三本道
結果だけを見るのなら、話し合いは双方納得できたのだろう。ベランダの手摺に体重をかけ、頬杖をつきながら小さく口の端を持ち上げる。門の内側には亜麻色の髪と、蒸し栗色の髪が風に吹かれて靡いていた。遠ざかる背中に、まだ地平線にほど近い朝日を浴びて煌く青い髪。昨日よりもやや大きく見える背中は、きっと成長した証、というものか。
ていうか成長して貰わないと私が口出しした意味がない。それじゃあ私が無駄骨折ったことになるじゃないか。あれだけ面倒なことに巻き込んでおきながらそんな割に合わない話ってないよ。うん。まぁ、それはさておき。
「どんな結論を出したのか、聞いてもいいかしら?」
そんなことを考えながら、ゆっくりと折り曲げていた腰を起こして、踵を支点に半回転する。背中を手摺に預け、ベランダの入り口に向かって微笑みを浮かべると、動揺したように気配が動くのがわかった。
室内の奥、朝日の届かない今だ影を落とす部分がゆらりと動き、人影を作り出す。軽く目を細めると、赤触覚・・・もとい、リューグが薄暗い影の中からいささか罰の悪そうな顔をして出来てきた。片割れが気になるならこんな所にいないで下に行けばいいのにねぇ。なんとも素直じゃない彼に、にやにやと内心で笑って首を傾げた。
「・・・なんで判った」
「気配を隠しきれてなかった、てところかしら。これでも気配の悟り方ならある程度心得てるのよ」
伊達にあの華武校野球部マネをしてないわ!あの面々妙に気配の消し方が巧かったりするし、監督にいたっては気配なんざ微塵も感じなかったりするし。おかげで背後に気を配るようになったのよ。迂闊に気を抜いたら何時の間にかあのミステリアスキング・・・もとい、菖蒲監督が立っててかなりホラー染みたことになるんだから。
彼を知っている人はよぉく考えてもみて欲しい。いきなり背後にあの「ホホホ」と含み笑いを零しながら真夏だというのに暑苦しい格好をして、素顔を明かさない謎の人物が分配片手に立っているのだ。これをホラーといわずなんという。
「話し合いの結果について教えてくれるの?まあ、どうせ後で周りから教えられるんだろうけど」
半ば強制で。その時に聞いてもいいけど、どうせなら当事者の口から聞いてみたい。折角ここにいるんだし、セッティングをした身としては直接聞いても罰は当たらないと思うなぁ。
視線を肩越しに下へと向けて、今だロッカの去った方向を見ている二人分の背中を視界に納めると、ポツリ、とリューグが呟いた。
「そうだな。お前には聞く権利がある。・・・いや、聞く必要、か」
「そんな強制されてもあれなんだけど。で?」
溜息のように零したリューグにそこまで責任押し付けられるのもなんだかな、と苦笑を零す。いや本当、別に私君らの何かを背負った覚えはないんだけど?ぼやきながら先を促すと、私と一定の距離を保ったまま彼は視線を私から外して遠くを見た。追いかければ、やはりというか、下に向けられている。それとももう見えない片割れに、だろうか。
「あいつは爺を捜しに行った。アメルも心配してるしな」
「爺・・・あぁ、あの(年の割りにやたらと筋肉のついた)おじいさん?確か・・・アグラバインさん、だったっけ」
「あぁ。あいつが爺を捜しに行くから、俺はここに残ってアメルを護る。結局別れることになっちまったが、これはアメル自身納得して決めたことだ」
「そう。まあ、自分達で納得して決めたのならいいんじゃないの」
というか、そうなっていなかったら本当に無意味じゃないか、私の行動。それに人選も妥当なところだと思う。もしロッカじゃなくリューグが捜しに行ったら、黒騎士と接触があった場合、退く、ということをしないだろう。その点、ロッカは退き際を心得てるので安心できるといえば出来る。・・・これで実は隠れ直情キャラだったら目も当てられないが。
頷いて、ちゃんと話し合いが出来たんだな、と安心して息を零した。思いの外介入してしまったのがちょっと思うところありだったのだが、問題は最小限に収まっているようだ。ならば聞くだけ聞いたし、部屋に戻ろうかな、と手摺から離れて腰を伸ばす。最後にちらりと背後を見やって、瑪瑙とアメルも戻っていくのを見て笑みを零した。
「喧嘩別れなんて最悪な結果にならなくてよかったわね」
それが一番嫌な別れ方よね。この生死かかってそうなところで、そんな嫌な別れ方したくない。どうせ別れるなら爽やかに後腐れなくやりたいものだ。ふ、と微笑を浮かべて一言そう告げると、じゃあね、とひらりと手を振りながらリューグの横を通り抜けた。
「おいっ」
「ん?」
しかし横を通りがかると呼びとめられ、部屋に戻ろうとした足を止めてリューグを振り返る。振り返ると、丁度朝日がかかるほどに昇ってきていたのか、光の中でリューグは眉間に皺を寄せた険しい顔を浮かべていた。あれ、今めでたしめでたしな展開じゃなかった?決してそんな怒ったような顔をする場面じゃなかったぞ、と、場に吊り合わぬ表情に首を傾げる。
「なに」
「・・・っあ、いや・・・・だからっ」
「だから?」
何かもごもごと歯切れ悪く口の中で呟きながら、終いには怒鳴るようにして間違った接続語を使うリューグに、促すように繰り返す。小首を傾げてじっと見つめると、リューグは別に何も言っていないというのに、気圧されたように言葉を詰めて、うろうろと視線を泳がせた。
「だから、だな。その、・・・~~あぁ、くそっ。なんでもねぇよ!!」
「そんな八つ当りされても」
「うるせぇ!俺は戻る!!」
ぼそりと反論すると、益々目を吊り上げて怒鳴られ、肩を竦めた。なんで私が怒られないといけないのかしら?ずんずんと肩を怒らせて去っていくリューグの背中を苦笑交じりに見送り、若いっていいねぇ、なんて思ってみた。いや自分も十分若いんだけどね。
「ま、何が言いたかったかなんてわかってるけど」
ていうかわからいでか。もう見えなくなった背中にそう零し、くすくすと笑い声を零す。まあ、あれだ。お礼か何か、言いたかったんだろう。ロッカはそつなくそういうことできそうだけど、リューグは恥ずかしがってできそうにないもんなぁ。ていうか、改めて言うのが苦手なんだろうね。
「若いわねぇ」
いつリューグが面と向かって言える日がくるか、楽しみに待ってましょう。
顎に手を添えてにやり、と口角を吊り上げ、私は鼻歌交じりにリューグの後を追いかけた。
※
頃合を見計らって下に降りると、美味しそうな匂いが鼻腔を刺激する。もう朝食が出来てるのか?と首を傾げつつドアを開けると、もうすでに何人かリビングに集まってテーブルの周りを囲んでいた。その間を、瑪瑙がお皿を抱えてパタパタと歩き回っている。
「おはよう、瑪瑙。朝食の準備?」
「あ、おはよう。ちゃん。そうなの。ロッカ君を見送った後にアメルちゃんが朝食を作るっていうから、私も手伝ってるの」
テーブルに近寄りながら声をかけると、ぱっと髪を靡かせて振り向いた瑪瑙がそれはそれは愛くるしい笑顔を浮かべて小首を傾げた。朝からいい目の保養だわ、これは。
満面の笑みに笑みを返しつつ、他の面々・・・ミモザさんやギブソンさん達に挨拶して、テーブルに並んだ料理の数々を眺める。ふぅん・・・サラダ、スープ、ソテーに揚げ物・・・・・揚げ物!?いや、朝からこんなこってりとしたものはどうかと思うんですけど。
むしろよくまあそこまで作ったと、感心するべきなのか?いやしかし、うーん。どう反応すれば・・・。
「アメルが、これ全部?」
「私も少し手伝ったけど、ほとんど全部。すごいよね、アメルちゃん。こんなにお料理できるんだもの」
「そうねぇ。はりきりすぎな気もするけど・・・まあいいか」
にこにこと心底感心したように言う瑪瑙に、適当にお茶を濁して再びテーブルに目をやる。まあ、これだけ作ればストレス解消・・・もとい、何かしら吹っ切れたんじゃないだろうか。
ロッカとかのことは納得してるらしいし、心機一転ってところかしらねぇ。しかし朝から揚げ物か・・重いな。まぁ昨今朝からステーキだのカレーだのあるぐらいだから、こういうのも普通になっていくのかしらねー。軽く頷きつつ、今度はキッチンに目を向けると、ひょっこりとお皿を抱えてアメルが顔を覗かせた。
「メノウさん。これも持っていって・・・あ。さんっ。おはようございます」
「おはよう、アメル。随分と豪勢なんだね」
「はい。ちょっとはりきりすぎちゃって・・・あの、さん」
「ん?」
にこぉ、と花でも飛びそうな勢いで笑顔を浮かべたアメルに、にっこりと笑い返して瑪瑙の代わりにお皿を受け取る。それをテーブルの上に置いて振り向くと、アメルは少し視線を泳がせてから、頬を染めて言い難そうに俯いた。首を傾げてアメルの傍まで行くと、ばっと勢いよく顔をあげたのでびくっと一歩後退る。な、なに?
「あの、昨日はありがとうございましたっ。さんのおかげで、あたしも、リューグもロッカも納得できる形で話し合うことが出来たんです。それは、ロッカが行っちゃうことは寂しいですけど、でも、ちゃんと自分で納得できましたから。だから、本当に・・・ありがとうございました」
「あぁ・・そっか。喧嘩別れなんて形にならなくてよかったね」
「はいっ。ですから、今回はお礼の気持ちもこめて頑張ったんです!たくさん食べてくださいねっ」
「え・・・あ、うん。有り難く頂くよ」
ぐ、と握り拳をして言いきったアメルに、この豪勢さはそれもあったのか、と思いながら朝からこの量を?と顔を引き攣らせた。それは、ちょっと・・・きつい、かなぁ?いや、朝は割と食べる方だけど(部活の関係もあるし)、でもこれほどがっつりとは食べないし・・・。
ウキウキとしながらアメルがキッチンに再び引っ込んだのをみて、テーブルを振りかえる。・・・何気に席の一部の料理がやたら多いのは、そういうこと、なのだろうか。やっぱり私あそこに座らないとダメなのかなぁ?
「うふふ。ったらよかったじゃない。ささ、折角のアメルちゃんの好意なんだから座りなさいよ!」
「ミモザさん・・・半分面白がってませんか?」
「やぁねぇ、そんなことないわよっ」
嘘だ。絶対面白がってる。信憑性ゼロの笑みに半眼で睨むと、ミモザさんは益々笑みを深めて強引に私の腕を引っ張り肩を押さえて椅子に押しつけた。しっかりきっかり、一番量の多い、あの席に。
「・・・・・・・・・・・・・・・ネスティ、半分食べる?」
「生憎だが僕はそんなに食べられないんでね。それに、アメルの好意を無碍にするわけにもいかないだろう?」
向かい側に座っているネスティに話しかけると、すました調子で返された。前半は屁理屈だが、後半は正論で、顔を顰めて溜息をついた。まあいいや、どうせフォルテ辺りが食べるだろう。目の前にどでーん、と存在を主張する揚げ物を半眼で見ていると、瑪瑙が隣の席に座った。もう料理の追加は終わったのかな。
「うわぁ、ちゃんすごい量ね」
「うん。好意とはいえ、朝から揚げ物はきついんだけどねぇ・・」
「ふふ。アメルちゃんとってもはりきってたから」
鈴を転がすように笑う瑪瑙に、好意って時には結構重たいなぁ、と妙な実感を抱きつつ、肩を落とす。そんなことをしている間に、ドアの方向から感嘆の声が聞こえて顔をあげた。
「あら、なんか今朝はいつもより料理が豪勢じゃない?」
「本当だ。すごい量だね」
「起きてくるなり、挨拶も抜きでそれか、まったく・・・」
「おはよう、ネス。だって、あまりにもいい匂いがしたんだよ?」
「そうよ、ネス。あ、おはよう!、メノウ!」
「おはよ。マグナ、トリス」
「おはよう。マグナ君、トリスちゃん」
ぱっと顔を輝かせたトリスに、軽く手をあげて答えて、その後のやり取りを見守る。途中でフォルテが余計な一言を言ってケイナに殴られたのだが、そこは皆軽く流していた。
皆、結構慣れてきたみたいねぇ。生暖かい目でそれを見守っていると、アメルがひょっこりとパンを片手にキッチンから顔を出した。
「お待たせしました。パン焼き上がったんで、どうぞ召し上がってください」
「へっ・・・アメル?」
「あ、トリスさんにマグナさん。おはようございます。さあ、座って。冷めないうちにどうぞ」
にっこりと笑いながら椅子をすすめるアメルに、マグナもトリスも目を瞬かせてパンとアメルを見比べる。その二人の様子に、くつくつと喉を鳴らしてギブソンさんが二人を見やった。
「謎は解けたかな?トリス、マグナ」
「え・・えぇ!?もしかしてこれ、全部アメルが!?」
「一応瑪瑙も手伝ったらしいけど。何作ったの?」
「スープとサラダを少し。でも本当、アメルちゃんってお料理上手なのね」
目を真ん丸くさせて驚愕の声をあげたマグナに、一言付け加えて瑪瑙を見れば、指で少しだけ、という単位を示してアメルに顔を向けた。アメルはそれにはにかんで擽ったそうにしていて、周りが穏やかにその光景を見守っている。平和な朝の風景だ・・・料理が目の前にこんなに積んでなかったらより平和な朝だったのに・・・。
「感心してねえで食うぞ、冷めちまうだろうが。アメルの手料理なんて、ずいぶんと久しぶりなんだからな・・・」
「あ、うん・・・あれ?なんか、のお皿やけに量多くない?」
どことなく哀愁の篭ったリューグに、頷きながら座ったトリスが私の皿をみて首を傾げる。ちらりとリューグも視線を向けて、眉を寄せたことからやっはりこれ量多いんだなぁ、と改めて実感した。
「あ、それは昨日のお礼も含めてるんです。でも、ちょっと多すぎたかな」
「問題ないなーい。こんだけうまけりゃオレはもう、どしどし食っちまうぜぇ!」
何時の間にかすでに食べ始めているフォルテが口に物をいれた状態で喋るので、思わず眉を寄せるとケイナが呆れたようにじと目でフォルテを睨んだ。ていうかそりゃアンタに問題はないだろうが私には問題があるんですけど?
「んもう、フォルテ!食べるかしゃべるかどっちかになさいよ」
「あ、悪ぃ悪ぃ」
全く悪びれもせずに言うフォルテに、深く溜息を吐き出すケイナに苦労の影を見た。まあでも、なんだかんだでお似合いな夫婦模様を展開してる二人なので、それはそれで微笑ましく思える。とりあえず私も食べようかな。手を合わせてお決まりの文句を述べてからスープに手を伸ばす。揚げ物はひとまず置いておこう。
「ほう、このパン。不思議な歯触りだね」
「本当。でも、美味しいっ。ちゃんも食べてみて!」
「はいはい。・・・あ、本当だ。美味しい。でもこれ・・・何混ぜてるんだろ」
瑪瑙に勧められるままパンを千切って口に運ぶと、口の中一杯にふんわりとまだ暖かい生地の香ばしさが広がった。出来たてっていいなぁ。咀嚼して呑みこむと、甘味の残るパンの味が口内に残ってまた食欲をそそる。うむ。実に美味しい。
「あ、それはおイモの粉を混ぜてるんです。村の畑で作れる数少ないお野菜でしたから」
「生活の知恵だな」
頷きながら食べているネスティが感心したように言うので、へぇ、とその隣でマグナが更に感心していた。ふむ。おイモねぇ・・・アメルの話しを聞きながら揚げ物に手を伸ばす。
さくっといい音をたてて衣を割ると、中からほかほかと湯気がたって、黄金色の中身が覗く。正直揚げ物はきついが、実際フォルテの言う通り美味しいので食べられそうだ。
口に運べば、おイモの甘さと塩胡椒の味が絶妙に絡んでまた美味だった。コロッケかー・・・ん?ごくりと咀嚼し終えてふと視線を食卓に走らせる。
バルレルが私の隣で(何時の間に?)パンに手を伸ばしているのに届いていなかったので、取り皿に取ってやりながらじっくりと料理を観察してみた。
「なんか、どれもどこかしこにイモが使ってあるような・・・」
ポツリと零すと、トリスがまじまじと料理を眺めて、アメルに問いかけているのが聞こえた。顔をあげてトリスとアメルを見る。
「おイモ、好きなの?」
「ええ、大好きです♪おイモさんはとってもすごいんですよ!」
さん付けまでするか、アメル。ていうか嬉しそうだなぁ・・・まさに水を得た魚。やたらとテンションアップしたアメルに、トリスがしどろもどろに相槌を打つ。
「へ、へぇ・・・」
「年に何度もとれるし、栄養もたっぷりだし。おまけに保存も効くんですから!」
「あっ、あははは。たしかにすごいわね」
「ええ、ですからたくさん召し上がってくださいね。さんも!」
「え?!あ、うん。食べます食べます」
アメルの芋談義に(ていうかそんな握り拳して熱弁せんでも!)引いているトリスを半笑いで見ていると、唐突に自分にも振られてこくこくと慌てて頷いた。どうも、アメルは熱狂的な芋フリークらしい・・・ちらりとアメルの家族であるリューグを見れば、視線に気づいたのか軽く肩を竦めた。そうか、これは昔からなのか。尚お芋についてキラキラと目を輝かせながら語るアメルを尻目に、並べられているイモ料理の数々を見て吐息を零した。
もしかして、これからずっとイモづくしの食卓になるんだろうか。瑪瑙が嬉々として食べている横で、なんとなくこれからの食卓に不安を抱くのは、別に見当違いではないはず。
・・・・その時は私も、イモを含まない料理を一品ぐらい作ろう・・・さすがに飽きるだろうし。密かに決意しつつ、とりあえず目の前の料理制覇に私は再び箸を動かした。