どうした、団長。ルリア。・・・ほう。町で面白い話を聞いたのか。どんな話だ?森の奥に願いを叶える泉がある?探したのか?はは、そうか。なかったのか。まぁ、噂は噂だ。そういうこともあるだろう。あるいは、なんらかの条件が揃わなくては現れない泉なのかもしれないな。さて・・・その条件が何かは俺は知らないが、お前たちならばいずれ泉を見つけることがあるかもしれないな。
 噂、か・・・噂といえば色々あるが、そういえば昔騎士団に居た頃に変わった話があったな。うん?興味があるのか?・・・そうか、期待に添えるかはわからないが、そこまでいうなら話すのも吝かではない。
 昔、これは俺がまだ若い頃の話だ。今でも十分若い?ありがとう、ルリア。・・・そう、まだ俺が騎士団の一兵士にすぎない頃の話だ。ふふ、そんなに身を乗り出してもそこまで面白いかはわからないぞ?パーシヴァル曰く、俺の感性は多少ズレがあるらしいからな。団長達にとって面白い話かはわからないが、まぁそう期待せずに聞いてくれ。
 昔に聞いた話だが、騎士団の兵舎には、蝶の部屋という秘密の部屋があるらしい。ランスロットたちも聞いたことがあるかもしれないが・・・今も知っている者がいるかどうか。どういう部屋か、か。さてな。俺はその部屋を見たことは無いから、聞いた話でしかないが、蝶で埋め尽くされた部屋だとか。それがどこにあるのかも知らない。団員の誰も見たことは無く、ただ、そういう部屋があるのだとまことしやかに囁かれていた。兵舎にはいくつか使われない部屋もあるが、ほとんどが団員で埋まっていて空きはほぼないといってもいい。あくまで噂で、そういう部屋がある、と。ただ噂の元となる出来事があるのは事実だ。
 その昔、とある団員が初めてシルフの護衛についた時だ。あぁ、そうだ。かつてシルフが霊薬を造るのに、ファフニールの力が必要だった。そのための護衛だ。無論、龍の元に行くのだから並大抵の団員では護衛足りえない。シルフの護衛は精鋭が務めるのが常だった。当時は誉れある仕事だったんだがな・・・。いや、きちんと霊薬の管理を、その副作用さえきちんと管理さえできていれば、今尚シルフの護衛は誉れあるものであっただろう・・・すまない、話が逸れたな。その護衛団に選ばれた騎士の1人が、シルフに恋をしたのだという。ふっ。そうだな、確かにシルフの見目は幼いが神秘的な美貌を持った少女だった。背中に背負う蝶の翅も益々シルフを幻想的なそれに見せたのかもしれない。星晶獣とは力がある分、その身に美しさを宿すのかもしれないな。・・・どうした?団長。うん?・・・よくわからないが、納得したのか?そうか。
 ・・・団員はシルフに恋をした。しかし、叶うはずもない恋だった。シルフに感情や思考というものはほとんどなかったし、・・・それに、シルフにはすでに思う者がいた。そもそも人と星晶獣だ。無謀な思いだというのは承知で、しかし騎士はシルフに焦がれた。焦がれて、焦がれて、・・・どこかおかしくなったのだろうな。騎士はまるでシルフの代わりのように蝶を集め始めたそうだ。シルフに良く似た美しい蝶を。最初は騎士の友人も仲間も趣味の一環だとして気にも留めていなかったらしい。そういうものを採集することを好む人間は一定数いるからな。けれど次第にその数は増していき、騎士の部屋を埋め尽くしていく。仲間が止めても騎士は聞き入れず、ガラスケースは増えていく一方だったそうだ。やがて騎士は訓練にも参加しなくなった。任務を放棄し、一日中部屋に引きこもるようになった。・・・狂ったのだろうな。最初はただ蝶にシルフを重ね、慰めにしていたのかもしれない。けれど集めていくうちに、何かの歯止めが利かなくなったのか、それとも最早最初の目的を見失ってしまったのか。・・・部屋から出てこなくなった騎士の部屋に、仲間たちが押し入った。そこでみたものは、蝶の翅で埋め尽くされた騎士の部屋だったそうだ。クローゼットも寝床も、机の上も床も壁も天井も。全て、蝶で埋め尽くされていた。
 足の踏み場もないほどに散乱した蝶の翅の中、騎士は穏やかに微笑んで立っていたそうだ。満足そうに、やり遂げた顔で、大きな蝶を抱えて。・・・それは、歪に繋ぎ合わされた、無数の蝶だったという。
 その後騎士は狂った男だとして騎士団を辞めさせられ、無数の蝶で埋め尽くされた騎士の部屋は片付けられた。けれど、・・・何時の頃からか、兵舎には騎士の部屋が現れるようになったそうだ。床も壁も天井も全て蝶で埋め尽くされた、蝶の部屋が。どういう条件で現れ、どういう人間の前に出てくるかもわからない。ただ、その部屋を見た者は、一様に騎士団にはいられなくなる・・・・という話だ。まぁ、誰も見たことなどない部屋だから、あくまでそういう話があった、というだけなんだがな。あるいは部屋を見たものはすでに団にはいないのだから、見た者がいないのは当然か。まぁ、蝶で埋め尽くされた部屋など早々気分が良いものでもあるまいよ。
 悲しい話、か。そうだな、確かに、報われぬ恋に狂った男の話だ。悲しく、また虚しいものだったのだろう。・・・男も、早くに気づけばよかったものを。一線を越える前に。
 ・・・しまったな。妙に湿っぽい内容になってしまった。すまない、団長。やはり俺はあまりこういう話は向かないようだ。気分を害したのなら謝ろう。・・・そうか、そういってくれるとありがたい。ルリアも、あまり気持ち良い話でなくてすまなかったな。お前たちのように願いを叶えてくれる泉程度の話ならばよかったのだが。・・うん?どうやらカタリナ殿が用事があるようだな。構わん、行って来い団長。ルリアも。なに、すぐに夕飯にもなるだろうからしばらくここにいるさ。もそこで調理しているしな。あぁ、ではまた夕飯時に。
 ・・・ん?どうした、。渋い顔をしているな。・・・蝶について、か。さて。俺は見たことがないからな、詳しいことは何もわからんさ。お前も、あまり深く考えない方が身の為だぞ。蝶の正体なぞ、知らないに越したことは無い。――あくまでこれは、噂なのだから。