探し物はなんですか?後
「あれ、なにあの人込み・・・」
「なにか大道芸でもしているんでしょうか」
収穫がないことに幾分落胆しながら、ともかく一旦報告に行くべきだと判断して一路、導きの庭園へと足を進めたその先に、何故か溢れる人の波に首を傾げた。
確かあの庭園、あんな人込みが集まるような姦しい場所ではなかったはずだが。レイムの言葉になるほど、と思いつつ、とにかく目的地はあそこなので足を進めていく。
人波の最後尾に当り、とりあえずなにが起こってるのか尋ねようと近くの人に声をかけてみた。
「すみません。何かあったんですか?」
「あぁ・・なんというか、迷惑な事にそこで戦闘が起こってるんだよ。全く、街中だっていうのに困ったもんだ」
「戦闘っ?それはまた、傍迷惑な・・・ありがとうございました」
中年のおじさんにお礼を言うと、そそくさとその場を離れる。困ったな・・・こんな所で戦闘なんか始める連中に関わりたくないし・・・この人込みじゃ彼等を見つけるのも一苦労だ。まいった。眉間に皺を寄せ、予想外のトラブルに低く唸った。
「ったく、なんでこんな街中で戦闘なんかしてるのよ・・・迷惑ったらないわ」
「全くですね」
「どうやって合流しようかしら・・・とにかく探すしかないんだけど・・・見つかるかなぁ」
「あぁ、それなら心配ないですよ、さん」
「は?」
ぶつぶつ悪態を吐きながら思考錯誤していると、レイムがにっこりと笑みを浮かべて軽く否定したので、訝しげに眉を寄せて顔を向けた。本人はどこまでも穏やかな笑顔で、空いている手でついっと前方を指差す。
「あそこで戦闘しているの、マグナ君達ですから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんですと?!」
事も無げに告げられた内容に、我が耳を疑った。慌ててそんな馬鹿な!!と内心で否定しながら人込みに視線を向けると、巧い具合に分け目が出来て、そこから・・・思いっきり目をそらしたい姿が幾つも覗いていた。
「いい加減しつこいのよこの年増!!」
「なんですってこのチビジャリ!!人が大人しくしていれば好き勝手なことばかり・・!」
「どこが大人しくしてるっていうのよ!言葉には気をつけたら~お・ば・さん?」
「きいいぃぃぃぃぃぃ!!なんて憎たらしいっ女の「お」の字も見うけられない貧弱な小娘の分際で!」
「なっ!!誰が貧弱な小娘よーーー!!」
「おーほっほっほっほっ!貴女以外に誰かいらっしゃるのかしら?貧相な小娘が!」
「むきぃぃぃぃ!!!なによあんたなんて後はただ下に向かって落下するだけのおばさんじゃない!」
「上に向かっても高が知れてる小娘が何を言うのかしらっ。悔しかったらその貧相な体をどうにかするのね!」
「その年になってもお嫁の貰い手がないおばさんに言われたくないわよ!」
「だあぁぁぁぁれが嫁き遅れですってぇぇぇぇ!!もう許しませんわ!お前達!さっさとあのチビジャリ共をやってしまうのよ!」
ビシィ!と手に持っていた扇で戦っている彼等を指し示し、高らかに宣言するのは今の今まで少女相手にくだらない言い争いをしていた女性。憤怒の形相で睨みつけるその顔は、普通にしていれば間違い無く美人であるといえるはずなのに、さっきのやり取りで大幅にイメージダウンしていた。言い争っていた相手は、ペンダントをなくして意気消沈していたはずのミニスである。戦っているのは見なれた面子であり、間違い無く、この大迷惑な街中戦闘の張本人は私の仲間達だった。内心でまさかそんなことあるはずないよね?ていうかないって言え!!というぐらいの勢いで懇願しながら人込みを掻き分けて進んだ所で、がっくりと肩を落とした。私のなけなしの希望を修復不可能なぐらい粉々にしてくれるなよ・・・!
しかもなんだその口喧嘩!恥ずかしい上になんてくだらない!!俯いてやり場のない感情を、わなわなと拳を震わせることで逸らしている私の肩に、そっと手が置かれる。
じろりと横を見れば、レイムが同情心溢れる目で私を見ていた。・・・その目、心底きついんすけど!!余計に自分を虚しく思いながら、へたりこんだまま片手で目許を覆って低く唸った。
「なんかもう・・・・・激しく近くに行きたくないっていうかこのまま何もなかったことにして帰っても許されると思う?レイム」
「許されると思いますよ。誰もその選択を責められるはずがありませんから」
「そうだよねー別にいいよねーこのまま現実逃避してもさー私は何も悪くないしー?あは、あはは、あはははははは・・・・」
ごめん、ネスティ・・・っ!こいつらのトラブルメーカーっぷりは私の予想範囲内を大幅に越えていた。乾いた笑いの後に大きく打ちひしがれ、心の中で苦労人・ネスティに対して滂沱の涙を流した。(あの嫌な予感はこれか・・・!)ていうかむしろ私も泣きたい・・・。
「なんで、よりによってあいつらがやってんのよぉ・・・」
「どうも見ている限り、あの金髪の少女と女性が原因のようですが」
のほほ~んと、言ったレイムに歯軋りしつつ、拳を血管が浮き出るぐらい握り締める。なんで!よりによって!こんな街中で戦闘おっぱじめてるんだあの子等は!!常識を考えて普通やらんだろう、街中でなんかっ。周りに被害があったらどうする?!器物破損で捕まったら?!ていうかお願いだから常識ってものを考えろ!
「リィンバゥムでは街中で戦闘しても罪には問われないのかしら?」
「そんなことはないと思いますよ。早くしないと兵士の方々が騒動を聞きつけてやってくると思いますが」
「そうか・・・・・・まあもう別にこのまま傍観してやれば私に被害はないんだけどねー。捕まっても自業自得なんだしー?」
「そうですね。このまま他人の振りをしていれば問題はないですよ。私達には」
はんっと荒んだ笑みを浮かべると、朗らかにレイムが頷いた。あー・・・もう、なんか、いいや。うん。放っておこう。見てる限り別に危ないわけでもなさそうだし。ていうかこんなところで打ちひしがれてもどうしようもないしね。投げやり半分、現実逃避半分でそう結論を出し、私は傍観することに決めた。兵士がくる前に止めに入って逃げればなんとかなるだろう。
その頃にはあっちの女性の手下も減ってるだろうし、逃げる分には問題ないはず。あるとすれば逃げた後・・・ミモザさん達に迷惑がかからなければいいんだが・・・ていうかネスティのお説教は確実だよね。ここは私には非がないことを前面的に訴えなければ。
まさか知らないところで戦闘を始めるなんて思わなかったし。そんな打算的なことを考えつつ、溜息を吐いて腕を組んだ。目の前でマグナが、ペンギンのような謎の生き物を撃破すると、レイムが感嘆の吐息を零した。
「テテノワールをモノともしないんですねぇ」
「あぁ、あれそういう名前なんだ。まあ、ある程度戦闘経験あるからね。やすやすと負けはしないでしょ」
「そうなんですか」
テテノワールねぇ・・・見た感じ、メイトルパの召喚獣かな。ということはあの派手目な女性、獣属性の召喚師、ということか?あ、また撃破した。この調子ならそう時間はかからないかな。不足の事態さえ起こらなければたぶん勝てるだろう。ミニスも結構戦えるみたいだし。
タイムリミットまでに事がすめばよいのだが・・・。そう考えている私に、けれど神様とやらはよほど人のお願いを裏切ることがお好きらしい。
「ふふ。そうですわ・・・何も私の部下だけにやらせる必要はありませんわ。見てなさいチビジャリっ。貴女のお仲間が私の魅力に取りつかれる様を!!」
「えっ」
そう、女性が高らかに宣言した瞬間、何やら呪文を唱えてロッドをマグナに向ける。高慢にルージュがひかれた唇が吊り上り、妖艶、とも言える笑みを浮かべた刹那、事態は急変する。
「ラブリーウインド!」
「うわぁっ!?」
「っお兄ちゃん!」
「マグナさんっ?」
なにやらやたらと可愛らしい名前の術だな、と思ったのも束の間、マグナが剣を下ろして立ち竦んだ。俯いて顔に影を作り、表情が読めず眉を寄せる。なんだか、ただならぬ雰囲気なんだけど・・・。
「ちょっと、お兄ちゃ―――」
慌てて駆け寄ったトリスがその肩に触れようとした刹那、銀色の切っ先が、翻った。切っ先は迷うことなくトリスの肩口に吸い込まれ、衣服を裂く音とともに浅く皮膚を薙ぐ。微かに散った血の赤に、目を見開いた。
「マグナ君、何を・・・!?」
瑪瑙が引き攣った声で言う。けれど、顔をあげたマグナの虚ろいだ目に息を呑みこんだ。濁った、意志の感じられないその瞳に、マグナのあの快活な光りは伺えない。ただ、マグナは瑪瑙の声にも応えず、剣を構えたまま敵意の篭った眼差しでトリスを睨み据えた。
「おーほっほっほっほっ!思い知りました?チビジャリ。これがこの私、ケルマ・ウォーデンの力ですわっ」
「くっ。卑怯よ!魅了の術でマグナを取りこむなんてっ」
「戦いに卑怯もなにもありませんわ。それにこれは召喚術。立派な戦法ですわ」
ていうかそれ術ならあんたの魅力ではないのではなかろうか。と、ささやかなツッコミをしながらぺしり、と額を叩いた。うわいたー。これはきついぞ、精神的にも、戦力的にも。
「うーん。やばい、かな。レイム、あの術を解く方法は?」
「そうですね・・・簡単な話しならば術をかけた相手――今この場合ならあの女性を倒してしまえば術は解けます」
「ふむ。・・・・他は」
「後はアイテムです。ミーナシの滴には確か魅了の術を解く効果がありますよ。ちなみに今ここにありますが」
「なんであるのよ」
すちゃ、と笑顔で取り出された瓶の中の透明な液体に、軽く目を見開く。若干頭痛がする思いで眉間に指を添え、ぐりぐりと解しながら溜息を吐いた。まあ、いいか。買う手間省けたし。本気で危なくなったらこれ持って乱入してやろう。
「ところで、確か家名って貴族でなければ持てないものだったわよね」
「そうですが・・・確かあの女性はウォーデンの名を名乗ってましたね」
「そうなのよね。・・・・有名?」
「名は通ってますよ。もっとも、金の派閥の召喚師一族の名ですが・・・そういえばウォーデン家は女性が当主であると聞き及んでおります。きっとあの方がそうなのでしょう」
「金の派閥?・・・ここは、蒼の派閥の勢力下よねぇ?」
「はい。このままだと、金と蒼の間でもともと深かった溝が更に深まりそうですね。下手したら派閥同士で大きな争いが始まるかもしれません」
「・・・相手に突っかかる理由与えたのは金の方だし・・・しかも戦ってるのは蒼の派閥の召喚師。その上に、この様子だとミニスも金の関係者。・・・素敵にややこしいことになってるじゃない」
「全くです。・・・ニンゲンとは、なんと愚かな生き物でしょうか」
はっと思わず鼻で笑うと、レイムは温和な笑みのまま、密やかに囁いた。その声に含まれる毒に、眉を顰めて横目で相手を見上げる。レイムは、やはり微笑んでいるだけだった。
「愚か、か・・・・。その通りね」
ふいっとレイムから視線を外し、唇の動きだけで呟く。微かに洩れた声は戦いの喧騒のおかげで、きっと掻き消えてしまったことだろう。ささやかに頬を撫でていく風に目を細め、魅了されているマグナに四苦八苦している面々を眺める。マグナに剣を向けることはできないだろう。そもそも、あそこにいる面子はバルレル以外前線向きではない。・・・さっさと終わらせないと、本気でまずいな。まあ、そろそろ潮時だろう。止めるだけの材料は揃った。
あとは私の力量次第、ってところかしら。溜息を零して、ミーナシの滴をレイムの手から掠め取る。それを手の中で弄びながら足を向けた、その時に、心臓が鷲掴みにされたかのような錯覚に陥った。
「!!」
視界に入ったのは、トリス達の陣の奥深くに切りこんでいるマグナ。その剣の先に、蒸し栗色の髪が靡いていた。肌が粟立つ。ヒュウッと息が詰まって、血の気が引いた。
「――ちぃっ」
咄嗟に、大きく振りかぶる。周りの視線を跳ね除け、ミーナシの滴の入った瓶を持つ手に力が篭る。それを、渾身の力で投げつけた。ヒュルヒュルと瓶は回転して真っ直ぐに勢いを持って飛び、そして。
ガシャーーーン!!
甲高い、瓶の割れる音がした。破裂音に、思わず周りの動きが止まる。その間に全速力で瑪瑙の方まで走り、背中に見事瓶を食らったマグナが、ミーナシの滴でびしょぬれになったまま背中を押えて低く唸っていた。マグナの足元に割れて飛び散ったガラス瓶の破片が光っている。背骨に直撃だったかもしれないと思いつつも、別段致命傷ではなかろう、と(頭を狙ったわけではないし)中々に薄情なことを考える。
薬の効果が即効性なのか時間差があるのかわからないので、念の為、と結構痛かったらしく唸っているマグナを背後から蹴倒しておく。ちなみに瓶が当たったであろう背骨付近。そのままマグナの背中に足を乗せて、上に乗ったまま(ぐえっと声が聞こえたが無視である)へたりこんでいる瑪瑙に手を差し出す。
「瑪瑙、無事?」
「ちゃん・・・?なんで、」
呆然としている瑪瑙に、誤魔化すように笑いながら手を取って立ちあがらせる。そして、マグナの上から退くと瑪瑙を自分の背後にやってから視線を周りに走らせた。
突然の乱入者に、唖然としているもの若干名。攻撃の手が止まっている。よし。好都合だ。などと考えている内に、痛みに悶絶していたマグナが半分泣きながら睨みつけてきた。
「~~~~~~~?!酷いよっいきなり瓶なんか投げつけるなんてぇっ」
「だまらっしゃい。敵の術中に容易くかかる方が悪い!」
「だからって瓶なんか投げるのか!しかもそのまま蹴り倒すし!!背骨が痛かったよかなり!!」
「まあ薬が即効性かわからなかったし、念の為に動けなくした方がいいかと思って。無事そうなんだから平気でしょう。こっちはアメルもいるしちょっとやそっとなら問題無し」
「・・・・・・・・、薄情って言われないか?」
「元の世界では度々言われてたわね」
主に野球部四強に。さらりと言い返していると、がっくりとマグナは肩を落とした。
瑪瑙が痛ましげな眼差しをマグナに送っている間に、止まっている面々の方に足を進めていく。そして、我に返ったかのように敵総大将・・・ケルマ・ウォーデンだったかは、身構えて睨みつけてきた。
「なんですの貴女は!いきなり乱入してくるとは、貴方もそのチビジャリの仲間なのかしら!?」
「端的に言えば、そうですね。けれど私は戦いに参加する為にわざわざ出てきたわけではありません」
「っ?」
扇を握り締めながら金切り声で叫んだケルマに、淡々と回答しながら目を細め――一気に、間合いを詰めた。驚いたように目を見開くケルマの、扇とロッドを持つ両手を掴み、封鎖する。RPGの基本、召喚師や魔術師といった後方で支援するタイプは、近距離には慣れていないものだ。要するに貧弱。更に言うなら相手は女性で、そして名家の出であるのならば、尚の事守られてばかりでこんな時の対応などできないだろう。驚いて振りほどこうとするケルマをなんなく制し(伊達に部活に勤しんでませんから)、周りの召喚獣を視線で牽制する。近寄ろうとしていた動きがそれだけで止まり、ケルマは顔を真っ赤にさせて睨みつけてきた。
「は、嵌めましたわね・・・?!」
「いえ、戦う気がないというのは本当ですよ。ただ、話し合いをするにはこの状態が一番なだけですから――ねぇ、ケルマ・ウォーデン様?」
耳元に顔を寄せ、息を吹きかけるように囁きかける。びくりと、肩を揺らした相手は、薄っすらと頬を染め、目を見開く。名前での呼びかけに含まれる物に、気づいたらしい。
さすが当主といったところか。中々話が通じそうで嬉しい限りだ。にこりと微笑み、腕を拘束したまま周りに聞こえないように声を潜めて口を開いた。
「私は。あなたはウォーデン家当主ご本人で、間違いは?」
「・・・ありませんわ。なんですの、貴女・・・何が目的です」
「簡単な話ですよ。この場から退いて欲しい、それだけですから」
微笑み告げると、眉を吊り上げてケルマは睨みつけてきた。派手だが顔立ちは美人そのものな睨みは、相応に迫力がある。
「私に負けを認めろと?!ウォーデン家の当主である私に!」
「だからこそ、ですよ。高名なるウォーデン家の当主であるから、退くべきなんです。あなたならば、今のこの状況がどれほど危ういか、ご理解頂けると思いますが?」
「なっ」
「この王都は蒼の派閥の勢力下にあります。そんな中、派閥に組する者と戦闘を行うことがどれほど拮抗を危ういものにしているか、貴方がわからないはずがないでしょう?」
誰にも聞こえることがないように、皮肉ではなく、真摯な声で囁きかける。ハッと気づいたように青褪めたケルマに、あと一押し、と内心で呟いてぐっと顔を近づけた。
「あなたの行為は、蒼の派閥に対する敵対宣言であると取られても仕方がないと言われるでしょう。金と蒼、相互の仲が良好とは言えないのならば、今この場、この戦闘行為は相互の仲をより断絶するものでしかありません。争いを望まないのであれば、ご理解いただけますよね?」
「・・それ、は」
「ウォーデン家が争いを引き起こした、などと不名誉も受けるかもしれません。それによりウォーデン家の名を地に貶めることにもなりかねない・・・守るべき誇り高きその名を、貴方は当主である御自ら貶めるというのですか?」
「・・・」
拳を震わせて沈黙しているケルマに、微かに吐息を吐いて拘束を解いていく。頭のいい人で助かったと思いながら、仕上げにと、更に耳元で甘く言葉を綴る。
「誇り高きウォーデン家当主、ケルマ・ウォーデン様。貴方がこの二つの派閥の仲を思うのでしたら、その名の元に今この場は退いて頂きたく思います。・・・何より、高名なるウォーデン家が、市民の憩いの場を荒らしたなどという不名誉は貴方の為にもならないでしょう。今は幸いさしたる被害もでておりませんし、ここが退き時かと」
辺りが、水を打ったように静まった。痛いほどの沈黙の後、ふぅ、と深く息を吐く音が聞こえて、小さく肩を振るわせる。さっきよりも随分と落ちついた、それでいて上に立つもの特有の威厳のある声が、是、と頷く。
「判りましたわ。今この場は、貴女に免じて退きましょう。私とて、このまま二つの仲が険悪になることは望みませんもの」
「ありがとうございます、ケルマ様。ここでのことはこちらでなんとか致しますので、お早くお帰りなられるが得策かと」
「そうですわね。・・・貴女、蒼の派閥の関係者ですの?」
「いいえ。私はただの一般人ですよ」
小さく笑みを浮かべたケルマに、にっこりと笑みを返して促す。とりあえず話は纏まったなぁ、と安心すると、ケルマは扇を軽く握り締めて、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。・・・・・・ん?ケルマを解放し、離れた私は、その様子に怪訝に眉を顰める。
「気に入りましたわ。、でしたわね。私の家に来る気はなくて?」
「は?」
「なあぁぁぁんですってぇぇぇぇぇ!!!そんなの許さないわよ!ケルマ!!」
私が口を挟むよりも早く、憤慨したミニスが憤怒の形相でケルマに向かって怒鳴る。今まで二人だけで会話をしていた分(そしてその会話も周りには聞こえていなかったであろうから)、唐突すぎるケルマの宣言に、ミニスの可愛らしい顔が般若のごとく歪んだ。
いや、ミニス反応し過ぎ。折角丸く治めたのにまた再発させる気か?拳を握り締めて今にも食って掛かりそうなミニスにはらはらしつつ、ていうか私はもしかして危うい位置に立ってるんだろうか、と思い至った。
・・・はっ!なんかトリスとかアメルとか瑪瑙とかの目が怖い?!ハサハもなんかちょっと怒ってる?!ていうかバルレル槍構えるなーーー!!内心で叫びつつ、冷や汗を流していると、はんっと鼻で笑ったケルマが優雅に高笑いしながら背中を向けた。
「おーほほほほ!今回はのおかげで難を逃れましたわね、チビジャリ。ですが覚えておきなさい、今度会うその時は必ず!ワイバーンのサモナイト石を貰いうけますわ。では、、考えておいてくださいましね」
「あ、はあ。・・・・・え?」
「二度とくるんじゃないわよーーっこの年増ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
輝く笑顔で手をふられ、咄嗟に振り返してへらりと笑みを浮かべた。瞬間ミニスの怒りのボルテージがまた上がったのか、腹から搾り出すように罵声が迸る。ケルマはケルマで再び高笑いしながら、優雅に忘れたくとも忘れられない強烈な印象を植え付けて去っていた。
ケルマが去った導きの庭園には、なんともいえない沈黙が落ち、ミニスの荒い息だけが響いている。やがて、ぞろぞろと野次馬が解散していく中で、ぽつり、とトリスが呟いた。
「忘れようったって無理よね、あれ・・・」
「むかつくむかつくむかつくーーー!!何よあいつ!を自分のものにするなんて絶対許さないんだからぁっ」
「そうですよねっ。さんは誰のものでもないですっ。ケルマさんなんかにはあげられませんっ」
「いやその言い方なんか違うから。ていうか私は物か?」
哀愁漂うトリスとは裏腹に、なんか妙に白熱しているアメルとミニスにぱたぱたと手を振って突っ込む。・・・・・・・・なんだろう、私、余計なことをした感じがしてしょうがないんだが。
思わず遠い目をしていると、ぎゅ、と服の袖が掴まれて首を動かした。
「ちゃん・・・」
「ん?なに、瑪瑙」
「・・・・・・なんでも、ない・・・・」
不安そうな顔で、瞼を伏せた瑪瑙は、それでも服の袖を離そうとはしない。むしろ、益々力を込めて握り締めていた。その様子に、軽く溜息をついて、肩を竦める。
そうしたら、びくっと瑪瑙の肩が跳ねて泣きそうな顔をしたから、苦笑を零して瑪瑙の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「心配することなんてなにもないわよ。次に会ったらちゃんと断るし」
「うん・・・そう、だよね。大丈夫だよね」
「そうそう」
曇っていた顔が、少しだけ浮上したのに安堵しながらもう一度髪を掻きまわし、なんか妙に盛りあがってるメンバーに再び視線を向ける。なんだろう、打倒ケルマの文字が背後に見える。あ、そういえばレイムは何処に・・・って、いないや。野次馬に混ざってどっか行ったかな?
「そういえば・・・・ミニスちゃん、金の派閥の召喚師さんだったんだ・・・。あたし、ちょっとだけびっくりしちゃった」
「ほんとだよ。俺もびっくりした」
そういって注がれる視線に、顔を強張らせたミニスはぱっと俯いた。
「黙っててごめんなさい・・・。金の派閥と蒼の派閥は仲が良くないから、わたしが金の派閥の子って知ったら・・・嫌われると思って、だから、だから、わたし・・・」
スカートを握り締めて泣きそうに肩を震わせるミニスに、トリスとマグナが顔を見合わせる。ふむ。ミニスもミニスで辛かったんだなぁ。それを利用してケルマを退かせた私は、ポリ・・と頬を掻いて視線を反らした。仲が悪かったから、言い含められたもんだしねぇ。
どうせなら、こんな済し崩しではなくて、自分の口から言いたかったことでもあるだろうし。こんな形でばれるのは心苦しいだろう。思いながら、ぽん、とミニスの頭に手をおく。はっとして顔をあげたミニスに微笑み、ゆっくりとその金糸を撫でつけた。そして、瑪瑙がしゃがみこんでミニスと視線を合わせ、スカートを握り締めていた手をとり柔らかに目許を細める。
「嫌わないよ、ミニスちゃん。だって私、ミニスちゃんのことが好きだもの」
「メノウ・・・」
「それに私は、派閥の召喚師ではないし。・・・マグナ君達だって、ミニスちゃんが金の派閥の子だからって、嫌ったりなんかしないよ?」
ね、と後ろを振りかえった瑪瑙と、不安気に視線を向けたミニスに、マグナとトリスが力強く頷く。
「勿論!蒼の派閥と金の派閥は確かに仲が悪いかもしれないけどね。でも、それはそれ。最初に言ったでしょ。あたしたちは友達」
「友達を嫌いになるわけないじゃないか」
「!?」
「そうだよミニスちゃん」
「それともミニスは蒼の派閥の友達なんていらないの?」
逆に、顔を曇らせたトリスに、ミニスは目を見開いて思いっきり首を振った。ぱさぱさと、ミニスの頬に金の髪が当って音をたてる。
「そんな!そんなことないっ!!」
「じゃ、問題はないわけだ。判ったでしょ?ミニス。君が嫌われる要素なんて、どこにもないんだよ」
泣きそうな顔のミニスに、微笑みかけながら一層優しい手つきで頭を撫でる。ミニスは、くしゃりと顔を歪めてこくこくと頷いた。
「う、うんっ!」
その返事に、トリス達が一層嬉しそうに笑いながらミニスと会話を始めた中で、ひっそりと私は溜息を吐いた。
「・・・・それはいいんだけど、問題はこの後、なんだよなぁ・・・」
「え?何が・・・ってそういえば。さっきケルマと何話してたの?」
「そうだよ。いきなり近づいて、その後急にケルマは退いちゃうし」
「企業秘密。それよか、あんた等これからのこと考えなさいよー」
この後、難問が待ち構えてるんだから。質問をさらりとかわしながら、私は遠い目をしてこれから先の苦悩を思ったのである。
※
「君達は馬鹿か!!一体どういうつもりだ!?」
「ネス、落ち着いて。怒鳴らなくてもちゃんと聞いてるから」
「これが落ち着いていられるか!あれほど、金の派閥の連中には関わるなと釘をさしたのに。どうして君達は、騒ぎを引き起こすようなことばかりするんだっ!?」
ドアを破壊する勢いで入ってきたネスティの、盛大な怒鳴り声に思わず私の両サイドからハサハとミニスがしがみついてきた。その頭を落ちつかせるために撫でながら、やっぱりなーと青筋をたてて怒鳴っているネスティを見る。まあ約一部は私も同意したい部分があるけども。
「金の派閥と蒼の派閥の仲が悪いことは君達だって知っているだろう?!どうしてわざわざ自分から首を突っ込んだりしたんだ!!」
「だって!!・・・・だって、ミニスが困ってたから・・・それは、あたし達がしたことは派閥の人間としては誉められたことじゃないって判ってるわよ?でも、困ってるのを無視して放っておくなんてできないっ」
「ネス、俺もトリスと同じだよ。俺はバカだから、他に方法が見つけられなかった。あんなにも必死だったミニスを、ほっとくなんてできなかった。金の派閥だとか、蒼の派閥だとか、そんなこと関係ない。ミニスは困っていた、だから助けたかった。それの何が悪いんだ!?」
「君達は何も判っていない・・・君達が考えているほど派閥同士の関係は簡単じゃないんだ!!君達にはやるべきことがあるだろう?それなのにこれ以上余計なことまで抱えてどうするんだ・・・っ」
苦悶の顔で唸るネスティに、トリスとマグナが言葉を詰まらせる。顔を手で覆い、項垂れたネスティが視線を私に向けた。あ、矛先こっちに向いた。
「。君がいながらどうして二人を金の派閥に関わらせたんだ!」
「やめろよネス!は何も悪くないだろうっ」
詰め寄ってきたネスティに、マグナが慌てて後ろから止めに入る。いやぁ、マグナ。一応ミニス助けたのって私が最初なんだよね。原因といえば私が原因でもあるんだよね。でも言い訳させて貰えるなら、ちゃんと私は止めたんだけど。考えながら、こちらを睨みつけてくるネスティを悠然と見返す。ネスティは・・・怒っているけど、ともすれば泣きそうともとれる顔で私を見ていた。足元で、ミニスがいたたまれなさに私の服に顔を押し付けている。興奮している彼等に、ふぅ、と溜息を零して肩を竦めた。
「そう言われても。まさか助けた相手がそうだは思わなかったし、離れている間に戦闘が始まるなんてそれこそ予想もつかないでしょう?」
「君ならばそれ以前になんらかの対策は打てたはずだっ」
「うわぁ、私、結構信頼されてたんだー・・そうね、あまり進んで関わろうとは思わなかったけど。だけどね、ネスティ。関わってしまったものはもうどうしようもないと思わない?」
「そんなことは屁理屈だっ」
「いやまぁそうだけど。うん。確かに、こんなことになってしまったことは謝るわ。でも、今はそれを追及している場合でもないでしょう?」
声を荒げるネスティとは対照的に、言い含ませるように静かに言うと、ネスティは言葉を詰めて唇を噛み締めた。あーあーあー・・・そんなに噛んでると唇切れるよ?
「落ちついて考えなさい、ネスティ。起こってしまったことはもうどうしようもない。だったらどうすることがいいのか、それを考えるのも一つの手でしょう?」
「っ君に何がわかる?!僕達が抱えているものはそんな簡単なことじゃないんだ。これ以上僕達の立場を危うくできないんだよ。ただでさえレルムの村でのことは予定外だったのに!これ以上面倒は抱えていられない・・・・・金の派閥なんかと、関わっている場合ではないんだっ」
苦渋の顔で叫ぶネスティに、ミニスの肩が跳ねる。アメルが、愕然と唇を戦慄かせて青褪めた。アメルが何か言いたそうに口を開きかけるが、言いきる前に溜息を吐きながらネスティの頬を両側から叩いた。ぱしん、と乾いた音がして辺りが一瞬静まりかえる。
ネスティが、ずれた眼鏡の奥の瞳を見開いて私を凝視していた。そのまま、ネスティの顔を引寄せて吐息がかかるぐらい近くで、端整な顔を視界目一杯に映す。頬を挟みながら、低く声を出した。
「ネスティ。今、自分が何を言ってるのか、判っていっているの?」
「それは・・・っ」
「今ここに、アメルとミニスがいると判っていて、それをあなたは言うの?」
「・・・・・・!」
はっとして視線を動かしたネスティに溜息を零し、頬を挟んだまま言葉を続ける。誰も言葉を発さないそこに、ただ私の声だけが響いた。
「ネスティ。心配なのはわかる。ネスティにとってこの事態も・・・アメルのことも、望まない不祥事だってことは判ってるわ。理由は知らないけど」
アメルが、泣きそうに顔を歪める。俯いて、拳を握り締めた。そこにリューグがその場で寄り添い、ちょっと責めるような視線を貰ったけれど、そこは一旦無視しておくことにする。
「だけどね、ネスティ。言っていい事と、悪い事がある。今のネスティの言葉は、二人を傷つける言ってはいけない言葉よ。言葉は時に何よりも鋭い刃になるわ。それが判らないほど、あなたは愚かではないでしょう?」
諭すように、言葉を続ける。ネスティは、鎮痛な顔でただ、口を閉ざしていた。炎のように苛烈な色を灯していた瞳が、徐々に鎮火していく。いつものような、冷静さにどこか物憂げなものを混じらせた、ネスティの双眸が見え始めた。
「大体、ネスティが危惧していることをマグナ達が判ってないとでも?そんなことないわ。マグナ達だってそれは判ってる。だけど、それでも、放っておけなかったマグナ達の優しさは、責めるべき要素かしら?どちらかという街中で戦闘始めたことの方が私としては問題だと思うけど」
じろりとマグナ達をみやっていうと、うっと言葉を詰まらせて二人は顔を逸らした。あの場を治めるの結構大変だったんだぞ。この後ミモザさん達に事態の収拾に走ってもらわないといけないんだし。さすがに派閥の人間でない私にはそこまでは出来ないんだから。
「・・・判って、いるさ。今さら僕が口を出したところで、過ぎたことは変わらないんだ」
「そうね。だったらどうすればいいかなんて、判りきってるでしょう?」
「あぁ・・・・そうだな」
苦味を帯びた笑みを口端に浮かべ、ネスティはそっと頬に触れている私の手をとると顔を放した。そのまま、一旦目を閉じて呼吸を繰り返し、背中を向けたまま横目だけでマグナ達を見た。
「好きにすればいいさ。ただし、言った以上はきちんと最後まで面倒をみることだ」
「ネス・・・」
「だけど、忘れるなよ?僕たちは僕たちで、やらなくちゃならない任務があるんだ。それだけは絶対に忘れるなよ」
「うん・・ありがとう、ネス」
マグナからの言葉に、鼻を鳴らしてネスティは視線を落とした。その先には、私の足元にいたミニスと、アメルがいる。体を強張らせた二人に、ネスティは表情を緩めると頭を下げた。それに、驚いたよう二人が目を見開く。
「すまなかった。もう撤回はできないけれど、僕が言った言葉は君達を傷つけてしまった。・・・本当に、すまない」
「そ、そんな・・・・いいんです。ネスティさんの言っていることは、もっともなことですから」
「アメル・・」
「わたしも、わたしのことも、怒られるのは当然だって思ってる。・・金と蒼の派閥が、仲が悪いことはもう周知の事実だから・・・」
「ミニス・・・・すまない。ありがとう」
ふと、泣きそうな顔で言ったネスティに、二人は顔を見合わせると微笑んだ。緊迫していた室内に、ほっと安堵の空気が流れていく。よかったよかった。これで一応万事丸く収まった、と。肩を落とし、苦笑するように笑みを浮かべてとりあえず元の雰囲気に戻り始めた周りを眺めて腕を組んだ。
「ご苦労様、ちゃん」
「ん。全く・・・なんでこうも騒動起こしやすいのかな、あいつ等は」
「皆、優しいからだよ。優しいから、放っておけない。だから、じゃないかな」
「・・・・長所でもあり短所でもある、てことか。まあ、もういいけどね」
肩を竦めると、くすくすと瑪瑙は笑い声を零して、そっと私の肩に額をおいた。
「ちゃんも、優しいよ。とても、とても・・・」
幸せそうに、穏やかな声で囁いた瑪瑙に、私は肯定も否定もしなかった。ただ、瑪瑙の穏やかな笑みに、そっと息を吐き出した。トラブルは、こうして一応の収拾をつけて終わったのだった。