いつかの結末
「ごめん、ごめんなさい、ヒノエ、」
謝るな、謝らないでくれ。
「こんな、ことに、なるなら、」
泣くな、泣かないで。
「わたし、なん、か、いるべきじゃ、なかった」
違う。お前のせいじゃないんだ。
「どうして、わたしーー」
嗚呼。
「ここに、きてしまったんだろう」
それは全て、オレの罪だ。
※
青褪めた頬。閉じた瞼に、伝い落ちた涙の乾いた跡。薄く開いた唇に触れて、掻き抱いた華奢な身体が軋む。熱が消えていく体。冷たく凍えていく。身も心も。こんなはずじゃなかった。…こんな、はずじゃ。
「、目を、姫君、なぁ、オレの」
ほとほとと乾いた頬に落ちる雫。情けない顔を映す瞳はなく、応えの声は聞こえず。無意味な哀願だけが降り積もって、無力な男の滑稽さが浮き彫りになる。なんて無様。なんて愚か。ーー愛しい女を守れなかった、世界で一番格好悪い、最低な男。
守れると自惚れて、守ってみせると嘯いて、何一つ為せなかった。こんなはずじゃなかったと言ったとて、横たわる現実に変わりはなく。こんな未来は要らないと叫んだとして。全部、全部全部無意味で無価値。選び取った道の先が、最悪の未来だと想像しなかったオレが悪いのか。あれ以上はないと過信して、先を見通せなかったオレが愚鈍だったのか。
「お前は何も悪くないよ」
隙を見せたオレが間抜けだったのだ。隠せなかったオレが浅はかだったのだ。まだ柔らかな頬を撫で、濡れた睫毛が縁取る瞼を親指で辿る。黒髪を梳いて、微かに引っかかる髪を丁寧に梳き通す。あぁ、この髪に挿す簪を、贈る予定だったのに。お前に似合う、薄紅珊瑚の髪飾り。桜の花弁のような、淡い飾りはきっとお前によく似合う。ごめんな、手元にすらないんだ。あげたいもの、たくさんあったのに。
「ぜんぶ、オレのせいなんだ」
だから、お前が泣く必要はないよ。責を負う必要などあるものか。この世界の何一つ、お前の責任であるはずがない。
「それでもオレは、またお前に逢いたいよ」
この微笑みは歪だろうか。この願いは悪だろうか。紛れもない間違いだろう。過ち以外の何物でもないだろう。過去に現在に未来に責任を持たない、最低の行いだろう。
それでもオレは、お前を喪えない。
※
「珊瑚はな、お守りさ」
黒髪に挿す薄紅珊瑚。桜が咲いたように黒髪に映えて、やっぱりお前によく似合う。髪を一筋掬い取って、くるくると指先に絡ませる。瞳に映る顔は、ただの男の顔だった。赤味が差す頬。瞬きに震える睫毛。ふくりとした唇は少し乾いて、あぁ、次は紅を贈ろう。鮮やかな紅で唇を彩って。いつか、そこに触れる権利をお前から貰うよ。もう、無断で触れたりはしたくないから。
「嵐を鎮め、災難から守る。海に住まうものには欠かせないお守りさ」
「へぇ。…いや、でもヒノエ。これすごく高価、んぐ」
「。男の見栄には見て見ぬフリをするもんだぜ?なにより、贈りたいから贈ったんだ。それ以外は野暮ってものだろ?」
「う、うぅん…そういう、もの?」
触れるか触れないかで口元に翳した人差し指に息を止めて、困惑を浮かべて首を傾げる。触れる吐息の熱さに拳を握って、目を細めた。いささか納得のいっていないような顔ながらも、数回口元を動かして、最後に言葉の代わりにため息を落とす。はぁ、と落ちたため息のあと、少しはにかんだ顔が可愛い。
「ヒノエがそういうなら、まぁ、うん。有り難く貰うね」
ぼそりとまぁ、ヒノエだしね、という言葉の意味はどう捉えたものか。お前はどこまで知っている?前もそうだったな、と思いながら、互いに隠し事ばかりだな、と苦笑を零して、それでもオレほど罪深い隠し事もないだろう、と微かな自嘲を浮かべる。するりと撫でる頬の柔らかな弾力を指の背で感じて、瞬いた瞳にとろけるような熱を。少しだけ触れる頬が熱く感じたのはきっと嘘じゃないはずだろう。なぁ。オレの天女、お姫様。天になど還らせない。どこにもいかせない。誰にも渡さない、何にも侵させない。
「ヒノエ?」
「…可愛いね、姫君。攫ってしまいたいぐらいだ」
攫って、隠して、閉じ込めて。そうすれば、お前を。
「あはは、攫ってどうするの。第一、どこに攫うのさ」
「そうだね――オレの腕の中、とか」
「え、逃げ出せそう」
「ふふ。オレが簡単に逃がすと思うかい?」
「でも、ヒノエは優しいからなぁ」
無理強いはできないでしょう、と笑うお前。ちっとも疑いもしない。そうするはずがないと思っている、あまりに無防備なそれ。自分がそうなるとは思えない?なったとして、どうにかなると思ってる?――オレの気も知らないで、本当に、無知なお姫様。
「きっと、何もしないよ」
けれど、その無知を、オレは心から望んでる。