余計なお世話と人はいう



 湯上りで火照った頬を夜風がそっと撫でていく。自室に戻る為に床板を軋ませながら進むと、ぽっかりと藍染の空に浮かぶ満月に一欠片足りない黄金色の月が縁側を照らし出し、青い陰影を浮かび上がらせる。
 伸びる自分の影の青さに鼻歌を溢し、欠けた月でも十分に明るい廊下を戸惑う事なく進んでいく。まあ、短刀、脇差程とはいかずとも打刀の目に夜の帳はさほど問題にはならないのだが。あぁ、それにしてもよい月だ。ふと見上げた月の趣き深さに月見酒も悪くないと思うが、生憎と部屋に備え付けたミニ冷蔵庫に酒類は入っていない。厨で貰ってくるのもいいが、こんな時間だ。今頃は明日の朝餉当番が仕込みをしている頃だろう。押し掛けるのも悪いな、と浮ついた気持ちを宥めるように思考を明日の非番に移す。そうだ、休みならば明日酒やツマミを準備して、月見酒と洒落込めばいい。誰か誘おうか、それとも1人で楽しむか。思わぬ予定に浮き足立つ足がピタリと止まる。部屋の前。縁側の雨戸を開け放ち、柱に寄りかかるようにしてだらりと気を抜いた背中。月光に青白く浮かぶジャージの持ち主はよくよく見知った相手で、ぱちり、と瞬いた。

「猫殺し君?人の部屋の前で何をしているのかな」

 わざわざ夜中に俺の部屋の前にいるなんて珍しい。こちらから赴くことはあっても逆は滅多にない腐れ縁に不思議に思いつつひょこりと覗き込めば、傍に徳利とお猪口が置かれているのが見えて、ははぁん、と目を細める。
 柱にもたれかかる南泉を見れば、今宵の月のごとき金目が薄い瞼に覆われ、目尻に薄っすらと朱が散っていた。薄く半開きになった唇からスゥスゥと寝息が溢れ、実に気持ちよさそうに寝入っている。
 現場から想像するに、月を肴に1人酒を楽しんだ結果、睡魔に抗えなかったといった所か。別に酒に弱いわけでもあるまいに、呪いの影響か睡魔にだけは忠実なことだ。

「散々俺を嫌な奴だと言っておきながら、どうしてそう隙を見せるのかな」

 野良猫のように、再会してから警戒し口喧嘩めいた応酬を交わす腐れ縁同士。会いたくなかったと言った口で、しかめっ面をする癖に。油断できない相手の部屋の前で、こうも無防備な姿を晒すなんて格好の餌だと思わないのか。
 まあ、遠慮なく美味しいネタは使わせてもらうけど。傍らの徳利の首を摘んで持ち上げ、左右に振るが重みも水音もしない。数本並ぶどれもがその有り様で、一杯ぐらいあれば相伴に預かれたのに、と不満を浮かべて鼻を鳴らす。…まあ、いい。今日はこの間抜けな寝顔に免じて許してやろう。今は気持ちよく寝ているあどけない顔が、明日どんなにか愉快なことになるかと描いて溜飲を下げ、仕方なし、とばかりに南泉の肩に触れた。
 僅かばかり、そう僅かばかり自分よりも厚みがありがっしりとした肩を掴み、軽く動かして声をかける。

「起きろ、南泉。いい加減にしないと風邪を引くぞ」

 月見酒の結末が風邪っぴきなど最早笑い話よりも呆れ話だ。刀剣男士の身体がただの人の子より丈夫とはいえ、何も無いわけではない。俺に看病されたいのかな、と揶揄い混じりに肩を揺すり続ければ程なくして薄っすらと南泉の瞼に亀裂が走る。青白い月光を浴びて白く見える睫毛が震え、隙間からぼやけた金緑石が覗いた。パシパシ、と緩慢な動きで瞬きが繰り返され、寝起きの亡羊とした目が俺を捉え、ふにゃりと相好を崩した。………は?

「山姥切」

 薄い唇が蕩けた声で名前を呼ばう。寝ぼけているのか、まだ酒精が残っているのか。男士の身で聞いたことのない甘さを含んだ呼びかけに一瞬虚を突かれ、伸びてきた手に反応できなかった。刀を握るかさついた手が頬に触れる。垂れる髪を退けるように指先が動いて耳にかけると耳殻を辿るように擽った。ぞくりと背筋を走る悪寒めいた知らぬ艶に瞬間、カッと顔に熱が灯る。

「ね、寝ぼけているのかな。それとも酔いが覚めていないのかな。全く、明日はさぞ面白いこと、に!?」

 やや早口になった口で耳を擽る手を退けながら薄っすら笑みを浮かべた次の瞬間、視界が斜めに傾いだ。払い退けた手が肩にかかり、ぐっと力を込めて後ろに押された。膝を突いていたせいか、倒れるように簡単に崩れたバランスのままペタンと尻餅をつき、眉を寄せて前を睨みつけた。

「猫殺し君、君ね一体何を…」
「ん~…」

 本当にどれだけ酔っているんだ。転がる徳利の数からしてさほどの量ではないはずなのに、随分とらしくない行動をする、と咎める視線を向けるとのっそりと顔に影がかかる。
 見上げれば伸し掛かるように南泉が上にいて、月明かりが縁取るように淡く南泉を彩った。そのまま暖でも取るつもりなのか、頬を寄せて首筋にスリスリと擦り付けて、ふわふわと柔らかな髪が擽ったい。…というか、行動が獣のそれなんだが。
 酒に呑まれて呪いの抑制が効かなくなったのか?付喪の頃であればなんてことはないはずのそれが、人の手により顕現し、肉体を得た弊害かより顕著に現れるのは確かに大変であろう。まあ、簡単に呑まれてやるような軟弱モノではないし、それを捻じ伏せ立ち続ける強さを疑うべくもない。
 スリスリと擦り寄る南泉に、正気に変えれば頭を抱えてこの世は地獄だと嘆くだろうに、と微かに喉を震わせ好きなようにさせていると何を思ったのか、ベロリ、と濡れた感触が鎖骨に感じた。

「はっ?え、ちょ、南泉?」
「あまい」
「甘くはないかな!?仮に甘くても人の身体を舐めるなん、ひっ」
「いーい匂いだ、にゃ。花、果?リンゴ、か?」
「あ、あぁ。加州君が青林檎の香りのボディソープを貸してくれてね…いや違う。猫殺し君、舐めるのをやめてくれと言ってるんだが」

 スンスンと鼻を鳴らしながら匂いを嗅がれ、味見でもするようにぺろぺろと舐められる。唾液で濡れた肌がひんやりと夜風に冷やされ、折角風呂に入ったのにと無理矢理引き剥がそうと南泉の肩を掴むが、むずかる様に南泉は身動ぎしよりピッタリと密着した。
 ちゅっちゅっ、と可愛らしい音を立てて、南泉の顔が下にズレていく。寝間着の合わせに指先を差し込んで、ずらしながらはだけていく胸元に混乱よりも哀れみが増した。猫殺し君、君明日本気で折れたくなるんじゃないか。腐れ縁相手にこんな過剰なスキンシップ。スキンシップというか最早セクハラだが、酔っ払い相手に本気出して抵抗するのもなぁ。むしろ、どこで正気に戻るだろうと思わなくもない。正気を失わなければ絶対やらないだろう、こんなこと。そこまで強い酒だったのだろうか、と転がる徳利をチラリと見やったところで、肌を弄っていた南泉からあ?と短い戸惑いが生まれた。

「…ねぇ」
「ん?何かな?」
「ねぇんだけど」
「何が?」

 はだけた合わせから差し込んだ手で胸板を弄っていた南泉が顔をあげた。見下ろした顔に戸惑いと心配が混ざっていて、その顔を見つめてはて?と首を傾げる。…胸板を弄って「ない」と言われるようなものがあっただろうか。さわさわと何かを探るように行ったり来たりする掌に、逆にこちらが不安になる。え?俺の身体に何か不備があると??

「乳首」
「んん?」
「乳首がねぇ」
「…は、あ?」

 心配気な顔で、胸元を探っていた南泉が中心部で色を変えている部分を指して、ココ、とつん、と突いた。

「何かのバグか?手入れ不備か?ないぞ、乳首」
「え、いや、これは」
「主には言ったのか?誰かに相談したのか?まさか、ずっとほったらかしにしてたわけじゃねぇよにゃあ?」

 そういって眇めた目がきつく色を変える。隠し事を許さぬような問い詰める視線にポカンとして、俺は南泉が気にする部分に視線を落とした。地肌の色から一つ濃い色に丸く色を変えた両胸の中心は、確かになだらかで凹凸はない。よくよく見れば円の中心には窪みがあるのだが、執拗に乳輪部分を撫でる南泉は気がつかないのだろうか。
 と、いうよりも、こいつは、何を言っているんだ?

「おい、山姥切」

 戸惑いに反応が鈍い俺に焦れたのか、いささかきつい物言いで呼ばれる。あの甘やかさはないが、声色に秘められたものが何かはわかるつもりだ。いや、いやいや。だからといって何を言えと。じっと見つめてくる目が話せ、と強要してくる。別に、君が疑うようなやましいことがあるわけではないんだけど。

「これはバグでも主の手違いでもないよ。あ、いや。バグといえばバグなのか、な?」

 多くの個体と違うということはある意味でバグなのかもしれない。考えたことなどなかったから、改めて考えるとそう言えなくもないがしかしだからといって何がどうというわけでもなく個体差で蹴りがつく話で、しかしそれをわざわざ口にするのも微妙な話しだ。
 しかも酔っ払いの腐れ縁に、こんな身体的特徴を説明しなくてはいけないとか…いや本気でこいつ知らないのか?
 思わず俺を困らせるためにしてるんじゃないかと胡乱に見遣るが、南泉はバグ、という俺の言葉に益々眉を潜めた。見つめる目は真摯で、そこに打算は見えそうもない。この場合、打算である方が俺としては助かったんだが。

「あー、猫殺し君。バグというのは言葉の綾で、乳首がないわけではなくて今はちょっと見えないだけというか…」
「なんだよ。ハッキリ言えよ、にゃ」
「だから、…ちゃんと、乳首はあるんだ。その、隠れて、というか、埋まって、というか…この、奥にね」

 なんの羞恥プレイだこれは。人差し指と中指で乳輪を挟むようにして指を添え、くい、と軽く引っ張る。窪みが伸びて、少し広がれば奥に引っ込んでいるそれも見えるだろう。何が楽しくてわざわざ見せつけるような真似を腐れ縁にしなければならないのか…。思わず遠い目で明後日の方向を見た。
 俺の乳頭はいわゆる陥没乳頭という奴で、本来外部に露出している部分が肉の中に埋没している状態にある。正常な状態であるとは言い難いのかもしれないが、他の山姥切長義と差異はあれど恥ずべきものでもないので気にしたことがなかった。あってもなくても戦や生活に支障はないし、子を育てる必要がある女人ならともかく男の乳首など飾りも同然の無用の長物なので、本当に気にしたこともない。しいて言うなら清潔に保つには少し面倒な側面があるぐらいか。いっそない方が楽だったのにと思わないでもないが、こういう形で顕現してしまっているので致し方ない事柄である。
 まあ、腐れ縁に向かって見せびらかすように説明する事になるなんて想像だにしていなかったが。恥ずべきものではないが、この状況は羞恥を煽って仕方ない。僅かに頬が熱くなるのを感じながら明後日に向けていた目線を戻すと、じっと食い入るように胸元に視線を注いでいる南泉がいた。いや、見過ぎじゃないか?

「…見えねぇ」
「え?あぁ、暗いからかな」

 月明かりでは周りを見るには困らないが、こんな埋まった小さな箇所を見るには向かないのかもしれないな。眉根を寄せた南泉に、しかし何時迄も見せ続けるのも虚無感が半端ないので、指先を離して寝間着を直すように袂に手をかけた。まあ、見えようが見えまいが不具合などではないと説明できればいいのだ。そもそも男の胸板など凝視して楽しいものでもなし。そして見られて嬉しいものでもないので寝ぼけた酔っ払いに何時迄も付き合ってなどいられないな。いい加減俺も部屋で休みたい。
 一体なんの時間だったのか、とすっかり冷えた身体で溜息を吐くと、襟を直そうとした手を武骨な手が押し留めた。

「本当にココにあんのか?…にゃ」
「こんな嘘を言ってどうするんだ。それより手を放してくれないかな、いい加減寒いんだけ、どっ!?」

 意図せず、語尾がひっくり返る。むぎゅ、と、無遠慮な手が、右胸の乳輪を摘みあげたからだ。そのままグニグニと中の芯を探るように人差し指と親指で揉み上げられ、微かな痛みと背筋をぞぞっと走る悪寒にハクハクと唇を戦慄かせた。

「な、何を!」
「んー…かたい物がある、ような?なあ、これ出てこねぇの?」
「っし、げきを加えれば、でてくる、けどっ。猫殺し君、ちょっと止めてくれないか」
「刺激、ねぇ…これじゃ足りないか」
「は?いや、だから止めろと言って、」

 むぎゅ、むぎゅ、と強弱をつけて乳輪を揉んでいた南泉が思案気な顔をしたかと思ったら、今度こそ俺は息を呑んで絶句した。
 あいつが、腐れ縁の古馴染みが、顔を合わせればしかめっ面で、軽口の応酬を繰り返すような刀が!俺の胸板に顔を寄せて、ぱくりと俺の乳輪を食んだのだ!は!?いやいや待て待て待て。何を考えているんだこの猫殺しは!?

「ちょ、馬鹿か君は!何を考えてるんだやめろ気持ち悪い!悪酔いするにも限度があるぞ猫殺し君!!」

 声を荒げて、乳輪に吸い付いた南泉を引き剥がそうと頭を掴んで押しやろうとするが、それを見越してかガリ、と痛いぐらいの力で歯を立てられあらぬ場所の痛みに思わず引き剥がそうとした手の動きが止まった。
 反射的に怯んだ俺を見て、南泉は労わるように恐らく噛み跡がついたのだろう箇所をねっとりと舐めあげた。少しザラついた舌の表面が唾液の滑りを借りてぬるぬるとすべって、ひくっと喉仏が引きつる。
 何故こんなに執着しているのか。暴挙とも取れる血迷い具合に軽い混乱と噛まれた衝撃で固まっているとそれが彼を調子づかせたのか、乳輪の中心の窪み…乳頭が隠れている穴の中に、ぬるりとしたものが入り込んだ。

「ひっぃ、んん…っあ、ね、猫殺しくん…!?」

 尖った舌先が肉の窪みを舐めまわし、その奥に潜んでいる肉芽に舌先が触れる。ぐりっと抉るように舌先が蠢いて、埋もれて外気にすら晒されたことのない箱入の乳頭にはあまりに強烈な刺激だった。

「や、ぁっう、やだ、やだ猫殺し君、なめるな、舌を抜け…っ」

 鼻にかかったような弱々しい声が零れる。泣き言めいてらしくないのに、ぐちゅ、と唾液の水音が立つとびくん、と背筋が震えて、伸び上がるように背中が反った。陥没した乳頭を舐め回される。穴の中に入り込んだ舌先が乳頭の先端を押して、潰して、ぴち、ぴちゅ、と水音が立った。考えたことも感じたこともない未知の感覚に、肌が粟立ち総毛立つ。

「あっあっあぁ!?や、左もっ指、やめろぉ…!」

 もう片方。何もされていなかった左側の乳輪に、南泉の不埒な手が伸びる。舐め回される右乳首に集中していて、突然きゅっと摘まれた乳輪に弾みで油断していた喉から声が跳ね上がった。押し出すつもりなのか摘んだと思ったら、今度は窪みに爪を立ててぐりぐりっと指先が乳輪ごと中に潜む乳頭を押し潰した。出したいんじゃないのか!?と息を呑んだが、丸く整った固い爪が乳頭の先に触れて、あ、あ、と途切れ途切れに声が上がる。中を穿るように強引にぐりぐりっと指先が沈み込んで、痛いぐらいだ。いや、痛いはずだ。外界から遮断されていた小粒の乳頭は刺激に疎くて、じんじんと熱を帯びている気がする。痛い、痛い。やだ、やめろ、やめてくれ。最後は懇願するように鼻を啜ると、ようやく穴の中を舐めまわしていた南泉が顔をあげた。やっと話を聞く気になったか、とほっと息をついたが、すぐにギクリと強張った。

「な、南泉…」

 ギラギラと熱を灯す目。濡れた唇がぬらりと光って、荒い息が剥き出しの肌に熱く吹きかかる。興奮している。色艶を纏わせて、滴るような色香を纏って。当てられたように、ごく、と、喉が鳴った。全身が、熱い。

「痛い、だけか?」
「は、」
「にゃあ、山姥切。ココ、弄られて本当に痛いだけか?」
「あ、な、なに。痛い、痛いよ。だって、そこは」

 問い掛けに、戸惑いながら答える。痛い、痛いはずだ。だってそこはいつも肉の間に埋まって、外気に晒されることなど滅多になくて、だから舐めたり穿られたり、刺激が強すぎると痛みを感じて――本当に?ぞく、とあらぬ気配に震えた肌に細くなった南泉の目が、まるで三日月のように弧を描いた。

「ココ、いつも隠れてるんだもんにゃあ。こんなに触られたこともねぇよなぁ、触ったこともねぇよ、にゃ」
「ひっ」

 くにぃ、と、先に俺がしたように、人差し指と中指で乳輪を挟み込み、左右に引っ張られる。横に伸びて開いた窪みから僅かに乳頭の先端が覗いて、外気に晒された。
 見せつけるように、再び赤い舌先がちょん、と覗いたぷくりと膨らんだ乳頭に触れた。ビクンッと肩が跳ね、溢れそうになった声を咄嗟に掌で押さえ込む。月明かりに、てらてらと乳首が照らされる。

「も、もう止めろ、南泉。乳首があるのはわかっただろう…!だ、誰かきたら…!」
「なぁ、山姥切」

 じわり。目尻に涙が浮かぶ。訳がわからないが、それ以上はダメだ、と本能的な忌避感が全身を駆けた。事の始まりは陥没乳頭を知らなかった南泉が俺の乳首の存在を疑ったことだ。これだけ散々弄って確かに存在を確認したのだから、これ以上の行いは必要がないはず。大体、夜中とはいえ廊下でやるようなことじゃない。思えばあまりにも無防備だった。誰かに見られたら言い訳のしようもないほどに危うい光景で、誤解されること必至である。
 誰ならいいという話でもないが、腐れ縁とそういう関係なのだと吹聴されるのは互いにあまり喜ばしいものじゃない。特に、南泉は俺とそんな関係なのだと思われることは不愉快でしかないだろうに。廊下で、四方から容易に見られるような場所で。腐れ縁の戯れ合いというには、この行為は度が過ぎていた。そう考えて、ここらが潮時だと止めるのに。これ以上は互いに危ういのだと、戻ろうと腕を引いたのに。
 南泉はわかっているのかいないのか、剥き出しになった乳頭にふぅ、と息を吹きかけて口角を持ち上げた。うっとりと淫靡に、金緑が妖しく煌めく。
 視線で肌を嬲られたかのようにゾワゾワと這い回る寒気に口元を手で押さえたまま、小さく首を横に振る。やめろ、と視線で訴えるのに、南泉は笑ってそれを握り潰した。

「慣れないから痛いんだよにゃ。なら、外に出して慣らしてやらないと、な?」
「やっめ…!ひっ……ぃぁあ!?」

 じゅっと強い刺激が右胸に走った。ジュ、ジュウゥゥ、と肉が引っ張られ、南泉の口腔に吸い込まれる。ひどい吸引だ。乳輪の形が崩れて、皮が伸びるんじゃないかというほど吸われて、無理矢理に奥にあるものを引きずり出そうとしている。

「やだっ痛い!痛い南泉っ。やだぁ!!」

 抗議の声はちゅぽん、とどこか間の抜けた空気の抜ける音で無かったことにされた。ぶるり、と身体が震え、ハアハアと息が乱れる。

「ふ、はは。ほら見ろ、山姥切。ようやくお目見えだにゃぁ」
「あ、え、ひんっ」

 あまりの暴挙に呆然としていた俺を置き去りに、楽しげな声でピン、と何かが弾かれた。痺れるような感覚が弾かれた部分から下腹部に響いて、恐々と視線を向ければ、ひぐ、と喉が引き攣った。

「あ、俺の、乳首、」
「あぁ。小さい乳首だ、にゃ。でもコリコリして、ツンって勃ってる。やぁらしい」

 ニヤァと笑って、乳輪に沈み、常に温かな中に収まっていた小さな突起を、南泉が弄ぶように親指と人差し指で摘んでコリコリと捻った。唾液に塗れ、ぬるぬるとした乳首が南泉の指の中で滑って、得も言われぬ感覚がぞわぞわと肌を撫でた。

「あっあっやっ。南泉、さ、触るな…っ」
「んー痛いか?」
「い、痛い、痛い、から…っ」
「ふぅん。でもよぉ、山姥切。お前のココ、濡れてるぜ?」
「え、…」

 言われ、はた、と口を閉ざす。目を丸くして南泉を見れば、南泉は僅かに身体を浮かして俺に見えるように視線を誘導した。ズレた身体の隙間から、自分の下半身が見えてカッと頬に熱が集まる。

「なっ…!うそだ、こんな、なんで…!」

 俺の下半身を覆う寝間着は、確かに南泉が言う通り色を変えていた。月明かりの下でもわかるくらい濃い色になって、肌に張り付いて盛り上がった陰部の形がわかる。わかってしまう。
 羞恥と理解したくない状態にわかりやすいぐらい動揺すると、テントを張ったその部分に、するりと南泉の手が触れた。何より直接的な接触に、身体全体が大きく跳ねた。

「乳首吸われておっ勃てちまったんだ、にゃ。痛いんじゃなくて、気持ちよかったんじゃないか、お前」
「ち、ちがう。俺は、本当に痛くて、だからこんな、こんなの何かの間違いだっ」

 ぶんぶんと首を横に振って否定する。嘘じゃない。事実今まで感じたことがないほど強い刺激で、布擦れからすら縁遠かったそこには南泉の行為はあまりに酷い行いだったのだ。痛くて痛くて、だから止めてくれと言っているのに。なのに下半身は縮こまるどころか真逆の反応を示していて、混乱にじわりと涙が浮かぶ。あぁ、こんな事で泣くだなんて!!

「まあ、どっちでもいいけどな。お前のココ、もっと慣らしてやらねぇといけねぇし」
「慣らす…?」
「刺激に疎いから反応するんだろぉ。まあ、こんな箱入りじゃそれもしょうがない、にゃ」
「うっ、くぅ…ッ」

 左側の肉の間に埋まったそれをぐりぐり穴に指を突っ込むようにして捻じ込んで苛め抜く。まだ表に出てきていないそれを更に奥に押し込むように潰しながら、窪みを引っ張って穴を広げる。まだまだ顔を出さない頑固な乳頭に、南泉はふっと息を吹きかけた。

「片方だけじゃバランス悪いな。こっちも出してやらないと不公平だよにゃ」
「やっい、いい!出さなくていいから、止めろ、触るなっ」

 近づく南泉を押し止めるために肩を両手で押さえるが、きゅむっと陰部を掴まれ動揺し力が抜ける。何もかもが南泉の方が上手で翻弄されている現実にどこで初手を間違えたとほぞを噛んだ。

「いっ…やっあ、あぁっ!」

 じゅっ、ジュジュウゥゥ。
 左の乳首に吸い付いた南泉から、下品な音がもれ聞こえる。ジゥジゥと散々指でいじくり回した穴を乳輪ごと吸引され、ギュッときつく目を閉じて声を押し殺す。その間も先に吸い出された右胸の乳頭は指でくにくにと挟み込まれて、最早何がなんだかわからない。
 吸い出した乳首を、今度はすぐに解放せずに口腔に入れたまま舌先で舐め回され、ビリビリと背骨に震えが走る。それが快感なのだと認めたくなくて、やだ、やめろと拒絶の言葉を吐き出す。しかしそれも弱々しいもので、そんなものじゃ止まってやれない、とばかりに歯で乳首の根元を挟み込まれ、背中を仰け反らして悲鳴をあげた。

「んっく…アァァッ!!」

 またちゅぽん、と音をたてて乳首が解放されて、濡れた乳首に夜風が当たって温度差に身震いする。
 吸い出された乳首は右乳首と同じようにツンと立っていて、唾液でてらてらと濡れていてなんだかいやらしいものに見えて仕方がない。俺の乳首なのに、どうして持ち主ではなく他刃に好き勝手にされているのか。慎ましやかに肉に埋もれていただけなのに、無理矢理に引きずり出されて弄り回されるなんて乱暴を受けるほどのナニカをこれらがしたというのか。
 うぅ、と小さく唸ると、出てきた乳頭に満足気な顔をした南泉は2つの乳首を摘んで、くいっと引っ張った。

「アッ」
「後はもっと弄って、痛くなくなるようにしてやらないと、にゃ」
「や、やらなくていい!やらなくていいから、南泉、もう本当にやめて…っ」

 懇願めいて情けない声が溢れる。すっかり寝間着ははだけて肩から落ちて肘の辺りで蟠り、足元は捲れ上がって太腿の際どい所まで露出している。帯でかろうじて止まっているよいな情けない格好に、いっそ折ってくれ、と腕で目元を隠した。体は無体に火照っているが、逆にその熱が冷やされるような夜風に肌が粟立つ。
 鳥肌が立ったのに気がついたのか、南泉は乳首を捏ねていた手を止めてあぁ、と頷いた。

「寒いか?外だしな。中に入るか」

 言いながら、力の抜けた身体を抱き上げられた。違う、そうじゃないと抵抗したいのに、身体はなんだか鉛のように重い。慣れない刺激についていけてないのだ、とどこかぼんやりと霞がかった思考で、ふと南泉の肩越しに放置された徳利に気がつく。あれ、そのままにする気か。どうする気だ、と縁側に残される徳利達に涙でぼやける目を向ける。南泉の服を引っ張ると、俺を見た南泉がふっと笑った。

「最後まではしねぇよ。準備もしてねぇし、にゃ」

 いや、なんだ最後までって。準備ってなんだ準備って。ナニするつもりなんだこの猫を斬った刀は、と追いつかない思考で、ふと思いつく。

こいつ、実は最初から酒になど酔ってはいなかったのでは?

 しかし、そう思いついた所で脱力した身体は持ち直さない。都合よく俺の部屋は目の前で、数歩も歩かずすぐに辿り着く。すらっと廊下と部屋を仕切っていた戸を開けてしまえば、中には入浴前に敷いていた布団が広げられている。あとは寝るだけのつもりだったのだから当然だ。
 その布団の上に思ったより優しく寝かされて、覆い被さる影に顔が引きつる。見上げた顔は実に楽しげで、意地悪気に爛々としていて、まるで獲物を甚振る猫のよう。それじゃ俺は鼠か鳩か。冗談じゃない、と我が身を捩らせるが、容易く体を縫いとめられて身動きが取れなくなる。位置が悪い!俺が下で、南泉が上だとか、逃げようにも逃げられないではないか!そう歯噛みする俺を見下ろして、南泉は甘ったるい聞いたこともないような熱っぽい声で口を開く。


「陥没乳首、治そうにゃ♡」


 わざとらしい媚びた声音に、治したいなんて一言も言ってない!!と叫びかけて、俺の喉は南泉により霰もない声をあげる羽目になった。