鳴り響く銃声 3



 表口で戦闘を開始したのか、鈍い鋼のぶつかり合う音が風に乗って微かに聞こえてきた。
 窓に近寄ってその様子を確認し、(丁度ネスティがなにか召喚した所だった)こくりと頷くと瑪瑙を手招きする。

「コッチはコッチでフォローしますかね」
「え?ちゃん、フォローって・・」

 驚いたように瞬きをし、首を傾げる瑪瑙にふふん、と鼻で笑うと台所に向かう。確かに表だっての戦闘に参加はしないけど、何もしないで見てるってのもあれだしねぇ。世話になってるわけだし、少しでも優位に進める為の努力は惜しまないっての。台所に入ると、唖然としていた瑪瑙が慌ててパタパタと足音をたてて追いかけてくる。

ちゃん!フォローって、戦いに参加出来ないって言ったのはちゃんよ?」
「あぁ、そりゃ直接はしないわよ。つか出来ないし。でも、ま、戦い方にも色々あるのよ、瑪瑙」
「えぇ?」

 行ってる合間に台所を物色。人様の家の台所漁るのもなんだかなーとは思うけど、まあそこは大目に見てもらうとしよう。調味料棚を開け、そこから胡椒を取り出す。これ使った後は買い足しておかないとなぁ。

「瑪瑙、小麦粉探してー」
「小麦粉?・・・何か作るの、ちゃん」
「まあ作るっていえば作るかな。あ、鍋と・・・バケツに水も張ってね」

 棚を開けて鍋を取り出し、コンコン、と底を叩きながら瑪瑙に指示を飛ばす。小麦粉を取り出してきた瑪瑙は言われた通り、バケツに水を張る為にパタパタと台所から出て行った。遠ざかる足音を聞きつつ胡椒と小麦粉に少量の水を加えていく。ほどよく丸めることができる程度に仕上げて、満足気に頷いた。よしよし中々いい固さじゃない?それから更に調味料棚を探れば、タバスコも発見する。これも使っちゃおう。真っ赤なタバスコを数本(何故数本もあるのか)取りだし、冷蔵庫に向き直る。・・て、うん?

「・・・なに、このケーキの量は」

 冷蔵庫の一角を閉めているケーキの山を、しげしげと見つめて首を傾げた。うわすげぇ。定番から高級そうなモンまで一揃いあるよ。チョコケーキ、ショートケーキ、タルト、シュークリーム、モンブラン、ロールケーキ、ムース、ティラミス・・・・・・ていうか本当に、ちょっと怖いぐらいあるんですけど・・・。誰がこんなに食べるんだろう。
 ミモザさん?それともトリス?・・・ネスティがこれだけ食べたらそれはそれで面白いけどなぁ。けど普通は家主さんのものと考えるのが妥当だとして・・・え、ギブソンさん?・・・まさかね!

ちゃん、お水持ってきたよ」
「あ、ありがと瑪瑙」

 危なげもなくバケツを抱えている瑪瑙に、伊達に野球部マネはしていない、と思いながら冷蔵庫のドアを閉める。あれだけの量のケーキ、一体何日かけて食べる気なんだか。

「さて、んじゃ上に行きますか」
「上に?ちゃん、何をするの?」
「何って、加勢するのよ。瑪瑙、如何に相手の気を逸らし、隙を作るか。やっぱここが勝敗の要なわけなのよ。私達は、その手伝いをするだけ」

 軽くウインクを飛ばして用意したブツを抱え、二階へと上がる。えーと、ベランダベランダ・・・あ、ここからじゃ表しか見えないのか。下に見える、黒とカラフルな軍団を見下ろし、眉を寄せる。リューグが特攻かましてやがる。あれ1人で突っ走ると、周りの援護の手が行かないと思うんだけど・・・。

ちゃんっ。リューグ君一人になっちゃってる・・・っ」

 こわごわとベランダから下を覗いた瑪瑙が、そう叫んで顔を歪めた。確かに、赤い触角が孤立していっているのが上から見下ろしているとよぉく判り、私は無意識に溜息を零していた。黒い集団の中でただ我武者羅に斧を振り回し、なぎ倒す赤い姿は自分の感情に振り回されてるようにしか見えない。そんな攻撃では相手に碌なダメージを負わせることもできないだろう、と顔を顰める。戦いで冷静さを欠く事ほど恐ろしいことはないのに、あっさりと感情に身を任せている姿は愚かだ。仲間とのフォーメーションを崩すことがどれだけ怖いのか、判っていないのだろうか。自分の行動で崩れた陣形が、どれほど周りを危険に晒すか。野球でだってそうだ。チームでプレイするのに、いくら能力が高くたって個人だけでできることには限りがある。あの御柳ですら、周りを認めて信頼しているからこそ、情け遠慮なしにバットが振りまわせるのだから。屑桐先輩なんて言うに及ばず、チームを引っ張っていく主将だからこそ誰よりもチームを信頼している。―――以前試合したことのある十二支で、個人の感情に振りまわされたからこそ自滅したピッチャーを見た事があるだけに、私はより深くそのことを実感したのだ。それを、リューグは判っていない。馬鹿だ、アイツ。
 やっぱり縄で縛ってでも屋敷内に固定しとくべきだったかしら。眉を顰め、馬鹿野郎、と呟いてバケツを握る。ここから裏口は見えないから、裏口のフォローは出来ないけれど。
 でも、あそこは陣形を崩すような人間はいないし、ミモザさんが上手く仕切ってくれているだろう。それよりも今はリューグね。全く・・面倒な。

ちゃん・・・・?」
「瑪瑙は、トリスの前の敵にこの胡椒玉を投げてね」

 ぽん、作った胡椒玉を瑪瑙の掌に乗せ、バケツをもちあげるとグルグルと回す。
 遠心力で水が零れることはなく、ある程度勢いがつくと思いっきり、投げた。





 見渡せば敵に囲まれ、奥歯を噛み締めて斧を振り回す。けれど、ブォン、と音をたてて斧は空気だけを切り付け、敵に当たることはなかった。

「くそっ」

 舌打ちをし、眉を顰めて斧の柄を握り締める。後少し・・・後少しであの金髪野郎の所まで行けるっつーのに!!焦燥感に歯ぎしりをする。後少し、後少しなんだ。
 後少しで、村を襲った奴のところまで行けるのに!ジリジリと胸を焦す苛立ちに、抗いきれず一歩を踏み出そうと足先に力が篭る。刹那、目の前の黒騎士の頭上に水が降り注いだ。

「っ!?」

 驚き、動きが両者共に止まる。唖然と、滴る水に瞬きを繰り返すと、ふっと黒騎士の上に影が落ちた。なんだ、と思う間も無く、それは飛来する。


ガコォォン!


「ぐぅ!?」

 大きな音を響かせバケツが黒騎士の頭に炸裂し、黒騎士の呻き声が聞こえた。あまりの出来事に絶句して唖然と目を瞬くと、周りもいきなりの珍事に攻撃の手も忘れて呆然としていた。バケツと水の攻撃にあった黒騎士と言えば、衝撃が相当だったのかふらついている。

「な、なんだぁ?!」

 遠くから、あの冒険者野郎の声が聞こえてきたが、それはコッチが聞きたい。なんでいきなり、どこからともなく、バケツと水が降ってくるんだ!?目を白黒させていると、ふと怒声が空気を震わせた。

「なにぼさっとしてんの!さっさと仕留めなさい!!」

 その声にはっとし、ふらつく黒騎士に斧の一撃を叩き込む。あっさりと倒れた敵を尻目に、声のした方向に視線を走らせれば、二階のベランダにあの女がいた。隣には別方向に何かを投げている、あの女の友達らしい女もいる。黒い外套が、風に煽られていた。

「アイツ・・・!」
・・・メノウっ?なにやって・・・!」

 トリスとかいう女が、驚愕の声をあげて狼狽している。誰もが、二階にいる二人に視線を向け、黒騎士も思わぬ伏兵に緊張が走っていた。

「どうでもいいからさっさと叩き潰せ馬鹿者!折角フォローしてんのに無駄になるでしょ?!」

 そう怒鳴って、またアイツは何かを投げつける。途端、俺の背後から悲鳴と何かが落下した派手な音が響いた。慌てて振り向けば、倒れている黒騎士が視界に映る。その横には・・・・・・鍋?

「な、なに投げてんだテメェ!!」
「うるっさい!この猪突猛進男!!いいから倒せって言ってるでしょう!」

 言われて、ぐっと言葉に詰まりながら仕方なく目の前の敵に目を向けた。斧を握り締めて構えると、二階の伏兵に黒騎士達の余裕が薄れているのに気がついた。
 思わぬ展開に、浮き足立っているような。隙をついて斧を振り下ろしながら、戦えないと言っていた割りに、存外えげつないことしやがる、と、ひやりとそう思った。





 やっと敵に取り掛かったリューグ達に、馬鹿共め、と悪態をつきながら適当に今度はフライパンをぶん投げる。見事ネスティの横の敵の側頭部部分にフランパイがめり込み、ネスティの召喚術が炸裂した。なんか言うならエリマキトカゲのように周りに何かがついている謎の物体が、回転をしながら敵に襲いかかっている。その様子を見ながら、ふぅと一つと息を零した。

「屑桐先輩達だったらもう少し威力あるんだろうけどねぇ」
ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃ・・きゃぁ!」

 飛んできた矢に瑪瑙が悲鳴をあげて抱き着いてくる。が、てんで的外れな部分に矢は突き刺さり、コチラの被害なんて全く皆無だ。

「大丈夫大丈夫。ここ風がきついから、飛んできても軌道が反れるか失速するかで、当たる確率は結構低いから」
「で、でも・・!」

 びくびくと脅えている瑪瑙に、まあ確かに自分に向かって矢が来るなんて怖いよな、と思い直す。低い、と言っても相手もプロだろうから、その辺りのことも考えているだろうし。
 致命傷にはならなくても怖いものには違いない。しっかりと敵はコチラにも攻撃の手を向け始めてしまったし、それに瑪瑙の細腕じゃ中々敵にまで投げた物は届かないし。

「・・・・・そうね。だったら瑪瑙は、投げる物の補充に専念して」
「う、うん。判ったわ」

 こくり、と青ざめながら頷いた瑪瑙の頭を軽く叩いて、今度はタバスコ入りの瓶を手に取った。赤い液体がたぷたぷと揺れ、にやりと極悪に口元を歪める。本陣に一気に辿り着いたリューグが、ここからでも目立つ金髪の男と火花を散らした。が、リーチはアッチの方が長いし、決定打はあんまり望めそうもないな。けど、ギブソンさんが巧い具合に召喚術を発動させているし、戦況は悪くない。むしろ、コチラが優位に立っている。あ、フォルテが危ない。

「よっと」

 見様見真似で上半身を捻り、反動をつけて投げる。秘技、五光もどき!普通に投げるよりも勢いのついたそれに気づいた敵が、自分の獲物を振り上げて瓶を割る。だが、おかげで赤い液体が、まるで血のように辺りに飛び散った。遠目から見たら本気で血が飛び散っているみたいで、視覚的には物凄く気持ち悪い。しかし敵も運がなかったらしく、自分で割っておきながら自分の仮面の中に入ったのか、タバスコにむせている敵をすかさずフォルテが仕留めた。よしよし。このまま行けばコッチの勝ちね。

ちゃん、胡椒玉」
「はいよ」

 受け取った胡椒玉を振りかぶる。投げようと腕に力を篭めた瞬間、視界に入り込んだ黒い装甲に目を見開いた。機械仕掛けの腕が伸びて、その先のゴツイ銃が金属光沢を出して煌く。トリスの召喚術の光が辺りを覆う。人とは遠くかけ離れた、機械仕掛けの重厚な装甲がその光を跳ね返した。脳裏に、ぎこちないけれど、何処となく温かさの在った合成音がよみがえる。黒い、見慣れたわけではない、けれど見知った姿に息を呑んだ。
 なんで、と思考を巡らせるよりもその銃口がリューグに向けられているのに気付いて、咄嗟に手の中の胡椒玉を金髪男に向かって行ったリューグの目の前に投げた。
 目の前で舞い上がった胡椒に慌ててリューグが後退し、その瞬間さっきまでリューグがいた場所に銃声が鳴り響く。空気を震わせるそれに、顔を歪めた。

「なんで・・・!」

 アンタがそこにいるの・・・っ。引き攣った喉からその先が零れることはなく、代わりに手摺に拳を打ち付けた。ぐ、と叩きつけた衝撃でじぃん、と痛みを覚える拳を握り締めると、金髪男と、ロボット・・・ゼルフィルドが、何か言葉を交わして去っていく。金髪の態度がどうも苛立っているようなので、どうやらアメル確保に失敗したらしい。成功いてたら多分もっと余裕そうだろうしな。ということは、裏口も無事なのだろう。撤退する姿は実に速やかで、これは相当訓練されてるんだろうな、とぼんやりと思った。去っていく、ゼルフィルドの背中を見つめながら、ギリ、と奥歯を噛みしめた。
 握り締めていた手を解いて、気を落ち着けるように息を細く吐く。とにかく当面の危機は去ったことには違いない。瑪瑙が、ほっと安堵の吐息を零す。

「よかった・・みんな、大丈夫そうね」
「・・・そうね。下に行こうか。皆戻ってきてるだろうし」
「うんっ」

 ぽん、と瑪瑙の肩を叩いて促すと、ふわりと蒸し栗色の髪を揺らして頷き、ぱたぱたと急いで瑪瑙は下へと向かった。その背中を見送り、のろのろと足を動かす。鎮痛な面持ちで、拳を握るとぽつり、と呟いた。

「なんであんたがいるのよ・・・ゼルフィルド」

 あの時の予感は、こういうことだったのか。苦虫を噛んだように、やるせない気持ちに顔を歪めた。
 あぁ、まだ耳に、ゼルフィルドの銃声音がまるで残響のように、鳴り響いていた。