人も歩けば人に当たる 2
ハサハをずっと抱き上げているのも疲れるので、下ろした後はしっかりと手を繋いだ。外套の端を掴ませるのも手だけれど、それをしてまた見失っても困る。こうしておいた方がはぐれる危険性は低いのだから、妥当な案だろう。そう考えて手を繋ぎながら、顎に手を添えて考え込んだ。人の多い所を探すか・・・はたまた兄妹が惹かれそうな店を重点的に探すか。
「何処にいるのかねぇ、ハサハのご主人様達は」
ふぅ、と溜息をつきながらてくてくとハサハのペースに合わせて歩いていく。まず十歳未満の幼女の歩幅などたかが知れている上に、彼女の恰好は着物なので余計に歩幅が小さくなりやすい。自然、ゆっくりとした歩調になりながら、時折ハサハが転げないように目配せも怠らない。この子、片手には相変わらず大きな水晶玉を抱えたままだから、ちょっと見ていて危なっかしいんだよねぇ。
そんな中、時々ぶつかりそうになる人込みからハサハを庇いつつ、絶えず視線を走らせるのだがめぼしい人影は見当たらない。うーん・・・ゼルフィルドみたく目立つのがいれば分かりやすいのに。あんなでかいロボットがいれば分かりやすいよなぁ、絶対。足取りだけでも掴めれば、探しやすくもなるんだけど。聞き込みでもするか・・・、と顎に指を添えて空を睨みつけた。
「・・・・・・・・・・・あ・・・・」
「ん?ハサハ?」
見つけたのか?ピタリ、と立ち止まったハサハに手を繋ぐ私も自然と立ち止まりながら、ハサハの視線の先を追う。見つけたのなら聞き込みなんてしなくていいから楽なんだけど。
そう思いながら、食い入るように見つめているハサハの視線の先を追いかけ、何度か瞬きを繰り返した。一度、手の甲で目許を擦ってからもう一度目を向ける。・・・えーと?
「チャイナっぽいな・・・」
怪しい雰囲気がしないでもないけど、けれどそこにあるのは酷く見慣れた建物。
赤を貴重とし、金を散りばめたその建物の出で立ちといい、雰囲気といい・・・・物凄くアジアンテイストな建物である。どこぞの中華街にでもありそうな代物だ。自然、足をそこに向けながらしげしげとその建物を見つめる。まさか、異世界でこんな建物を見ることができようとは思わなかった。まあ、ここではチャイナ風とはいわず、シルターン風と言うらしいけれど。あぁ、だからハサハが反応したのか。じぃ、と食い入るように見ているハサハを見下ろし、笑った。
「入る?」
問い掛けると、ピクン、と耳を動かしてハサハはしばらく考え、こくりと小さく頷いた。ハサハにとっても懐かしい気持ちにさせるものなんだろう。無論私も懐かしい。そう時間が経ってはいないとはいえ、色々精神的にクるものってのは、相応にはあるわけで。
何もかも見慣れない中、見慣れたものがあるのはひどく自分を安心させた。ゆっくりと、人波から外れてその建物へと歩いていく。水晶を片手に抱えたまま、嬉しそうに尻尾を揺らし何処となく弾んだ調子で進むハサハが微笑ましい。よほど故郷にあったものを見つけられて嬉しいのだろう。その姿に自然顔を綻ばせながら、ハサハから視線を逸らして建物を見る。しかし、なんというか、懐かしいけど怪しいっちゃ怪しい建物よね。あれ。
異様、とも言える雰囲気を持つ・・ただならぬとでも言えばいいのか。そんな建物に眉を僅かに顰め、けれどハサハは嬉しそうだし、別に大丈夫かと楽観視しつつ足元にかかる外套をばさりと蹴った。翻るそれが波を作り後ろに流れる。
黒いブーツが、なぜか妙に喧騒から遠ざかった周りのおかげでカツンと小さな音をたてた。ハサハの下駄の音がカロコロと私とは違う細かな感覚で耳を打つ。あともう少し。建物の入口に差し掛かったところで、不意にぐいっと強く外套が引っ張られた。
「うわっ」
くんっと体が後ろに流れ、小さな声を上げて足を止める。立ち止まった拍子にハサハまでもが後ろに引っ張られたけれど、そっちに構うよりも眉を寄せて後ろを振り向いた。
誰よ、いきなり外套掴むなんて・・・。怪訝に思いながら向いた後ろに、けれど人影は見えず首を傾げる。しかし引っ張られる感覚は今だ有り、上から外套に沿って視線を下にずらしてみた。視界に艶のない漆黒の布地が映り、それがツンっと突っ張って見える。
更に視線を走らせれば、小さな手が見えて。目を軽く瞬かせて更に動かせばベルトを幾重にも巻いた細い腕があり、その先には上下する薄い肩がある。子供特有の丸みのある頬にある赤い痣に、人では有り得ない形状の耳と特有の羽が視界に入り込み、大きく目を見開いた。睨み付けるような深紅の眼差しが私を見ている。顔に浮かぶ、切羽詰まった、不安そうな表情が強ばって固いものを作り、視線が合うと同時にそれはすぐさま解けてこの上ない安堵を浮かべた。けれども相変わらず厳しい・・・言い換えれば睨むような目つきは不機嫌という三文字を表してぐっと強く外套を握り締めて引っ張った。より引っ張られる力が増して、それ以上引っ張られると留め具が外れる、と思いつつ体全体を振り向ける。
「こ・・・の、馬鹿野郎!!」
「開口一番それかい」
名前を呼ぼうとして開いた口は、相手から発せられた罵倒に渋面を作って別の言葉を紡いだ。まあ、確かにはぐれてしまったのは確かなのだから反論も出来ないんだけど。
いや、でもそれは不可抗力で何より私だけの責任でもないというか。あぁ、でもこれも言い訳か。面倒を見るっていったのは私なのに目を放してしまったわけだし。ということはバルレルの怒りも尤もだなぁ。・・・ここは大人しく叱咤を受けましょうか。
「なにいきなり消えてんだテメェはっ!」
「そんなまるで人が瞬間移動したみたいな言い方しなくても・・・」
「似たようなもんだろうがッ。気がつきゃあのニンゲンはいねぇはテメェは消えてるわ!うろちょろしてんじゃねぇよ、ったく・・・」
はぁ、と大きく溜息を吐いて顎下で滴る汗を拭うバルレルに、これはよほど焦って探し回ったのかもしれない、とポリポリと頬を掻いた。肩で息をするように大きく上下する細い肩に、額に浮かぶ大量の汗の存在が、バルレルの必死さを想像させて堪らなく申し訳ない気持ちになった。いや、だって子供にこんな必死に探させるって・・・。
いやまぁ外見上子供なだけであって、恐らくバルレルの精神年齢は結構高いんだと思うけど。今までの言動を顧みるに、その想像は間違ってはいないんじゃないかと思っている。でも今は子供なんだから、もうちょっと子供らくしてればいいんじゃないかなぁとは思うよ。
「ごめんね、バルレル」
「・・・チッ」
きっと心配したのだろうバルレルに、申し訳なさから謝りながら、ぽんぽんとバルレルの頭を軽く叩くと、少し嫌そうな顔をしながらも特に抵抗もせずにバルレルは顔を逸らして外套から手を放した。
あ、まだ掴んでたんだ、外套。解放されたそれがふわりと揺れながら体に纏わりつく。あぁでもよかった、バルレルは見つかって。あとは瑪瑙達だけだ。でも一番厄介なのが残ったなぁ、全く。がしがしと後ろ頭を掻きながら渋面を作る。ふぅ、と溜息を吐いた所でポツリ、とバルレルが俯きがちに呟いた。
「頼むから、オレの前から消えるなよ・・・」
消えそうな声だった。泣きそうとは違う・・・懇願染みた声音で。俯いているせいで影になって見えない顔に、眉を寄せる。小さな体が余計に小さく見えて、怪訝に思うよりもまず心配した。ハサハもハサハで心配そうにバルレルに近寄り、私はしゃがみこんでバルレルの頬に触れる。
「バルレル?」
ふっくらと柔らかい頬を包み込み、軽く上向かせながら名前を呼ぶ。ぴくりと肩が震えて、やがて自らの意思でバルレルの顔が上がり、きゅっと寄せられた眉間が視界に入った。揺らぐ真紅の瞳が私を捕らえ、不安に震える眼差しに映り込む自分が見える。唇を戦慄かせ、きゅっと引き結ぶと、バルレルはやや乱暴に触れていた手を掴んだ。唸るように低く、懇願するように切実に、彼は私の瞳を捉える。
「絶対、オレの前から消えるな」
「・・・出来うる限りは」
真剣な眼差しに、曖昧に言葉を濁す。どうしてそんなことを、そんなにも真剣に言うのかわからなかったし、茶化してもよかったのだけれど。あまりにもバルレルが真剣に、切羽詰った様子で告げるものだから、私も冗談染みた答えを返すことができなかった。
だからこそ、曖昧な答えになる。絶対、という確約なんて、出来るわけがないのだから。絶対なんてものほど、あやふやなものはないと、私は思っている。生きている限り、絶対という言葉は簡単に覆される言葉だと思うから。はっきりしない私にぐぐっとバルレルは眉を寄せる。ハサハも、不安そうに眉を下げてそっと私の腕に触れてきた。
それに微笑みを返しながら、なんでいきなりこんなシリアスな話しになってるんだろう、と思考を飛ばす。そんなに離れたのが不安だったのか、バルレル。あーなんかちょっと空気についていけないよお姉さん。戸惑い眉を潜めると、唐突に。
「あら~?店の前でなぁーにやってるのかなぁ若人達よ~」
気の抜けた声がこの奇妙な雰囲気を蹴り飛ばした。