三十六計逃げるに・・・
面倒事は、望んでいようがいなかろうが、来る時は来るものである。
瑪瑙と木陰で休んでいる間に、しばらくどこぞへやっていたマグナ達が帰ってきた。なんでも導きの庭園とかいう綺麗な庭園に行ってきたらしい。しかもそこでネスティを見たとか。(絶対暗かったんだろうなぁ・・・)何処に行くつもりだったんだ、ネスティ。
「メノウは大丈夫なの?」
「まあね。大分よくなったし、もう動けると思うよ」
「本当ですか?」
「うん。心配かけてごめんね、マグナ君アメルちゃんトリスちゃん」
心配そうに瑪瑙を覗きこんだアメルに、軽く口元を緩めて随分とすっきりとした顔で頷いた。その顔色をみて、とりあえず安心したのかマグナ達が心配そうな顔を崩して笑う。
ひとまずこれで心配事は一つ減ったし、そろそろ行動しようかな。ゆっくりと立ちあがって外套を叩き、瑪瑙の手を取って引っ張る。木漏れ日の差す柔らかな草地を踏みしめて、軽く伸びをした。
「さて、次どこか行くところあるの?」
「うん。アメルが、派閥を見たいっていうんだ」
「派閥?またなんで」
頷いたマグナに怪訝に眉を寄せ、アメルに視線をやる。派閥なんて行ったところで中を見学させて貰えるわけでなし、あまり有意義とは言えないと思うが・・・。
不思議そうな視線を受けて、アメルは少し困ったようにしてからたどたどしく口を開いた。
「えっと、なんとなく・・マグナさんとトリスさんが育ったところを見たいなって、思ったんです」
「私も少し興味があるわ。どんな所なのか、見てみたいと思わない?ちゃん」
「うーん・・・まあ、そう言われれば、ねぇ」
振り向いてにっこりと笑った瑪瑙に、曖昧に頷いて肩を竦めた。まあ、私としても特に行きたいところがあるわけじゃないし、実を言えば何処に行こうがどうでもいいのだ。
派閥を見るぐらいどうってことないだろう。トラブルにさえ見舞われなければ。
「決まりね。行きましょう、、メノウ」
「テメッ放せコラァ!!」
話が纏まったのを見て取って、トリスがバルレルの手を掴んで行動し始めた。バルレルは激しく抵抗しているが、トリスは全く意に介してはいない。うーん。なるほど。ある意味ベストコンビというべきなのかしら。あれはあれで吊り合いが取れているのだろう、と感心しながらその後をぞろぞろと私達がついていく。
それにしても、派閥、ねぇ・・・。ていうかマグナとトリスって今派閥に行っていいのか?確か見聞の旅だとかなんだとかじゃなかっただろうか。しかも旅立ったのはつい最近。近づいていいのか?
しきりに首を捻りつつ、まあバレなければいいんだろう、と解釈してとりあえずその事は口に出さないことにしておいた。結果、ここで口に出しておけばネスティとの約束を破らずに済んだかもしれないなんてこと、この時の私に判るはずもなかったのだが。
果たしてこれは私達がトラブルを引寄せるのか、はたまたトラブルが私達の傍にやってくるのか、大きな悩みに突き当たる前触れでもあったと、ここに記述しておこう。
※
「ほら、あれが蒼の派閥の本部」
「マグナさん達は、あそこで暮らしてたんですね」
ついっと、向けられた指先を視線で追いかけ、その先にある立派な建物にへぇ、と感嘆の息を吐いた。多くの木々が生い茂っているそこに、重圧な印象を抱かせるその建築物はさすが貴族の勉強場、と微妙な感心を覚えさせる。しかし、ぶっちゃけ建物なんて外観が一つの芸術になっていなければ、とてもつまらないものだと思われる。建物ってのは中に入るためのものだから、外から眺めるだけでは退屈なだけだ。それ以上興味がそそられるものもなく、仕方なく視線を横で会話している面々に向ける。
「でも、なんであたしたちの暮らしていた場所なんか見たいって思ったの?」
「えへへ・・・懐かしい感じがしたからですよ」
「アメルちゃんが、二人に?」
「はい。なんだかよくわからないんですけど、でも、マグナさんとトリスさんにお会いした時、なんだか不思議な感じがしたんです。胸の奥がじわぁって、熱くなるみたいな」
その時のことを思い出したのか、胸を押さえて感じ入るように瞼を閉じたアメルに、皆沈黙していた。ピチチチ、と小鳥の囀りがささやかに鼓膜を震わせる。そして、アメルは目をあけるとにっこりと笑った。
「ずっと不思議だったけど、ここに来てわかった気がします。森ですよ。二人も、森に見守られて暮らしてたんですね」
「森?・・・たしかに本部の周りにはたくさんの木が生えているけど」
ぐるりと本部を見まわしたマグナに、同じように視線を巡らせて首を傾げる。森といえるほど、木々が多くあるようには思えないが・・・気配が似ているとでもいうのだろうか。周りが首を傾げていると、くすくす笑いながらアメルは空気をたくさん吸い込むように胸を膨らませた。
「私も同じです。あの村の森に見守られて育ってきたから。だから多分、お二人を身近に感じるんだと思います」
「ふぅん・・・そういうものなのかねぇ」
「そういうものですよ」
納得できないように呟くと、アメルは自信満々に頷いて言い切った。根拠のない話ではあるが、それ以外に何をどう説明すればいいのかも判らず、曖昧に頷いておく。
マグナとトリスなんかは意外な共通点を見つけたのか、顔を見合わせて本部を眺めていた。
「そういえばさーアメルと二人の出会いはどんなの?」
「あ、そうだね。私達は皆揃ってるときに会ったけど、三人は違うんでしょう?」
ふと思いついて問いかけると、瑪瑙も便乗して口を挟んだ。にこにこ笑いながら聞きたそうにしている瑪瑙に、三人は顔を見合わせると唐突に吹き出した。それに軽く目を瞬き、首を傾げる。吹き出すような面白い出会いだったのか?
「あはは。あたし達とアメルの出会いはすごいよ!」
「うん。なんたっていきなりアメルが木の上から落っこちてきたからね」
「えぇ?!アメルちゃんが、木の上から?」
「どういう状況だそれは」
木の上から落ちるって・・・すごいなおい。それはやっぱり王道としてマグナの上に落ちてきたのかしら?少女漫画チックに受け止めて?あ、なんか普通にその様子が想像できるわ。思わず目を半眼にし、アメルに視線を向けると照れたように頬を掻いて俯いていた。
「うん。あたし達がネスに頼まれて宿屋を探してる途中で寝ちゃってね」
「寝るなよ」
「あ、あは。まあもう過ぎたことだし!それで寝てたら、いきなりアメルが上から落ちてきたんだ。なんとか受け止めたけど、あの時は本当に吃驚したなぁ」
「それは吃驚すると思うわ。どうしてアメルちゃんは木の上に上っていたの?」
トリスの発言にさらりとツッコミしながら、やっぱりマグナの上に落ちたか、とある意味予想通りの展開にふーん、と頷いておく。
「えっと、その時猫さんが木の上で降りられなくなってたんです。助けようと思ったら・・・その、」
「落ちたのね。・・・らしいといえばらしい理由ねー」
「そうだね。アメルちゃんらしいわ」
肩を落として微笑むと、アメルが目を見張って、照れたようにはにかんだ。頬を掌で包んで、恥らうように俯く。それを微笑ましく見ていると、不意に穏やかな空気を叩き割るように無粋な怒鳴り声が響いた。
「いい加減にしろっこのガキが!」
「きゃあ!」
驚いて反射的に声の発信源へと目を向けると、兵士と女の子が何やら言い争っているという珍妙な場面が繰り広げられていた。召喚師の派閥本部で起こる出来事としては不釣合いなそれに、軽く眉を寄せる。・・・嫌な予感が、する。
「あれ、あの子・・・」
「知り合い?」
「ううん。そうじゃないけど、でも何度か町で見かけた子だ・・・」
「あ、言われてみれば」
記憶を掘り返すように呟いたマグナに、トリスが手を打って頷く。けれど、それでも合点がいかないのか眉間に深く皺を刻んで首を傾げた。
「でも、どうしてあの子がここに?」
「ここは、派閥の本部だし・・・」
誰一人その疑問に答えられるはずがなく、済し崩しに興味は少女に集まっていく。
「何度も言ったとおり、本部の中には召喚師でなくては入れんのだ」
「だからっ!私は召喚師だって言ってるじゃない!おじさん耳聞こえてるの?!」
良い度胸してるなあの子。普通兵士を前にしてあんなこと言えないぞ。金切り声で必死に反論する少女を眺めながら感心していると、傍目から見てもわかるほど明らかに兵士の顔が引き攣った。うあ、やばい気がする。
「ほぉ、だったらきちんと名を名乗ってみせろ?」
「それは・・・」
「ふん、ほらみろ。このウソつきめが。貴族の娘だってのも、どうせウソっぱちなんだろうが」
「ウソじゃないわっ!ホントなんだもん!!」
涙目で睨む少女に、あの兵士、大人気無さすぎだと思わず呆れた。まだ年端も行かない女の子に対してその態度はどうかと思うよ。女の子、泣きそうだし。嫌だなぁ、あんな大人にはなりたくない。兵士の態度にはぁ、と溜息を零し、ちらりと視線を横に流した。
このままじゃマグナ達割りこみかねないな・・・。明らかに不愉快そうな顔をしている周りに、回避は不可能?と内心で呟く。ごめんネスティ。なんか、面倒事に巻きこまれそう。
「ええい、離せっ!いい加減しつこいと、ぶん殴るぞ!!」
「っ!」
その声に慌てて視線を向けなおすと、兵士の手が振り上げられるのが視界に入った。軌道線上は、間違いなく少女。おいおい、本当に大人気ない!さっと顔色を変えて、あのままでは本当に振り下ろしかねない空気に、咄嗟に駆けだした。
「あっ。!!」
後ろでマグナが呼んだが、足を止めていては間に合わなかっただろう。元々さほど距離もなかったので、あっという間に少女と兵士に駆け寄ると手を伸ばして、少女の細い腕を掴んだ。
パシィン!
乾いた音が響くと同時に、感じたのは衝撃と熱。痛みよりもまずそれが最初。その次に痛みというものがじんわりと広がり、顔を顰めて頬にかかった前髪をかきあげた。視界に、唖然としている少女が入る。とりあえず。
「大丈夫?」
「え・・・っ」
びくりと肩を震わせた少女を無視して、ばらばらと頬にかかった髪を鬱陶しく払いのけた。しゃがみ込んで、べろりと少女の袖をめくって腕の確認。あー・・・私が掴んだところが痕になってる。力をこめすぎたか、と思ったがでもこれぐらいならすぐ治るだろう、と軽く撫でてすませた。なんなら後でFエイドでも渡しておくし。
「な、なんだお前はっいきなり飛び出してきやがって!」
「、!大丈夫っ?」
狼狽したように後退る兵士に続いて、どたばたと足音が聞こえると瑪瑙達が駆け寄ってきた。唖然としている少女から視線を外し、瑪瑙達に平気、と応えようと目を向けて・・・・・・・バルレルーーー!???
殺伐とした雰囲気で、むしろ「殺す」と書いて「やる」と読むぐらい殺意に満ち溢れたバルレルに、目を剥いた。ちょ、まっ!その槍はなんだ!!寸分の狂いもなく切っ先が兵士に向けられてるのは何故?!ていうか目がすでに尋常じゃないんですけどーーーーー!!
「バ、バルレル落ちつけ!!トリス、バルレルを押さえてーーー!!!」
「へ?あ、バルレル?!なんで槍構えてるのーーーー!???」
「バルレル君っ!?」
慌てて目が据わって殺気をバシバシ放出中のバルレルを押さえるように指示を飛ばす。今にも兵士に突きかかりそうなバルレルに、流石に周りもやばいと思ったのか慌てて槍を構えて殺る気満々のバルレルを押さえにかかった。その瞬間、バルレルが槍を振り回して抵抗し始めた!!ぎゃあっバルレル暴れまくり?!
「放せニンゲン!!殺す!あの愚者殺してやるッ!!」
「バ、バルレル落ちついて!どうしたのよーーー!!」
トリスが涙目でバルレルを後ろから羽交い締めにして、その間にマグナがバルレルから槍を取り上げる。あぁ!なんかバルレル益々怒ってる!私?!私が殴られたからか!??
殺気が凄まじいことになっている、と思わず顔を引き攣らせた。ひ、とバルレルの恐ろしい形相と殺意に少女が無意識だろうか、私の腰にしがみつく。私のその頭に手を置きながら、このままじゃ確実に兵士の命が危ない、とひやりと背筋が詰めたくなった。
こんな所で殺人事件など起こしたくないわ。言い逃れもできやしない。
「ちっ仕方ない・・っ」
「え?きゃぁっ!ちょ、ちょっとぉ!?」
舌打ちを零し、寄り添っていた少女を抱き上げて、肩に担ぎあげる。なりふりなんか構っていられない。ていうか構ってたら一人の命がお空の彼方に消えていくことになる。
それだけは回避せねば・・・!そのまま後ろを振り向き、殺気を向けられて青褪めている兵士を振りかえって早口で捲くし立てた。
「この子私達の知り合いなんで連れていきますね。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ていうか貴方しばらく何処かで身を隠した方が身のためですよ。でないと確実に殺られますから。それではこれで失礼させて頂きます」
「は?」
高速で前口上を述べて、間の抜けた声をあげた兵士が口を挟む前に、そのまま脱兎のごとく走り出す。ついでに通りぬけ様に少女を抱えている腕とは反対の手で、おろおろしている瑪瑙の腕を掴んで引っ張った。そして後ろを振りかえりもせずに駆け抜けた。
「ああ!?待ってーーーー!!ハサハっ行こう!!」
「あ、あの失礼します!さん待ってくださーーーい!」
「お兄ちゃんも待ってよ!バルレルっそんなことしてないで早くっ」
後ろの方でそんな焦った声が聞こえたが、私は私でそれどころじゃないのでとりあえず無視して爆走した。肩の上で少女がなにやら喚いているが、聞く耳を持つ暇などないのでそれもまた無視。瑪瑙に至っては何がなんだかわかっていないような節があるので、そのままにしておく。瑪瑙を引っ張り、少女を担ぎ上げ、マグナ達を引き連れて。走って走って走って走る。まあ、とにかく。
「逃げるが勝ちよ!」
高らかな声は喧騒に消えていく。