ビューティボーイ、キュートガール?



「猫殺し君、デートしよう!」

 南泉一文字の休日は、大体その一言で潰される。



 風はまだ冷たく、それに反して日差しは柔らかさを帯びて暖かい。むしろ、頭上から降り注ぐ陽光は少し暑いぐらいで、冷たい風が丁度良いぐらいだが、夕方になり陽が陰るとぐっと寒さが増すのだから寒暖の差は如何ともしがたい。ただ草木だけは春を感じているのか蕾も綻び、春の代名詞たる桜は爛漫と咲き誇っていた。本丸によっては珍しくもない光景も、四季が移ろうように設定されている俺の本丸では桜は正に春の証明だ。
 機嫌よくぽかぽかと暖かな陽気の中を、仏頂面の南泉を伴って歩いていく。デート、などと言って連れ出しはしたが、俺と南泉はそのような関係ではない。全くの腐れ縁、よくて悪友、古馴染み。互いに気心知れた気の置けない関係という奴で、デートと言ったのはあくまで比喩的な表現に過ぎずつまるところ南泉を連れ出す軽口でしかない。ただ、南泉と出かけるとよく「デートですね、いってらっしゃい!」とか「デートみたいなことしてるな」とかよく言われるので、じゃぁもうデートでいいか、と思って言ってるだけに過ぎない。この春の麗かな日差しの中勿体なくも昼寝と洒落込もうとした南泉は最初は出掛けることを渋っていたが、俺が押して南泉が折れなかったことはない。まあそれはあくまで南泉が妥協できるラインだからであって、どうしても無理な相手を無理やり連れだすことは流石に俺だってやらないが。まあでも南泉だし。大体いけると判断して行動しているので、ダラダラとやる気のない歩幅だって気にはならない。
 くるりと周りを見渡し、知らず口元を綻ばせる。萬屋街は、各季節、行事に合わせて装いを変える。人間社会の販売促進事業というもので、そうすることで購買意欲を刺激するのだ。桜が満開になる季節でいえば、花見と称してそれに合わせた商品を販売するとか。

「ほら、猫殺し君、あれ!美味しそうだねぇ。苺パフェだよ。ちょっと寄ろうか」
「げっ。あそこに行くのか?」

 きょろりと見渡した中で、目についたポップに目を輝かせる。大きな売り出し文句で写真と共に飾られているキラキラと宝石のように真っ赤な苺を飾ったパフェはとても美味しそうだ。見た目だけでも美しく、実物を見てみたいと胸を躍らせる。くぁと欠伸を噛み殺した南泉の腕をぐいっと引っ張って、嫌そうに眉を潜めた彼に勿論!とペカーと輝く笑顔を見せつけた。知っているぞ、君が俺の顔に弱いことなんて。ぐぅ、と喉からうめき声をあげた南泉の文句を聞き流してぐいぐいと店に近づいていく。心ばかりの抵抗のように足取りが重いが、刀剣男士たる俺にはなんの不可にもなりはしない。まぁ、南泉が渋るのも無理はないが。店の前にはそこそこの行列ができており、しかも女子ばかりが並んできゃっきゃと楽しそうにしているのだ。きっとこの行列の大半の目的は店頭で主張している苺パフェなんだろう。刀剣男士もいるけれど、どれも審神者の付き添いであることがほとんどで、個刃で並んでるものは少ない。元々行列がさほど好きではない南泉が渋るのも道理で、尚且つ女性ばかりの中に並ぶのも気が引けているのだろう。俺は特に気にしないけれど、南泉には少々気が重いのかもしれない。それでも一緒に並んでくれるのだから、甘いというか優しいというか。
 最後尾に並ぶと振り返った女性審神者が一瞬目を丸くしたが、にこ、と微笑めば頬を赤らめて前を向いた。ひそひそと連れと声を潜めて話すのだから、まぁなんと扱いやすいことか。

「お前、顔で黙らせるのやめろよな…」
「俺が美しいのは周知の事実だし、物事を円滑に進めるための処世術だよ。ほら、君も笑えば同じことができるよ。君の顔だって文句なくいいんだからね」
「無駄に振りまく愛想はねぇ、にゃ」

 半眼になって向けられた非難に誰が損をしているわけでもないんだからよくないか?と首を傾げれば、うんざりしたようにため息を吐かれる。そうはいうけれど、オレが美しいことは当然だがそもそも刀剣男士自体が並外れた美貌の持ち主ばかりである。一部で平凡顔などと言われるものもいるが、それはあくまで煌びやかな美貌に目が慣れているのでその系統以外をそう誤認しているだけで、ぶっちゃけそこらの人の子と並べば嫌でも「あ、人外美形でしたね」と正気?に返る審神者がほとんどだ。
 その点で言えば南泉一文字はまさに無代の名刀。過去、彼に食われたいと足繁く通った付喪神がどれほどいたことか。その気になれば人の子など容易く掌で転がせるだろうに、興味がないと寝てばかりなのだから、ある意味勿体ないというべきか。

「この店、よく政府の間でも噂になっていてね。雑誌でもよく掲載されるから気になってたんだよね」
「へぇ。政府もそんな話すんだな」
「そりゃ、政府だって人の子が運営してるんだから雑談ぐらいするよ」

 機械的に動いてばかりではないんだよ?そりゃまぁ、よく屍のようになることはあるけれど…あ、なんだか心配になってきたな。俺が抜けてあの子たちは大丈夫かな?また死んだように働いてないといいけど…死ななきゃ安いは刀剣男士だから言えることで、人の子にはきちんと食事睡眠娯楽を充実して貰いたいんだけどな。遅々とした歩みの行列に並びながらぼんやりと思考をかつての古巣に飛ばしているとくいっと手を引っ張られてはっと意識を現実に戻す。ぱちぱちと瞬きをしながら南泉を見ると、彼は俺の腕を引っ張ってん、と顎をしゃくった。

「進んでるぞ」
「あぁ、すまない。ふふ、もうすぐだね」
「そうだ、にゃ…さっさと入りてぇよ」
「夏はここかき氷のお店になるんだって」
「げぇ。真夏に並ぶのだけは勘弁にゃ」

 そういって想像しただけで憂鬱になったのか肩を落とした南泉に、これはまた連れ出さねば、と内心で夏の予定を買い込んでにんまりと口角を持ち上げる。ちらりとこちらを見た南泉の眉間にぐっと皺が刻まれたので、きっと俺の考えなど早々に悟ったのだろう。隠す気もないから別にいいけど、だからといって特に回避行動をするわけでもないんだから、これはもう承諾を得たようなものだよね!
 それから数十分、からかいと雑談を交えて並んだ店に入り、念願のパフェを頼んで、舌鼓を打つ。苺は大粒で酸味もあって甘くておいしいし、苺アイスもソースも全部が絶妙な塩梅で、これは人気になるのもわかると唸るほどの一品だ。南泉だって始めこそ気乗りしてはいなかったようだが、パフェを食べればころっと表情を変えて美味しそうにぱくついているのだから、連れ出して正解だったな、と長いスプーンを駆使して底からクリームを掬い上げて口の中に放り込む。うん。美味しい。やっぱり、夏もここにこなくては。期待を胸に抱いて、俺は南泉の顔を眺めて満足の吐息を零した。





「男なら可愛い女の子と一緒に歩くのが1番だよなぁ」
「まあ、そうだにゃぁ」

 肯定した声に、なるほどなぁ、と頷くしかなかった。主の雑談に相槌を打つ猫殺し君をちら、と見てから視線を下に落とす。萬屋発行の雑誌は様々な特集が組まれて誌面を賑やかしており、美味しそうな最新MIXスープラーメン特集、なんて書体が踊って目が惹かれた。美味しそうだなぁ、と小さく記載されている店舗情報を確認しながら、でも、とページをめくる手を止めた。男が女を求めるのは極自然な成り行きで、ましてや主の趣向は至ってノーマルな異性愛者だ。理想として、女性と出掛けることに夢を見るのは自然なことだろう。主は彼女いない歴が年齢というまあよくある恋愛などというものに縁遠かったタイプの人間で、しかし人並みに性欲と好奇心はあったし、現世にいた頃は好いた女性もいたらしい。まあ、振られたらしいけど。そんな主が女性に思いを馳せるのは当たり前だ。特に、審神者なんてものに従事していれば現世以上に異性…どころか他人と接触することすら難しい。周りにいるのは人を模した人外ばかりで、しかも男性型なのだし。…確か政府に結婚を斡旋する企画があったな。それを薦めてみようかなぁ、と画策しながら、ぺらりとめくったページに視線を縫い止める。
 …付喪神に、性別はあまり関係ない。動物ならともかく、子を為すことがない器物に宿る付喪に本来なら性別すら必要ですらなく、ただ有りようとしてより相応しい形を取っているだけに過ぎない。あるいは、持ち主や人の子の思いを受けて、姿形が決まるものもいる。だから人の子ほど性別に執着はなく、誰が横に並ぼうと気にはならないのだが…。

『自分史上最強の可愛いを見つけよう』

 飛び込んできたフレーズに、このページは女性審神者向けなのだろう、と視線を走らせる。洋服や化粧品、雑貨にスイーツ専門店、オススメランチの洒落た店。並ぶキラキラしたページに踊る謳い文句に指を添えて、こんな店にはやはり女性を伴う方が自然なのだろうな、と容易に描くことが出来た。まあ、俺の容姿を持ってすれば似合わない場所などないが。むしろさっき見たラーメン店の方がイメージに合わないと言われるぐらいだが…居酒屋だって行くんだけどなぁ。あ、そうだ。ぼんじりが最高に美味しい焼き鳥屋があるんだ。またそこに南泉を誘って…いや。当然のように猫殺し君を伴うことを決めて、待てよ、と一旦思考を止める。しかし、猫殺し君が主に同意したということは、少なからず彼も女体に興味があるということなのだろう。付喪神とはいえ、今は生身を伴った男である。肉体に精神が引っ張られることはままある事で、精神体のようなものだったあの頃とは違う。ちら、と視線をあげて南泉を盗み見る。だらだらと主と雑談を重ねる横顔を眺めて、時折聞こえる柔らかな笑い声に目を伏せた。可愛い女の子、か。…まあ、どうやっても、刀剣男士が女性を伴うことは主以上に難しいわけで。主が女性でもない限り、異性との交流などほぼないわけで。可愛い女の子と一緒に共歩きだなんて…さて。どうしてやったものか。誰か政府の知り合いを紹介して…いや。人の子は可愛いけれど、現実問題あの一文字の刀と並んで見劣りしない容姿のものは少ない。猫殺し君は面食いだし、可愛い女の子というぐらいだ。彼の審美眼に適う相手…やはり付喪神か、精霊か。下手に格の高い相手は対応を間違えると修羅場どころの話じゃないし…。彼にはなんだかんだ世話になっているし、俺の好き勝手に付き合わせているわけだし、偶には彼の興味があることに協力をしたいんだが。あぁでもない、こうでもない、と思索に更ける俺の頭に、更にめくったページにモデルのインタビュー記事が飛び込んでくる。小さな文字列を追いかけて、ハッと目を見開いた。コスメの紹介と称したインタビュー記事。要するに宣伝込みのそれを舐めるように読み込んで、その手があったか、と内心でぽくん、と手を打った。パタン、と雑誌を閉じて、壁際のラックに戻してさっと立ち上がる。

「あれ、長義どこ行くんだ?」

 立ち上がれば勿論主に気づかれる。そうすれば当然南泉も俺に振り向くから、ニコリと笑ってちょっとね、とサラリとはぐらかす。深く突っ込む気はないのか、ふぅん、の一言で主の意識は逸れたが、南泉は俺を見て、次に俺が今片付けたばかりのマガジンラックに視線を向けた。

「片付けたのか」
「あぁ。そうだけど。もしかして見たかった?」

 渡そうか?と片付けたばかりのそれをもう一度出そうとすると、いやいい、と断られたのでそう。と返事をして取り出しかけた手を止める。そのままさっと踵を返して部屋を出てさて、と背筋を伸ばした。

「やるからには徹底的に、ね」

 ふふん、と鼻を鳴らして、滑るように廊下を進んだ。





「猫殺し君、デートしよう!」

 南泉一文字の休日は、その一言で潰される…が、今日は一味違う。スパァン、と滑りの良い襖を開け放ち、畳の上で腹這いになって端末を弄っている南泉を見下ろす。だらしのない姿だが、気に入りのクッションを下敷きにポカンと口を開けて呆けた顔をした南泉が面白いから、苦言は控えてやろう。瞳孔を丸くして固まる南泉に、口角を持ち上げて腰に手を添える。

「おやおや、随分と間抜け面だね猫殺し君。春とは言え気を抜きすぎじゃないかな」
「にゃ、にゃ、にゃんて格好してやがる化け物切り!?」
「ふっ、ふふっ。予想通りの反応ありがとう」

 びょっと、まるで毛を逆立てた猫のように勢いで体を起こした南泉が目を白黒させて指を突き付けてくる。パクパクと開閉する唇に笑いを噛み殺しながら見せびらかすように袖を持ち上げた。

「どうだい?似合うだろう?乱君たちと厳選した一品だからね!」
「は、はぁ!?な、なん、なに巻き込んで、いやというかなに考えてんだお前っ」
「君のささやかな希望を叶えてあげようと思ってね。さすがに本物は無理だけど、本物にも優る仕上がりだろう?」
「意味わかんねぇにゃ!」

 フシャア、と牙を見せる南泉にわかりやすいと思うけれど、と小首を傾げる。今の俺の装いは、薄藍色の着物に白のグラデーションの市松柄の帯を締めて、菜の花色の帯締めに、ワンポイントに眠り猫の帯留め。襟からはレースを少し覗かせ、顎のラインで切りそろえたボブカットの髪をさらさら揺らす。これは所謂付け毛という奴だ。頭にはベレー帽。鞄はカジュアルな洋風の小振りのバックを持って、和洋折衷を目指した。顔面には濃くなりすぎないナチュラルメイクを意識した化粧を施している。きつめの目元は柔らかくなるように、睫毛にはマスカラとくるんと上向くようにカーラーで形づけて、チークとファンデーションで明るく印象付ける。唇はくすみピンクにブルーが少し混ざった艶重視のぷるぷる感をイメージして。周りをぼかすテクニックは勉強になった。ナチュラルメイクといいながらガン盛りする技術。世の女性の努力は称賛に値する。まあ要するに、女装をしているわけだが、我ながら完璧な姿だと姿見の前で自画自賛の出来栄えだ。身長と声は如何ともし難いが、見た目だけなら可愛い…いや綺麗な女性そのものだ。洋装も視野に入れたが、筋肉やら体付きを誤魔化すには着物が1番簡単である。初めてのことであるし、洋服はまた別の機会にチャレンジしよう。やがて混乱から徐々に落ち着いてきたのか、胡座をかいて頭髪をがしがしと掻き乱した南泉は、渋い顔つきで俺を睨めつけた。

「…その格好で出歩く気か?」
「勿論。そうでなければ女装した意味がないからね」
「うにゃぁ〜〜なんでそんな突拍子もないことを…」
「君が可愛い女の子と歩きたいと言ったんだろ。まあ、俺は可愛いよりも綺麗だから、多少希望には添わないとは思うが…君の横に並んでも遜色ない美女だろう?」
「ま〜た変なこと考えやがったにゃ〜っ」

 はあぁ、と大きな溜息を吐き出して眉間の皺をほぐす様にぐりぐりと親指を押し当てる南泉にふむ、と口を噤んで顎に手を添える。

「やはり君の好みではなかったか。可愛い女の子が御所望だったからね」

 なるべく可愛いに寄せようとはしてみたが、やはり元々が綺麗系なだけに、素材を活かすならあまり可愛いに全振りはできなかった。出来栄えは満点でも好みに添えないならば仕方ない。まあ折角ここまで仕上げたのだし、今回は南泉は諦めて1人か…誰か空いていれば誘ってみるか。しょうがないな、と頭を抱える南泉の旋毛を見下ろしくるりと踵を返すと、つん、と袖が引っかかる。はて、と振り向けばしかめっ面の南泉が袖の端を摘んでいて、ぱちくり、と瞬いた。

「なにかな」
「…どこ行くんだよ」
「君の希望に添えていなかったようだし、別の誰かを誘おうかと思っただけだが?」

 無理なら1人もやむなし。こて、と小首を傾げると益々眉間の皺を深くして、そんなに力を込めると跡が残るんじゃないか、とついつい指を伸ばして南泉の眉間にずぽ、と差し込んでぐいぐいと引き伸ばす。余計な跡は君の顔には似合わないよ。

「行かねぇとは言ってねぇだろ…まず、なんでオレが女と歩きたいって発想になった、にゃ」

 眉間の皺を解す俺の手を取って、手首を固定されながら眇められた瞳に何故って、と記憶を遡る。

「君が主と、男なら可愛い女の子と出歩きたいって言っていたからだけど」
「何時」
「んー…2週間ぐらい前かな?でも、可愛い女の子なんて簡単に準備はできないだろう?ましてや君の横に釣り合う、君が可愛いと認める子だ。人の子では荷が勝ちすぎるし、下手な精霊相手では何かあっては大変だからね。それなら中身はともかく見目だけなら何とかなるかな、と思って」

 結局ダメだったわけだが、そうなると次は物吉か鯰尾に頼むべきか?あの二振りは可愛い路線だから、女装しても違和感はないし。鯰尾なら面白がって参加してくれそうだ。今度頼んでみようかな、と思考を飛ばすと、南泉は折角解した眉間の皺を再び寄せて、とりあえず座れ、と腕を引っ張った。言われるがままに腰を下ろして、南泉と真正面から向き合う。

「あのなぁ。適当な雑談を真に受けんなよ。言ったかどうかも覚えてねぇよそんなもん」
「そうなのかい?でも、主の言うことは一理あると思うんだよね。俺達は今生身だろう?女体に興味が出るのは自然なことだよ」
「それで女装に飛躍するところがわけわかんねぇよ。大体、お前がそこまでする必要あるか?」

 女じゃねぇんだから、と言う一言にそれはそうなんだが、と口籠り、思いの外不評だな、と唇を尖らせる。

「…君には色々付き合って貰っているし、希望があればそれに添いたいと思っただけだよ」

 ただ、こんなに不機嫌になるとは思わなかった。呆れられはしても、なんだかんだ受け入れてくれると思っていたのに。視線を斜め下に向けてぽつ、と呟くと南泉が一瞬呼吸を止めて怪訝そうに眉を動かす。

「オレは、本気で嫌なら断るぞ」
「知ってるよ。君はそこまで甘くはないし、なんだかんだ楽しんでいるのもね。でも、君の時間を貰っていることには変わらない」

 ただ、多少の融通を利かせて俺に付き合ってくれているのは、俺の事情が関わっていることも間違いではないと知っている。別に、さほど深い事情があるわけではない。俺の実装当初の騒動から、俺は合戦場や遠征にこそ参加していたが、それ以外の外出を演練でさえも制限されていただけだ。それはあくまで俺の身を案じた主の采配で、外に行くことで浴びせられる悪意から守ろうとしてのことだ。まあ、厄介ごとを避けたいという心理もあっただろうが、実装当初に萬屋や演練に参加していれば面倒なことになっただろうし、騒動が落ち着いてきても今度は監査官と言う希少性と限定的な入手方法のおかげでまた別の問題が浮上。結果、長く出歩くことを禁じられ、今でさえも出来るだけ一振りで出掛けるのは控えるように言われているぐらいだ。まあ、全く禁止されているわけではないので一振りで出歩くこともあるんだが、主の心配を考えれば控えようとも考えてしまう。大事にされているから、愛されているから、出来るだけ意に添いたい。だけど政府にいた時から萬屋を出歩くことは堂々とはできなかったし、出ても認識阻害の術式を駆使するか政府御用達の秘匿性の高い店舗に限定されていた。何を隠す必要もなく自由に歩き回れることは魅力的で、ついつい猫殺し君を巻き込んで外出をしてしまうのだ。彼はその俺の心情を汲んで、唐突な誘いであろうと出来るだけ乗ってくれているに過ぎない。嫌なら嫌と言ってくれる遠慮のなさも信用しているので、誘い安いというのもあるが。
 だから、もし彼が可愛い女の子と歩きたいというのなら、見た目だけでも叶えられないか、と思ったのだ。雑誌には、可愛いは作れる、とあったので。まあ、結局のところ本物の女子ではないので、無駄だったわけだが。

「まあ、これが君の好みでないことはわかった。今度は鯰尾か物吉に頼んでみるよ」
「待て待て。あいつらまで巻き込むんじゃねーよ!てか、女装じゃ根本的に意味ねぇだろ」
「…やはりどこかの付喪神を紹介してもらって…君、簪の子と良い仲だったことあったよね。その路線で…」
「い、ら、ね、ぇ、にゃ!」

 確かに。俺たちでは所詮女装でしかない。それでは南泉の可愛い女の子とは確かに言えないな。スピードを重視して近場で拵えたが、所詮偽物。ここは時間をかけてでも誰かを探して…。ブツブツとツテを探していると、にゃあぁ!と可愛らしい声あげて、南泉はすくっと立ち上がった。

「可愛くないとはいってねぇし、別に女と歩きたいとも言ってねぇ、にゃっ。おら、行くぞ。行きたいとこがあんだろ」
「えっ。このままでかい?」
「その為にした格好だろ。お前、顔だけはいいからにゃ。その姿も似合ってないわけじゃねぇよ。…余計なモンだとは思うけど、…にゃ」
「余計なものは身につけてないはずだけど。全部研究を重ねて厳選したものばかりだよ」

 似合わないものがあるとでも?と眉を跳ねさせると、南泉は深々と溜息を吐き出して、そうじゃねぇ、とぐったりとぼやく。ならなんだ、と顎をツンと反らすと、南泉はくしゃ、と顔を歪めて無言で手を引っ張った。そのまま手を繋いで玄関に向かうので、猫殺し君、と不満を背中にぶつける。ちょっと。言いたいことがあるなら言ってみなよ。

「お前の顔だけはいいってことだよ!」
「俺の顔がいいのは当たり前だろう?」

 今更何を言っているんだ。加えて君が俺の顔が好きなことも知っているよ、と胸を張れば、今度こそ呆れたように南泉はそういうとこだよ、と苦笑を浮かべた。