真摯な目でからかったひと
「ルル、汚れるよ」
「構いません・・」
か細い声でそう呟き、今にも眠りに落ちそうに瞼を閉じて膝の上にしなだれかかるルル・ベルの柔らかな黒髪を指先で弄り、どうしたものか、と肘置きに頬杖をついた。椅子に座った私の横で、椅子に座ればいいのに地べたに座り込んで足元に蹲るルルの姿はいつものきっかりとしたパンツスーツだ。ドレス姿もさぞかし似合うだろうに、とは思うがこれはこれで似合っているので別段の不満はない。まるで猫のように擦り寄るのを邪険に扱うわけにもいかず、髪を撫でてやりながら傍から見たらどう思われることか、と一瞬遠い目をした。
「さま?」
「ん?あぁ、なんでもないよ」
撫でていた手が止まったことに不審を抱いたのか、膝に押し付けていた頬を持ち上げて、不安そうにルルの顔が曇る。その瞳が如実に語る「お嫌でしたか?」という不安と脅えに、安心させるように微笑みかけてまろやかな頬を撫でた。指先で辿るように灰褐色のそれに手袋越しに触れる。長い睫が震え、目元の肌が朱に染まると、恍惚の眼差しでとろりと蕩けたようにルルの唇が綻んだ。
「さま、また街に下りるのでしょう・・・?人探しなど、AKUMAに任せればよろしいのではありませんか?」
「一応使わせてもらってはいるよ。ただ、AKUMAは時々本能を優先させてしまうからね」
「御身の命を無視するAKUMAなど、価値などございません。もしそのようなものがいるのでしたら、私が壊して参ります」
「いいよ、ルル。ルルの手を煩わせる必要はないからね」
掌で頬を包み、瞳と瞳を合わせて愛しげに微笑を向けてやれば、ルルは言葉を詰まらせて一瞬泣きそうに瞳を潤ませると、熱の篭った吐息とともに掌に擦り寄ってきた。うっとりと頬を寄せるルルにくつりと喉の奥を震わせ、すっと手を引く。その一瞬、ひどく心細そうに、縋るように向けられる視線を笑みで黙殺し、視線を遠くにやった。
「それに、自分で探したいものよ。私の大事な探し人なんだから・・・わかってくれるわね?」
「・・・はい」
軽く首を傾げ、口角を吊り上げながら目だけは微笑まずに告げれば、ルルは一瞬顔を曇らせ、それでも小さく頷いた。その瞳が嫉妬と憎悪に暗く炎を滾らせたことに気づいたけれど、牽制の言の葉を紡げば決してそれに踏み込むことはしない。彼らにとって私がどういう存在か、私の言葉がどういう風に働くか、私の視線がどう向くか。常に気にして心を砕いているのを知っているからこそ、彼らにとって酷いといえる言葉を紡ぐのだ。つくづく自分も酷い人間になったというか・・・自分の利用の仕方を心得たというか。まあ、使えるものは不本意であれなんであれ、使わなければ勿体無い。できるだけそういったものの行使はしたくないものだが、いかんせん彼らは時折欲に率直過ぎるきらいがあるから、常に言葉を紡いで縛っておかなくては何をしでかすか。そこが悩みどころよねぇ、と内心で考えながら、俯いて再び膝の上に頬を押し付けたルルの黒髪を撫で、猫のようだな、と瞳を細める。折角のスーツも床に直接座り込んでいては汚れもするだろうに。けれども構わないといったのだから、構わないのだろう。ていうかこの現場見られたら別の子がうるさそうよねぇ、と思いつつ、最後の一縛り、とばかりに毒を一滴、染み込ませる。
「いい子ね、ルル。ルルのそういうところ、好きよ」
「っ、さま・・・」
囁いてそっと撫でれば、一瞬呼吸を止め、目尻に涙を浮かべてまで必死に縋りつく様に、自分ってなんて悪女なんだろう、とほくそ笑んだ。
だって、・・・・ほら。
もう、彼女は私の言葉を裏切れないでしょう?