無意識の召喚 後



「えっ・・・と・・・・」

 ぽつり、と掠れた声をトリスが洩らした。固まった状態のまま、延々と「食べないでください」と泣き続ける羊少年と、そして赤い機体のロボットを交互に見やって、こちらを向いた。
 顔が可哀想なぐらい引き攣っている。マグナは今だ呆然として微動だにしないし。こういう時、つくづく女というものの方が立ち直りが早いと思った。女は強し。

「あたし、達が・・・召喚、したの・・・?」
「どこからどうみても。疑う余地もなく」

 途切れ途切れにかけられた声に、こくりと頷きながらばっさりと切り捨てた。そうしたらまたしても絶句して、トリスは再び前方を向いた。まあ、信じられないわな。自分が意図したわけではなく、全くの不意の召喚だったのだから。そもそも、意図せずに召喚が行われたということが、有り得ないことなのだろう。ていうかもう私この世界で「有り得ない」という言葉はないと思うよ。けれど、人は予想外のことをこう言うしかないのだ。

「有り得ない・・・!」

 ネスティの呟きに肩を竦めた。さて、さて。それはともかくも召喚してしまったからには最低限のことをしてあげなければならないだろう。こちらにとっても不意だったが、あちらにとっても全くの不意であったのだから。ばさり、と一つ外套を払って、すたすたと足取りも軽く召喚された彼等に近寄る。その間に呆然としているマグナの後ろ頭を叩いておいた。
 ぱしん、といい感じの音がして、マグナが前のめりになる。それをさらりと無視して、泣いている少年の前に跪いた。びくりっと肩を跳ね上げ、ありありと怯えを走らせた少年に気づかれない程度に眉を顰める。濡れた瞳に恐怖が張り付き、青ざめた顔色で唇を戦慄かせ。引き攣った顔の少年は、私を見上げて絶句した。

「・・・あ・・・っ」

 薄く開かれた口から、引き攣った声が零れる。食い入るように見つめられ、その輝くような緑柱石の瞳を見据えた。つぅ、と頬に筋を残しながら、涙が伝い落ちて。あぁ、だから、私泣き顔は嫌いなんだってば。思わず溜息を零すと、びくり、と跳ねた肩に苦笑する。
 全く。滑らせるように脇下に手を差しこんだ。そのまま、ちときついが、小柄な体格の少年を抱き上げて、腕に収める。一瞬、周りがしん、と静寂に包まれた。その間に、唖然と目を見開いて何が起こったのか全く理解できていない少年の、頭一つ分は確実に高くなった顔を見上げた。そして、にっこりと満面の笑みを浮かべて口を開く。

「私の名前はよ。君は?」
「え、あ、あの・・・・レ、レシィです」
「そう、可愛い名前ね。ところでレシィ。突然で混乱しているだろうけど、いくらか話したいことがあるの。いいかしら?」
「は、はい・・・」
「ありがとう。えーと、そっちの子は?私は先に名乗ったけど、よ。名を教えて貰えると嬉しいんだけど」
「・・・れおるど、ト」
「レオルド・・・なるほど。ぴったりの名前ね。あなたも話しを聞いて欲しいんだけど、構わない?」
「自分ハ召喚獣デス。ヨッテ拒否権ハアリマセン」

 機械然とした物言いに、軽く微苦笑を交えて肩を竦める。そんなことはないんだけどね、と呟くとレオルドのモーター音が低く聞こえた。ゼルフィルドよりも、よほどこちらの方が機械っぽい。もっとも、初対面同士で中身を曝け出せという方が無理なんだが、まあいいや。今はそんなことよりももっと重要なことがある。

「マグナ、トリス」
「ぅえっ?!」
「は、はいっ!?」

 呆然としていた二人に視線を向けて声をかけると、今まさに魂が戻った、といわんばかりの過剰反応を引き起こして、直立不動になる。あまりの反応に軽く目を半眼にし、思ったよりも大きな声に更にレシィがびくついて私の頭にしがみついた。・・・・ちょっと前が見え難いかな、レシィ君。やんわりとふるふると震えてしがみつく手を解いて、軽く背中を叩く。それだけで少しは安心したのか、へちゃりと尻尾が垂れた。

「二人共石見せて」
「え?」
「石。とりあえず確認するから、石、見せて」

 流石にレシィを片手だけで抱えるのは不可能なので、手を差し出すことは出来ず、視線だけで促すと二人は戸惑いながら手を差し出した。その上に転がる石を眺めて、ゆっくりとレシィを下ろす。地面に下ろすと同時に、ぴったりとレシィは私の腰にしがみついて離れなかった。懐かれた・・・?ちょっとハサハのようだ、と思いながら自由になった手でトリスの手の中の石を受け取り、受け取った石をしげしげと眺める。その石の中に浮かび上がる・・・刻まれた名に軽く頷いた。そして今度はマグナの手の中の石をとって、同じように刻んである名をみて、後ろを振り向く。レオルドは、無言で私達の動向を見守っていた。赤いライトのついた目でじぃ、とこちらを凝視している。

「まあ、簡単に説明すると、レシィはトリス、レオルドはマグナの召喚獣、ということになるわけだけど・・・」

 そこまでいって、まだろくに自己紹介もしていない情況で二人にどちらがどう、なんて判らないか、と思い直した。あー・・・と変な声をひねり出して、レシィに視線を落とす。不安そうな目で見上げてくるレシィに微笑み、しゃがんで視線をあわせると手でトリスを指し示した。

「レシィ。レシィを召喚したのはこのお姉さん。名前は・・・自分で言いなさい」
「えっあ、初めまして、トリス、です・・・」
「レシィです・・・あの、あなたが僕のご主人様、ですか・・?」
「う、うん。一応、そういうことになるのかな・・?」
「なるのよ。一応じゃなくてはっきりと」

 言葉尻を濁して視線を泳がせたトリスにすっぱりと言いきり、立ちあがってレオルドを招き寄せる。大人しく近寄ってきたレオルドのガチャンガチャン、という足音を聞きながら、マグナの前に立たせた。

「で、レオルド。これがあなたを召喚した人。ぼけっとしてないで自己紹介しなさい」
「う、うん。初めまして、レオルド。俺はマグナ。一応、君を召喚したのは俺だよ」
「れおるど、ト言イマス。ヨロシクオ願イシマス主殿」

 そういって握手を交わしている両者を一歩引いたところで眺めて、とりあえずの混乱は解けたかな、と視線をさ迷わせる。まあ後は当事者同士でなんとかしてもらうとして、私の役目はここで終わらせて貰おう。考えている内に、どたばたと足音が聞こえてハサハの後ろから息を切らしたミモザさんが出てきた。

「ちょっと、さっき物凄い魔力を感じたんだけど・・・って、あら?」
「ミモザ先輩!」

 声をあげたマグナよりも、きょとんと間の抜けた顔をしたミモザさんの視線は、新たな召喚獣に向けられている。まじまじとレシィとレオルドを眺めて、それからおもむろに私に目を向けた。

「召喚したのは?」
「そこのトラブルメーカーです」

 問いかけにすかさず答えると、瑪瑙がこくこくと小さく頷いて、

「言い得て妙、だね」

 と、呟いた。瑪瑙に深く頷くネスティが印象的だった。





 レシィとレオルドは、談義の結果マグナとトリスの護衛獣、となることに決定した。というかそうなってしまっていたらしい。まったく、迷惑な話だな。護衛獣が二人もつくなんてことは異例らしいが、今更なので最早そこには誰も突っ込もうとはしなかった。
 みんな、慣れて来たんだね・・・良いことなのかそうでないのか判断はつけかねるが。ともかくも、そうやって落ちついたところで私は護衛獣ズを観察してみた。召喚獣と召喚主という関係は至って良好であるようだが、はてさて護衛獣同士は如何なもんかな。
 頬杖をついて観察していると、ハサハとレオルドの方は・・無口な、というかまあお互いそう気にしてはいないようだ。むしろハサハはレオルドを気に入ってるらしく、首が痛くなりそうな角度にまで首を曲げてレオルドを見ている。レオルドも視線を合わせてハサハを見下ろし、・・・・延々とそれが続いている。誰か、止めてあげようよ。思わずなんの進展もしていない二人から、そのご主人様に視線を投げる。視線を受けたマグナは、やや苦笑気味にへらりと顔を崩した。・・・・・・・そうか。仲に割ってはいるのは難しそうなのか。
 なんか一種奇妙な空間を作り上げている二人からは一旦視線を逸らし、今度はバルレルとレシィに視線を向ける。

「バ、バルレル君やめてくださいいぃぃっ」
「ちょっとバルレル!レシィを苛めるんじゃないわよっ」
「誰が苛めてるんだ。ちょっと槍の先でつついただけだろうが」

 十分苛めだよ。えぐえぐと嗚咽を洩らしながら縮こまっているレシィに、にやにやと至極楽しそうな顔で(まさしく悪魔のような顔で)からかう姿は、まるで面白いオモチャを見つけた子供そのもの。トリスの叱りもなんのその、全然堪えてなさそうなバルレルは尚も意地悪く笑いながらレシィを突ついていた。うん・・・物凄く楽しそうだね、バルレル。ちょっとそれほど楽しそうな顔はあんまり見たこと無かったよ。これはこれで、上手く行ってるんだろう、たぶん。
 なんだかんだで、バルレルはレシィを気に入ってるようだ。主に遊び相手(と書いてオモチャと読む)として。レシィは・・・あー相性悪いのか悪くないのか・・・・半泣き状態で逃げ回るレシィを眺め、軽く溜息を吐いた。がんばれ、レシィ。一言言うとその反応がバルレルにとってツボなんだ。と、心の中で(意味はないが)忠告しておく。

「うわあぁぁんっさーーーんっ」
「おっと」

 ぼすん、といきなり逃げ回っていたレシィが飛びこんできて、受け止めるとレシィはもうほとんど泣いている状態で私を見上げてきた。うわぁ、なんというか、うん。バルレルの気持ちがよく判るかも。苛めたくなるわ、これは。私にしがみつくレシィからそれとなく視線をそらしつつ、頭をぽんぽんと撫でる。なんだか、私は妙にレシィに懐かれてしまったらしい。私は保母さんなんでしょうか。最近泣く子を宥める役多いよ!?

「ちっ。よりによってそこに逃げ込むか」

 舌打ちをして眉を顰めるバルレルにレシィの肩が跳ねる。うん。今、声低かったもんね。でもまあ。

「レシィ。バルレルはあんなだけど、本当はレシィが仲間に入って嬉しいのよ」
「そうなんですか・・・?」
「ちょっと待て」

 レシィの頭を撫でながら胡散臭いほどにっこりと笑みを浮かべて言うと、バルレルから即座にストップがかかる。が、それを気にするほど私は良い人ではないので笑顔で無視。

「そうなのよ。でも悪魔だからちょっとばかし捻くれててね。あんな歓迎しかできない不器用さんなのよねー」
「そうなんだ!」
「ちょっとまてニンゲン。なんでそこでテメェが納得する。ていうか不器用さんってなんだおい、!」

 ぽむっと手を打って相槌を打ったトリスに、バルレルが半眼で突っ込む。そして私に向かって噛みつくように言うバルレルを、鼻先で笑っておいた。

「そのまんま。というわけで、あれがバルレル風の歓迎だから、気にしない方がいいわ。むしろ喜ばれてるんだと思って胸張りなさい」
「えっと、・・・・バルレル君は僕のことが嫌いなんじゃないんですか・・・?」
「ぜーんぜん。むしろ大好きなのよ。ねぇ、トリス」
「え、あ、そうそう!バルレルったら捻くれてるからこんな風にしか出来ないけど、でもレシィのこと気に入ってるわよ」
「だから待てッつってんだろうがテメェ等!!!」

 怒鳴るバルレルをトリスと二人がかりでまたもや無視をし、にこにこ笑顔でレシィの肩にぽん、と手をおく。レシィはしばらく考え込むように眉を寄せて、それからおもむろに顔をあげると、バルレルに向かって満面の笑みを浮かべた。

「はいっ。バルレル君、ありがとうございますっ。僕、これからご主人様を頑張って守りますから、一緒に頑張りましょうね!」
「だああぁぁぁぁ!!!だぁから違うっつってんだろうがあぁぁぁ!!!」
「あははははははは照れない照れなーい」
!」

 バルレルが犬歯を剥き出して睨むが、にやにやと笑って流しておく。その間もレシィは吹っ切れたのかにこにこ真っ白な笑顔でバルレルを見ており、トリスもトリスでお腹を抱えて笑いを噛み殺している。まあ、私にしてみればレシィよかバルレルの方がからかい甲斐があるわね!面白いわ、バルレルの反応は。なんだかんだで、関係は良好のようだ。