臀部には丸くてふわふわの尻尾もついて、ぴょこぴょこと長い耳が楽しげにあちこちに行ったりきたり。にゃ、にゃんだぁ、と目を白黒させてすわこの本丸はうさぎに呪われたのか!?とぞっと背筋を粟立たせて咄嗟に頭に手をやる。掌には異物はなく、いつも通りの癖っ毛の感触だけがありほっと息を吐いたが、いやいや安心している場合ではないと平然と本丸をうろちょろしている刀達に困惑を浮かべた。異常事態なのになんであいつら平然としてるんだ?え?もしかしてオレがおかしいのか?視覚のバグ?認識異常?どれだ?というかなんでうさぎ?猫じゃなく?頭にクエスチョンマークを浮かべながら呆然と突っ立っていると「南泉さーん」と聞き慣れた声で呼びかけられ、ぼんやりとしたまま振り向いて顔を顰める。

「あれ。どうしたんですかしかめっ面して」
「まだ寝ぼけてんのかよ南泉さん」
「いや…お前ら…それ」

 きょとん、と藤色の瞳を丸くしながら首を傾げた鯰尾の頭には、髪と同じ黒い長耳がぴょこんと飛び出ている。呆れ眼の後藤には、オレンジがかった茶色い長耳がやはりぴょこんと伸びて、二振りとも気にした素振りもなくゆらゆら揺らしているのだからしかめっ面にもなるだろう。どう言ったらいいものか。もごり、と言い淀み視線を頭の上に固定していると、気が付いたかのようにあぁ!と鯰尾がぽくんと掌を拳で打った。

「これですか?そういえば南泉さん朝起きてこなかったから知らないんですね」
「にゃ?」
「あーそっか。目が覚めたらこの状態じゃ吃驚するよな。まぁ昼まで寝てる方も方だけど」

 右耳を抓んで折り曲げながら、楽しげににんまり目元を弧にした鯰尾に首を傾げる。後藤も納得したように頷き、非番だからって寝過ぎだぜ、と苦笑を浮かべた。それは確かに、もっともな苦言なので決まり悪く唇を尖らせつつも、つまり今日の朝、何かがあったということか?と改めて鯰尾たちに向き直る。二振りが特に焦りも切迫もしてないということは、何か問題が起きてこうなったということではないらしい。それにほっと胸を撫で下ろしつつも、だがしかし何がどうなってうさぎ耳を生やすような事態になるのかと眉間に皺が寄るのを止められそうもない。説明を求む。

「簡単に説明すると、主のお遊びですね」
「身も蓋もねぇ」
「そういうなって。決算が終わって主も羽目を外したかったんだろ。4月1日の行事は俺達がいる手前あんまり便乗しにくいから、こっちに全力を出す!って、去年から計画してたらしいし」
「去年から?!どんだけ力入れてんだ…」

 もっと力を入れるところがあるのでは?という真っ当なツッコミは恐らく他の刀がしているだろうからあえてオレが言うことでもないが、にしたってこの力の入れようはなんなのか。まぁ、4月1日の行事が、オレ達の前では憚られるのはわかる。さほど詳しいわけではないが、確か嘘を吐いても良い日だとかどうとかいう日だ。どっちかというとオレ達にしてみれば綿貫の方が馴染み深いのだが、まぁこの国が存外他国に染まりやすい風潮なのは熟知している。というか、染まっているように見せて魔改造を得意としている独特なお国柄なのだ。羊羹が本来羊の汁物とか誰が思うってんだ。さておき、曲がりなりにも神の末端、平たく言えば人外を前にして、「嘘」を吐くのは得策ではない。まぁ、そういうものだと理解してお遊びを前提に…神の許で行うなら大事にはならないだろうが、さじ加減を間違える人間はいくらでもいるし、冗談の通じない神も、それを逆手に取る妖もいる。刀剣男士が早々審神者の足元を掬うような真似はしないが、だからといって全てを信じ預けきるのも誤りだ。そういう危機感だけは常に持っていないと、いともたやすく「一線」を超えてしまうのだから…4月1日をスルーしたこの本丸の主は実に弁えているといってもいいだろう。まぁ、だからうさぎ耳という発想はサッパリわからないが。

「これ、マジで生えてんのか、にゃ」
「主渾身の術式ですよ。なんでも異国の祭典を模してうさぎ耳にしたんだとか。あ、尻尾と耳は強制ではないので、嫌ならしなくていいですよ。ほら、生えてない刀もいるでしょ?」
「あ?そういえば…いや日本号に生えてるのはなんでだ?」
「博多がゴリ押ししたんだろうなぁ…長谷部さんも巻き込まれてるし」
「長谷部さんは主がお願いしたら大概やるから、博多は関係ないでしょ。まぁ主が駄々こねて短刀はほとんどうさ耳と尻尾装備してますけど」
「可愛い×可愛い=無限可愛い!!って仰け反りブリッジ決めたからな」
「まぁいち兄も似たようなものだったし」
「一期一振は生やしてんのか?」
「乱達におねだりされてましたから、ちゃーんと生えてますよ」

 …まぁ、とかく刀剣男士の見目は良いものばかりが揃っているので、多少可愛いものがくっついていてもそこまで不快なものにはならないだろう。とにかく本丸に異常や、オレ自身に何か問題が起きたわけでもないらしいと納得して、ふぅん、と気のない相槌を打って強張っていた体から力を抜く。焦って損した、と思いつつも、うさぎ耳と尻尾の謎が解明されれば次は鯰尾の腕に下がっている籠に視線を吸い寄せられる。なにやら楕円形のカラフルなものが入ってるが…これは…。

「卵?」
「あ、これですか?これはいーすたーえっぐっていうそうですよ」
「これも異国の祭りで必要なものなんだとさ。今皆本丸の中うろうろしてるだろ?これ探してるんだよ、皆」
「あー宝探し的な?」

 籠の中を覗き込むと、色も然ることながら様々な模様が描かれた卵が大切そうにクッション材の上に転がっており、なんとはなしに抓んでくるくるとひっくり返す。もしやこれも主が全て手描きで作ったのか。いつ作ってたんだこれ。

「そんな感じ。ある程度集めたらお菓子と交換できるって包丁がすげぇ張り切ってんの」
「それから特別ないーすたーえっぐもあるらしくて、それの特典は萬屋で使える引換券!しかも結構高額な奴らしくて、参加率はいいんですよね」
「どうりで、やたらうろうろしてると思った。にしても、マジで力入れてるんだにゃ…萬屋の引換券とか、経理がよく許したもんだ」
「ほぼ1年がかりの企画ですからねぇ。根回しに根回しをしたんでしょうし、予算もきちんと計画したんでしょう」

 朝からこのイベントするよ!って、張り切ってましたから、と黒いうさ耳をぴょこぴょこさせて笑う鯰尾に、なるほどなぁ、と感心…若干呆れも入っているが、まぁ別に悪いことでもないので肩を竦めるに留める。手に持った卵を籠に返し、恐らくこのいーすたーえっぐ探しの途中であろう鯰尾たちに礼をいってその場を離れる。なにせ朝食を食べていないので、腹が減って仕方がないのだ。鯰尾たちも笑顔で、厨に行けば朝食の残りがあるはずですよ!と手を振って去っていく。その後ろ姿にちょこんと見える尻尾を見送って、この時間だと昼食と被るかもしれないなぁ、と思いつつのろのろと厨を目指した。





「うっそだろおい」
「なにかな寝坊助君。朝ごはんなら今片づけてしまったところだよ」
「マジか。残りは…って、そうじゃねぇ、にゃ!お前、なんだその頭は」

 マジかよ一足遅かったか、と舌打ちするも、いやいやそこじゃねぇ、とオレは驚愕に目を見開いてわなわなと指を震わせ頭を指差した。それに柳眉を潜め、つい、とロイヤルブルーの瞳を細めた化け物切りは一瞬後にはむかつくほど完璧な笑みを浮かべて顔に張り付ける。こてり、とあざとく計算された角度で傾いた首の動きに合わせて、さらさらと銀糸が流れた。

「何か問題でも?」
「あるだろ!にゃ、にゃん、…なんで耳なんか生やしてんだよ。お前こういうのに便乗する性質じゃねぇだろ」

 むしろ馬鹿馬鹿しいと袖にするタイプといえるだろう。空気を壊すような情緒のない行動はしなくとも、そこに自ら関わりに行くほどに興味を持つようなタイプでもない。俺は遠慮しておくよ、と微笑みながら一歩引く様子をありありと想像できるだけに、煌めく銀髪の上に、同系色の柔らかそうなうさぎの耳が伸びていることはまさに青天の霹靂、ともいえる。うあ、と声にならない呻き声をあげて、やや距離を取りながら見やるとまぁね、と山姥切は肩を竦めた。

「断ってもよかったけれど、主がして欲しいと願ったからね。別に動きを阻害されるでもなし、1日だけのことだし特に問題はないと判断したまでだよ」
「あ~」

 なるほど。つまりこいつのもてあた精神という奴に引っかかったわけか。政府からの監査官として本丸にきたこいつは、その肩書きに相応しく本丸の内務にも精通している。つまりいつも事務方が必死になる作業の即戦力として今回の決算にも参加をしていたわけで、その流れで審神者の労をねぎらう意図も含めて許諾したのだろう。時に竹を割るよりキッパリしているこいつのことだ。特に不都合がないと判断すれば耳を生やすことぐらい些末なことなのだろう…いやいいのかそれで。頭の上にぴこぴこ揺れる耳に目を奪われながら、化け物切りとして、長義の傑作としてどうなんだと思いつつも、本刃がいいのならば外野がとやかく言うわけにもいかず、というか別にこいつがどんな耳つけていたとしてもオレには関係ないわけで、そーかよ、と返事を返してオレは腹を撫でた。とりあえず、こいつの耳よりもオレの腹の虫の方が大事である。

「なぁ、なんかないのかよ」
「寝汚い君が悪いんだろう、と、言いたいところだけど、もうすぐお昼だからそれまで我慢できないかな?」
「できなくはねぇけど、いや、やっぱ腹減った。なんかいれときてぇ」
「そうなるぐらいなら朝食の時だけでも起きたらどうなんだい。どうせ起きたら本丸の様子に吃驚して挙動不審だったんだろう」
「…鯰尾たちに会ったからいいんだよ」
「あぁ、説明は聞いたんだね?なら、君もエッグハントに参加するといい。今日のおやつはハントした卵によって決まるからね」

 それとも君も特別なイースターエッグを探すかな?とくすくすと笑った山姥切が、くるりと後ろを向く。今日は日差しが暖かいからか、ストールとジャケットを脱いでカマーベスト姿の後ろには、やはり髪と同系色のふわふわもこもこの尻尾がちょこん、と生えていて。短刀のように幼い見目でも、脇差のように少年姿でもないくせに、違和感なく装着されたふわふわもこもこの存在感がやたら目につく。ベルトとベストできゅっとしまった腰からなだらかなスラックスのラインを目視して、無意識に手を伸ばした。

「ひゃっ」
「あ、マジで生えてんな。主も無駄に凝ったことしやがるにゃぁ」
「ちょ、猫殺し君!どこ触って…ッ」

 スラックスに穴があいてるのは開けたのか、それとも主の術式のせいか?ふんわりとした毛並は細く柔らかく、指の背で撫でるようにくるくると往復すると滑らかな肌触りにほう、と感嘆の吐息を漏らす。うさぎに触ったことはないが、なるほどこういう手触りなんだな、と思いながら、付け根の部分に指を這わせて周りを辿る。衣服の上からだからわかり辛いが、肌から直接生えているだろうそれに、耳はどうなのだろう、と顔をあげれば、顔を真っ赤にした化け物切りと目が合い、思わずへあ?と間の抜けた声をあげた。

「どうした?」
「…人の!尻を!無遠慮に触るんじゃないっ」
「へ、いてっ」

 べしっと強かに叩かれた手を摩りながら、尻というか触ったのは尻尾なんだが、と呆気に取られている間に山姥切は頬を赤らめたまま背中を向けて何か作ってやるからそこで大人しくしていろ!と言い捨てて忙しなく耳を動かしながら冷蔵庫に向かった。ぱかり、とドアを開けて中身を物色する姿にまぁ何か作ってくれるんなら、と大人しく言われた通りに作業台変わりのテーブルの前に座り、食パンに卵とマヨネーズを取り出す姿を頬杖をついて眺める。ぴこぴこぴょこぴょこ。小刻みに動く耳や尻尾は山姥切の感情に左右されているのだろうか。動く姿をみるとむずむずとこう、何とも言えない衝動が湧き起こってくるが、ぐっと堪えるようにテーブルの上を指先でトトトン、トトトン、と叩いて気を逸らす。…そういえば、猫も腰…尻尾の根本辺りを叩くと気持ちよさそうにしたよなぁ。…なるほど?つまり?

「にゃぁ、山姥切」
「なに。まだできないよ」
「それ、明日にはなくなるんだろ?」
「…あぁ、耳のこと?そうだね。1日限定だから」

 四枚切の厚めの食パンを袋から取り出し、その四辺をマヨネーズで土手を作るように囲っていた山姥切が、耳をぴこん、と動かして肯定する。真ん中を少し窪ませたパンの真ん中に卵を落として、上から軽く塩コショウを振りかける。それをトースターの中にいれてタイマーをじりじりと回して焼き時間を決めながら、くるりと振り返った山姥切はニヤリと口角を上げた。

「君も耳をつけてもらったらどうだい?あ、それじゃ四つ耳・・・いや、六つになるか」
「オレの耳は元々二つだ!」

 にやにやと笑いながら近づいてきた山姥切が手を伸ばして頭に触れるのを振り払いながら、さっきまで顔を赤くしていた癖にと睨みつける。

「まあ、猫に加えてうさぎなんて、さすがに属性過多かな。君には可愛い語尾ぐらいが丁度いいよ」

 ふっと吐息をこぼしてひらりと遠ざかる手にケッと悪態を吐いて、腕を伸ばして引き締まった腰を絡めとって引き寄せる。おや、と瞬いた山姥切を見上げて、背筋を辿るようにワイシャツの上からツゥ、と中指を滑らせ、ピタリと尾骨の上で手を止めるとびく、と山姥切の背筋が震えた。

「っ南泉」
「本物の耳と尻尾が生えてる奴に言われたくねぇにゃあ?」
「これは、主の術式だから本物では…」
「感覚があるなら本物と変わらないだろ。にゃあ、山姥切?」

 やわやわと尻尾の周りを撫ぜて、きゅっと根本を摘む。柔らかな手触りの下、尻肉に力が篭って硬くなった感触にペロリと唇を舐めた。

「手癖が悪いぞ、猫殺し君」
「珍しいからにゃぁ、本物の尻尾なんざ。明日にはないとなりゃ、堪能しないと勿体無いだろ〜」

 くるくる。さわさわ。唇を噛んで声を押し殺す様に、考えに確信を抱いて内心でほくそ笑む。なるほど。主は本当に無駄に頑張ってしまったらしい。感覚まで共有させるとは、いやはや才能の無駄遣いというべきか、凝り性だと称賛すべきか。反応もさることながら、手触りもまた癖になる。滑らかでふわふわの毛玉はいつまでも触っていられる心地よさだ。なんかそういうキーホルダーがなかったかな。

「んっ…ふっ」
「…耳も触り心地いいんだろう、にゃ」

 びくびく腰が戦慄いて、肩に置かれた手に力が籠る。押し殺したような声にちろりと上目に見上げると、潤んで濃くなった海が見えた。平素は鮮やかな青い双眸が、水分を含んで深みを増す。その色の変化を見られるのは限定的で、そしてもっと深く、濃く、蕩けた色を知っているーーごくり、と思わず喉が鳴った。きゅっと寄った眉根が色っぽくて、ついつい揶揄うように、けれど本心を混ぜて呟けば、山姥切は逃げるように身動いでさっと頭に手をやってオレから耳を隠す素振りをした。まあ、うさぎの耳は長くて、とてもじゃないが隠せそうもないが。あぁーー美味そうだ。
 クッと口角が上がって、犬歯が覗く。乾いた喉を意識して舌をチラつかせた瞬間、チーン、とトーストが焼き上がる間の抜けた音が厨に響いた。

「っや、焼けたみたいだね!」
「…おう」

 金縛りが解けたように腕の中から逃げるように身を翻した山姥切を手放して、トースターの前で焼き上がったトーストを取り出そうと四苦八苦している横顔を眺めてぐぅ、と鳴った腹を撫でる。

「腹減った、なァ」

 美味そうなマヨネーズの焦げた匂いが香ばしいパンの焼けた匂いとふんわり混ざって、堪らなく食欲を誘う。カリカリになった耳の端も、半熟の黄身も、ぷりぷりの白身もきっと美味しい。軽く腹を満たすには十分で、皿に乗せて持ってくる山姥切を眺めて目を細めた。

「美味そうだ、にゃ」