鬼と出るか、蛇と出るか



「容姿に似合わず殴り合いが得意とは・・・・予想外ね。これは?」
「殴り合いだなんて、そんな。で、でも僕はそんなに強くありませんし、むしろ全然弱くて・・・ちょっと大きいです」
「ふぅん。まあ、レシィには荒事は向きそうに無いからそれはそれでいいんじゃないの。適材適所っていう素晴らしい言葉もあるんだし。あぁ、これならよさそう」
「そうでしょうか・・・でも、護衛獣としてご主人様は守らないと。僕なんかじゃ、お役には立てないでしょうけど・・・あ、ぴったりです」
「トリスはそんなこと気にしないでしょ。むしろレシィは家事で物凄く役立ってるって話じゃない?アメルがすごく嬉しそうに話してたわよ。ふむ。ならこれかな」

 握り締めを繰り返して手に馴染むかどうかをみていたそれを、するりとレシィの手からとって値段をみる。まあ妥当なところか。変にケチってもあれだし、こういうのは惜しむものじゃない。かといって高いものを選べばいいなんて安直なものでもないが。まだ慣れないリィンバゥムの通貨に眉間に皺を軽く寄せつつ、曖昧な笑みを浮かべているレシィに視線を落とした。

「僕には、それぐらいしか出きることがありませんから・・・」

 諦めたような顔で笑うレシィに、すぐ傍でロッドを見ていた瑪瑙がほんの少しだけ眉間に皺を寄せた。

「それぐらいだなんて。家事が出きるのはすごいことだと思うわ。世の中にはそういうことができない人もいるんだもの」
「瑪瑙の言う通りね。世の中戦えない人間もいれば料理を作って炭にする人間だっているんだから。レシィのそれは特技で十分通用するわよ」
「そう、ですか・・・?」

 きょとりと瞬くレシィに、二人で顔を見合わせると苦笑したように口元を歪める。自覚に乏しいというか、過小評価してしまう癖が身に染みついてしまっているようだ。
 まあこんなものはおいおい直していくものであり、ある種それも個性だと思えばなんてことはない。瑪瑙が、にっこりと微笑みながらレシィの頭を撫で、おずおずと顔をあげたレシィの手を握り締めると引っ張るようにして歩き出す。軽くつんのめったレシィは、瞬きをしながら戸惑いがちに瑪瑙に呼びかけた。

「あ、あの、メノウさん・・・っ?」
「トリスちゃん達の所に行きましょう。レオルド君の武器もそろそろ選べた頃だと思うの」
「は、はい・・・」

 にっこりと、別になんの迫力も込めてるわけではないのたが、なんとなく逆らいがたい笑顔にレシィがぎこちなく頷いた。僅かにその頬が赤く染まっているのは、やっぱり美少女の笑顔、であるからだろう。そういうところはレシィも男の子してるなぁ。全く、目福率の高いここでも瑪瑙は抜きん出てるからなぁ。
 ふわふわと背中で揺れている蒸し栗色の髪に視線をやりながら、私はレシィのグローブを持ったまま別の武器棚へと体を向ける。
 レシィやレオルドの武器もそうなのだが、私自身も武器が必要なのだ。街中にずっと引きこもっているだけなら別になくてもいいのだろうが、共にいるメンバーを考えるだに戦闘は必須。闘わなくてはならない、と覚悟も決めたのだから、武器は必要不可欠なのだ。まさか、こんなものを真剣に選ぶ日が来ようとは考えもしなかったが。
 かといって、戦いなど全くのずぶの素人の上、何か特別武術を習っていたわけでもないそこらの女子高校生が選べと言われて即決で選べるわけもない。自分の適性など皆目見当もつかないのだから、とりあえず手当たり次第手に持ってみるしかないのか・・・。
 ぐるりと店内に陳列されている武器を見回してみるも、選ぶ基準すらもわからなすぎて動きようがない。フォルテ辺りにでも相談しないとやっぱり無理かなあ。ううーんと悩みつつ、ぐるぐると見渡してふと目がついたのは日本刀・・・ここでいうのならシルターン調の刀、と称するべきなのか。別に日本刀って呼んでも構わないと思うけど。形にそう差異があるわけでなし。
 刀、か・・・ありかもしれない。大剣とかは普通に体格的に無理だし、槍なんか確か習得するのに剣の3倍の技量が必要だとかきいたことあるし、レシィみたいに徒手空拳などは急所を狙えば別かもしれないが、別に何か格闘技を習っていたわけでもない女子高校生にはかなり荷が勝ちすぎる。どうして実戦で素手で戦わなくてはならないのか。近距離過ぎて生き残れる可能性が低い。蹴り技にはそこそこ自信はあるけどさー・・・。
 レオルドのような銃は身近とは言い難いが、それでも実戦経験の少ない人間が扱うには妥当な代物かもしれない、と思う。だが、銃の衝撃は半端ではないというし、その衝撃を殺して尚且つ正確に相手を打ちぬくのはかなり難しいだろう。射撃などお祭りの射的ぐらいしかしたことないし。まぁ、一番の理由は当たれば一撃必殺にも等しいけれど、いまいちピンとこないってのはあるんだが。
 ロッドに関しては殺傷力が低いし、瑪瑙を守るという視点でいうなら、やはりできるだけ前線向きのものがいい。それに、刀ならば手慰み程度で剣道を経験したこともある。目にする機会も銃などよりは多いだろう。もっとも、剣道と剣術は全然別次元の話ではあるのだろうが・・・いかんせんここまで戦闘経験がないとそうでもないと武器の選び代がなさすぎる。
 ある意味で消去法ではあるが、大剣ほど重くはないだろうし、槍よりも手軽に扱えそうだし、接近戦ではあっても近距離ではないし、銃のように親しみが持てる。何よりも、本能的にそれが一番私が扱えると、妙な確信があったのだ。とても不確かな、けれど確信が。
 ざっと壁にかけてあるものや、無造作に立てかけてあるものなどに視線を落として眉を顰める。顎に手を添えて、じっくりと剥き出しの刀身や鞘に包まれた緩やかな反りを見つめる。すると、ぽんっと軽く肩を叩かれて僅かに肩を跳ねさせた。振り向いて上を見上げると、高い位置に今この場では一番頼りになる男の顔が見える。

「フォルテ。そっちはもう終わり?」
「あぁ。そこそこ良い物が手に入ったからな。で、は何探してるんだ?」
「とりあえず、私としても武器が欲しいからこうして吟味してるわけだけど・・・目星としては武器の系統は刀かな」
「刀、か。の体格で言うならレイピアもいいんじゃねぇのか?刀よりも軽いし、扱いやすいと思うけどな。刀ってのは、結構重たいぜ?」
「いや、刀ってさ、私のいたところにもあった武器なのよ。本物じゃないけど似たようなものも持ったことあるし、全く初めての武器よりもいくらか経験のあるものの方がいいんじゃないかなって」
「そうなのか」
「だから、できれば刀がいいかなって思うんだけど・・・」

 納得したように頷くフォルテをさらりと流し、無造作に手を伸ばして漆塗りの鞘かと思われる(果たしてこの世界にそんなものがあるのかは知らないが)刀を一つ手に取った。
 そこまでの業物が欲しいわけではないが・・・いや、できるならそれは欲しいところだが、金銭面を考えると諦めるしかない。無言で柄に手をかけ、黒々として光を反射する鞘を握り締める。ぐっと腕に力をこめて引けば、たいして苦もなくすらりと鞘から鈍色に輝く白刃が現れた。片腕にかかるずっしりとした重みに、持ったことも無い武器の扱いにくさを思い浮かべる。明かりを跳ね返し、冷たく光る刃はぞっとするほど無機質だ。
 カチリ、と僅かな鍔の音をたてて、完全に鞘から刀身を抜き出す。銀色の側面は、まるで鏡のように私の顔を映し出し、不自然に歪めて沈黙した。横で見ているフォルテに鞘を強引に押しつけ、開いた手の手袋を咥えて取り去る。その手袋は無造作に懐に押しこみ、手袋がなくなって外気に曝され、ひんやりとした感覚のする抜き出しになった手を、刃の部分にあてて指を滑らした。
 下手をすれば切れることが容易く想像がつくほど鋭利なそれに、眼を眇め、少しだけ力をこめて刃に指を押し当て横に引く。ちくり、となんとも言い難い痛みが指先に走った。
 微かにフォルテが顔を顰めたようだが、それには頓着せず押し当てた指を離して視線を落とした。うっすらと、皮が切れて細い線が指先に出来ている。零れるほどではないが、滲むようにその切り口に浮かぶ血に、ふむ、と軽く頷いた。

「切れ味は上々、てところかしら」
「おいおい・・・普通自分の指で試し切りなんてしねえぞ」
「試し切りほど大層なものじゃないでしょ。あ、ありがとう鞘持っててくれて」
「おう。で、それにするのか?見たところそこそこ良い物だってのはわかるが」

 軽く指先を舐めてからフォルテに預けた鞘を受け取って刀身を中に収めていく。最後にカチン、と音がして完全に銀色の刀身は顔を隠し、軽く息を零すと元にあった場所に戻した。

「いや・・・なんかしっくりこない」
「しっくりって・・・武器なんか今まで持ったことないのにか?」
「そうなのよねぇ。しっくりといえる経験なんかないのに、なんかこう、本能的に?これじゃないなーっていう漠然としたものが、ね。まあ武器なんて値段と質とあとはインスピレーションの問題でしょ。ピピっときたらそれこそ最高の相棒が出きるわけだし」

 気楽に言うと、それはそうだけどな、とフォルテが苦笑いの表情で言った。まさか初心者にそう言われるとは思わなかったんだろう。フォルテはしばらく沈黙し、品定めするように陳列する刀に目をやり、再び適当なものをとった。

「これはどうだ?」
「んー?・・・・そうねぇ」

 ずい、と差し出された刀を受けとって鞘から抜き出し、同じように刃をみる。これもこれでそこそこの代物だというのはわかるのだが・・・やっぱり、しっくりこない。
 軽く首を振って鞘に戻し、フォルテに差し出せば受け取ったフォルテがまた戻す。その作業をいくらか繰り返して、いい加減妥協するべきかなぁ、と思い始めた頃に、バルレルがひょっこりと顔をだした。新調している槍を抱えているので、結構機嫌はよさそうだ。というか、雰囲気が幾分か明るいので確実にいいんだろうな。

「アァ?なにやってんだお前等」
の武器見立ててるんだよ。しっかしなあ。そろそろ妥協しねぇか?」
「あぁ、やっぱり?私もそろそろ妥協するべきかなぁとか考えてて」

 もう何本目か。また戻した刀に、フォルテが顔を顰めながら言った。自分としてもこれ以上長引かせるのも疲れるし、そろそろ妥協した方がいいだろうか、と真剣に考え始める。
 どれこれも品としてはそこそこ上質なのは認めるのだが、やっぱりピピっとくるものがないのだ。吐息を零してしょうがないから後一本みて決めよう、と考え、適当に手を伸ばした。

「・・・・っ」
「どうした?」

 指先が陳列している刀に触れる直前に、ツキンとこめかみに痛みが走った。伸ばしていた手を額にあてて、頭の奥から響くような痛みに眉根が寄る。ツキン、ツキン、と感覚が狭まるように痛みの度合いが増していき、耳鳴りまでし始め苦悶に奥歯を噛み締めた。

「おい、大丈夫か?」

 フォルテが心配そうに顔を覗きこんでくる。痛みは尚感覚が狭く訴えてくるが、そこは根性で無視して無理矢理口元に笑みを刷いた。しかし、それもまた頭痛と耳鳴りに阻まれて苦悶へと取って代わった。うあ・・・・やべぇ、マジで頭痛い。耳鳴りが酷くなっていく。
 響くように絶え間無く、まるで訴えるように。痛みと耳鳴りが激しく脳味噌を苛み、息を詰めてがくりと体が前屈みに傾いだ。ともすれば足から力が抜けて座りこみそうだ。
 それだけはすまい、と懸命に気力で痛みを押しこんでいるのだが、果たして何故唐突にこんな激痛が私を襲うのだ。

、本当に大丈夫か?おい!」

 フォルテがやや焦ったように肩に手を置く。けれど、それに応える余裕すら最早なく、ただ際限なく訴える激痛に息を殺して耐えるしかできない。ヅキンヅキンと痛みは頭の奥から鳴り響く。不意に激痛の中で気づいた。いや判った、といった方がいいか。耳鳴りが響く。痛みに乗せて。頭の置くから、切々と。訴える、それは耳鳴りにも似た・・・脳に直接叩きこむ、傍迷惑なほどに強い意思。

「嫉妬深ぇヤツだな・・・、武器は諦めろ」

 痛みに朦朧としていた中で、そうバルレルが零した。顔を覆った指の隙間からバルレルを見れば、本人はやや仏頂面で眉間に皺を刻み、私を見上げていた。

「おい、バルレル?」
「お前にはもっといい武器がある。憎たらしいけどな。・・・だから、今はやめておけ」

 フォルテの怪訝な声にも、バルレルはさらりと無視して私に言った。なんとも疲れたような、おおよそ子供のする顔ではない表情で言いきったバルレルに、痛みとは別の皺が眉間に寄った。

「・・・どういう、こと?」
「それは――・・・いや。とにかく、刀はやめとけ。頭いてェんだろ?」
「まあ、そうだけど・・・つぅっ・・・」
「別のもんにしとけよ。おら、他のトコ行くぞ」

 そういって、強引に手を取るとバルレルが小さな体に見合わない力で引っ張った。痛みでややふらつく足に、抵抗ができるはずもなく、フォルテにちらりと目配せしてからずんずんと歩いていくバルレルの後ろに続いた。刀から離れるごとに、信じられないことだが痛みが引いて行く。うわぁ、不思議現象だ・・・。自分の身に起こっていることとはいえ、非常識ともいえる現象に首を傾げながら、俯けていた顔をあげた。

「うわぁ・・・なんか痛み納まったよ・・・」
「だろうな。これぐらい離れりゃいいだろ」

 そういって、バルレルは立ち止まった。なんとなく立ち止まったままこめかみを指先で解しつつ、今だ握られたままの手に視線を落とす。・・・・いや、まあ別にいいんだけどさ。

「ふむ。なんなのかしらね」
「さぁな」

 さぁなとか。あれだけ意味深長な言い回ししといて今更それはないでしょう。図太くも飄々と言ってのけたこの小さな悪魔に、思わず呆れたように半眼でねめつける。けれど、当の本人は目を逸らしてそれを回避し、槍を抱えた状態で周りに視線を巡らした。
 問い詰めてやろうか、と口を開きかけるが、バルレルの小さな背中が、今は聞くなと訴えている。咄嗟に口を閉じてじっとバルレルを見下ろすと、辺りを見まわしていた彼は振りかえり、それから少し困ったように眉を下げた。

「オレが言っても、無意味だからな。いずれわかるだろうよ」
「・・・――そう」

 ―――この悪魔は、何を知っているのだろうか。確実に私に関係があるのだろうに、彼はそれを口にしない。疑問が駆け巡り、疑心を覚えようとも―――不信には満たない。
 それは害あるものではないと、断言できるほどに私は確信に満ちていた。何故そう思うかなど、明確な理由は存在しない。けれどそれでも、見つめる真紅の瞳はただ真っ直ぐに見上げてくるから、僅かな微笑を刻む。まあ、今はこれ以上突っ込むまい。このややこしい状況で余計なものを抱え込みたくないのが本音にある。だって、得体の知れない黒騎士に狙われてるは(アメルがだけど)ネスティは神経質だわ(今頃書庫で齧りついてるだろうな)と、細細とした問題もあり、この先の目処もたってない。どうするか、今後の問題が山積みなのだ。無論それは私一人が考えたところでどうなるものでもないが、けれど不安はつきない。
 なまじ異世界なんていう、自分のいた処とは価値観も常識も違うところにいるのだ。これ以上余計な問題を増やしたくない、というのは、切実な問題である。そんなにたくさんの情報が入ってきたって、処理できるものは限られてるのだから。一つずつ、確実に処理していかなければならない。そして、目先の問題と、この意味深なバルレルの言葉は、正直関係ないだろう。ならば、それは今の私にとって必要のないものだ。

「はあ・・・もっと穏やかにはいけないのかしら。そりゃ元の世界でもそんなものとは結構かけ離れてたけどさ・・・・」
「アァン?何か言ったか?」
「別に」

 辺りを物色していたバルレルの訝しげな声に、溜息を零しながら首を振った。
 あぁ、全く。面倒なことには違いない。うんざりと、憂いるように視線を落とした。





「ただいまー」

 がちゃりと重厚な扉をあけて玄関に入れば、ひょっこりと顔を覗かせたアメルが輝くばかりの笑顔で迎え入れた。

「お帰りなさい!さん、メノウさん、フォルテさん、ケイナさん・・・あら?トリスさんとマグナさん達は・・・」
「ん?あぁなんかしばらく街をぶらぶらしたいんだって言うから、一足先に帰ってきた」

 家の中に土足のままあがりながら(やっぱりまだ違和感あるのよねぇ。土足って)適当に返すとそうなんですか、と一つ頷いてアメルはにっこりと笑みを浮かべた。そのまま促されるようにリビングに入り、手土産に、ということで差し出したパン(紫芋の餡が入ってるそうだ)にアメルの目がキラーンと光を帯びる。うん。この豹変っぷりは面白いなぁ。

「あのね、ここのパンすごく美味しかったのよ。アメルちゃんも気に入ると思って(お芋さんだし)買ってきたの」
「そうなんですか?ありがとうございます!なら今お茶いれてきますから、一緒に食べましょうねっ」
「あっ。私も手伝うわ、アメルちゃん!」

 にこにこと笑みを交し合う美少女達を視界に収めつつ、どさっとソファの上に腰を下ろす。瑪瑙もアメルの手伝いに行っちゃったし、とりあえず寛いでおこうかなぁ。
 ぎしぎしとスプリングが軋み体重を受けとめるのを感じながらふぁ、と欠伸混じりに物思いにふける。巡らせることと言えば今後の身の振り方なのだが、相手方の正体がわからなければ行動するにも逃げと守りの一手しかないものなぁ。
 ここにいる限りはそう危ないこともないだろうが・・かといって何時までも留まっていては事態は動かず、延々と時間を浪費するばかりだ。動かない事態は人の心を不安定にする。
 ネスティなんか今は少し落ちついているが、しばらくすればまた半狂乱染みたことになるだろうし。どうにかしてこの現状を少しでも動かさなければ。

「ねぇフォルテ、ケイナ」
「ん?」
「なに?」
「そろそろ、この現状、どうにかするべきよねぇ」

 嘆息交じりに呟くと、のんびりしていた空気がぴしりと張り詰める。いつものふざけた、といってはなんだが、まあ気の抜けた表情から一転して、真剣な顔になったフォルテが視線を天井にずらした。

「そうだな。そろそろ、動く時かもしれねぇな」
「ネスティや・・・リューグも、色々張り詰めてきてるようだしね・・・」
「・・・・・・・・・・・・あ。そういやリューグもいたね」
「忘れてたのか?!」
「いや、だって滅多に見かけないんだもん。まともに顔合わせるの朝食の時とか、夕食の時だけよ?あとはぜーんぶあっちが外に出ていってなんかしてるし」

 けらけらと笑いながら言うと、がっくりと肩を落とす二人。いや、だってマジでそうなんだから仕方ないじゃない。ていうか別に話しかけてもいいんだけど、目が合うと何故かあっちが顔逸らすというか。あれだね・・・きっとロッカが出ていった後のあのやり取りが引っかかってるんだろうね。不器用だなぁ、あの子。

「あら、三人とも難しい顔してどうしちゃったの」
「うーん?あ、ミモザさん。ただいま帰りました」
「お帰り、。何か悩み事?」
「まあ、そんなところです。そろそろこの現状どうにかしないとなぁ、と三人で話し合ってたところなんですよ」

 ぎしり、ソファに腰掛けて首を傾げたミモザさんに、肩を竦めながら答える。フォルテ達もこっくりと頷き同意しながら、溜息を零した。手がないわけではないのだ。やろうと思えば方法はそれなりにあるのだが・・・。

「なるほどね。確かに、ネスティの神経もそろそろ切れそうだし、あまり望ましくない状況ではあるわね」

 納得しながら頷くミモザさんに、そうなんですよねぇ、と返しながら視線を泳がせる。

「手がないわけじゃ、ないんですけどね・・・」
「何かあるのか?」
「やろうと思えばそれなりに案は出てくるわ。だけど、今の現状だとあまり悠長にも出来ないし、どうしても手っ取り早い方法を取るしかなくなるのよ」
「そうね。長い時間をかけるのは今の場合は歓迎できないわ」

 真剣な顔で答えるケイナに、こくりと頷きながらミモザさんに視線を移す。ミモザさんはそれを受けとめると、にやりと口角を吊り上げた。

「手っ取り早い方法は危険も伴う、ってことかしら?」
「簡単に言えば、そうです。だけど、この際それぐらいのリスクは負うべきかと」
「リスクの伴わない作戦はないわ。・・・・・それで?私にどうして欲しいの」
「あまり、周りに悟らせたくないんですよ。知ってるのは・・・そうですね。この場にいる人間ぐらいが内容を知っていれば十分」
「敵を欺くにはまず味方から、ってことか」

 笑いながら言ったフォルテに、にやりと口元を歪める。相手を騙すには、九割の真実に一割の嘘。あるいは、九割の嘘に一割の真実、といったところか。巧い詐欺師はこの方法を取ってるらしい。つまり、騙したい部分だけ嘘をついて、後は真実で塗り固めるのだ。信憑性が高ければ高いほど、成功率は上がる。
 そこに、信頼というオプションが加われば尚更、だ。まあ、騙すといった言葉もあまり当てはまらないが、カモフラージュ程度の何かは欲しい。それを実行するのには、やはりミモザさんが一番適任だろう。

「こっちが焦れてるように、あっちも焦れてるはずです。動かない現状は、かかる負荷の差はあれど、どっちにもそれなりになんらかの影響を及ぼしてるはず。だったら、その焦れを今回は利用するべきかと。どうせ、あちらはこちらの場所を把握してるだろうから、動けばあちらも動くでしょう・・・要は、こっちから敵の前に出てやろう、ってことです」
「なるほど。・・・それを私に悟らせないように実行して欲しいのね」
「そういうことです」
「そりゃ確かに危険だな。自分から罠の中に飛び込むようなもんだ」
「でも、それなら確かに現状は動くわ。・・・最悪の方向に向かわなければ、だけど」

 神妙に呟くケイナに、ぱたぱたと手をふる。

「や、確かに危険だけど最悪の可能性は限りなく低いと思うわよ」
「え?」
「ここは、聖王都だもの」

 あっけらかんと述べて、笑む。きょとんとしたケイナの隣で、フォルテが一瞬訝しげな顔をしたが、すぐに得心が行ったように吐息を零した。そこまで話したところで、ぱたぱたと足音が聞こえたので首を動かして後ろをみる。お盆にお茶と、買ってきたパンを乗せてアメルと瑪瑙がテーブルに置いた。

「はい、ちゃん」
「ありがと、瑪瑙」

 前に置かれたお茶に、にっこりと瑪瑙に笑みを返しながら砂糖をいれてこくりと飲む。周りも話しを中断してお茶を取り始めた。一人増えてることに気づいたアメルが、慌てたようにキッチンに戻っていったが。

「ねぇ、なんのお話をしていたの?とても真剣な雰囲気だったけど」
「んー?今後どうするかってことを話してただけだよ」
「あぁ。・・・・何か、決まった?」
「まあね。気分転換でもした方がいいかなぁ、って案が出たぐらい?」

 ずず、とお茶を飲んでパンを一口齧りつつ、ミモザさんに目配せをする。にっこりと笑ったミモザさんに口角を持ち上げながら、上手く乗ってきてくれるかなぁ、と黒騎士達に思いを馳せた。うまくいくといいんだけど。