無意識の召喚 前
「ココハ」
「うわあぁぁん食べないでくださあぁぁぁぁい!!!」
機械の合成音染みた、区切るのなら男性の声をぶった切って、それは叫んだ。傍から聞いたら、ていうか現場をみずにこの声だけを聞かれれば、確実に警察のお世話になりかねない発言に思わず眉を顰める。
大きな体に鉄のフォルム。機械仕掛けの手足に、触れれば冷たそうな鋼の機体。頭の後ろでは三編みに長く編んだコード(髪ではないと思う)が揺れ、その姿は以前出会ったロボットよりかはいささか機械然とした印象が強かった。所々赤い部分が太陽にきらりと艶を放つ。あぁ、ゼルフィルドと同類かー。
そしてその足元に混乱の極みに至ったのか「食べないでください」という、君ちょっとどういう環境にいたんだね、と問いかけたくなる発言をかました、緑色の髪に折れた角を持った、人の苛虐心をそそるような泣き顔を曝す少年。そのだぶりとしたズボンのお尻からは髪と同じく緑色のしっぽが覗いて、びくびくと縮こまっていた。角と尻尾がなければただの人でも十分通じるのだが、果たして何故か折れている角とびくびく動いている尻尾のおかげでそれは叶わず、少年が「獣人」というものであると体言している。そのロボットと・・・羊かな、角の感じは。ということで羊の少年の前には唖然とサモナイト石を握り締めているトラブルメーカー、もとい面倒事と縁の深い二人の兄妹が突っ立っている。私の横には目を見開いて固まっている絶世の美少女である親友と、そして絶句している苦労人またの名を説教魔の美白青年が同じように突っ立っている。庭へと出るための大きな窓からは、足を投げ出して座っている狐耳の幼女と、漆黒の羽を携えた赤い悪魔少年が常と変わらずその様子を眺めやり。私といえば今尚「食べないでください食べないでください僕なんか食べても美味しくなんかないですぅぅぅぅっ」と泣き叫ぶ羊少年と、「ココハりぃんばぅむカ。自分ハ召喚サレタノダナ」と至極冷静に状況を分析しているロボットを、極々普通に眺めて頷いた。観察していれば否応なく、冷静になるというものだ。まあ簡単に言えば。
「ロレイラルとメイトルパから召喚したのね」
つまりそういうわけなのである。
※
事の起こりは、そう。朝食を食べ終え、しばらくしてマグナとトリスがネスティの監視下の元お勉強をする、というところまで遡る。まあ促したのは私であり、ネスティの気分転換もかねて、という意味合いを強め、尚且つ私の知識欲を満たすという提案であるが。
後半部分は言う必要はないので言ってない。その時の勉強と聞いたときの二人の顔は、ネスティの額の血管が一本プチッといきかねないほどに傑作だった。寸前で私が瑪瑙を投入しなければ確実にネスティの説教が二人を直撃していたことであろう。そんなこんなで勉強することになったわけだが、恐らくネスティの腹の中では私達がいることで二人の逃亡を阻止するという算段が巡らされていたに違いない。事実、マグナとトリスは真面目、とは言いがたいがまあ逃げることなく勉強(というか復習)に勤しんでいた。私達はその横で時々ネスティに尋ねたりしながら、サモナイト石による誓約の仕方だとか召喚の仕方だとかを学んでいた。しかし、どうも誰でもどれでも呼び出せる、というわけではないらしく、それぞれ相性、というものが重要らしい。
「基本的に属性は己にもっとも合ったものだけが行われるものだが、より高度にレベルを上げれば、複数の属性からの召喚も可能だ。まあ、これはかなり大変なものだから、一つに絞るのが一般的だ。無属性のサモナイト石ならば誰でも召喚は可能だが、魔力のレベルによって呼ばれるものは限定される・・これはどの属性でも言えることだ」
「無属性は名も無き世界から、とか言われてるのよね?基本的に何を呼ぶの?私達みたいに人・・・は珍しいケースらしいけど」
ネスティの説明に頷きながら軽く質問を投げかけると、ネスティは眼鏡を押し上げて答えた。
「主に無機物。いわゆる剣などの武器に用いられるものだな」
「ほほぅ」
「リィンバゥムに来たからには魔力というものは多かれ少なかれあるものだ。最初は召喚術が使えないほど少ない魔力でも、鍛えていけば低レベルのものならば扱えるようにはなる。ここら辺りは適性の問題だろう」
「適性って?」
小首を傾げた瑪瑙に、要するに、とネスティが口を開く。
「召喚に向くものと向かないもの、だな。戦士系は得てして召喚は不得意だ。魔力の問題もあるだろうし、戦士なんだから自分で突撃するのが主だろう?」
「そりゃそうね。ということは召喚が不得意なものはそれの耐性も低いのかしら?」
「そうだな。魔力が低いものはそういったことに極端に弱い者が多い。稀にタフな人間もいるが・・・」
「そういうのって厄介よねぇ。で、私達にはその魔力はどれぐらいあるの?」
「傍目にはそれを推し量ることは出来ない。手っ取り早いのは召喚していってみることだ。何も喚べなければ召喚できるほどのものではない、何かが喚べたのなら、喚んだものである程度わかるだろう」
即答に近く、また簡潔に答えられて、ネスティはやはり優秀なんだな、と実感した。
空でこれだけパッパと答えられれば頭が良いと言うしかないだろう。マグナ達なんかさっきから手が止まってるし。動かせよ。
「でも相性があるんでしょう?それはどうやって?」
「サモナイト石に触れればなんらかの反応がある。それで判断するんだ」
「なるほど。反応があったもの、あるいは一番反応が強かったものが一番相性が良いもの・・・つまり、自分が一番干渉しやすい属性、ってことね」
「そういうことだ。君達は理解が早くて助かる。・・・どこかの誰か達とは違って」
そういってじろりと目を動かしたネスティに、慌てて二人は手を動かし始めた。が、集中できてないことぐらい悲しいぐらいすぐにわかる。まあ、そろそろ集中力が切れる頃だとは思ったけど。これみよがしに溜息を吐いて眉間に指を添えたネスティに、軽く苦笑を零して話題を振る。
「ネスティの属性は?」
「ん?僕か?僕は機属性・・・ロレイラルと相性がいい」
「あぁ!だからネスティ君はよく黒いサモナイト石を使うのね」
ぽんっと納得したように手を打った瑪瑙に、ネスティはしっかりと頷いた。黒いサモナイト石は機界ロレイラル、緑のサモナイト石は幻獣界メイトルパ、紫のサモナイト石は霊界サプレス、そして赤いサモナイト石が鬼妖界シルターンと通じている。これらは元は一つの原石からなり、カッティングすることによってそれぞれ色が変わり、繋がる世界が違う・・・ということだが、なんで同じだったただの石が色を変えるんだろうな?そしてその効力が違うのか。
自然界の神秘、とふざけたことを考えながら私は視線を勉強しているようでしていない二人に向ける。
「あんた達は?」
「俺は一応シルターン!」
「あたしはサプレスよ」
「そっか。二人はハサハちゃんとバルレル君を召喚したんだものね」
そういってにっこりと笑いながら瑪瑙が、退屈そうにしている二人の護衛獣に視線を向ける。ぴこぴこと耳を動かすハサハとは対照的に、バルレルは視線の一つも合わせようとしないが。体全体で瑪瑙を拒絶しているバルレルに、溜息が零れる。なんでこう、バルレルは瑪瑙を嫌ってるのかなぁ?疑問に思いながら、そこを突き詰めるにはなんだか他人の領域を荒らすようで中々に憚られる。結局、二人が進んで解決に赴かなければどうしようもないことなんだろう、人と人との関係なんかは。
「あ、ネス。とりあえずさ、二人にどの属性が合ってるのかみてみようよ」
「そうだよ。それがわからないと召喚も誓約もできないし」
「君達は・・・ただ単に二人をだしに勉強を放棄したいだけだろう?」
「え、そんなことないよ。な、トリス」
「うんうん。そうよ。ネス。兄姉弟子のことはもっと信じるべきよ」
白々しい。満面の笑みで言い繕う姿はそこはかとなくどころではなく胡散臭いが、だしに使われようとも確かに相性を確かめなければ意味がない。だからこそあえて口を挟まず、大きく深い溜息を吐き出したネスティとニコニコ笑っている二人を静観した。
しばらく無言の睨み合いが続き、やがてネスティが再び溜息を吐いて両肩を落とす。
「判った。とりあえず二人の相性を判断することにしよう」
「「やった!」」
ぱんっと手を合わせた二人に苦笑を浮かべ、ネスティはアイテムが入っていると思われる袋を逆様にして机の上に中身をぶちまけた。慌てて二人が広げていた勉強道具を片付ける。散らばったそこから適当に赤、黒、緑、紫と四色の石を選んで机に並べ、私と瑪瑙の前に一列にそれらを並べていく。・・・案外ネスティも大雑把なところがあるんだなぁ。
「さて、じゃあ好きなものからとっていくんだ」
「と、言われても」
「なんだか困っちゃうね」
好きなように、といわれてもそれで反応がなかったらなんか寂しいじゃないか。いきなり託された選択権に、思わず二人で顔を見合わせる。すると、トリスがぱっと顔を輝かせて人差し指をたてた。
「ね、どうせ石を選んだら召喚するんでしょ?だったら外でやっちゃおうよ!」
「いや、まだ召喚までするつもりはないんだけど」
相性を見るだけのつもりですけど?反論するも、最早トリスは聞いていないのか、嬉々としてテーブルの上のサモナイト石を掻き集めると両腕に抱えて立ち上がった。それにマグナも便乗して行こう!と促すものだから、瑪瑙と二人で顔を見合わせる他ない。・・いや、まぁ、場所なんてどこでもいいんだけどさ。
すでに駆け出しそうな双子にしょうがないなぁ、と苦笑を零して了承すると、二人はサモナイト石を抱えて踵を返した。本気でうきうきと楽しそうな姿に、よほど勉強が嫌だったんだなぁとその背中を見送る。ネスティは溜息を零し、前よりかは大分良くなった顔色でその背中をねめつけた。
「・・・・」
「なに?」
やれやれ、と溜息を吐きながら立ちあがると、じっと二人の背中をねめつけていたネスティが、前方をみたまま口を開く。
名前を呼ばれ、ネスティに視線を向けると彼はこちらを向いて、じっとりと半目で私を睨んできた。
「君だろう、彼等に妙なことを吹きこんだのは」
低く、不機嫌そうに言われた言葉を反芻し、あぁ、と思い当たると口端を吊り上げた。意地悪く笑みを浮かべ、外套をばさりと払うとくつりと喉を鳴らす。
「それはマグナ達がネスティに大胆告白をしたことかしら?」
「こっ・・・・・!!」
笑みを含んで言うと、ネスティはばっと顔をこちらに向けて顔を真っ赤にした。もともとが白いだけに、赤いその色はとても判りやすい。耳まで赤く染まったネスティに、思わず吹き出して瑪瑙とくつくつと笑い声を零した。あ、やば。ちょっとツボにはまったかも。
「~~~~~とにかくっ!もう妙なことを教えるんじゃないぞ!?」
「はいはい。わかりましたよ、兄弟子さん?」
「二人は自覚しただけだと思うのだけど・・・ふふっ」
目尻に浮かんだ涙を指の背で拭いながら、揶揄するように言ってやると益々顔を赤くしてネスティは肩を怒らせ、ずかずかと足音も高くマグナ達を追いかける。その赤いマントの背中を眺め、くすくすと更に笑った。
「あーったく。あれはストレートな感情に慣れてないのね」
「真っ赤だったね。ネスティ君」
「林檎も真っ青ねぇ。あぁ、面白かった」
最後に大きく息を吐き、二人で笑みを浮かべると先に出ていった三人を追いかける為、私はバルレルを、瑪瑙はハサハを連れて庭へと向かった。
※
私達の属性は、結果を言えば、すなわち。
「全属性、ってことになるわけ?」
「そういう・・・ことに、なる」
ひどく歯切れ悪く、信じられない面持ちでネスティが肯定した。マグナとトリスからは丸くなった目でまじまじと見られ、若干居心地悪く思いながら手の中で転がる四つの石を眺める。
どれもが中心から光り輝き、複数の色を混ぜてなんともいえない色を作りだしていた。その中でも一際強く輝くのはサプレスのサモナイト石と、シルターンのサモナイト石だ。
アメジストを思わせるサモナイト石と、ルビィのようなサモナイト石は、今でこそ中心から熱を持つほど強く輝く程度だが、最初に手に取ったときなんて目が焼かれるかと思うほどの閃光が迸ったのだ。その二つは私の手の中で強く強く光りながらその存在を主張し、困惑気味に私は瑪瑙を見た。瑪瑙の手中の石も、同じように輝いている。もっとも、瑪瑙のサモナイト石の中でもっとも輝くのはサプレスとメイトルパだ。紫と緑の光りが瑪瑙の手の中で強く輝く様は幻想的の一言に尽きる。明かりに照らし出された瑪瑙の横顔は、文句なく美麗だった。それはさておき。
「属性は原則として一人一つなんじゃなかったのかしら?」
「そのはず、なんだが・・・。二つ以上はままあるとして、全属性なんてそんなまさか」
「でも、実際こうやってとメノウは全属性と反応があったわけだし・・・」
「有り得ないことが、有り得ちゃったわけよね?」
「えっと、・・・これってやっぱりすごいことなのかな?」
控えめにぎこちなく笑った瑪瑙に、三人は揃って大きく頷いた。辺りに、なんともいえない空気が走る。私は手持ち無沙汰に手の中のサモナイト石を転がし、一つ溜息を吐いて首を竦めた。
「反応したもんはしたんだし、全属性使えるってのも得したと思えばそれでいいんじゃない?」
「そうだよね。全部の属性なんて滅多にないんだろうし、得したって思えばいいよね」
「そんな簡単な話しでは・・・!こんなことは異例なんだぞっ!?」
「まあ私ら名も無き世界出身者だし。案外この世界の理から外れてるのかもよ?」
混乱しているのか、叫ぶように言ったネスティに飄々と言い返すと、マグナとトリスがなるほど、と手を打った。異世界の人間なのだから、その世界にとって異質であるということは明白だ。ならば、何かしらの理由で通常の理から、やや外れてしまうのは当然というものだろう。言うなら、楕円と円が重なれば、無論形の違う楕円は円からはみ出す事になる。
そのはみ出した部分が私達にはある、ということだ。異質なものであるということは、つまりそういうことになるのだろう。四界については、この世界と元々関わりが深く、繋がっている・・・まあリィンバゥムの周りを周る衛星のようなものであり、世界は違うが同質のものである、といえる。同質であるのだから理から外れることはないが、私達のいた世界・・・名も無き世界とは、いまだ未解明であり正確にリィンバゥムと繋がっているわけではない。
有機物・・・この場合人間、が召喚されることも滅多にない(あったとしてもあまり知られてない)ことであるから、やはり同質ではなく異質なものなんだろう。とは私の見解だが、これが真実摘要されるとは思わない。召喚師にとってこの部分は是非とも解明したいことなんだろうなぁ。
「とりあえずネス。現実はここにこうしてあるんだから、あんまりカッカしない方がいいわよ」
「そうそう。それに、全属性使えるってことは色々便利だろうし」
「・・・はあ。そうだな・・・信じたくなくともここに例外があるんだ。認めるしかあるまい」
いっそお気楽すぎるマグナとトリスに毒気を抜かれたかのように、溜息を吐いて眼鏡を押し上げたネスティに苦笑しながら手の中にあるサモナイト石の一つを手に取る。深紅の輝きを放つシルターンの媒介を、指先でつまみあげてそっと太陽で透かし見た。半透明に透かして見える石は、太陽を黒い何かに塗り潰して光りを湛えていく。ぼんやりとその鮮やかな彩度を眺めると、不意に目の前が翳った。太陽が雲に隠れたのか、目の前が暗幕を引いたように真っ暗になる。目を瞬くと、その中でちらちらと何かが舞い散った。
「・・・・え?」
乾いた喉からそんな気の抜けた声が零れる。よくよくみると、ちらちらと散るものは花弁のようなものだと判った。知らず、周りのことも忘れてそれに魅入る。暗闇の中で、ぱっと赤い花が咲いたと思ったら、それはすぐさま花弁となって飛び散っていく。真っ赤な花が暗闇に咲き、真っ赤な花弁が暗闇に散って。その姿はまるで桜のように艶やかだった。
見惚れるほど綺麗で妖しいそのコントラストを、魅入られたように凝視していると不意に闇が蠢いた。波を描くように闇がたゆたい、赤い花が一際大きく咲き乱れて・・・盛大に、散った。花の命は短いというが、あまりにも短時間で咲いて散っていく姿はまるで幻のように思える。
一瞬なのだ。咲いて、散るのが。一瞬で終わる、その栄枯盛衰。赤い花弁が闇に舞い散った瞬間、それが闇に溶けこむ前に、ぴちゃん、と水音が響いた。ぞくりと背筋が震える。
暗闇の水音に聞き覚えがある。同時に、花の正体に気づいた。あ、と目を見開いてそれを意識した瞬間、いくらか乱暴に服の裾を引っ張られた。
「」
服の裾を引かれてぶれた手の中から、サモナイト石が零れ落ちていく。落ちていく石は私の手から離れた瞬間、光りを失ってただの鉱物に成り下がった。こつんこつん、と地面に落ちたそれがころころと転がって辺りに散乱する。それを目で追いかけながら肩を落とし、少し眩暈を感じる目許を手で覆って俯く。隙間から見上げてくる深紅が見えた。
「―――なんでもないよ」
無造作に目許を覆っていた手で、心配そうな顔をしたバルレルの頭をかき乱した。そうするとバルレルがあからさまに顔を顰めて、誤魔化せなかったかな、と笑みを刻む。顔をあげれば怪訝とも、心配ともとれる顔をした彼等が見えて、やはり笑みを浮かべた。
「光りに透かすと結構綺麗だね。石自体も光ってたし」
「そうなの?」
「うん。次は月でやってみようかな。そっちの方が綺麗かも」
嘘は吐いていない。心の底から実際思ったことで、ただその後見えたものを言わないだけだ。嘘は吐いていないからか、納得したのか周りが頷いていた。それに安堵の息を零して、けれどまだ向けられている視線に緩慢に振り向く。瑪瑙がらしくなく眉間に皺を寄せていた。
「・・・大丈夫?」
桃色の唇から零れた安否を気遣う声に、一瞬逡巡して頷く。別に、気分が悪いわけではないのだ。体調を気遣うのなら答えは是。それ以上を尋ねられていたとしても、私自身今だうまく把握出来ていないのだから、答えようが無かった。頷くと、安心したのかぎこちないが瑪瑙は笑みを浮かべた。それに笑みを返して、転がった石を拾おうと腰を屈める。そうすると、その前に複数の手が石を掴んだ。
「あ」
声を洩らして持ちあがっていく石を見送る。顔をあげていくと、マグナとトリスが太陽に石を透かし見ていた。早速実行するかこの兄妹。
「うわ、本当だ。綺麗・・・」
「でも太陽じゃちょっときついね。の言う通り月の方がいいか、も・・・・」
途中でトリスの台詞が不自然に区切られる。怪訝に思うと、二人の目が唐突に目一杯見開かれた。唇が震えて驚愕がその顔に走る。ネスティが声をかけた。
「どうした?」
「・・・・・向こうの世界が見える・・・・」
「え?」
「これ、もしかしてロレイラル?」
「じゃぁ、こっちはメイトルパ?」
「マグナ君?トリスちゃん?」
いきなり何を言い出すのか、上の空で呟く二人に、怪訝な視線が強まる。けれど私は逆に息を呑んで目を逸らした。もしかしてあの暗闇は、シルターンの世界を映し出したのだろうか。
あの暗闇に散る姿は桜のようだと思ったばかりだ。記憶に残る薄紅色を思い浮かべて目を細める。色は桜とは違って驚くほど深い赤であったが、舞い散る様は桜の花弁そのもの。
そこまで考えて僅かに苦笑した。あれが純粋に花弁であればいいのに。あの花弁からあんなものを連想した自分は、随分と殺伐としたものを抱えているのかもしれない。
自嘲するように唇を歪めると、不意に何か詠唱のようなものが聞こえた。顔を向けなおすと二人が呟いている。召喚する気なのか。何を?慌ててネスティが止めようとした。
「なにやってるんだ、君達は!」
「え、あ・・・ごめん、ネス。なんだか向こうの光景見てたらつい」
「あたしも・・・可笑しいよね。あたし達が使える石じゃないのに」
はっと、気づいたように、苦笑いを浮かべて二人が頬を掻いた。ネスティが呆れたように腰に手をあてている。そうか。二人の属性はサプレスとシルターン。あの二つが使えるわけではないのか。思っていると、くいっと袖が引っ張られた。
「瑪瑙?」
「・・・ちゃん。二人の持っている石、光ってない?」
「・・・・・え?」
そういって、指し示された細い指先に沿って目を向ける。二人の握り締める石が、俄かに光り輝いていた。はっとする。まさか、と思わず口の中で呟いて。不意に、後ろで誰かが呟いた。細く小さく、高いその声は、幼い狐の少女の声。振り向く。耳をたてて、ハサハが水晶を抱える手に力を込めた。
「来る・・・・・・」
何が、と問いかけようとして背筋の産毛が逆立った。刹那、光が、爆発する。甲高い悲鳴のようなものが聞こえた。咄嗟に前を向くがあまりの光に片手で目を覆う。こんなもの、直にみたら目が潰れる。そう思うぐらい溢れる光は凄まじかった。
「なっなに!?」
「これは・・・!!」
トリスとマグナの狼狽する声が聞こえる。耳鳴りがして痛い。キイィィィンと、鼓膜を震わせる甲高い、何かを引っ掻くような音に顔を顰める。肌が粟立つほどの力。光。魔力の流れを感じる。集まる。何に。石だ。異世界に通じる媒介にその魔力が呑みこまれていく。
来る。
目を見開いた。光の中で目を開くなんて暴挙に出るほど、驚いた。陽炎のように揺らめく。光の向こう。二人の前に、それが現れる。
「――ぁっ」
門だ。二つの鎖に絡め取られた門が、佇む。意識が告げるものがある。あれは、繋ぐものだ。石は、届ける。その扉の鍵穴に、魔力を。魔力が細い鍵になって、錠前に差しこまれた。なんだこれは。なんでこんなものが見える。有り得ないだろう、普通。
大体私達がここに来た時あんな門なかったぞ。落とされたし、よくわからない。でも判る。あれは、異世界の門だ。差しこまれた鍵がひねられる。音は聞こえない。でも開いた。錠前が外された。鎖が弾け飛ぶ。
―――――嗚呼。
「開いた――」
唖然とその光景を見ていると、爆発したように荒れ狂っていた光がいきなり消えうせた。
でも、私は見た。光は、門に吸い込まれたのだ。そしてその門から、代わりになるように何かの影が吐きだされるのも。なんか擬音で表すとぺいっと、まさしく吐き出すって感じだったんだけど。
それはともかく、あまりのことに呆けて目を瞬かせた。門は何時の間にか消えていた。光もなくなっていた。辺りは痛いほどの静けさに包まれていた。空の青さがなんだか染みる。トリスとマグナの前には、さっきまでなかった影があった。二つの門から吐き出された影だ。誰も何も言えず呆然としていた。ごくり、と誰かが唾を呑みこむ音まで聞こえる。そして、
「ココハ」
「うわあぁぁん食べないでくださあぁぁぁぁい!!!」
冒頭に戻った。