検証実証、手遅れです。



 男の身体には必要のないその部分に執着するのは、ヒトの身の本能というものなのだろうか。
 両胸の中心で、小さく立ち上がった小粒の乳頭にあぐり、と齧り付き、少し芯があるもののクニクニと柔らかいそこを上下に歯を立てて固定し、乳頭を舌先で舐め回す。
 元は刀の分際で、人型になったからといってヒトの本能に左右されるなどお笑い種だが、服を剥いで真っ先に目に入るピンク色をしたその部分を無視することなど到底できるはずもなく、乳輪まで舐め回すように舌全体で乳頭を押し潰すようにして舐め上げた。
 元より色白の肌に、そこだけまるで花びらのようにぽつりと主張する小さな薄ピンクは、美しいと形容されることの多い男の中で可愛い、といえる部分だと南泉は思う。性格は到底可愛いなんて言えるような奴ではないし、逆に南泉を可愛いなんて言ってくるような奴だが、小さく慎ましやかな乳首は愛でてやりたくなる。
 空いている反対側も片手で摘んでクリクリといじり倒すと、小さな声が聞こえてくしゃり、南泉の前髪が掻き上げられた。遮るものがなくなり、拓けた視界で上目遣いに視線を向けると、愉しげに青い瞳を細めて笑う顔が映る。その顔は情欲に染まるというよりも可愛らしい子猫でも見るようなそれで、不快さを表して南泉は乳頭に強めに歯を立てた。

「痛っ。こら、南泉。痛いだろう」
「お前が悪い、にゃ」
「ん、フフ。だってお前、あんまり必死にそこに吸い付くのだもの」

 噛み付いた南泉に抗議するように、掻き上げた前髪をぐい、と引っ張って長義はクスクスと忍び笑いを零した。そこに色艶はなく、情事の最中だというのにまるで戯れ合いの延長であるかのような態度に眉を寄せ、弄っていた胸から顔をあげる。

「嫌か?」
「そういうわけではないけど、特に何も感じないからね。子猫が乳を求めているようで、可愛らしいなぁと思うだけだよ」

 何も出ないのにね、と可笑しそうに喉を震わせる姿にむっすりと口を閉ざし、チラリと長義の下半身に視線を向けるが、確かにそこに兆した様子はなく、彼の言葉を裏付ける。
 南泉は目を細め、すっかり情事の雰囲気でもなく喉を震わせ笑みを零す長義に軽く溜息を吐いて、その笑みに歪んだ唇を塞ぐように口付けた。黙れ、とでも言うように突然吐息を奪われた長義は僅かに目を見張り、しかしすぐに唇を割って入るように中に侵入してきた分厚い舌に負けじと自身の舌を絡ませた。
 ぐちゅぐちゅと唾液同士が混ざり合う水音が口内から聞こえ、飲み下しきれなかった分が合わせた口唇の隙間から顎を伝い落ちる。
 じゅぅぅ、と、絡めた舌先が南泉の口内に導かれて吸われると、甘い痺れが背筋に走った。吸われるならこっちがいいな、と薄っすらと開いた視界で、目を閉じることなくじっと長義を見ている深く色付いた金緑の瞳にうっとりと魅入った。欲を浮かべて潤んだ瞳は色が濃く深くなり、その眼差しの色が長義は殊の外好きだ。求められる充足感にゾクゾクと肌が粟立ち、んん、とくぐもった声が喉の奥でぐるぐると回るとちゅぽん、と音を立てて舌が解放される。同時に入ってくる新鮮な空気に肺を膨らませると、油断した所にぎゅっと股間の中心を掴まれてぐにぐにと揉み込まれた。乳首とは比較にならない直接的且つ大胆な刺激に、すっかり油断していた口から「あっ」と大きな声が零れ出る。大きな掌で急所を掴まれると、僅かな恐怖と頭の奥が痺れるような快感にきゅうん、心臓が締め付けられ、ビクついた腹筋にクッと下唇を噛み締めて南泉を睨め付けた。

「いきなりが、すぎるんじゃないかな…っんぅ、」
「雰囲気ぶち壊してる奴に言われたくねぇな」
「ははっ。だって、しょうがないだろ?…くっ。胸なんて、気持ちよくないん、だ、から…ぁっ」

 刺激され続けて屹立した陰茎の先端を親指で挫くように抉られる。途端、陰嚢から下腹部に響くような快感に白い喉を反らして、耐えるようにきつく長義は目を閉じた。

「お前だって、感じない癖に…っはぁっ」
「そうだにゃぁ」

 先端から先走りが滲み始めたそれを掌で捏ね回すようにくるくると撫でて、べっとりと濡らしてから幹に滑らせるように塗りつける。緩急をつけて強く握ったり、緩めたりしながら上下に扱くと、割れた腹筋がビクつくのが目に愉しかった。
 確かに、こいつの言う通りである。南泉とて、例えば長義に乳首を触られても何も感じないし、気持ちよくもない。それなら直接性器を触られた方が手っ取り早いし気持ちがいいので、長義が胸への愛撫にさほど関心が向かないことは理解できた。かといって子猫のようだと揶揄されるのは御免だが。
 南泉は今一度、ツンと立ち上がっている乳首を見やり、次にふぅふぅと下半身の刺激にやっと目尻まで赤くして興奮を隠せなくなった顔を眺めてから、ぎゅう、と強く幹を握り締めた。

「な、南泉…っ」

 引き攣った、情欲と、急所を掴まれている本能的な恐れの滲む声は南泉の鼓膜を揺さ振り神経を伝うように下腹部に熱を集める。見なくともわかる。南泉が与える快楽に息を乱し、白い肌に汗を浮かべてしっとりと艶めく長義に煽られるように、自身の逸物も兆していることなど。普段澄ました態度を崩さない男が、その余裕を徐々に失くしていく様が堪らない。
 長義の興奮に合わせるように自分の息も荒くなりながら、南泉は誘うようにツンと色づくそこから視線を逸らし、長義の耳に顔を寄せてべろりと舐めあげた。不意を突かれたのかひあ、と一音高くなった声に耳穴に舌先を突っ込んでわざとくちゅくちゅと音を立てる。耳を直接責められるのは、長義は苦手だった。直に鼓膜にまで響く水音や南泉の乱れた呼吸音が脳味噌まで犯していくようで、理性の箍が緩みそうになるのを自覚するからだ。背筋を震わせる長義の様子を見ながら、陰部を苛む手も勿論休めず、南泉は追い立てるように長義を責めた。
 激しくなる手淫に唇を噛んで耐える長義にいつまで保つかな、と目を細めて、耳朶に歯を立てる。柔らかな歯触りを堪能して、南泉は勿体ないな、と、まるで代わりのようにじゅう、と耳朶に吸い付いた。





「じゃあ南泉、この名簿を主に持って行ってくれるか」

 資材の管理を記したバインダーに挟まれた書類を手渡され、南泉はわかった、と頷いた。
 日々回される鍛刀や手入れ、刀装などで変動する資材は毎回細かに管理され、都度報告を主に上げるようになっている。実際の管理は主よりも博多藤四郎やへし切り長谷部といった刀の方がよほど上手に行えるが、一本丸の主として知らぬ存ぜぬは通せないのだろう。
 実際、使われる先は刀でも、使うのは人間たる主だ。使う本人が把握していないような本丸はそもそも本丸の体を為してはいないだろう。
 政府が推奨する内番の他に、本丸内で増えた仕事は多岐に渡る。この資材管理もその一つだ。
 昨今ではデータ化され、基本的には執務室のパソコンで資材の量や刀装の数、保管している連結や習合用の刀などを管理しているが、あくまでデータ上の話。さすがに南泉がハッキリと認識している時代よりも遥か先を行くこの時代の技術力によればミスやデータの不具合といったものは滅多とないことではあるらしいが、ないとは言い切れないのが人の為すことの前提である。全てをデータ化した結果、取り替えしが効かない場合もあるので、アナログ式の作業が完全になくなることはないという。まあ、便利にはなったよな、と小脇に抱えたバインダーを一瞥し、長い廊下を歩き南泉は執務室に向かった。
 この資材の管理と報告も、データと実数に本当に差異がないかという保険のようなものだ。
 今の所、南泉は機械が不具合を起こしている所にかち合ったことはないが、無駄な作業だとも思わず当番が回ってくればしっかりと作業をこなしている。
 主に報告した後は丁度昼時ぐらいになるだろうから、今日の昼飯は何かと想像していると、向かう先の廊下から当の主が足早に向かってくる姿が見え、南泉はんあ?と眉を動かした。

「主?どこ行くんだ?…にゃ」
「あ、南泉。ちょっと蜂須賀に呼ばれちゃってさ。どうかした?」
「あー、いや。いつもの資材の報告に行く所だったんだけどよ」
「それなら机の上に置いといてよ。後で目を通しておくし、特に問題はないんでしょ?口頭で報告がある?」
「いや、特にはねぇな。わかった。机に置いとく、にゃ」

 通り過ぎようとした主を呼び止め、軽く話しかければテンポよく応答があり南泉は主の指示に頷いた。
 住人のいない部屋に勝手に入るのはいささか気が引けるが、当の本人から許可があるならその限りではない。
 蜂須賀なんの用事なんだろう…もしかしてあの事がバレた?などと呟きながら去っていく主の背を見送り、心当たりがある時点で遅かれ早かれバレるだろうな、と南泉は笑った。
 同時に初期刀の苦労も偲ばれ、本丸最古参に敬意を向けてからくるりと踵を返す。
 程なくして辿り着いた執務室は無人なのがわかっているので声はかけずに戸を開け、遠慮なく中に入ると真っ直ぐにパソコンが置かれている机に向かった。
 抱えていたバインダーをばさっと机の上に置き、ひとまず用件は済ませたな、と軽く伸びをした南泉は机の上に何気なく視線を走らせたところで、乱雑に放置されている本の表紙に目を止めた。
 早々に出て行くつもりだった足を留めて、南泉はシパシパと瞬きをしてその本に手を伸ばした。両手で持ち上げ、マジマジと眺めてそこに描かれている絵とタイトルに首を傾げて表紙を捲る。恐らく主の息抜き用の私物だろうと察しをつけながら、私物を勝手に触ることに多少の罪悪感を覚えたがそれ以上に中身が気になった。機密情報でもなさそうだし、少しぐらい構わないだろうか。
 そのまま、南泉は本の内容に没頭するように黙々と読み進めた。絵巻物のように、紙面の大半を絵が埋めるその本…漫画と呼ばれるそれを読み終わるのに、そう時間はかからなかった。最後のページを捲り終えた南泉は、パタリと閉じた表紙を再度眺めてふぅん?と首を傾げる。何事か考えるように口元に手を添え、じっと一点を見つめる南泉の耳がピクリと動く。振り返ったと同時に、すらっと開いた戸から主が姿を現し、中にいる南泉に驚いたように目を見張った。

「あれ、まだいたの?」
「あぁ、ちょっとにゃ」
「何々。何か気になるものでも……ひぃっ!?」

 きょとん、首を傾げた主の顔が、南泉の手元を見て盛大に引き攣った。わかりやすく顔から血の気を引かせた主に南泉はつい、と手元の漫画を見下ろしてあぁ、と気のない声をあげる。

「悪い。勝手に見ちまった」
「見たの!?」
「おう。漫画って言うんだろ?これ。中々面白かったぜ。まあ、ちぃっと気になる所もあったけどにゃ」

 そう。そこが引っかかったのだ。片手に持った漫画の表紙をぺし、と手の甲で叩いて、南泉は顔色を失くしてハクハクと金魚のように口を動かす主にそうだ、と閃いた。ヒトのことは人に聞くのが一番手っ取り早い。早速、疑問を解消するように南泉は頬に両手を添えてムンクの叫びのような顔になっている主ににゃぁ、と声をかけた。

「この漫画じゃ、男でもやたら胸が気持ちいいものみたいなんだが、人の体ってのはそういうもんなのか?にゃ」

 純粋な疑問だった。南泉が持つ漫画の表紙は男同士が衣服を乱して絡みあう姿が描かれており、横のタイトルもまあまあアレな…所謂男同士の房事を描いた漫画で、南泉はそこに描かれた内容に引っかかりを覚えて仕方がない。だって、この本に描かれている男達、正確には受け手側の男だが、そいつは胸を触られると大層気持ちよさそうに描写されていたのだ。執拗に弄られて、舐め回されて、言葉で責め立てられて。啼きながら感じ入って、攻め手に懇願して我を忘れるほどに、胸を弄られて興奮していた。そこだけで勃起し、達してしまうほど。…果たして、胸、もっといえば乳首だけで、そこまで快感を得ることが可能なものなのか?脳裏にはいつぞやの夜が思い出されて、益々不思議に思って南泉は主を見つめた。
 …言っておくと、南泉に悪気はなく、純粋に自らの経験を踏まえて疑問を解き明かしたいという思いしかない。決して、主の性癖やら趣味趣向を暴き立てたいだとか、辱めたいだとか、あるいはその発言が所謂セクハラに該当するような類のものだとも思っていなかった。
 本の内容を詳らかにするように表紙を主に向けて問いかけると、問われた主は今にも卒倒してしまいそうだったが、根性で持ち堪えるとパシィン!とけたたましい音を立てて戸を閉め、ほとんど叫ぶようにして南泉を指差した。

「南泉!ちょっとそこに座んなさい!!」
「にゃっ!?」

 突然叫んだ主にびょっと肩を跳ねさせ、南泉は目を丸くして言われるがまま腰を下ろす。なんとなく胡座をかける雰囲気ではなかったので正座で主を上目づかいで見上げると、ブツブツと何事か呟きながら、主は掻っ攫うように南泉から漫画を取り上げた。
 その様子からようやく南泉も、どうやら主にとってあまりよろしくない事をしたようだぞ?という事を察して大人しく口を閉ざす。
 まあ、私物を勝手に見られたとなれば不愉快にもなるか、と考える南泉は思いもしない。主がなにに対して焦っているかなど。

「な、ど、こ、これどこから…!」
「そこの机から」
「イヤァァァァァ!!私のバカァァァ!!!」

 吃音をあげながら問い詰める主に素直に答えつつ、南泉ははて?と首を傾げた。
 私のバカバカ新刊が手に入ったからって執務室に持ってくるんじゃなかったでもだってすぐ読みたかったんだもんあああああでも見られるなんてぇぇぇ!!崩れ落ちるように膝をついて背中を丸めた主に南泉はんん?と唇をひん曲げて、もしかして、と何事かに思い当たる。

「主、衆道を嗜むの隠してたのか、にゃ?」
「ひえっ…!」
「あーそれなら気にすんなって。それぐらい昔からあったしにゃ」

 むしろ、もっと生々しいものを経験しているし、なんなら今だって夜な夜なそんな行為に耽っているのだから、気にするだけ無駄だ。そういうのを好む女性が一定数いることは南泉も把握していたし、それこそ主が生まれるよりも南泉が作られるよりも遥か昔から存在するものに動揺するような初心な神経など南泉は持っていない。
 ガチン、とわかりやすく固まった主に優しく目を細め、それこそ文化みたいなものだろう、と南泉は主を慰める。いや、事実を述べているだけなので慰めとはまた違うのだが、とりあえずあまり男士に知られたくなかったようである主を慮って、南泉は努めて朗らかに笑った。逆にその大人な対応がざくざくと主の精神を切り刻んでいくのだが、そこまでの機微を南泉は持っていない。いや、持っていたとしても今の主の複雑すぎる感情と南泉の価値観では深い溝があったので、察せられるかと問われるとムリだっただろう。さすが南泉一文字。その切れ味は抜群だ。結局主の方が折れるようにして漫画を持ち上げて顔を隠すことで唸り声を飲み込んだ。
 赤裸々な表紙が南泉に向けられているのだが、そこに配慮する余裕はないらしい。そこで、そういえばこの表紙もやたら乳首を強調されて描かれてるな、と南泉は気が付いた。

「む、昔からこうだったわけじゃなくて、最近、ちょっと、こう、興味がね、出てきてね…!」
「ふーん」
「自分が書きたいとか、そういうんじゃないんだけど、えっと、結構こういうのって、心理描写とか設定とか凝ってるのも多いし、男女間にはない葛藤とかが面白くて、その」
「へぇ」
「…女性向けのエロでぐっちゃドロなのってBLが多いんだもん…!」
「ほう?」

 そうですよそういうのが定期的に見たくなるんですよ悪いか?!と顔を真っ赤にした主にいや別に悪いともなんとも言ってねぇけど?とクエスチョンマークを飛ばしつつ、ふむふむほうほう、と南泉は相槌を打った。女性向けのノーマルものは描写が綺麗なのが多いのでどこか物足りず、かといって男性向けのそれをみても恋愛ものよりも凌辱系のものが多く、仮に男相手でも精神的繋がりが薄い。性描写中心とストーリー中心という男女の如何ともし難い趣向の差を埋めてくれるのが、BL漫画ということらしかった。
 まぁ、よくわかんねぇけど。と説明された南泉はそっと胸中で呟く。比較物を知らないので、主の主張も素通りだった。

「刀剣男士のには手を出してないし!私が見るのは商業とか別の二次とかそういうのだし!!」
「うにゃ?」
「ひえぇっやばっ…今のナシ!!ナシで!!!」
「お。おう」

 鬼気迫る主の、恐らく自分で掘っている墓穴に懸命にも突っ込まず、南泉はよくはわからないが主なりに一線引いているものがあるんだろうなぁ、と察して口を噤んだ。
 しかしぼそぼそと呟くのを聞く限りどうやらオレ達を題材にしたこういう本が出ているらしい。…へぇ?南泉は別に男色愛好家なわけではないのでそれらを見たいとは思わないが、人間ってなんでもやるもんだなぁ、と内心で関心した。だって刀だぞ、オレ達。
 いやだって刀剣男士とかナマモノじゃんナマは私守備範囲外だし!!とぼやく主よ、大体全部駄々漏れている。
 さておき、一通りの混乱が収まった頃をみて、南泉は再度悶えている主に向かって口を開いた。

「んで。この漫画みたいに男がなるってことあるのか?というか、ヒトの体ってこうなるのか?にゃ」
「ん?んん?えっと…ど、どうだろう…。創作物だから、大体誇張して描かれてるものだと思うけど…」

 至って冷静に、暴走する主とは真逆の南泉の態度に気勢を削がれたように主は眉を寄せて漫画の表紙をみた。あくまでこれは二次元の話であって、現実と混同するようなことではない、というのが一般的な考えのはずだ。全くの嘘ではないが、正しいとも言えない類のことでもあるので、南泉の問いにそうだとも違うとも答えにくく、主はむむ、と難しい顔をした。

「…てか、それ聞いてどうしたいの?」
「一応、オレ達も男の体をしてるからな、人体の構造として有り得ることなのか気になっただけだ、にゃ」
「あ、そういう…てっきり南泉もこういうのに興味があるのかと…」
「他の奴のそれらにゃ興味はねぇにゃぁ」
「そっかー。…他の奴?」

 ん?なんか今引っかかるものが?動きを止めた主にそんなことよりもどうなのか、と南泉は話を戻した。それに、そういえばこれセクハラなのでは?と思いつつ、しかしどちらかというと保健体育の講義めいた質疑応答にも感じられるので、まぁいっか、と主は南泉に向き直った。教材がBL漫画とかちょっとどうかとも思うが、まぁ、うん。見られたものはしょうがないよね!

「漫画の話に限っていうなら大体創作物だから誇大表現されてて、実際はここまでのことにはそう滅多にならないと思うよ」
「はぁん。やっぱ男じゃそこまで感じねぇか」
「うーん。男っていうより、個人差じゃないかなぁ。女の人でも敏感な人とそうでない人がいるって聞くし。ただ、やっぱり女性に比べて男性は感じにくいってことはある、らしいよ」
「調べたのか」
「学術的興味です!!…それと、こういうのって訓練次第とも聞く」
「訓練?」

 ぴくり、と耳を動かして、南泉はつい、と目を細めた。あくまで聞きかじった内容であって信憑性は定かではないが、と前置いて、主はべらべらべら、と漫画のページを捲ってずい、と南泉に突きつけた。

「ほら、ここ。こうやってさ、乳首とか胸とか弄り続けてると、男でもここで快楽を拾いやすくなるってのは聞いたことあるよ。触ることで性感神経?を活発化?増やす??なんかそういうことをして、感じ取りやすくするんだって」
「こういうのは毎日するもんなのか?にゃ」
「そりゃ、偶にするよりは毎日でも頻度が多い方が効くんじゃないの?剣の訓練だって、偶にするより毎日でもした方が上達するものでしょ。休息も大事だけど」
「なるほど」
「あと、ここを触ると気持ち良いって思い込ませるのも大事。快感と関連付けると、より感じやすい身体になるんだって」

 開いたページでは胸を責め立てる細かな描写が繰り広げられており、いかがわしいフォントが紙面を埋めている。あいつはこんな派手な喘ぎ声などあげたことはないなぁ。まあ、声を押し殺して快楽に耐える様はあいつらしく好ましいし、それはそれで興奮するので問題はない。興味がないとは、言わないが。南泉はほうほう、と頷いた。なるほど、継続か。

「まぁ、大体漫画の世界みたいに、初っ端から弄られてあんあん喘ぐような奴はいないでしょ。そんな奴は元からそういうのに慣れてる人とか、日頃から弄って開発してる人が大半だと思うよー?」
「そうか。わかった、ありがとな、主」
「どういたしまして。…って、いや、こんなのでお礼言われるとかなんなの??」

 え?私真面目になにやってんの?と虚無顔を晒した主を余所に、南泉はそういうものなのか、と1人納得して腰をあげた。人体のそれが刀剣男士に通用するのか、それは定かではない。人の形を模してはいるが、中身はそれとは異なる器物の付喪だ。どこまでヒトのそれに寄せているのか定かではないが、興味はある、と南泉は打ちひしがれている主に「机に報告書置いてっから」と一声かけて執務室を出て行った。
 廊下に出た南泉は己が主に消えない爪痕を残した自覚もなく、その思考は銀色の腐れ縁へと飛んでいく。ぺろり、と唇を舌で舐め、どうすっかなぁ、と金の瞳を眇めた。





 まあ、何を取り繕った所でこいつが素直に聞くでもなし。寧ろその遠回りが面倒だ、という至極単純な理由で、湯上り姿で我が物顔で部屋に居座る長義に南泉はストレートに切り出した。


「なぁ、山姥切」
「うん?」
「お前の胸、触らせてくれねぇ?」

 かろうじて忌々しい語尾を飲み込んで、ごろりと布団の上に俯せになって本を開いていた長義に話しかければ、一拍の間の後、彼からは「はぁ?」という語尾が跳ねあがった訝しげな反応が返ってきた。寝そべって本を読む、など南泉以外の前ではしないだろう行儀の悪さで、柳眉をこれでもかと寄せた長義は奇妙なものを見る目でじろじろと南泉を眺める。
 その様子にだよなぁ、と思いつつも、南泉は特別なことでもない、という体を装って、素知らぬ顔で爪先にやすりをかける。お互い、個々に好きなことをしている時に降って湧いたような南泉の提案は、長義の思考を一気に攫ったし、南泉にしても少々賭け染みた要素を持っていた。

「…どういうことだ?」
「別に、そのまんまの意味だぜ?」

 真意を測るように、長義が本を閉じてむくりと身体を起こす。南泉はその動きを横目で見つつ、やすりにかけた爪先が丸く滑らかな形になったのを指先で確認しながら、ふぅ、と削り滓を吹き飛ばした。

「ちょっと気になる本を見てな。試してみたくなったんだ。………にゃ」

 あぁ、くそ。折角押さえていた呪いが出て思わず顔を顰めるも、長義が不思議そうに瞬いたのに合わせて文机にやすりを置くと南泉は床に手をついてぐるりと体の向きを変えた。

「どんな本を?」
「まぁ、主の私物なんだけどよ。男同士のことが書いてあって、そこで、どうやら男でも胸…乳首が感じるらしいって書いてあったから、本当かどうか気になってにゃぁ」

 どのような内容であったかは、一応伏せて適当に、けれど要点を掻い摘んで話せば長義はふむ、と顎に手を添えた。主の私物といえばプライベートに関わることなので、そこまで突っ込んで聞いてこないと踏んだが当たりのようだ。長義も別に主の趣味趣向を気にするような性格ではないが(というか近代刀を除けば大半が抵抗などないだろう)、本人があまり知られたくないようなので男同士のR18漫画ということはやんわりと伏せておく。
 長義の寝間着は単なので、胡坐をかくこともなく正座のままピンと伸びた背筋が美しい。対して南泉はジャージ姿で、胡坐をかいた状態で長義の反応を待った。

「本当も何も、俺はほとんど胸で快楽を感じることはないけど」
「オレもだにゃ。でも、刺激し続ければ男でも感じるようになるらしいぜ?」
「ふぅん。…猫殺し君は、そんなにそこに興味があるのかい?」

 別段女の胸のように膨らんでいるでもなし、柔らかさもない硬い筋肉に覆われた胸はそこまで楽しくもないと思うけど。と、自身の平たい胸部にぺたりと両手を這わせて、長義は珍奇なものを見るように南泉を見つめた。
 今までそこで碌な快感を感じたことがないのだから、長義の反応は至極真っ当なものである。女の膨らんだ胸は所謂セックスアピールにも使われるものだが、男の胸など飾りのようなものだ。加えて自分のものとなれば興味関心が薄いのは仕方がないことだった。…まぁ、そういう反応にはなるよな、と納得しつつ、そこは想定内だと南泉は臆することなく頷いた。

「あるかないかで言ったら、ある」
「へぇ。それも猫の呪いかな」
「いや、どっちかつーと男の本能だろ。まぁ、無理にとは言わねぇけどにゃ」

 ここで一旦引く。あくまで思いつきの提案であって、執拗に迫るものでもない、という態度で南泉はごろりと布団に寝転がった。ついでにくあ、と欠伸を漏らせば、その横ににじり寄って長義が顔を覗き込む。

「自分で自分の胸を触る気はないのか?」
「自分で自分の触って何が楽しいんだよ」
「俺の胸は触っていて楽しいんだ?」

 にやぁ、と喜悦に歪んだ顔を見上げて、南泉はわざとらしく顔を顰めた。げぇ、とばかりの表情に益々頬の筋肉を緩めて、にんまりとしなった青い双眸で長義は楽しげに南泉のふわふわと癖のある髪に触れる。

「ふふ。そうかそうか。猫殺し君は俺の胸にそんなに興味があるんだね」
「いや、別にお前が嫌ならやんねぇし…」
「正直俺にしてみればどうでもいいことだし、新しい発見があるとも思えないけど、まぁ君が?そこまで試してみたいというのなら協力しても構わないが?」

 によによと笑う長義に、南泉は一瞬目を細めると、張り合うようににぃ、と口角を吊り上げた。犬歯を見せるように笑みを浮かべて、へぇ、と喉を震わせる。髪を梳く手を取って、逃がさないように握りしめた。

「ちなみに、そこで感じるにはそこそこ時間がかかるらしいから…そうだな。最低一か月は付き合えよ?様子みて伸ばすかはまた相談っつーことで、にゃ」
「検証するのだからね。まぁ、それぐらいの期間は必要なのかな。いいよ、協力してあげようじゃないか」
「毎日、それと一日に何回か触る必要があるらしいからにゃぁ。今の所暇してる時間も多いし、問題はないだろ」

 お互いカンストしているので、今は出陣も遠征も控えめになっている。イベントが始まれば忙しくなるかもしれないが今の所そんな話は聞かないので、丁度いいとばかりに南泉はゴロゴロと喉を鳴らした。機嫌の良いその様子に、長義も猫殺し君ってばそんなに胸が好きだったのか、と人知れず脳内の猫殺し君ノートに書き込んだ。知らないことがあることが嬉しいわけじゃないが、こうやって情報を更新していくことが楽しくないわけではない。そういえば情事の時には大体触っていたので、よっぽど気になっていたんだなぁ、と深くは考えなかった。むしろ、暇つぶし程度のお遊び感覚で長義はちらりと自分の胸を見下ろした。
 …どんな本を見たのか知らないけれど、そんなに変わるものとも思えないけどね。まぁでも、南泉が望んで、楽しそうにしているのだ。その願いを叶えるのは吝かではない、とごろりと横に寝転んで長義もふふ、と笑みを浮かべた。元来、与えることが好きな性質である。ましてやそれが恋刀である南泉からとなれば、効果のほどは知れていようが最初から長義に反対する意思はなかった。ただ、本当にそんなことをしてなんの意味が?とは思ってはいたが。南泉がいいならいいかな、と思うぐらいには甘い自覚がある。それにあの南泉一文字が!俺に!協力してくれと言ったのだ!基本、長義を倦厭している南泉に胸を触りたい、とも言われ、求められて嬉しくないはずもなく、長義は擦り寄るようにピタリとくっつき今日はどうする?と南泉の整えられたばかりの丸い指先をつぅ、と撫であげた。
 その誘いに目を細め、南泉はぐるり、と体を反転させた。横たわる長義の上に覆いかぶさるように顔の横に両肘を置き、鼻先まで顔を近づけ、己の影の下になった怜悧な美貌を見下ろす。

「どうされたい?…にゃ」
「そうだなぁ…滅茶苦茶に、されたいかな」

 覆いかぶさる両頬を掌で挟み、嫣然と笑みを作る。挑発するようにとろりと愛欲に潤んだ双眸で乞うように見上げれば、南泉の喉仏が上下し、ギラギラと獣染みた眼差しが長義に注がれた。
 その視線の強さにぞくぞくと背筋を粟立たせて、見せびらかすように赤い舌を出し舌先を伸ばしてちろり、と南泉の唇を舐めあげる。途端、その舌を追いかけるように大きく開いた口が長義の口を覆い隠し、乱暴に口内を暴れ回る。息継ぎもさせないほどに長い口づけに薄らと滲んだ視界で、物好きな奴だなぁ、とくぐもった笑い声をあげた。





 胸に違和感がある。夢現に微睡む中、己の胸元で蠢く何かにくっと眉を潜め、微睡の中から浮き上がるように長義は瞼を持ち上げた。寝起きで多少定まらぬ視界に、木目の天井が映り数度瞬きをしてはっきりさせると、緩慢な仕草で自分の体を見渡すように首を持ち上げた。先ほどから、胸元…より正確に言えば、更にその中心部分で誰かが触り倒しているような感覚がある。気持ち悪い、というよりもくすぐったいような、触られているな、程度の曖昧な感覚でなんだ?と思いながら見やれば、ふわふわとした金髪のてっぺんが長義の視界に入り、剥き出しになった肌の上をさらさらと滑った。くすぐったい、と体を震わせふっと息を吐き出せば、起きた気配に気が付いたのか胸元で悪戯をしていた顔が上がって、金色の瞳と視線が絡み合った。思わず、長義の口角が上にくっと持ちあがる。

「おはよう、猫殺し君。朝から何をしているのかな?」
「はよ、化け物切り。見てわからねぇか?…にゃ」
「そうだね。俺の胸を弄ってるね?」
「おう、その通りだな」

 長義の答えに正解だ、と頷き、再び南泉は長義の胸…乳首へと再び顔を落として銜え込んだ。ぬるりとした舌が乳首を舐め、柔い唇が挟み込んでちゅうちゅうと吸い上げる。開いた片方は律儀に手で乳輪ごと抓み上げるようにして揉みこんで、両方の乳首に絶え間ない刺激を与えているが、寝起き早々乳首を吸われた長義は脱力したように枕の上に頭を落とした。
 いや、そりゃ昨日そんな話はしたけど、まさか寝起き早々、むしろ寝込みを襲われたかのように始めているとは思わないじゃないか。ちゅっと軽いリップ音をたてて右乳首を解放した南泉が、今度は左だ、とばかりに挑みかかるのに、唾液で濡れそぼつ乳首が朝の空気に触れてひやりと震えた。温かな口腔に包まれていたが故に、その温度差に思わず身震いする。

「フっ、…猫殺し君、それいつまでするつもりだい?」

 あまり延々とやられると、朝餉に間に合わなくなるのだが。まあ、今日は2人とも非番で朝餉は各自で適当に取ってもいいのだけれど、折角起きたのなら美味しいご飯が食べたい。
 冷えた乳首をまた指先で押し潰すように触られ、左乳首には歯を立てられて、長義はなんだかなぁ、とばかりに眉を下げた。うん。一所懸命なのは可愛いんだけど、やっぱり何も感じないかな。

「ん、もう終わる。あんまするのも良くないらしいしにゃ」
「あ、ちょっと。さすがにそこで喋られるとくすぐったいよ」

 息がかかり、振動が乳首に伝わりくすぐったさに身を捩る。もう、と悪態をついて、そこで喋らないでくれるかな、と長義はぐいっと南泉の顔を押しやった。存外あっさり離れた南泉は濡れた口元を手の甲でぐいっと拭って、布団の横においてある手拭いを長義に差し出した。

「ほら、拭いておけよ」
「ありがとう」

 その手拭いが昨夜の情事の後片付けのためのものだと知りつつ、折角清めていたのに唾液でべとべとになった胸を拭き取り、長義は刺激されて少し硬く、色を濃くした乳首を眺めて肩を竦めた。

「協力するとはいったけど、寝込みを襲うことはないんじゃないか」
「あー。そういう気分だったからにゃ。今度は声かけてやるよ」
「…まぁ、うん。そうだね、黙って触らないでくれるなら、まぁ」

 え?乳首触らせてくれって言う気か?一瞬微妙な気持ちになったが、承諾したのは自分なので長義は、今更ながらちょっと可笑しなことになったな、と遠い目をする。昨夜は南泉が求めてきたこととその可愛さで目が眩んだ節があったが、よくよく考えれば物凄く変なことをすることになったのでは??
 そう思ったが、思いの外南泉が物凄くノリ気なことを意外に感じつつ、しかし楽しそうな姿にともすれば零れそうな愚痴をぐっと飲み込んで代わりに溜息を吐きだした。
 一か月我慢すればいいだけの話だ、と長義は自分に言い聞かせて、欠伸を零しながら着替えはじめた南泉の姿に自分も乱れた寝間着の帯を解きにかかった。
 しかし、毎日こんなことされるのかと思うと、やっぱりどうなのだろう、という気持ちは拭えない。意味がないことだと思っているので余計にそう感じるのか、長義は早く南泉が飽きればいいなぁ、とちらりと考えてシャツのボタンを止めていった。
 それから、南泉は事あるごとに暇な時間を見つけては、少しの間ではあるが長義の胸を弄ることに終始した。長時間弄るのではなく、数をこなすかのように自室や、人目に触れない空き部屋に連れ込み、服の上から、あるいは直接。指先でマッサージでもするように触る時もあれば、口で愛撫を繰り返すこともある。それは恐らく南泉の気分によって使い分けているのだろう、と思いながら、胡坐の上に座らせるように抱え込んで、背後から揉みしだくように大きな掌で胸を鷲掴む南泉に、長義はきゅっと口元を真一文字に引き結んだ。一体何時頃からだろうか。乳首を弄り始めてしばらくしてから、長義は自分の小さなその器官が僅かに反応を示すようになってきたことに気づいていた。
 無論それは南泉も同じで、以前よりも格段に反応の早くなった乳首とびくびくと体を震わせる長義に成果のほどを見込んで益々熱心にそこを弄り回すようになっていった。気持ちが良い、とは今もまだ感じられないが、しかし確かに触られている感覚が以前よりも強く感じられるようになっているのは確かだ。
 なるほど、確かに、触り続けることで効果というのはあるらしい、と長義も納得をする。するが、ふと、このままではまずいのでは?という思いも、ちらりとではあるが過ぎるようになった。
 掌で揉みこむように、ぐるぐると円を描きながら指先が胸の筋肉を解すように食い込み、弛緩する。南泉の掌の中心で、ぐりぐりと押し潰される乳首が硬く尖っていくのを感じながら、長義はふっと短い息を吐いた。布の摩擦でサリサリと擦れるそれに眉を寄せて、首筋にかかる南泉の吐息に肩を震わせる。

「っひ、な、南泉?!」
「んー?」
「む、胸を触るだけじゃないのかっ?」

 べろり、と胸に意識を集中させていた所に項に湿った感触を覚えて、長義の声が不覚にも引っ繰り返る。今まで、長義の胸に執心していた南泉が、唐突に舌を伸ばして長義の項を舐めあげたのだ。ねっとりと這うように、夜の情事を思い出させるような舌使いに無意識に長義の背筋に震えが走る。
 止めさせようと手を伸ばすと、それを拒否するように不意に南泉の指先が痛いほどに強く長義の両乳首を捻りあげた。

「いった」
「じっとしてろ。これも検証の1つだ、にゃ」
「ち、乳首を弄るだけなんじゃ、」
「気分を盛り上げるのも大事なんだにゃー」
「くっ、わ、わざとらしく可愛い語尾をして…!」

 あざとくも語尾を伸ばして、南泉の唇が長義の耳の裏にちゅっと可愛らしい音をたてて口付ける。その音と感触に咄嗟に逃げるように頭を振るが、服の上からでもわかるほどぷくりと立ち上がったそこに、南泉の指が絡みついた。
 そのまま片手は乳首を、もう片手はするすると脇腹を辿り下腹部にまで到達すると服の上から思わせぶりにくるり、と掌全体で下腹を撫でまわされ、びくびくと腹筋が震える。と、同時にきゅっと抓られた乳首にひっと小さく悲鳴があがった。

「南泉…ッ」
「どうした?山姥切」

 少しだけ笑みを含んだ声音を、耳の近くで吐息混じりに吹き込まれる。ひぅ、と更に引き攣った声で、長義はそれはやめろ、と語尾を荒くした。

「耳元で喋るなっ」 
「なんで」
「なんでって」
「あぁ、お前、ここ弱いもんにゃ?」
「んくっ…ぁ、くっ、この…」

 べろり、と耳殻を這う舌の生温い温度に声を押し殺し、そのタイミングで押し込まれた乳首にも喉が引き攣る。ぐりぐりと強く押し潰すように食い込んだ乳首がじん、と痺れたように神経に伝わり、大きく肺を膨らませた。下腹を這う手は腰元でさわさわと触れるか触れないかのもどかしい触り方で長義を弄び、ぴちゃぴちゃと鼓膜を揺らす水音が熱を上げていく。
 今までにない淫靡な気配が、少し陰った室内にしっとりと広がっていくと、ごくりと生唾を飲み込むように長義の喉が上下した。が、次の瞬間、すっと、胸を苛んでいた手も、耳を辿っていた舌も、腰を撫でていた手も離れてぽんと放り出すように長義の体が解放された。え?と、思わず一切の動きを止めた体に目を瞬かせ、咄嗟に後ろを振り返った。視線が合った南泉は、うん?と小首を傾げて長義を見返す。

「どうした?」
「どうした、って…」
「とりあえずこれで終わりな。次は、そうだ、にゃ。夕餉の後と、寝る前ぐらいか?」
「…え、あ」
「ごくろーさん。んじゃな」

 長義を膝から降ろし、ぽん、と頭に軽く手を置いてから南泉は軽い労いと共に部屋を出ていく。後に残された長義はポカンとその背を見送り、しばし硬直していると次第にふつふつと湧きあがるような羞恥に顔を赤く染め、殴りつけるように床を両拳で叩くと背中を丸めて蹲った。

「猫殺し君の癖に…!」

 良いように弄ばれた!!と、ギリギリと歯ぎしりをして長義の目が座る。そうか、いいとも。お前がそのつもりなら、受けて立ってやろうじゃないか。思わせぶりな手の動きに翻弄され、中途半端に盛り上がった体の熱を発散するように深呼吸をして、長義は南泉が出て行った戸を睨みつけた。
 この俺を挑発して、タダで済むと思うなよ。猫殺し…!対抗心にも似た不屈の精神で、長義は南泉に挑む気概であったが、その判断が正しかったかは定かではない。いささかの熱に浮かされた思考であったとは否定できないまま、長義はその夜南泉に襲い掛かり、美味しくぺろりと頂いた、いや、正確には頂かれたのだが、良いように翻弄してやったとも思うのでwinwinだと長義は言い張る。
 翌日はどちらもつやつやと、南泉の方はいささかの疲労が見えたが長義自身は満足気に朝を迎えたので、それを見た仲間は仲が良いねぇ、と生温い視線を向けざるを得ない。
 そんな日々を繰り返して、結局長義は一月余りの時間、南泉の検証を律儀にも受け続けた。
 約束を反故するわけにいかない。一種の義務と、長義の矜持故の、一か月。その様を南泉は粒さに観察し、逃げることも、逃げられることもなく、思う存分、やりたいように、時には反撃染みたことをされながら過ごして、そうして。


 じゅるり、と。獣の舌嘗めずりが聞こえた。





 可愛そうなぐらいに赤く腫れあがり、ピンと立った乳頭。淡いピンク色だった乳輪も淫靡な赤に染まり、依然に比べてふっくらと膨らんだようにも見えて、ふるふると健気に震える様は目にも楽しい。
 肌が白いから余計に目立つ以前とは違いいやらしく染まった赤に、機嫌よくツツ、と乳輪の形に沿うように指で辿ると、びくりと大きく体が震えるのも愉快だった。軽く揉みこめば、じわりと体に汗が浮かんでしっとりと艶めいていく。戯れのように、ツンと尖った乳頭を人差し指で弾くと、甘く引き攣った声がひんっと小さく上がった。

「いーい感じになったにゃぁ」

 くりくり。硬くしこり、芯が入った様に立ち上がった乳頭の先を指で触り、こね回す。ピンピン、と指先で弾けば益々体が震え、ぎゅう、と強く抓ると声があがる。あぁ、上々の出来だ。まさか、こんなに上手くいくなんて。思い通りに事が運んだ事実にゴロゴロと喉を鳴らして、南泉一文字は両手で口を押えて顔を真っ赤に染めた山姥切長義ににんまりと目元を三日月に変えた。

「気持ちいーだろ?化け物切り」
「…ッ…ッ!」
「個刃差があるって話だが、結構お前、才能あったんだにゃあ」

 両手で塞いだ口から、フゥフゥと荒い息が漏れ出るのが聞こえる。潤んだ瞳の、水に濡れたように濃厚になった瑠璃色に満足気に笑みを刷いて、南泉はふにふにと軽く乳輪ごと乳頭を揉みながら、這わせた左手でそろり、と股間を撫であげた。すでに大きく、下着を押し上げるように長義のそこは膨らんでいた。じんわりと下着を濡らし、一部が濃く変色していることにも南泉は非常に満足して、ちゅっと慈しむように長義の目尻にキスを落とす。それから耳元で囁くように、そっと顔を寄せた。

「気持ちいいところが増えて、よかったな?」
「…っるさい、この、馬鹿猫…!」
「猫じゃねーっての。ったく、こんなにしてよくまぁ悪態がつけんな?………にゃ」

 まぁ、それでこそお前だけど、とぼやきながら、股間から手を放して両乳首をきゅっと捻る。瞬間、電流が走った様に長義の背がぐっと弓なりにしなり、浮き上がった胸にちろりと赤い舌を出して抓んだ乳首の上からべろり、と舌を這わせた。ぬろぬろと器用に舌先を動かして、乳頭の窪みを抉るように突き立てる。ぐにぐにと穿れば、堪らず長義は切れ切れの嬌声をあげた。

「あっあっ、んぅぅ…ッ」
「検証は成功だな。男でもここで感じれるってことで、ありがとにゃー山姥切」
「黙れ、黙れっ。こ、こんなの、こんなはずじゃ…っ」
「でも、気持ちいいだろ?」

 なァ?と意地悪気に囁き、ふぅ、と唾液で濡らした乳首に息を吹きかけると長義の声が詰まる。睨みつける目は涙で潤んで、そんな目で睨まれても煽っているようにしか見えない、と南泉はフッと息を零した。ふるふると耐えるように力のこもった腹部の、綺麗に浮き上がった腹筋の形にほう、と吐息を零して自分が作り変えた長義の乳首に会心の笑みを浮かべてみせる。
 舌先で転がす弾力を楽しみながら、時折歯を立てて見せれば長義の喉が反った。必死に押し殺そうとする嬌声の、殺しきれなかった短い吐息が部屋の湿度をあげていく。
 薄いピンクを淫靡な紅に、柔らかかった乳頭を硬くしこらせ、平たかった乳輪はふっくらと膨らんで。心なしか、胸板も少し柔らかくなったようにも感じる。指が沈む肉の感触に全体を揉みながら、必死に背骨を伝う悦楽に耐える長義を目を細めて眺め、南泉は次は、と口元を歪ませた。

「ココだけで、イケるようにしてぇな。…にゃ」

 小さく、絶え間なく弄られることで与えられる快感に身悶えする長義には聞こえない程度の声量で。次なる野望をひっそりと掲げて、南泉はカリカリと乳首を爪先で引っ掻き、兆し、立ち上がる陰茎を一瞥して舌嘗めずりをした。
 南泉の手で作り変えていく。美しいこの刀を、南泉だけの体に変えていく。いやらしく、愛らしく、快楽に弱く。弱い部分を増やして、ドロドロに蕩かせて。啼いて、鳴いて、泣いて。快楽に身を委ねる姿を想像して、膨らんだ陰茎を愛おしく撫であげた。途端、びくびくと体の震えが大きくなるのだから、南泉の背筋にもゾクゾクと興奮が駆け巡った。染みを広げた下着の上からじれったく撫でると、抗議するような強い視線を感じて隠れて口角が持ち上がる。

「頑張ろうな、山姥切」
「…は、え…?」

 快感に蕩けはじめた頭では、南泉の言葉の意味を深く考える余裕もない。涙に煙る瞳で見上げれば、愛おしげに、けれど肉欲にギラギラと澱んだ目が真っ直ぐに長義を射抜いて、きゅぅん、と心臓が高鳴った。それだけで思考を放棄するには十分で、長義は一度目を閉じると、そろり、と南泉の首に腕を回す。
 引き寄せる弱い力に抗うことなく、南泉は首に腕を回されたまま長義が引き寄せるそのままに、望み通りに、その小さな口にがぶりと齧りついた。