鳴り響く銃声 2



 揃って窓の外を見ながら、ミモザさんがトリスを振り返る。

「あいつらが、貴女たちを襲った連中なの?」
「わかりません・・・とにかくあの時は無我夢中だったから・・・」

 真剣な顔で答えるトリスに、そりゃそうだ、と頷く。あの切羽詰まった状況で冷静に周りを見ていられるほど、皆慣れてなどない筈だ。私もさすがにあんな状態で注意深く周りなんて見ていられない。要するに余裕の問題だ。まぁ、今はそれを言っても何も始まらない。同じ奴であれなんであれ、穏やかならぬ物を持っているのは確実なのだから。

「どちらにしても、友好的には到底見えないけどね」
「同感。つかこんな所で家の周りを囲む武装集団なんて、怪しい以外の何者でもないし」
「そうだよね・・・でも、まさかこんな所まで来るなんて」
「確かに。まさか王都の中で仕掛けてくるとは思わなかったよ。慢心だったな」

 苦虫を噛み潰したような顔で唸るギブソンさんに、ロッカの顔が曇る。

「すいません。僕たちのせいで・・・」
「不可抗力よ。気にしないで」

 落ち込むロッカに、ミモザさんが軽く笑って肩を叩いた。まあ、あれだけの怪我をして命からがら逃げてきたわけだし、周りに気を配る余裕なんてないわな。リューグも、それなりに責任を感じているのか、顔を顰めて拳を握り締めている。それを一瞥し、その拳が白くなっているのに気付いて眉を跳ねると、軽く後ろ頭を叩いた。パシンッと気持ちの良い音がして、全員が何事か、と勢いよく私達を見た。

「っな、なにしやがるっ」

 叩かれた後頭部を手で押さえ、怒鳴るリューグに軽く肩を竦める。これから武器を握るというのに、手が傷ついてたらやってられないでしょうに。ギンッと目をつり上げて、ただでさえきつい目を更にきつくさせ睨み付ける視線はちょっとばかし痛かったが、口元を持ち上げ、笑みを浮かべるとリューグが鼻白んだ。

「平気平気。そんなに気にしなくてもどうにかなるわよ。どうも敵はまだ私達が自分達の存在に気付いたとは思ってないみたいだし。だったら、そこに付け入る隙があるはずでしょう?・・・それにあっちも、アメルがここにいると確信してるかどうかはまだ判らないし、ね」
「なるほど。それは言えてるな」

 顎に手を添えこくこくと頷くギブソンさんの横で、ミモザさんがにやり、と不敵に笑った。そのまま私の肩に手を伸ばし、首に回してぐっと引き寄せながら肩を組んで笑いを堪えたような声音で囁く。

「いい所に気がつくじゃない。
「お褒めに預かり恐悦至極。で、どうしますか?」

 私達のやり取りに、ネスティがなんだか変な顔をしているが、こんなことで顔を顰めてちゃこの先やってられないわよ。フォルテはフォルテで楽しそうだしねぇ。やっぱり冒険者としては、こういった事に慣れてるのかしら?

「そうだね・・・ここは外に出て、ひとつ注意でもしてきてやるか」
「へっ?」
「人の屋敷の前でなにをしてるんだ、とね?」

 くすっと悪戯っ子のようにギブソンさんの瞳が笑みを浮かべる。キラキラと輝く瞳が、とても楽しそうで、底が見えなくて。トリスがきょとんしている間にネスティが悲鳴のように声を上げた。

「そんなことをさせたら、先輩に迷惑が!?」
「いや、こうなった時点でもうすでに迷惑だと思うけど」
「ケケケ。違いねェ」

 頭を抱えるネスティに、ぼそりと呟くとバルレルが茶化すように嫌な笑いを零した。そうだろう、と頷くと、ギンッとまるで親の仇のごとく鋭い目で睨まれ、誤魔化すように乾いた笑みを浮かべて一歩下がる。その拍子にミモザさんが私から離れ、ぽんっとアメルの肩に手を置いた。

「じゃあ、私はこれからアメルちゃんを連れてお散歩してこようかな」
「え?」
「裏口からだぞ?」

 肩に手を置かれ、状況が掴めず戸惑うアメルが、何か含みを持たせる両者におろおろと視線を向ける。ふぅん・・・なるほど。やっぱりこの人達は食えないというか、面白いというか、流石というか。マグナ達の先輩とは思えないなぁ!あっはっはっ。

「フフッ、心得てるわよ。ケイナさんもどう?」
「え・・・」

 余裕綽綽でそう言うミモザさんに、戸惑うケイナがチラリとフォルテを見る。困ったような、どうしたらいいのだろうか、と判断を仰ぐような不安そうな眼差しに、フォルテがニカリ、と笑みを返した。

「行ってこいよ。オレは、旦那の護衛で忙しいからな」
「・・・うん、わかった」

 促され、こくんと頷くとケイナは弓を握り締めた。その顔に、すでに先ほどまでの迷いはない。

「やっぱり、ケイナさんにとってフォルテさんは支えみたいなものなんだね。ちゃん」
「そうみたいね」

 嬉しそうに笑う瑪瑙に、頷きながら視線を周りに向ける。ふむ。ミモザさんとアメル、ケイナが裏口、となると。

「マグナと・・・ハサハも裏口ね」
「え?なんで?」

 意外そうに目を丸くしたマグナは、自分が表に回ると信じて疑っていなかったらしい。同様に、マグナの護衛獣であるハサハも水晶玉で口元を隠しながら首を傾げる。肩上で切りそろえられた鴉の濡れ羽色の髪が、さらさらと揺れた。

「お姉ちゃん・・・どぉ、して・・・?」
「戦力のバランスを考えれば、当然でしょう。ケイナもアメルもミモザさんも後方支援タイプでしょ?そこでトリスまで裏口に回ったら、前線で盾になる人間がいないじゃない」
「あ、そっか・・・剣とかで応戦する相手がいないんだ!」

 召喚師だとか、弓術師だとか、まず距離が必要な人間は奇襲にはもってこいだけれど、今回のような、というか通常の戦闘では前で盾になるような人間がいなければ危険も甚だしい。召喚術には詠唱を、弓には構えるタイムロスというものがある。
 ミモザさん辺りはそれでもなんとかしちゃいそうなイメージはあるが・・・しかし、前方で引き付けてくれる相手がいないのは、きついだろう。何よりアメルがいる。
 アメルを守りながら戦うのに、後方支援タイプばっかりなんてそりゃ怪我してこいと言っているようなものだ。

「そういうことね。それじゃ、マグナとハサハちゃんはこっちいらっしゃーい」
「頑張れ、マグナ」

 にっこりと笑顔で手招きするミモザさんに、深く頷いてからマグナは裏口組の方に回る。その背中を見ながら、トリスが私に視線を向けた。

「ねぇ。だったらあたしは表に行くんだよね?」
「そうなるわね。バルレルも表になるけど・・・問題はないわね」
「ハッ!あったりまえだろぉが?」

 ニヤリ、と悪辣に笑ったバルレルが至極嬉しそうにしっぽをゆらゆらと揺らし、槍を握り締める。こういう悪人っぽい顔すると、あぁ悪魔なんだなぁ、と思ってしまうのは偏見というものか。でもやっぱりイメージがねぇ・・・。さておき、やる気満々のバルレルに頷き、その頭をくしゃりと掻き混ぜて目を上げた。

「あんた達は・・・」
「オレは残るぜ。あいつらが村を襲った連中の仲間なら、ただじゃおかねえッ!」

 怪我してるし待機、と言おうかと思ったが、言う前に激昂したリューグに遮られ口を噤む。まぁ・・・大人しくしてるなんて期待、してなかったし。リューグの気性を考えればきっとこう言うだろうなぁとは予感してたわ。ふぅ、と溜息を吐くと、それを見咎めたロッカがリューグの肩を掴んだ。

「よすんだ、リューグ。僕たちが出て行ったら、あいつらの思うツボじゃないか」
「今さら関係ねぇだろ!兄貴はアメルんところへ行けよ・・・俺はゴメンだがな!」

 バシッと掴まれた肩の手を振り払い、吐き捨てるようにリューグが言う。叩かれたロッカはそのリューグの態度に顔を顰め、拳を握り締めた。仲悪いな、この双子。それに呆れたように目を半眼に落とすと、瑪瑙がおろおろと声をかける。

「二人共、そんな、喧嘩なんてしないで」
「瑪瑙、止めときなさい」
「そうそう。こりゃ説得するだけ無駄ってやつだな」
「付け加えるなら、その時間もなさそうだ。連中が動き出したぞ」

 窓から外を見ていたギブソンさんの言葉に、周りの空気が張り詰める。しかし、張り詰めた所悪いんですが。

「私と瑪瑙は家の中で待機してるから」
「え?」

 あっさりさっぱり言い捨てると、瑪瑙がきょとん、と目を瞬いた。マグナとトリスも、大きく目を見開いて唖然としている。

「えぇ?!なんでっ」
「そうだよ、ちゃん。どうして・・・お屋敷の中で待機だなんて・・・」

 詰め寄るトリスと、困惑気味の瑪瑙に溜息を吐く。ぐしゃりと前髪をかきあげて、じとりと二人を見下ろした。そして詰め寄るトリスの鼻先に、びしりと指をつきつける。

「どうしてもなにも、足手纏いになるからに決まってるでしょう。トリス、私と瑪瑙は確かに名も無き世界から召喚された召喚獣かもしれない。でも武器なんて持ったことも、殺し合いなんてしたこともない平和ボケしたただの一般庶民よ。加えて武器もなければ召喚術なんて使えないし。それでのこのこと戦闘に参加したら確実に殺されるわね。いくらミモザさん達がいるとしても、よ。それで邪魔になるぐらいならいっそ最初からいない方がずっとマシ。わかった?」

 言えば、唇を引き結んで瑪瑙が俯く。震える肩に、手を置いて、軽く引き寄せて顔を上げた。目から鱗でも落ちたように瞬きをしている面子に、こいつ等私達が戦えるとでも思ってたのか、と思いながらにっこりと微笑みを作る。

「というわけで、敵の一掃はあんた達の役目。頑張ってね」
「判った。確かに、とメノウは戦いに慣れてない。ここは屋敷で待機して貰うのが妥当だ」

 一人、顎に手を添えて私の言い分を咀嚼していたネスティの言葉に、瑪瑙が顔をあげる。唇を引き結び、胸の前で白い指先を絡めて組んだ。その飴色の瞳を僅かに潤ませ、きゅ、と形良い眉を寄せると不安そうに言葉を紡ぐ。

「気をつけて、ください・・・」

 瞬間、瑪瑙の涙目&上目遣い攻撃(いや攻撃ちゃうけど)の直撃を受けたネスティの顔が真っ赤に染まった。元々が白い肌だから、赤がより一層際立つというものだ。
 ごほん、と咳払いをして、顔を逸らしたネスティに、マグナ達のじっとりとした視線が向かっている。その視線に気づいているのかいないのか、ネスティはくい、と眼鏡の位置を直しながら上擦った声で瑪瑙に答えた。

「あ、あぁ、判った」
「あらあら・・・決まったみたいだし、さ、行きましょうか」

 何処か含みを持たせる笑みを口端に浮かべたミモザさんが、頃合いを見計らって手を打つ。パンパン、と乾いた音が室内に響き、全員が固く頷くとそれぞれのポジションに動き出した。さて。コッチもコッチで動きますか。