隙間を埋めてみたくて



 あいつは小さい。現代の女子の平均身長よりも小さい。幼馴染が所謂平均的な身長だったものだから、それより10センチは小さいあいつの背丈は一層小さく見える。別に小さい人間を見たことがないわけじゃないし、クラスにも今世話になっている平家にも小さい奴はいる。特別に珍しいものじゃねえから、それだがどうだっていうわけでもない。でも遠いとは思うし、見下ろす首も見上げる首も痛いだろう。俺もあいつも肩が凝る。しょうがないけどな、生まれ持ったものなんだし。
 いつも俺を見上げている、頭一個分以上、下にあるあいつの旋毛はいつだって見放題で、でもそれだって別に俺の特権ってわけでもない。あいつより背の高い人間なら誰だって見えるし、本人にしてみれば悲しいかな。そんな人間が大半だ。唯一違うといえば白龍だが、その白龍もとうとうあいつの背丈を越えた。五行の力が溜まったから一気に成長するなんざ、神様ってのは不思議なもんだ。背丈もガタイもよくなった白龍を、微妙に生気の消えた目で見ていたあいつは何を思っていたんだか。まぁどうせ可愛い弟分が一気に男臭くなってショックを覚えたとかそんなところだろう。俺もその気持ちはわかる。なんといわれようと兄ちゃんだしな。反抗期を迎えた弟は可愛いけど可愛くない。まず可愛いなんて言ったら気味の悪いものを見る目で見てくるだろうから、言う気もないが。からかい甲斐はあるけどな。
 あぁ、そうだ。だから、そう。あいつよりも小さかった白龍もでかくなって、あいつに一番近い奴はいなくなった。いつだって見下ろす旋毛。見上げる目。見下ろす首。遠い、遠い。遠いから。
 腰に腕を回して、引き寄せて。ぎょっと目を見開く目は黒色で、幼馴染の翡翠色とは全然違う。まん丸い目に俺の顔。帯で締められた腰は細くて、柔らかさは感じやしないが余裕で腹まで両手が回る。ぐっと力を籠めて、持ち上げる。容易く地面から離れる足先。上がる悲鳴。ぎゃあ、とか、もっと可愛い声は出せないのかよ、って笑えば出せないよ!って。嘘吐け。案外きゃあ、って声出せるの知ってるんだぞ。人間、驚いたら割と高い声が出るんだ。近づく顔。人間の体重を軽いとは言えないが、それでもそこそこでかい刀を振り回してるんだから30だか40だかの重さぐらい余裕余裕。少なくとも身長通りの体重なんだから、想像以上に重たい、だなんてこともない。構えてた通りの重さにびくともしないで、そのまま気まぐれにぐるぐると回って見せた。やめて、ちょっと、将臣、怖い、マジで、ひゃあ!声が近い。首に回る腕。ぎゅっと寄せて、密着するとちょっと胸の感触がわかる。着物だと胸を潰すから傍目からじゃ大きさなんてわからないが、密着すれば柔らかさは伝わる。ああ、いいな。にや、と口元を歪めても、ぐるぐると回るから安定のためにぎゅっとしがみつくこいつには俺の顔はわからない。隙間などなく、ぴったりと寄り添う部分が温かい。体温が重なって、熱いぐらいだ、なんて。
 嗚呼。離したくねぇな、なんて。柄にもなく思うから、腰に回す腕に力をこめる。近づいた耳元に、唇を寄せて。

「なぁ、このままどこか、遠くに行くか」
「嫌ですけど?!」

 即答かよ。わかっていたけど、多分、含めたものなんて何一つとして伝わってやしないから腹いせにもっと腕に力を込めた。ぐぅ、という唸り声。潰す気かよ、という恨み言に素知らぬフリで、フゥ、と耳に息を吹きかけた。ひゃぁ、という高い声。お。いい声だな。

「っ将臣!!」
「ははっ」

 顔は赤くない。背中を反って睨む顔はいつもよりもずっと近くて、このまま顔を寄せたらキスができそうだなぁ、なんと邪まなことを考える。多分俺の目には今欲が覗いていて、穏やかな春にはよろしくない目つきをしているだろう。どんなに綺麗な花吹雪で攫われても、溢れんばかりに欲は戻ってくる。いや、湧いてくる、か?取り留めのないことを考えて、睨みつける目から逃げるようにまたぐるっと回る。瞬間焦ったように顔を強張らせるから、本当にこいつは、とも思うのだ。

なぁ、いい加減気づいてくれてもいいんじゃないか。

 そうは思っても、明言しない俺も悪いんだから、今はまだ、これをたわむれにしておくよ。