餓死がお似合いのわたし
まるで、酸素不足の魚のように喘いで、息が詰まりそうだ。
鼻だけでは足りず、口も開けて懸命に酸素を得ようと思うのに、ちゃんと酸素を取り込んでいるはずなのに、全然足りない。息苦しさは消えず、一度深く吐き出して蹲るように自室の床に座り込んだ。背中にベッドの側面を押し当て、引き寄せた膝頭に額を押し付ける。唇を戦慄かせ、あぁ、と掠れた吐息を零した。
「ちゃん・・・」
とてもいとしい、大切なその人の名前を囁くと、キュゥ、と心臓が切なく引き絞られる痛みを感じた。ズキズキと痛む。ズクズクと疼く。舌に乗せるだけで熱くなる体温、そして求めて止まないココロを自覚し、一層の虚無感を覚えた。
いない、いない。どこにもいない。傍に居ない。傍にいてくれない。――あの人は、今は何処?
辺りを見回しても、あの美しく深い闇色はない。手を伸ばしても、微笑みとともに差し出してもらえるはずの手がない。瞳を向けても、優しく細められる瞳は向けられない。名前を呼んでも、あの艶やかな唇から零れる自分の名前はない。ないのだ、何も。私が欲しい全ては、今は私の傍にはいないのだ。あぁ、どうして!目の前が真っ暗になるような、真っ白になるような、猛烈な孤独感と飢餓感に、何かが狂ってしまいそうだと両手で顔を覆った。いいえ、すでに狂っているのかもしれないわ。そう思い、口元に自嘲の笑みを刻んだ。
「ちゃん、ちゃん、ちゃん・・・どこにいるの?」
ねえお願い、早く傍にきて。私を見つけて。私の傍にきて。手を差し伸べて。名前を呼んで。抱きしめて。あぁ、早く見つけないと。この目にあの人の姿を。この手にあの人の体温を。この口にあの人への呼び声を。この心臓に安寧を。あぁ、は や く。
「私はここよ、ここにいるわちゃん。あなたはどこ?どこにいるの。まだ遠いの?まだ会えないの?ねぇ、何時になったら会えるの?会いたい、会いたい、会いたい、会いたい・・・っ」
本当に、カミサマなんて大嫌い。異世界に飛ばすのなら、お願いよ、私と彼女を離れ離れになどしないで。私と彼女を隔てないで。私から、ちゃんを奪おうとしないで。ねぇ、ちゃんさえいてくれれば何もいらないわ。異世界でも地獄の底でも天国の果てでも宇宙の滅亡の只中でも、どこにでもいくわ。あの人と共に居られるのなら、カミサマの暇潰しでも悪巧みでも、なんにでも力を貸すから。あぁ、だから、お ね が い。
「はやく、ちゃんにあわせて・・・っ」
ただ一人に会えないだけで死んでしまいそうな人間のココロなんて、あなたにわかりっこないわ、カミサマ。キリ、と、床に爪をたて、耳障りな音と軋むような痛みを感じながら、乱れた前髪の隙間から、薄暗い窓の外を見た。夜の帳が落ちてくる。あぁ、もうすぐあなたの色と会えるのね。でもそれでは足りないの。全然、これっぽっちも足りないの。ほんの僅かな寂しさを埋められても、それは余計に寂しさを募らせるだけ。この空白、埋められるのはただ一人なのに!ゆるゆると立ち上がり、そうは思っても、まるで縋るように窓際に近づく。冷たいガラスに触れ、鍵をあけて窓を開けると、ふんわりと冷たい空気が頬を撫でた。今はまだ少し明るい夜空に、涙を浮かべて熱い吐息を零す。星に請うように、両手を組んで目を閉じると、不意にコンコン、とドアをノックする音が響いた。気がついて、一度きつく目を閉じる。
深呼吸をして、あぁけれど息苦しい、そう感じながら、両目をあけて薄く笑みを浮かべて振り向いた。どうぞ。よかった。思ったよりもいつもと同じ声音が出せた。ほっと安堵の合間に、ガチャリとドアが開く。見えたのは、長い黒髪を二つに高く結わえた女の子。
「瑪瑙、そろそろ晩御飯の時間なんだけど、一緒に行かない?」
「もうそんな時間?わかったわ、リナリーちゃん。一緒に行きましょう」
にこり。笑みを浮かべる。心とは裏腹の笑み。リナリーちゃんにも浮かんだ笑みに、そろそろと窓際から離れて、また一つ、空白が生まれた。埋められない空白。この空いた空白を埋めるのは、あの人。あの人がいれば、一瞬にして満たされるのに。
あぁ、今日も私は息苦しさと、飢餓を覚えて眠りにつくの。あなたに会える、明日を夢見て。
「ねぇ千年公。教団に瑪瑙らしき人を見たってAKUMAから報告があったんだけど?」
「我輩そんな情報は知りませんヨv」
「あら、そう・・・確認しないとね」