探し物はなんですか?前
し、死ぬ・・・!いい加減人一人を担いで走るのにも限界がきて、スピードを徐々に緩めて立ち止まった。そのまましゃがみ込んで肩に担ぎ上げていた女の子を地面に下ろし、ぐったりと腰を曲げて膝に手をつく。ぜぃはぁ、と肩で息をし、心臓がばくばくと暴走列車のように稼動しているのを押さえるように胸を掴んだ。き、きつー・・・ていうかなんか最近全力疾走多くない!?
「ちょ、ちょっとあなた大丈夫?」
「あぁ?・・・・あー・・・うん、平気、平気」
下ろした少女が躊躇いがちに尋ねてきたので、俯いていた顔をあげて笑みを作った。ついでにぱたぱたと手をふって大丈夫だとアピールする。そうすれば、ほっと僅かばかり安心したのか少女の顔が緩んだので、微笑んでそのまま頭を軽く叩いた。顎先に溜まった汗を手の甲で拭い取り、曲げていた腰を直して後ろを向く。さて、瑪瑙は無事だろうか・・・てか私より瑪瑙の方が死にかけだーーーー!!
「め、瑪瑙っ?」
「ぜぇ、・・ぜぇっ・・はぁ・・・へ、へいき、よ・・・!」
嘘だーーーー!!!確実に嘘だ!!そんな今にもふらふらと倒れそうな様子で何を言ってるんですか貴方。ていうか顔色悪っ。うわぁ、そういや瑪瑙は病み上がり。全力疾走なんてさせるべきではなかった・・・!
「ごめん、瑪瑙っ。病み上がりだったね。大丈夫?そこの噴水で休む?てか休もう」
「だ、大丈夫よ、ちゃん・・・ちょっ、と、苦しい、だけだから」
「いやいやいやいや今にも死にそうだから!無理しないで、ね?」
健気にも青白い顔で笑う瑪瑙に逆に居たたまれなくなりながら、半ば強引に引っ張って噴水の縁に座らせた。荒い呼吸で苦しそうな瑪瑙に眉を寄せながら、ポケットを漁ってハンカチを取り出す。それを噴水の水に浸し、絞って瑪瑙の額に置いた。それで瑪瑙が落ちつくのを待って、軽く気づかれないように舌打ちをする。失敗した・・・流石にあの場は逃げたほうが早かったとはいえ、瑪瑙を走らせるべきじゃなかった。自分の計算ミスに腹を立たせながら、瑪瑙の背中をゆっくりと撫で擦る。
「ねぇ、その人・・大丈夫なの・・・?」
「ん?あぁ・・たぶん。しばらく休めば落ちつくとは思うけど・・・」
それで顔色が悪かったら屋敷に帰らないと。心配そうに顔を曇らせて問いかける少女に曖昧に頷きながら、溜息を零して瑪瑙の横に腰かけた。ザアァァァ、と噴水の水が流れる音が聞こえる。そういえば、ここ、何処だろう・・・。
「!やっと追いついたっ」
「あ、マグナ」
「さん、いきなり走るなんてひどいですよっ・・・て、メノウさん?!」
「メノウっ?大丈夫!?」
息を切らせて追いついてきたマグナ達が、血相を変えて瑪瑙に詰め寄る。もっとも、今の瑪瑙にまともな返事は期待できないけれども。とりあえず、全員集合したようだ。ハサハはマグナに抱き抱えられてるし、バルレルは襟首掴まれて白目剥いてるし。(きっといい具合に首がキュッとなったんだろう)まあまた暴れられてもあれだからそのままでいてもらおう。
「大丈夫・・・走ったら疲れただけだから」
「そう?でもなんだか瀕死っぽいんだけど・・・」
「そんなことないわ。それよりも、その子の方が・・・」
にっこりと、額に汗を浮かべて微笑む瑪瑙に、戸惑いながらトリスが眉を顰める。けれどある意味瑪瑙の言い分も頷けたので、とりあえず瑪瑙のことは置いておくことにしよう。どの道今の瑪瑙に会話に加われという方が酷だ。
「そうだね・・ねぇ、君。どうしてあんな場所に入ろうとしたの?」
あんな場所て。仮にも自分の所属する派閥の本部だろう。さらりと嫌味なのかなんなのか、悪意があるようでないような微妙な言い回しで問い掛けるマグナに、ささやかな黒の片鱗を垣間見た気がした。これはあれか。天然の黒さか。マグナは黒くなって欲しくないなぁ。
取りとめの無いことを考えていると、少女は俯いて沈黙したまま黙して語らず、なんともいえない空気が流れた。トリスが困ったように眉をさげて視線を少女に合わせるように腰を屈める。
「黙ってちゃわからないでしょう?」
「っ赤の他人の貴女に、説明する必要なんてありませんっ!」
馬鹿にされたと思ったか、あるいは子供扱いな態度に(実際子供なんだが)カチン、ときたのか少女が眦を吊り上げて顔を逸らした。そのある意味取りつく島もない、と言える態度にトリスとマグナが顔を見合わせる。
確かに、全くの赤の他人であるから、この少女の言い分は正しい。ということはこちらも別に構う必要はないのだ。一応あの場では、大人気無い大人から子供を助けるという、人道に沿った一般的な行動は取ったのだから後は「気をつけるんだよ」ぐらいのささやかな、且どうでもいい忠告をして去ってしまうのが妥当だ。
むしろそうしてしまった方が後々の面倒が回避されそうだ、と脳が訴えた。何故だか、自分の第六感がけたたましく、「このまま関わると面倒な事が起こるぞ」と訴えているわけで、今現在私がこの訴えを無視する要素はなかった。むしろ自分の勘はとても信用に値すると思っている。この世界に来てやたらとトラブルが多いのも、原因かもしれない。あとネスティにも頼むと言われたからには、それなりに責任というものがあるわけで。
すっかり代理保護者ね、と思わず遠くを見た。・・・なんだかなぁ。溜息を零して、腕を組んだまま半眼になる。
「まあいいんじゃない?話したくないなら話したくないで。そこまで関わりがあるわけでないし」
「え?」
困っているトリスとマグナを尻目に、さらりと言うと、そういう反応が返ってくるとは思わなかったのか、少女が逸らしていた顔を私に向けて目を見開いた。もっと大きく反応したのはマグナ達の方だったが。
「えぇ?!それってちょっと無責任だよっ」
「どこが無責任なの。本人がこれ以上関わるのを望まないのに聞き出すのは、それは小さな親切大きなお世話っていうのよ」
ちょっと眉を吊り上げて憤慨したように非難の眼差しが向けられるが、軽く肩を竦めて言い返した。なんでもかんでも親切面して突っ込んで良いものではないのだ。
所詮私達はこの子にとって「いきなり振って湧いた赤の他人」なんだから、むしろ突っ込むほうが余計なことである。ぐっと言葉を詰まらせたマグナが「でも・・」ともごもごと動かし反論するが、私はどこか間違いがある?と首を傾げた。
「親切なのはいい事だけど、だからといってなんでもかんでも首を突っ込んでいいわけじゃないでしょう。自分じゃ手に負えない事態も起り得るわけなんだし、それで迷惑が誰に向かうかわからないのよ?マグナ、一時の正義感で深入りするのは、あまり褒められたことじゃないわ」
「でも、なんであんなことをしたのか、理由がわかれば二度としないようにできるじゃないか!」
「別にそんなのこちらが負うことでもないでしょうが。それに、ああいうことをすれば痛い目を見るって身を以て体験したんだから同じことを二度も繰り返しはしないでしょ」
それでまた同じことするんなら、もうそれは自業自得というものである。そんなことまで付き合いが深いでもない、それこそ少女の言う「赤の他人」が関わる理由などありはしないだろう。
「言っとくけどねぇ、今はそんなに余裕がある状態じゃないわよ。自分たちの状況ちゃんとわかってる?」
呆れたように、目先のことしか見えていない彼らに突き放すように言えば、彼らはぐっと言葉を詰まらせて唇を噛みしめた。
私だって、事態がもう少しましであれば多少付き合ってやろうかという気も起きるが、いかんせん今は動き回るのには適していない。簡単な話しならいいが、関わったら最後、なんていうことはザラにある。なにせここ最近トラブルが雨のように降り注いでいるのだ。なにかある、と勘繰るのは仕方ないだろう。じとり、と見やればマグナはより口を閉ざし、顔を歪ませる。
マグナ達はお人好しだからねぇ・・・私みたいな考えには、中々なれないんだろう。勿論、マグナ達の行動が悪いことだと言うつもりはない。むしろ善行に位置することなのだが、いかんせん状況がなぁ。時には見て見ぬふりというのも必要なのだと、理解してくれればいいが。面倒事には巻き込まれたくないしねぇ。
「・・確かに、あたし達がすることは大きなお世話かもしれないですけど、でも助けられるならしないよりもした方がいいと思うんですっ」
「・・・アメル、私の話聞いてた?」
こういうのは、ちょっとアメルには酷かもしれないが。けれども正義感で今を考えないのは危ない。瞳を細めて言い返してきたアメルに告げると、ぐっと言葉に詰まってアメルが瞳を揺らす。トリスが!と非難がましく名前を呼んだが、ここは譲れない一線だ。
「正義感からの自分勝手な行動は、あんまり望ましくないのはわかってるよね。そもそも、狙われてるのは誰?」
「それはっ。・・・それは、わかって、ます。でも・・・あたしは、助けられるのなら、助けたい・・・」
顔を曇らせたアメルに鼻を鳴らし、肩を竦める。立派な精神だとは思うが、それが万人に当てはまるかと言われれば、まず当てはまらない。向けられる非難とか悲しみとか訴える視線とか、しょうもなく鬱陶しいのだが。私は悪人ですか。・・・この面々から見れば確実に今の私は悪人だな。けれど、私は自分が言っていることが間違っているとは思わない。他者を気遣うのは、自分が余裕がある時ぐらいにして欲しいものだ。いや、全部自分で責任が持てるならいいよ?危機的状況でも生死がかかっていても、自分でどうにかできるんならいくらもで背負えばいいんだけど、この状況、確実にこっちも巻き込まれるじゃん?割りに合わない、とぼやきながら肩を落とすと、ふんと鼻を鳴らす音がした。
「オレはの言い分に賛成だがな」
「バルレルっ」
「そうだろう?結局テメェ等のは身勝手な自己満足なんだからよ。それで誰に迷惑をかけるか、わかってんのかよ。・・・・おい、ちょっとしゃがめ」
「んー?」
口元を歪めて嘲りを浮かべたバルレルに息を詰まらせたトリス達を尻目に、バルレルがこちらを向いて促すので、言われた通りしゃがんだ。そうすると頬にひたりと濡れた布があてられて、ひんやりとした冷たさが広がっていく。
「あのオンナの世話焼く前に自分の方にもっと頓着しろよ」
「・・・あぁ、あれか」
顔を歪めて不機嫌に言われ、一瞬なんのことか判らなかったが、布があてられた頬にじんわりと痛みがあることに気づいて、そういえば殴られたんだったな、と思い返した。
派手な音はしたが、さして痛くもなかったから忘れていた。(一応手加減はしていたらしい)そういえばこれのおかげでバルレルがブチ切れたのだったなぁ、と思い返す。だが、その瞬間はっとしたように周りが動くから余計に居心地が悪く感じられた。
瑪瑙の泣きそうな視線を受け止めて、ひらひらと軽く手を振る。さて、なんか妙に話しがこじれだしたな。頬に布を押さえつける為に触れていたバルレルの小さな手の上から自分の手を重ね立ちあがると、するりとバルレルの手が離れて私の手しかなくなる。
そのまま視線を周りに向けるとなんともいえない複数の視線とぶつかった。・・・こんなことで仲違いしても困るし、ていうかむしろ自分の事でドえらいことに発展している事態におろおろしている少女の方が哀れだと思ったので、仕方なく溜息を零し、妥協することに決めた。私も大概甘い。
「大体、名前も名乗りあってないのに問いただす方が可笑しいでしょ」
「「「あ」」」
溜息交じりの呆れ声に、反応したのはマグナとトリスとアメルというお約束なメンバーで。
半眼でねめつけてから、おろおろしている少女と視線を合わせるために再び腰を曲げて、笑みを浮かべた。
「初めまして、私の名前は。でこっちが右からマグナ、トリス、アメル、噴水のところにいるのが瑪瑙、こっちの悪魔はバルレルで、妖狐がハサハ。君の名前は?」
「え、あの、その・・・ミニス・・・」
「ミニスちゃんね。よし。とりあえずこれで名前も知らない赤の他人ではなくなったわけだ。友達への第一歩は踏み出せた、と。ね、アメル」
「え・・・あ、そうですよね!ミニスちゃんは、あたしたちとお友達になるのはイヤですか?」
「えっ、その・・・」
いきなり問いかけられて、展開の早さについていけないのか、言葉を濁したミニスにアメルの顔が悲しそうに曇る。・・・・・・・・・・・見事な演技だ、アメル。
「イヤですか?」
「イヤじゃない、けど・・・」
「よかった。それじゃ、これから仲良くしましょうね、ミニスちゃん。」
「う、うん・・・・?」
戸惑いながらも勢いで頷いたミニスに、アメルが輝かんばかりの笑みを浮かべる。さーて、これでミニスに逃げ場はなくなったぞー。激しく強引といえば強引なやり口に、感心したようにマグナ達が頷いている。私もちょっとこの手腕には関心してるよ。思いの外アメルにはそういった才能があるのかもしれない。き、危険な才能だ・・・・!!
「友達ってことは、赤の他人じゃなくなった、ってことだよね?」
「そうなるわね」
回復したのか反復する瑪瑙に、こくりと頷き返すとはっとしたようにマグナが顔をあげて笑みを浮かべた。
「そうだね、俺達もう友達なんだから、ミニスが困ってたら助けてあげたいなぁ」
「そうよ。ね、ミニス。話して、くれないかな?なんであんな無茶をしたのか」
ミニスの肩に手をおいて、優しく促すトリスに、躊躇いながらもミニスは頷いた。
「・・・うん」
とつとつと話し始めたミニスの話に耳を傾けながら、まだ許容範囲だよねぇ、と一人ごちた。
私にもう少しこの世界の知識があれば、また少し話しは変わっていたかもしれないが。
※
「さん」
低く心地よい声が、喧騒の中静かに耳に入り込む。その声のした方向に、道の上に向けていた視線を動かして振り向いた。肩から滑るように流れる銀の髪に輪郭を縁取られた、ほっそりとした面。線が細く女性的ともいえる顔立ちに、柔和な微笑みを浮かべて紫水晶の瞳が細められている。
甘く笑みを浮かべて金の竪琴を抱えているその姿は、とても印象深いモノ――良い意味でも悪い意味でも――を残した男だった。もっとも、その悪い意味での印象を浮かばせた、あの凍えるような憎しみはその綺麗な紫水晶の瞳に今は浮かんではいなかったが。代わりに私が伺えるのは恍惚とも言える潤んだ眼差しだけで、正直なところ不気味だった。まだこれが線の細い美形だから我慢できるがそうでない・・・例えばリューグだとかフォルテだとか、あの辺の男がそんな目で私を見つめてきたら、まず間違い無く私は他人のふりをして逃げ出す。それはさておき、瑪瑙達がいなくてよかった。吟遊詩人が優雅な仕草で人の背後に立っていることを怪訝に思いつつ、首だけ向けていたものを体全体で向き直る。
「レイム?」
首を傾げて名前を呼べば、レイムは嬉しそうに口元を綻ばせ――一瞬後には、顔を強張らせた。劇的とも言える変化に目を瞬くと、レイムは幾分焦ったようにそれなりに開いていた距離を一気に詰め、ほっそりとした手を伸ばし・・・ピクリと、指先が触れる直前で止めた。
ひどく躊躇うように、指先の熱がかろうじて届く微妙な違和感を残したまま、触れることなく指先が輪郭を沿う。まるで、そこに何か阻むものがあるように、決して触れることなく指先は宙をさ迷った。触れることはないのに、近づいた丹精な顔に息を飲み込みつつ、戸惑うように眉を顰める。レイムは私の目を捕らえて、そのまま柳眉を顰めた。
「どうなされたのです」
「は?」
「この頬・・・赤くなっていますが」
そういって、微かに指先が頬に触れた。本当に一瞬、爪の先がつんと触れるぐらいで、すぐさま離れていってしまったが。そしてレイムは瑪瑙に向けていたような上辺だけのものでなく、心底心配そうな表情できゅっと眉を寄せる。奥底にまた何か怒りめいたものを感じたが、どうやらそれは私に向けられているものではないらしく、あぁ、と気の無い声を零した。
「ちょっとね。人助けした時に失敗しただけよ」
「人助け?」
「まあね。大したことはないから、そんなに気にしなくてもいいわよ」
軽い口調で言うと、レイムはむっと眉を寄せて首を振った。
「大した事ないはずがありません。あなたに手をあげたのですよ?」
「本人は別の子にやろうとしただけだけどね。割りこんだのは私だし。自業自得って奴よ」
不愉快そうにしているレイムに内心で首を傾げつつ、やんわりと頬の横でさ迷う手を退ける。もう大して痛くないし、多少赤い程度でパッと見わからないはずだが・・・目敏いな。
そういえばバルレルもなんであんなにブチ切れていたんだろうか。あの殺気は本物だったよなぁ。しみじみと思い出しながら、首を傾げた。
「・・・殴ったのは?」
「派閥の兵士かな。ところでレイムはなんでここに?」
あっさりと応えると、レイムは口元にそれはもう綺麗な冷笑を浮かべた。え、と思わず瞬きをする。なんだろう。私、間違えた?何を、とはよく判らないがともかくもレイムの表情は穏やかとは到底かけ離れたもので、ぐっと眉間に皺が寄る。なんだろう・・・この感じは。
そういえばレイムは誰かにどこか似ているというか、なんというか。誰だっただろうか、この反応。初対面時の反応も誰かとダブッたし・・うーん。首を傾げていると、レイムはレイムで完結したのか、もう普通の笑みを浮かべてさきほどの私の質問に答えてくれた。
「私は歌うのが仕事ですから」
「ふぅん・・・」
まあ歌う場所を変えもする、ということだろうか。生返事を返しながらしげしげとレイムを観察しなおしてみる。なんか色々あってよく見ていなかったが、一言言っておこう。
今更な気もするけどこいつ服のセンスすげぇ。無論賛辞ではなくどちらかというと失笑に近い。ぴったりと体の線に沿った服は大きく胸元が開いて惜しげも無く白い素肌を曝け出し、しかもその模様が紫色を基調としたハートを散りばめたものであるという、ひとまずここが異世界であるからこそ許される格好だった。周りから奇異の視線が向けられないことから、きっと、たぶん、これは、この世界で許容範囲に入るものなんだろう。地球生まれの日本人である私には、どうしても理解し難い格好ではあるが。ていうか近づきたくねぇ。心持ちレイムから距離をとりつつ、愛想笑いを浮かべる。
「何か用でも?」
「いえ、お姿をお見かけしたものですから気になりまして。さんこそ、お一人で何をなさっていたのですか?」
一歩退けば、詰められるかと思ったがレイムは動かずにたおやかに微笑んだ。物腰柔らかなレイム自身に対して思うところはないのだが、やはりレイムから感じるものは不思議だ、と片隅で思いながら、バルレルが言っていたことを反復する。魔力と憎悪。
憎悪は瑪瑙に向けられていたが、よく判らない。何故レイムが瑪瑙に憎しみを見出さなくてはならないのか、初対面ではまず有り得ない事柄に内心で首を傾げた。
魔力の部分はなんとなくわかる。リィンバゥムでは大なり小なり個人の差はあれ、それぞれ魔力を持つものらしいから。人に向けて尚且つ体調を崩させるほどの魔力がレイムにあった、ということなんだろう。あるいはレイムが人でない、おおまかな括りで表すならば「リィンバゥム」の人間ではない、四界の内いずれかの召喚獣である、という可能性もある。
どちらかというと、そちらの方が可能性は高そうだ。人であろうか、という疑念も、「人ではない」のだとすれば・・・。そう思いながらも、それは表面には出さず薄っすらと微笑んで視線を外した。
「ちょっと探し物をね」
「探し物ですか?」
「えぇ。私のではないけど、そうね。これぐらいの緑色の石がついたペンダントらしいんだけど、見かけなかった?」
そう、何故私が一人でこんな所でレイムと再会しているかというと、一重にミニスの落し物を探しているからなのだ。なんでも大切なモノらしく、酷く落ちこんでいたのが印象に残っている。その落ちこみ様はさすがの私でも可哀想だと同情を引くぐらいのものだった。
今ごろミニス達の方は導きの庭園方面で四苦八苦している頃だろうなぁ。見つかってればいいんだけど。
「ペンダント、ですか・・・いえ。見かけませんでしたね」
「そう・・・」
「申し訳ありません、お役に立てず・・・」
「いいのよ。正直、あんまり期待はしてなかったから」
こんな簡単に見つかれば苦労はしないっての。私よりも逆に意気消沈しているレイムにぱたぱたと手を振って気にするな、と伝えておいてぐるりと辺りを見まわした。
この辺りはある程度見たし・・・正直、ペンダントなんていう小物が街中に落ちて無事に発見できるほうが少ないと思われる。ここ、交番なんていうものはないみたいだし・・・そういうものがあればまだ行動できるんだが。市民密着型の機関がないって案外不便ねぇ。
緑色の石・・・ペンダントにするぐらいだ、よほど綺麗なものなんだろう。ということは、誰かに拾われて売られてしまっている、あるいは猫ババされている、という可能性の方が高いかもしれない。
「厄介ねぇ」
「ペンダントなのでしょう?街中で探しても、見つからない可能性の方が高いのでは」
「それはそうなんだけどね。それで簡単に諦めがつけば、人を駆り出して捜索なんてしないわ。・・・乗りかかった船よ。とりあえず相手の気の済むまで付き合うのが礼儀ってもんね」
ここまで関わったのだ。それなりの責任が私の身にも負われている。途中で投げ出すようなことはできない。それこそ、本人が諦めるまで、もしくは見つかるまで、付き合う責任があるのだ。薄く笑みを浮かべてレイムをみると、軽く目を見開いてレイムは微笑んだ。
「でしたら、私もお付き合いしますよ、さん」
「え、・・・いいの?」
「えぇ。私でお役にたてるのでしたら、喜んで」
「ふむ。なら遠慮無く。この辺りは一通り見たから・・・そうね、あっちの方を探してみましょうか」
「はい」
物好きだなぁ、と思いながら、まぁ手伝ってくれるというのなら甘えよう、と私はレイムを引き連れて踵を返した。探し物をするには人手が多いに越したことはない。後ろをついてくるレイムの気配を感じながら、それにしてもなぁ、と内心で一人ごちる。レイムが人ではない、四界の存在だとして、ではそれが一体どこの世界のものなのか、ということが重要だ。姿形はただの人のように見えるのだが・・・リィンバゥム以外で人といえばシルターンぐらいものだが・・・身の内にあるものが、否応なく違和感を醸し出す。魔力、魔力、・・・・・魔・・・?迷走しかけた思考が、唐突に出口に辿りついたように閃いた。ぽくん、と思わず掌に拳を打ちつけてあぁ、と声をあげる。
「そうかーなるほどねー」
「>さん?」
「いやいや、なんでもないよー」
怪訝そうに見つめるレイムにひらひらと手をふり、適当に誤魔化して、内心でふむふむと頷いた。なるほど。誰かと似てると思ったら、そうだ。バルレルだ。そういえばバルレルも初対面の時にやたらと気になる反応してくれたし、その後の自己紹介の時でも辛そうな顔をしていた。寸分違わず、感情の動きがレイムと似通っていたのだ。そして、また私の頬に関しても同様の反応が見られる。うむ。納得納得。あらら?ということはレイムはもしかして悪魔なのかな?なんだかバルレルも知り合いのような反応してたし・・・。ふぅん、と鼻を鳴らし、レイムを見上げる。きょとりと瞬き小首を傾げるレイムの銀糸に目を細めた。
でも正直、だからどうだって話しよねぇ。レイムが悪魔かもしれない、という可能性が出ても、結局あの反応の意味はわからないままだ。私に対する態度然り、瑪瑙に対する態度然り。それがどうしてなのかという理由は判らずじまいで、私はその問題を放棄することに決めた。考えたって、判らないものは判らないのだ。とりあえず今はミニスのペンダントを探さないとね。そうして、私達は場所を変えて再び捜索を始めた。
まさか、その間にとんでもない騒動が起き始めているとも知らずに。