人も歩けば人に当たる 1
視界に入る雑多な人込み。耳に届く色んな音。肩すれすれを人が通り過ぎるのに、道の真ん中で突っ立っているわけにも行かず渋々と道の端に移動して溜息をついた。
「なんてこった」
俯いて額に手を押し当て、うな垂れる。チラチラと視線が向けられるけれど、そんなものを一々気にしている場合ではないので、快く無視をした。眉間を押さえるように額に当てていた手をずらし、口元に持っていくと目を眇めて人込みを見つめる。行き交う人波を凝視するが、そこに目的の集団を見つけることは出来ず、確実にはぐれたな、と口端に苦いものを浮かべた。まさか自分がはぐれることになろうとは思いも寄らなかった。どうせはぐれるならマグナとトリス辺りだろうと見当をつけていたし。・・・いや。
「ある意味アッチがはぐれたのかも」
この場合一人でいる私がはぐれたというのが通説だが、ぶっちゃけ原因はあの二人だ。何が珍しいのか(私や瑪瑙ならまだしも)アッチへふらふら、コッチへふらふら・・・。
目を離せばすぐさま瑪瑙とアメルを引っ張ってどこぞへ行くものだから離せやしない。私も誘われたし、何度か引っ張られたが小さな子供(この場合ハサハと・・バルレル?)を放っといてふらふら出来るわけがない。
しかし、マグナとトリスのあの好奇心に満ちた目を見れば大人しくしろだなんてことも言えず・・・というか言っても多分聞いてないと思うし。ちょっと何かあればスコンと忘れてしまうタイプだ、あいつらは。バルレルだけなら放っといてもよさそうだったけれど(なんか中身が外見と釣り合ってなさそうなのよねぇ)ハサハを一人にしていたら何があるか判ったものじゃない。妥協案として、瑪瑙とアメルをマグナとトリスに、私がバルレルとハサハの面倒で手を打った。遠目で適度に眺めるだけでも十分楽しかったし、何よりハサハとバルレルが私から離れようとしなかったのだから、止む無くである。
二人は護衛獣じゃないのかという思いがなかったわけじゃないが、どうもマグナとトリスの二人自体にその意識が薄いらしく、別段危険があるわけでもないだろう、という判断の上だったが・・・失敗したかも。というか私も一応護衛獣なんだから主人の傍にいなくていいのか、と話を振ってみたけど「アイツ等なら平気だろ」という返事をされては、そんなものなのかと納得するしかなくて。なにせ異世界生活まだ二日程度ですし?こちらの常識なんぞまだよくわかりませんので。
もっとも、瑪瑙がやや不満そうではあったけれど、トリス達に強引に引っ張られてしまえば何が言えるわけでなく。結局は、まともに行動したのって服を買いに来た時ぐらいだったわねぇ。
「それがよもやこんな結果になろうとは・・・」
ハサハとバルレルの面倒はそれはそれは楽だった。二人とも手がかからないし、ぴったりと私の傍にいて・・この子達は一体誰の護衛獣なんだと疑問を覚えるほどだ。
ハサハはマグナ、バルレルはトリスの護衛獣のはずなんだけどなぁ。さておき、2人の面倒は楽だったのだけれど、問題はあの兄妹。ほんの一瞬だ。あまりにも一瞬過ぎて何がどうなったのか首を傾げるほどに一瞬の出来事だった。今日は何かあるのかそれともいつもこんなものなのか。見知らぬ街の日常など知りもしない私に、これが通常運転なのかイベント事の異常なのかの判断をつけることは難しく、けれど常識と照らし合わせてみれば理由はどうあれ人の多さは結構なものだった。
慣れてないわけじゃないけど、それでも鬱陶しいな、と悪態をつくほどには多い人の数。視界が、ほんの一瞬その人込みに遮られた後、トリスやマグナ、無論一緒にいたアメルと瑪瑙の背中はもう見えなかった。
思わず嘘だろ!?と叫んでしまいたくなったが、人込みでそんなキチガイなことはしたくない。慌てて探したけれど、見つからなかった。いなかったのだ、影も形もなく。
それだけなら、まあ・・・ここまで途方に暮れる必要もなかった。それはやはり予想の範囲内だったからなんだけど。むしろ、はぐれなかったら奇跡かもな、というぐらいあの子達は動き回っていた。だからそこまで打ちひしがれる必要は、なかったんだけど。
「なんでハサハとバルレルがいないわけー?」
がっくりと肩を落として唸った。足元にしっかりといた筈の2人がいないことに気付いたのは、ついさっき。ハサハに至っては私の外套を掴んでいたし、バルレルも驚くほどピッタリと寄り添ってたし。大丈夫だろう、と油断していたのが駄目なのか、そうなのか。むしろこんな右も左もわからんような所で放り出された私がどうしよう、である。
「うわーどうしよう」
探すべきなんだろうけど、下手に動いて益々ややこしいことになってもなぁ。ていうか、ハサハは大丈夫だろうか。瑪瑙は・・・一応、人がついてるし、大丈夫だろう。
勿論、瑪瑙が心配じゃないわけではないが、それより問題はハサハだよなぁ。バルレルなんかあの可愛げのない性格と、釣り合ってない中身のおかげで心配することもなさそうだし。けどハサハは人見知りだとしても素直で純粋な子だし、変な人に連れていかれそうになってたらまずい。用は外見と中身が釣り合ってるわけだ。バルレルと違って。
召喚獣だけれど・・・だからといって強いだなんて言えるわけがない。ていうかあんなに幼い子供なんだ。不安で泣いてるかもしれない。
「・・・探すか」
集合場所ぐらい、決めておけばよかったな。自分の失態に舌打ちしながら、壁に預けていた背中を放して軽く払う。ばさり、と外套を翻して・・・そういえば私の格好って全身黒だな、とどうでもいいことを考えた。いつまでもジャージでいるわけにも行かずに服を買いにいったことがまさかこんな事態に陥るとは・・・世の中ままならないことばかりだ。もう一人ぐらい保護者連れてくればよかった・・・・!
後悔しても後の祭りとはよく言ったものだと、こういう時に痛切に思う。そのままカツン、とブーツのヒールの音をたてて雑多な中に足を踏み出した。
※
・・・・・・どうしよう。遠目に見つけてしまった物に、思わず口元を引き攣らせた。
黒光りする装甲。無駄なものはないけれど見ただけで重量感の感じる見た目。がっしりとしたフォルムに、備え付けられた銃が不穏さを漂わせて衆目を集める。街中でも森の中でも不似合いなことこの上ない・・・ロボット、というものがハサハを肩車してガションガション歩いている光景にぶち辺り、私は目眩を覚えた。
ちょっとなにがどうなってそんなことになってるんですかハサハちゃん?!明らかに奇異の視線が二人・・・二人?に注がれていて、そこに行くのにはちょっとした勇気が必要だった。ミスマッチもいい所だ。これがバルレルでなかっただけマシというものだろうか?もしバルレルがあのロボットに肩車されていたら・・・生暖かい目で見送ってやろう。あぁ、しかしそんな現実逃避をしているわけにもいかない。たぶん、うん、これは予想だけど、ハサハが迷子になっているのを見かねた親切なロボットが目立つように肩車をしてあげたんだろう。でなかったらなんであんな状況になるんだのかさっぱり見当もつかない。
人攫いにしても、あんなに目立ったら意味ないだろうしな・・・というそんな犯罪者は子供を肩車したりなんかしないか。太陽の光りを反射してキラリ、と漆黒の装甲を輝かせる機体を眺めていると、ガションガションと歩く姿が徐々に近づいていることに気が付いた。そう、それは真っ直ぐにこちらに照準を合わせて人ごみを苦も無く突き進んでおり・・・というか人があれを避けているわけだが、・・・・え、目標物もしかして私?困惑しつつ立ち止まっていると、人込みが避けて出来た道を、ロボットは気にした素振りもなく悠々と歩いてくる。うわーやっぱり私かー。
「・・・・・・・・・・・おねえ、ちゃん・・・・・・・・・」
ガション、と一際大きな音をたててロボットが立ち止まる。やはりというか案の定というかうわマジかよ、というか・・目の前で立ち止まった巨大な漆黒のロボットに、頬を引き攣らせる。うむ、異様な存在感だ。
できるなら知らないフリをしておきたいところだったが、何分その肩には未だ幼い少女がちょこんと座っているわけで。しかもそれは知り合いなのだから無視なんてできるわけもなく。視線を肩にいるハサハに向ければ、ほっと安堵の吐息を零してハサハが私を呼んだ。
不安だったのだろう。本当に安心したようにふにゃりと顔を崩すものだから、ドン引きだった心境がどこか諦めをつけて、軽く苦笑いを浮かべた。あぁ、うん。泣く子供には勝てませんよね。
「ハサハ」
名前を呼べば、ピンっと耳をたててハサハが手を伸ばす。その手を取るようにこちらも手を伸ばしたが、後少しで届く、というところでモーター音とロボット特有の軋む音が聞こえ、ハサハの脇に手が差し込まれた。
その行動に目を瞬くと、ロボットは思ったよりもすんなりとした動作でハサハを自分の肩から下ろし、私に差し出した。咄嗟に差し出されたハサハを受け取り、子供を抱っこする要領で腕にハサハのお尻を置いて抱き上げると、ハサハは首に腕を回して肩口に顔を埋める。・・・なんか子持ちになった気分だなぁ。まだ十代なのに。
「えーと、・・・ありがとう」
「礼ニハオヨバナイ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
喋ったー。機械の合成音のような、何人もの人の声が混ざり合ったような、そんな奇妙な・・・けど目の前の相手を見れば納得出来る声でそう答えられ、感嘆の吐息と共に私は笑った。外見に似合わず・・・いや、ハサハの面倒を見てくれるくらいなのだから、随分と親切なロボットである。ていうかロボットってことはこの子ロレイラルの召喚獣なわけよね。召喚主は傍にいないのか?
「コノ者デイインダナ」
「は?・・・・・あぁ、うん。そうそう。私が探してたのはこの子だから」
「ソウカ」
ハサハだけじゃないけど、一番心配だったのはハサハだ。別の意味の心配ではマグナ達もあるんだけど。とりあえず、一つ心配の種が減って一安心だ。それはそうとして。
「ほら、ハサハ。お礼言うんだよ?」
ロボットに感情やら人間的思考があるのか?と問われると、わからないとしか答えようがないが(なにせ地球でもこんなロボット早々作れないので)、それでもやはり礼儀として助けて貰ったのだからお礼は言うべきだ。
抱いているハサハを促すと、こくりとハサハは頷き、埋めていた顔を上げてゆっくりとロボットを見上げる。表情の変化はないけれど、じぃ、とハサハを見下ろすロボットと見上げるハサハは、なんか絵になるかもしれない、と思った。少女とロボットの交流みたいな。一体どんな経緯でこの二人、一緒にいることになったんだろうか。
「・・・・・ありが、とう・・・」
「礼ニハオヨバナイ」
「いや、ここは素直に貰っとこうよ」
私の時と同じことを言ったロボットに、ぱたぱたと手を振って進言してみるが、ふともしかしてそういうプログラミングなのかもしれない、と思い至る。一定の思考と言語しかインプットされてないとか?
私の突っ込みに沈黙をしてしまったロボットをしげしげと観察していると、目元の赤いサーチライトを点滅させて、ロボットは合成音を響かせた。
「・・・・礼ヲ言ワレタ後ノ対応ハ、コノ他ニでーたガナイ」
「は?礼にはおよばない以外に?一番簡単なものがあると思うんだけど」
普通、一般的にもこれが一番妥当なものだと思うんだけどなぁ。なんでそれをインプットしてやらなかった開発者。あるいは召喚者か?どこかズレている感が否めないロボットに首を傾げると、ロボットは私を見つめて口?を開いた。
「ソレハナンダ」
「まあ、お礼を言われたら謙虚にするのも一つの対応だけど、素直に受け取る時は「どういたしまして」かな」
「・・・・・・・・ソウカ」
ウィーンとまたしても機械音がして、少しの間沈黙するとロボットが呟いた。
「でーた入力完了。『ドウイタシマシテ』」
何事か呟いたと思ったら、ハサハに向かって言われた言葉に、目を見開いてくくっと喉を震せた。いや、素直!ものすごい素直だよこの子!!赤の他人にこう言えって言われたからって、それ言語登録して活用しちゃう?なにこの見た目に反して真っ白な子!
くつくつと笑いを噛み殺す私に、ハサハは不思議そうに見上げ、ロボットもまた私を見つめてくる。あぁやばい。どうしよう。このロボット、結構好きかもしれない。ていうか、面白いと思う。いいなぁ、こんな子召喚した人、いい趣味してると思うよ。うん。
「くく、・・・・・・っ私は、。この子はハサハ。名前、教えてくれる?」
ちょっと、お近付きになりたいなーとか。思っちゃいました。目尻に微かに浮かんだ涙を指先で拭い取りながら、満面の笑みを浮かべて問い掛ける。友達への第一歩はやっぱり自己紹介からでしょう。
「名前、カ・・・」
「あるんでしょう?というか、コッチは名乗ったんだからそっちも名乗る。これは常識よ?」
「ソウカ。・・・ゼルフィルド、ト呼バレテイル」
「ゼルフィルド?へぇ。格好良い名前ね」
あぁ、なんかしっくりくるなぁ。うん。ゼルフィルド、ゼルフィルド・・・舌の上でその名前を転がして、うん、いい名前、と微笑みを浮かべる。
そのまま和やかに会話をしたかったけれど、生憎とまだ見つけてない面子がいる。このままいるわけにも行かないし、名残惜しいがそろそろお開きの時間だろう。ま、名前を知る事は出来たんだ。今はこれぐらいが妥当だね。運がよければまたいつか、何処かで会うこともあるだろう。
「じゃあね、ゼルフィルド。ハサハの面倒を見てくれて本当にありがとう」
「イヤ、礼ニハ・・・・・・・・・・・・・・」
笑顔でそう言うと、返してきたゼルフィルドは不自然に言葉を途切れさせ、沈黙した。怪訝に眉を寄せて首を傾げると、おもむろにゼルフィルドは顔をあげる。
「ドウイタシマシテ」
感情があるようにはお世辞にも聞こえない。合成された声は、けれど確かに心地よく私には聞こえて。あぁ、本当にいい子に会ったなあ、と私は破顔した。
「コレデイイノダロウ?」
「うん。バッチリ。完璧ね、ゼルフィルド」
「ソウカ」
確認するように訊ねるゼルフィルドに笑顔で合格を告げると、ゼルフィルドは淡々と返した。
街中での、小さなやり取りだったけど。いいやり取りだったよなぁ、としみじみ思う。こんな和やかにしている場合ではないと言えば場合ではないんだけどねぇ。
「じゃあね、ゼルフィルド。また、機会があったら」
「・・・・・・・」
その言葉に返事はなかったけれど、さして気にした風もなく手を振る。ハサハも手を振るが、ゼルフィルドはじっと私達を見ているだけで特に反応はしない。
そのまま、笑みを一つ向けて踵を返した。・・・・・・予感だ。きっとまた、私はゼルフィルドと会うだろう。ふと、しばらく進んだ所で立ち止まり、後ろを振り返る。
あの、黒い機体は遠くに頭一つ抜きんでているのが見えるくらいで、もうすぐ完全に見えなくなるだろう。ハサハの不思議そうな視線を受け止め、目をひっそりと細めた。
「お姉ちゃん・・・?」
かけられた声にゆっくりと首を動かし、微笑む。濡れ羽色の髪を撫で、耳を少し弄るとぽつりと呟いた。
「それが望もうと、望まざると、ってところかな?あのゼルフィルドの様子から言うと」
「・・・?」
首を傾げたハサハの視線を流し、ぐるりと首を巡らせる。それにしても、何処だ、あとの面子は。探すの大変そうだなぁ、と、腕の中のハサハをもう一度抱き直した。