いつの間にか捧げてた永遠
「美味しそうね」
そういって淡く笑んだ人と、自分の目の前に並んでいる多くのケーキ、そして今まさに口に運ぼうとしていた苺ムースを見比べて、迷うことなく差し出した。ずい、といささか乱暴であったかもしれない動作に内心でしまった、と思ったが、相手は意に介した風もなく、きょとりと目を瞬かせる。あぁそんな顔も己を惹き付けてやまない。思いながら一向に受け取らない様子に不安に瞳を揺らめかした。余計な節介だっただろうか。気に障っただろうか。横切った不安は瞬く間に大きく淀みを築き、心臓が冷えたように縮こまる。あぁもしかして苺ムースがダメだったのか。だったら何か別のものを。もしかして甘いものがそもそも嫌いだったかもしれない。あぁならばすぐにでも何か別の、塩気のあるものを。確か彼女は出身は日本だと言っていた。千年公ならば彼の人の故郷のお菓子などすぐに用意できるだろう。呼んだほうがいいかもしれない。瞬く間に過ぎった思考に苺ムースを引っ込めようと腕を動かすと、不意にその手が止められた。やんわりと触れる手。自分ものとは違う女性のそれ、そして彼の人に触れられた事実に咄嗟に息を詰めて動きをとめると、極自然な動作でムースを取られた。目を丸くしてみれば、その人はクスクスと可笑しげに喉を震わせる。
「そんなに慌てなくていいよ。甘いものは嫌いじゃないし、苺ムースも好きだから。ただ、スキンは甘いものが大好きでしょ。私が貰っていいの?」
「あなたなら、構わない」
「・・そう。じゃあありがたく貰うわ。フォークも取ってもらえる?」
言われて、咄嗟にテーブルの上に視線を走らせて運良く二つあったフォークの内、未使用のものを掴んですっと差し出した。カタカタと細かく震える指先が情けなくも思うと同時に、触れられるほど近くにいることがただ幸運だ。いつだってロードや千年公、ルル・ベルや双子が陣取っている。ティキは公に命令されて仕事を大量に任せられているから滅多には帰ってこない。それを嘆いている事実を知っているが、別段同情する気もなかった。
己の手からフォークを受け取り、ムースケーキに突き刺す様は優美だ。食べることも忘れてその光景に魅入っていると、気がついたように視線が向けられて、頬に熱が灯る。
微笑まれた瞬間、呼吸を止めても苦にならない衝撃が、まるで己の雷撃のように脳天から全身に走った。見ていられなくなって俯き、零れそうな涙を歯を食いしばって耐える。すぐそこに大好きな甘いものがあるとわかっていても、最早今の己にそれはなんの効力も及ぼさなかった。
「スキン」
見ていられない、見ていたら泣いてしまう、屑折れてしまう。それほどの衝撃があったのに、名前を呼ばれただけで抗えない魔力は一体なんなのだろうか。あぁ、その人だけが持ちうる、絶対的な、力。漆黒など生ぬるい、闇色の双眸が優しく細まるその時、ノアの怒りなど露ほどにも感じはしなかった。あぁ、きっと、あなたさえいれば、己は、己達は。
「はどのケーキが好きだ」
「んー・・・チョコ系が好きかな」
とりあえず、今度からはチョコレートケーキを集めておこうと決めた。