腐れ縁が会員№一桁のガチファンになっていた件について



『カチコミライダー』

 それは今をときめく二人組アイドルグループの名前である。一部では「だっさ!」と言われかねないネーミングセンスだが、存外アイドルグループのネーミングなんてそんなクールにカッコいいものばかりではない。なんでそれ?と言うような名前も数多くあるので、要するにインパクト勝負なのだ。なんだこの名前、から興味を持ってもらえれば御の字。ファンがいなければ成り立たない職業なので、その点カチコミライダーはまぁまぁ他人の目を惹くネーミングだといえるだろう。
 そして、名前から客を掴めば、あとは本人達と事務所の力量次第。その点で言えば、カチコミライダーの事務所は大手でこそないものの中堅でノウハウはきちんとしており、何よりアイドル本人達の魅力も十全だった。
 ルックス然り、歌声然り、ダンススキル然り。どれをとっても一級品。最初こそ知名度は低かったものの、いずれトップアイドルに駆けあがることは誰の目にも明らかだった。
 癖のある烏の濡れ羽色に輝く黒髪に、赤味がかった切れ長の瞳。目鼻のバランスも良く丹精な顔に浮かぶ爽やかな笑顔と、親しみやすい気さくさ、そしてずば抜けたダンススキルで盛り上げる兄貴肌系イケメンの豊前。
 その横に立つのは、やはり癖のある柔らかそうな稲穂色の金髪に、釣り目がちの金緑の瞳。やや幼げな顔つきながらも眼光鋭く、けれど時折出てくる方言のせいで憎めない、パッと見近寄りがたい雰囲気を纏う伸びやかな歌声を持つヤンキー系イケメン南泉。
 印象で言えば真逆の2人は、しかし仲も良く互いの長所を生かし合い、戦国ともいえる芸能界をスターダムに駆け上った。
 容姿も最高級なら歌もダンスもトっプクラスなのである。これで売れないとかそれは最早事務所が売り方を間違ってるとしか言えない…例え事務所の力がなくても彼ら2人なら売れただろうが。いまやTVで彼ら2人の姿を見ない日はない、といえるぐらいの人気を誇る「カチコミライダー」。そのグッズは瞬く間に完売。ライブDVDもシングルもダウンロード数もランキングを総舐めし、まさしくカチコミをかけるがごとき勢いの、今正に旬のアイドルなのである――そう力説する友人に、左文字宗三ははぁ、そうですか。と実に気のない返事を返した。
 ずこーとアイスコーヒーを音をたてて飲みながら、ファミレスの個室のテーブルに広げられたブロマイド然りのグッズを見やって、興味の薄い眼差しを向ける。

「特にこのライブの時の南泉がね!最高に気持ちいいって言いながら笑った顔の可愛さといったら!!歌ってる時は最高にカッコいいのに笑うと可愛いとかもう最強じゃないかな?!」
「そうですね」
「この曲!この南泉のソロ曲を歌ってる時の色気!!鍛えた腹筋を見せつけるみたいにこうやってべろんって服を捲って、あれはもう犯罪だよ発禁ものだよ警察沙汰もしょうがないと思えるぐらいの色気の暴力!!細身に見せかけてがっしり筋肉がついてるところなんてギャップがすぎるよ猫殺し君ってば!」
「あーあの人確かに昔から骨格は細身というよりも骨太なところありましたもんね」
「それからこのライブで豊前と背中合わせでダンスを踊る処とか!豊前のキレのあるダンスもやっぱりいいけど、南泉のしなやかな動きも目が離せなくてね、このダンスナンバーは押さえておかなきゃ人生の損だよ損!!」
「あ、黒毛和牛のフィレステーキ追加でお願いします」
「私もイベリコ豚のメンチカツセット追加で」

 丁度近くを通りかかった店員を呼び止めてメニューを追加注文をかければ、さらっと切り替えて相手も追加していくのだからこういう切り替えができる人なんですよねぇ、と先ほどまでの興奮具合を思い浮かべてズゾゾ、と音を立ててアイスコーヒーを飲み干す。あ、これも追加でお願いします、と空になったグラスを渡しながらにこやかな店員に告げて、宗三はローズピンクの自前の髪を掻き上げると一息吐くかのようにまだ半分も減っていないグラスの、氷が解けてちょっと薄くなっただろうソフトドリンクに口をつけた友人――長義を気だるい眼差しで流し目を送った。

「ちよ、あなたいつまでそうして追っかけでいるつもりなんですか?」
「え?ずっとだけど?」

 ズコ、と氷と音の鳴ったストローを放して、長義は首を傾げる。ハーフアップにした銀糸がさらさらと滑る様を見ながら、宗三は残念なものを見る目で長義を睥睨した。

「…腐れ縁が見たら泣くでしょうに」
「猫殺し君が?あはは、ないない。そもそも向こうが私を認識してないのに泣くわけがないだろう?」
「このままではそうでしょうけどねぇ。昔のようになりたいとは思わないんですか?」

 ピラリ、とブロマイドの一枚を手に取ってひらひらと揺らしながら、実にキラキラしい加工のされている南泉の姿に、まぁ答えはわかっているが、と鼻で笑う。ぺいっとテーブルの上に放り投げると、長義はあ、ちょっと、と苦言を口にしてそろりとブロマイドを移動させた。いそいそと鞄の中のファイルに仕舞い込む姿を眺めて、この長義の「カチコミライダー発散会」も何度目だったか、と指折り数える。初期の初期から追っかけているのだから、もう数えるのも馬鹿らしい回数をこなしていることは確かだ。
 まぁ、食事は全部奢ってもらえてますからいいんですけど、とやってきたじゅうじゅうと音をたてるフィレステーキを前に宗三はくふん、と鼻を鳴らした。

「昔のように、ねぇ…なりたくないかと言われたらなりたいとは思うけれど、そもそも今生と前世を一緒くたにする方がナンセンスだと思わないか?」
「こうして私達が2人でいるのに?」
「だって宗三は友人だもの。前世関係なく、多分普通に出会ってても気が合ってたと思うよ」
「まぁ、否定はしません」

 どちらも見た目に反した中身の持ち主で、何より攻撃本能が高い。同族嫌悪、という言葉もないわけではないが、今回は同調できる部分が多く実に気兼ねのない友人関係を築いているとお互いに思っている。面倒くさいところはありますけど、と宗三は思うが、長義も同じように考えていることは互いに把握済み。どちらも面倒臭い性格だと、自覚しているので、遠慮のない言い草でステーキにナイフを入れる。

「互いの人生があるわけだし、別に無理に関わりに行く必要はないかな」
「あっさりしてますねぇ」

 まぁ、その考えも理解できるので宗三は追及の手を止めた。前世は前世、今生は今生をくっきり線引きをした長義にとって、今や南泉は追っかけをする一アイドルでしかない。人生に潤いと張りを与えてくれるけれど、多分解散などすれば大号泣だろうけれど、それでもその人生に関わりたいかと言われたらNOを突き付けるのだろう。
 別々の、交わり合わない人生もいいじゃないか、と笑う姿は実に朗らかで、彼女がこの人生を心底楽しんでいるのが良くわかる。かくいう宗三も、今の自分に現状満足しているので、故意に知り合いを探そうとは思わないし、見かけても相手が覚えていない限りあえて関わろうとも思っていない。結局のところ、今を生きるのに過去ってそんなに重要じゃないんですよねぇ、と熱々のステーキを頬張って、そういえば、と瞬いた。

「貴方がこの前言ってた熱海の公開トークイベントの日、有給取れましたけど」
「本当かい?!じゃあ早速予約しなきゃ!」
「食事が美味しい所にしてくださいよ。あと温泉」
「勿論だよ。宗三と行くんだから、最高の女子旅に招待するよ」
「期待しておきます」

 ここまで言うからには完璧なプランを練り上げてくるのだろう、とその手腕を疑いもせず、二切れ目を口に放り込んで宗三はちらり、とケータイのトークアプリ画面に視線を落とす。ポン、と浮かび上がる文面にネイルの施された爪先で器用に返信を打ちかえして、メニューを開きつつデザートはどれにしようかと視線を走らせる。ケーキもいいですけどパフェ、いや、パンケーキも捨てがたい。

「ちなみに、南泉が目の前に現れたらどうします?」
「発狂する」
「なるほど」

 とりあえず今の所遭遇すれば長義は発狂するらしいですよ、と。トークアプリに打ち込んで、画面を消して鞄に突っ込む。マナーモードも忘れずに、ぺいっと放り捨てると宗三はこの巨大パフェシェアしません?とデザートメニューを見せながら身を乗り出した。


 実はすでに捕捉されているんですけど、当分接触は無理でしょうねぇ。


 ケータイの向こうで項垂れているだろう芸能人を思って、宗三はすっごく面白い、とにっこりと笑顔を浮かべた。まぁ、面倒くさくもあるんですけどね。