腐れ縁が隠蔽値Max系ファンの鑑だった件について



 キラキラと星屑を散らしたように輝く瞳が細くしなり、ふっくらと肉厚の唇が鈴を転がすような軽やかな笑い声を零す。

「なにかな、そんなマジマジと見て…あぁ、これが食べたいのかい?」

 そういって片手に持つソフトクリームをかざし、ニヤリと笑いながら舌先を伸ばす。白いバニラクリームに健康的なピンク色の舌先が見せつけるようにペロリ、とクリームを舐めて、その甘さに口元を綻ばせた。艶めかしいというよりもどこか可愛らしい動作に、視線が吸い寄せられるように外せない。その視線に気がついたのか、ふふ、と笑みを零すと、しょうがないなぁとばかりに山姥切はソフトクリームを差し出した。

「ほら、どうぞ。私は優しいからね」

 突き出されたソフトクリームは溶けかかっていて、今にも垂れ落ちそうだ。言い方が鼻につくやら、笑い顔が幼いやら、見ていたのはそっちじゃないとか。言いたいことは山のようにあったけれど、溶けるから早くと言われてしまえばぐっと堪えるしかない。溜息を飲み込むように文句も飲み込んで、早く早くと急かす溶けかけのソフトクリームに目を細めた。

「美味しい?」

 尋ねてくる声は肯定しか求めていないのだろう。まあ、バニラソフトが不味い店はそうそうないだろうから、美味しい以外の返答はあまりないだろうが。
 くふくふ楽しげに笑いながら、クリームが垂れ落ちないように再び舐める作業に没頭する横顔を見つめる。つるりとした肌理細やかな毛穴の見当たらない白い肌は陶器のような、という表現がしっくりくる。それがファンデーションやコンシーラーなどの化粧品を駆使した芸術作品かはわからないが、元々の肌も美しいのだろうと南泉は漠然と感じていた。なまじっかな女優やアイドルなんかよりよっぽど輝くような潤いを湛えた肌は所謂水光肌、というものか。元々の肌質に加えて努力を怠らない性分なことは疑いようがなく、しっとりとした丸みのある頬は触れてみれば吸い付くように滑らかなのだろう。そう考えると、無意識に手が伸びた。チークをはたいたピンク色のグラデーションな馴染む柔らかそうな頬。ピンク色の下が仕舞われたぷるりとした唇。触れてしまえば後戻りはできないかもしれない。ソフトクリームに集中していた青い瞳が気がついて、くるりと向きを変える。重なった視線に、だけど伸ばした手は今更引き戻せなくて……

『こら、宗三。いつまで撮ってるんだい?』

 がつん、と指先が固い液晶に当たり、画面が暗くなる。真ん中に再生の三角マークが浮かんで、動きを止めた山姥切が笑顔で固まって南泉を…いや、動画を撮っている相手を見つめていた。
 ガン、と額を打ち付けるような勢いで崩れ落ちた南泉が控え室のテーブルに突っ伏しスマートフォンを握る手とは逆の手をぷるぷると握りしめて、ぐるるる、と唸り声が食いしばった歯の隙間から溢れでた。

「宗三の野郎…!」
「お、新しい動画がきたのか?どんな?」
「あいつ、あいつ今更こんなの送ってきやがって…!おちょくってんのか、にゃ!!」
「動画送ってくれるだけ良心的な気もするけどなぁ。なになに?へぇ、熱海旅行に行ってきたんだな、宗三と山姥切」

 バイク雑誌を広げていた豊前が、わなわなと震える南泉の手からひょい、とスマートフォンを取り上げてスイスイと指先で画面をスクロールする。アプリの吹き出しから写真や動画の場所を特定し、1週間前、という単語におや?と豊前は眉を動かした。センターで分けられた前髪をサラッと動かして、緋色の虹彩を瞬かせる。

「1週間前って…俺たちも熱海いたよな?」
「…あぁ、そうだよ。イベントに来てたんだよ、あいつらっ。わかってて連絡よこさなかったんだ、にゃ!!」
「あのイベントの倍率もかなりあったのに、よく当てたなぁ。山姥切」

 関心したように一つ頷き、アイドル冥利に尽きるな!とニカっと笑う豊前に南泉の眉間の皺がグググッと谷を作る。そうじゃねぇ。いやありがたいけどそうじゃねぇ。雄弁に語る剣呑な視線を受け止めて、動画の再生ボタンをタップする。流れた動画に、豊前はへぇ、と目を丸くした。

「宗三、撮るの上手いな。まるでデートしてるみたいに見え、」

 最後まで言い切る前に、南泉の手が掻っ攫うように豊前の手からスマホを奪い返した。きょとん、と目を丸くして、正面でしかめっ面をする南泉を見つめて、ぶはっと破顔する。

「な、南泉お前…ッ」

 口元を手の甲で押さえ、にやける顔を隠すものの目元までは隠せない。南泉はハッと目を見開き、スマホと豊前を見比べてから、カッと頬に朱を走らせた。

「ち、ちが!これは、一応あんな奴のでもプライベートだから、にゃ!」
「そ、そうだよな。あんま、素の姿なんて見せたくないよな」
「にゃ〜〜!!!」

 ニマニマと笑いながら頷く豊前に南泉が頭を抱える。違う違う別にデートみたいで恋人みたいな雰囲気を感じる動画だから一人占めしたいとかじゃなくて一応プライベートな旅行シーンだから他人に見せるもんじゃないという一般的な配慮であっていやでもマジで宗三のカメラ技術は目線が完璧というかピンポイントで突いてきおるというかそうじゃなくて!!

「なんで熱海にいるなら連絡しねぇんだよ!!」
「山姥切がファンの鑑だからなぁ」

 しみじみと距離感が適切だよな、と頷く豊前に昔の図々しさよ!と南泉は頭を抱えた。

「今更すぎるだろ…こっちが寄るな近づくなって時は知ったことかって無遠慮にズカズカくる癖にアイツマジで心が化け物すぎるだろ…」
「まぁ、今は確かに南泉や俺とも知り合いでもなんでもないから、当たり前っちゃ当たり前の距離感なんだけどな」

 ただ、前世という記憶があるだけで、現世では今も昔も関わりなど微塵もない。それならば、ファンとアイドルという関係性上、相手が接触しないなんてよくあることで。苦笑を浮かべて、南泉のふわふわとした頭にぽんと手を置き、豊前は柔らかく瞳を細めた。

「頑張んないとなぁ、南泉」
「…ムカつくだけだ、にゃ」

 そうだ。過去、散々振り回してきた癖に今更遠慮がちになるなんて気持ち悪いしそっちがその気ならこっちだって嫌がらせをしてやりたいし、まあつまりは意趣返しがしたいだけなのであって、会いたいだとかそんな殊勝な気持ちなわけではない。ないったらない。ファンなんてやってるあいつが悪い。なんでアイドルのオレにきゃあきゃあ言ってる癖に会うのは断固拒否なんだよふざけんな。

「もしかしたら今日の観覧席にいるかもな」
「今まで見つけたことねぇけどにゃ」
「山姥切の隠蔽ってそんな高かったっけ?」
「オレと同じ筈なのに無駄に実力発揮しやがる…」

 面倒くさい。心底、うんざりするぐらい、呆れるぐらい、面倒くさい。今も昔も、あの腐れ縁はとてつもなく面倒くさくて厄介で小憎たらしいけれど。

「…ぜってぇ捕まえてやる」

 発狂するならしてしまえ。こちとらトップアイドルだ。ファンサなら身に染み付いてんだよ!



 だから更に送られてきた動画の湯煙温泉編に発狂なんてしねぇからにゃ!!