ミッション・コンプリート 4
到着した時にはすでに佳境に入っていた場合、どうやって出ていけばいいんだろう?下手に動き回らなければよかったのか、これはこれで楽ができたと喜べばいいのか。
茂みに隠れている黒騎士達に見つからないように木の陰に隠れながら、すでに敵の一人を捕まえているフォルテ達を見る。えーと、とりあえず瑪瑙は無事だろうか。
フォルテから後ろに視線をずらしていくと、後方にアメルと瑪瑙が固まっているのが見えた。その周りにトリスやマグナもいる。・・・よし。見た感じ怪我はなさそう!
脅えてはいるが、とくに目立った外傷もない瑪瑙にほっと安堵の吐息を零し、口元を緩ませる。よかった・・もし瑪瑙に何かあったらどうしてやろうかと思ったけど。
その調子で他の面子も観察すれば、これといった大きな怪我を負った人はいない、ということはわかった。まあアメルがいるんだし、怪我してもたぶん大丈夫だろうとは思うが。
それからやっとまともに視線を拘束されている黒騎士一味に向ける。あーあのフォルテに拘束されている金髪は邸で襲ってきた奴ではなかろうか。しげしげと木陰から覗きつつ、あの金髪はそうに違いない、と確信する。ふむ。となるとやっぱり仲間だったのか。
まあ、あの状況で他に敵がいることなんて考えたくも無いことだけど。それにしても美人だな・・・細いし。まあ瑪瑙の方が可愛いけれども。あぁでもあの人可愛いっていうより綺麗、だしな。どちらにしろ美形だ。なんだここ。美形率高くないか?あの総司令官も美形だったし。かなり脱線したことを考えていると、ネスティの声に慌てて意識を現実に引き戻した。
「おかしな動きをすれば、仲間の命の保証はせん。喋ってもらうぞ。お前たちの正体とその目的を!」
ネスティ、それなんか悪役っぽい。別段正義の味方のつもりもないけどさ。私に影から突っ込まれてるなんて思いもしていないだろうネスティは、物凄く真剣な顔で前方を睨んでいた。その視線の先を追えば、思わず眉を寄せる姿がそこにはあった。
見知った姿だった。出きるならばこんな状況で会いたくなかった姿。漆黒の装甲が太陽の光を跳ね返す。黒い銃身が不気味に伸びて相手を捉える。人よりもずっと高い背丈に、機械的なフォルムが否応無しに人目を引く彼は。ロレイラルの機械兵士だと、今ならわかる。
レオルドとは違うタイプの兵士で、私としてはとてもよく見なれた(という言い方も変だが)銃を構えて、ひたりとフォルテ達に向けている。溜息が零れそうだった。気づかれてはならないと、咄嗟に息を詰めたけれど。代わりに内心で零した溜息は、それは大きかったに違いない。・・・あーあー。やっぱり、そうなんだ。
落胆したように肩を落とす。確信していたけれど、判っていた事だけれど。それでも覚えるこのなんとも言えない感情は、それなりに相手を気に入っていたからこそのものだ。
出きることならば。こんなところで、再会などしたくはなかった。せめてもう一度だけ、普通に話せるときに会いたかったな、と、らしくない感傷を覚えて皮肉気に唇を歪ませた。あぁ、残念だよ、ゼルフィルド。外に出ることのない呟きに促されたように、事態は動いた。
「構うな、ゼルフィルド。このまま撃てっ!」
「へっ!?」
金髪の黒騎士が、事もあろうにそんなことを言い放った。予想外の台詞に、マグナの素っ頓狂な声が違和感なく溶けこむ。色めき立った周りとは裏腹に、覚悟を決めた顔でそいつは更にゼルフィルドに向かって叫んだ。
「任務の遂行こそ絶対だ。お前さえ生き残ればあの方に対象を届けることはできる。さあ、僕ごとこいつらを撃ち殺せ!」
うわぁアホだあいつ。思わず隠しようのない本音を呟き、顔を顰めた。対象とは言わずもがなアメル、あの方とはあの司令官だろう。敬愛されてるんだなぁあいつ。すごい忠義心。
感心しながら、それでも馬鹿には違いないと思う。目を剥いているフォルテ達を尻目に、金髪の訴えに、ゼルフィルドが表情なく動いた。ガチャン、と下ろされかけていた銃が持ちあがる。銃口が、ひたりとイオスを含めマグナ達に合わせられる。合成音が、響いた。
「・・・了解シタ」
するなよ!!素の突っ込みが渾身の思いを篭めて炸裂する。それでも声を出さず耐えた私を誰か褒めて欲しい。うあああぁぁぁ・・・・ダメだあいつら!馬鹿だ、馬鹿すぎる!!
それは合理的って言わないの!そういうのは無謀又は無茶っていうの!ゼルフィルド!機械兵士の癖になんでそんなこともわからんかな?!素直は美徳だけれど時と場合というものを考えてゼルフィー!木陰で拳を握り締めてわなわなと震わせながら、頭を抱えた。
愚か者とは、ああいう者のことを言うんだと、なんだか物凄く判った気がする。
「敵機体、射撃姿勢へ移行シマス。発砲確率ハ限リナク100%!!」
レオルドの警告が湿原に響く。それに呼応するようにゼルフィルドの標準が合わせられていく。黒光りする極悪な武器が、寸分違わず火を吹くために引鉄に指を添えられて。
そこに躊躇いなど、微塵も見うけられなかった。ちぃっと舌打ちを零す。もう隠す必要もない。太腿のホルスターに手が伸びる。ナイフの柄を掴み引きぬいたのと、
「みんなも逃げて!」
トリスが声を張り上げ、皆が回避のために動き出すのとは、ほとんど同時だった。
ゼルフィルドの銃が閃く。銃口が咆哮をあげて。鼓膜を切り裂くような銃声が、雄雄しく湿原に響き渡った。そして、それをギィンと弾く鈍い音も同じように響く。それから一拍の間を置いて、ガチャーンと打ちつけられるような乾いた音が聞こえた。きゅるきゅるきゅる、と回転をしながらそれは湿地を滑り、一瞬の静寂を産む。静寂を破ったのは金髪と、ゼルフィルドの驚愕の声だった。
「・・・なっ!?」
「コレハ・・・」
ゼルフィルドが、唖然と飛んでいった自分の銃を見て呟きを落とした。金髪が、紅の瞳を限界にまで見開き、己の目の前にある物体を凝視する。次に訪れた絶句の空間を破ったのは、ミニスの喜びと驚きの混ざった高い声。
「召喚術・・・メイトルパのだっ!?」
「ってことは、もしかして!」
トリスが拳を握って、どでーんとその存在を主張する謎の物体(ミニス曰くメイトルパの召喚獣)を目を輝かせて見つめる。そこにまるで計ったかのようにタイミングよく、暢気ともとれる間延びした口調で術者は茂みを掻き分けて現れた。
「ちょっと、キミたち。そう簡単に命を粗末にしちゃダメよー?」
「ミモザさん!?」
「おせぇんだよ!ったく・・・」
「いやあ、新種発見にうかれて気づくのが遅れちゃったけど、なんとかギリギリで間に合ったみたいね?・・・・・・も」
「えっ!?ちゃんっ?」
悪態をつくリューグに誤魔化すように笑い、チラリとミモザさんの視線がこちらに向けられる。あ、気づいてたか。流石ミモザさん。ミモザさんの言葉に一斉に向けられた視線に小さく苦笑しつつ、よっこらせ、と隠れていた木陰から立ちあがった。がさがさと音をたてて瑪瑙達のいるところに出れば、驚愕に目を見開いた面々に思わず笑ってしまった。そんなに私がいたのは予想外でしたか、皆さん。
「ちっ。遅ぇぞ、」
「ごめんごめん。こっちでもちょっと一悶着あってね」
「えっ。ちゃん、大丈夫なの?怪我は?」
「ないない。至って無傷の健康体よ」
舌打ちを零して睨んできたバルレルにあはは、と笑いつつ瑪瑙にぱたぱたと手を振る。小走りに駆け寄ってきた瑪瑙の心配そうな顔に、頭を軽く撫でて微笑みを浮かべてみせた。顔を曇らせていた瑪瑙は、それを少しだけ晴らしてそれでもまた心配そうに袖を握り締めて眉を下げる。潤みかけている飴色の瞳に、ほんの少し困ったように小首を傾げた。
「大丈夫よ。なにも心配することはないから」
「うん・・・」
笑ってくれない瑪瑙に、心配かけすぎたか、と反省をした。そんなに、心配させるつもりはなかったんだけど。瑪瑙の頭を撫でながら(バルレルの視線が痛いなぁ)ついっと目をゼルフィルドに向ける。
「・・・・オ前ガないふヲ投ゲタノカ」
「ご名答。間一髪ってところかしら・・・ねぇ?ゼルフィルド」
淡々と問いかけるゼルフィルドに、不敵に口元を吊り上げて答える。チラリと見えた銃の側面には、ナイフが綺麗に突き立っていた。ていうかよく刺さったなあれ。ミラクルだミラクル。
まず銃に刺さるのが有り得ないことに、それが見事に当たったというところに奇跡を感じる。・・・や、だって、普通当たらないじゃない?余程修練を重ねてないと。私ってすっごーい、と内心で思いつつ表面は笑みを刷いてゼルフィルドを見据える。同じく見据え返すゼルフィルドと、物言わぬ視線が絡み合った。
「殺させないわよ」
「我ガ任務ノ邪魔ハサセナイ」
それだけで、十分。交わした言葉はあまりにも味気ない、無機質なものだったけれど。一言に篭められたものを正確に汲み取り、半眼に目を伏せた。相容れない。そぐわない。
相反した、それは確かな別離の言葉。たった一度の、邂逅だったけれど。それでも、不思議と気に入った相手だったから、それは必要な言葉だった。口元が歪む。ゼルフィルドのモーター音が響くのを聞きながら、目を細めた。予感は現実となった。望もうと、望まざると、私達は再会し、そして別たれた。
残念だ、ゼルフィルド。ゼルフィルドから視線を外す。・・・本当に、残念だよ、ゼルフィルド。
瑪瑙の怪訝な眼差しに気づきながら、それを無視してゆっくりと歩を進めた。するりと、瑪瑙の腕が離れていく。ざくざくと足音をたてて、膝をついている金髪と、召喚獣の傍にいるミモザさんの横まで歩いた。
「銃撃、防いでくれてありがとうございます」
「お互い様でしょ?がナイフ投げて軌道逸らしてくれなかったら危なかったわ」
「ほとんど賭けのようなものでしたけど。案外運良いみたいです」
にこ、と無邪気に笑う。ミモザさんも同じように笑い返して、大分緊迫した空気とは裏腹なものに変わってきたそこに、憎憎しげな声が無遠慮に割って入った。
「おのれ・・・余計な邪魔をっ」
震える声に、振り向く。膝をついている男を見下して。眩い金色の髪の下から覗く見上げてくる眼差しに、くすりと笑った。
「アンタ、馬鹿でしょう」
「なっ」
突然の中傷に、気色ばんだ男が言葉を詰まらせる。またしても集まった視線など、関係ないようにくつくつと喉を震わせた。カッと男の眉が吊り上り、怒鳴ろうとしたのか口を開いて。声が出される前に伸ばした腕が、男の頬を撫でた。
労わるように優しく、誘うようにいやらしく。殴られるでもなく、唐突に頬を撫でられた男は、驚いたように目を見開いて息を止めると、僅かに体を震わせた。赤い目が戸惑うように揺れて、頬から顎先に動かした指先で、くいっと上に持ち上げる。
上向いた顔に目を合わせ、うっとりと微笑んで見せた。
「っ!」
「こんな震えた体で、よくまあそんな悪態吐けるものね?」
「だ・・・黙れ!!」
「あらあら、図星?お笑い種ね。それなのに死ぬ気だったの?本当に馬鹿ねぇ、アンタ」
くすくす、くすくす。笑い声を零しながら、震える男の唇に親指を沿える。遊ぶように弾力を楽しんで、言葉を封じ込めながら不意に声のトーンを落とした。
「そんな馬鹿には、犬死は似合いかもしれないわね」
浮かべていた笑みを消し、目を細める。正義を語るつもりも、命を尊ぶ教えを説くつもりもない。そんな親切かけてやる気も、そんな大層立派な人間でもない。救いあげる気も教えてやる気もなくて、やることと言えば、その鼻っ柱を折ることぐらい?うふふ、と吐息を零した。
「アンタが死んだところで、アメルを確保できる保証なんてどこにもないのよ。さっきも見ての通り、あんた達が潜んでいたようにこちらも誰かが潜んでいた可能性があるのよ。特に召喚術は広範囲にも及ぶのだから・・・どうなるか、わからないほど鈍くないでしょう?」
嘲笑を篭めて、送る。目を見開き、わなわなと唇を戦慄かせる男の唇に爪を立てて。しん、と静まり返った湿原に、私の声が溶ける。さぁ、どこまでその鼻っ柱、折ってやろうかしら?
「うふふ、そんなことも考えないですぐに命を投げ出すなんて、短絡的で非効率的な方法ね。なぁに、この組織はちゃんと考えることを教えてくれはしなかったの?それともこの頭では理解しきれなかったのかしら?ならごめんなさいね。そんな頭じゃ、いくら言っても理解できないわよねぇ?」
まぁそれを実行しようとしたゼルフィルドも馬鹿だけど。辛辣ね、というミモザさんの言葉に肩を竦め、事実でしょう、とにっこりと微笑む。わなわなと体を震わせ、屈辱に顔を真っ赤にし始めた男の額にデコピンを一つ送って叩き落とす。
「死に際を見誤るな、愚か者」
死ぬときは要領良く死んで逝け。最後に言い捨てて、男を解放する。あっさりと離れた私に、男は憤怒と羞恥で顔を赤くしたまま、親の仇でも見るかのようなすごい形相で睨みつけてくるが、すでに私は男に興味もなく一瞥すら向けてやらない。だって、心底どうでもいいもの、こんなヤツ。
そうやって刺殺しそうな視線をいなして静まり返っている周りに軽く肩を竦めると、はっと気づいたようにマグナがあわあわと口を開いた。
「え、えっとの言い方はともかく、俺達は殺しあいを望んでないんだ。ただ、あなた達がアメルをつけ狙うことを諦めてくれればそれでいいんだ」
「そうよ。の言い分はともかく、あたし達は誰にも死んで欲しくなんてないの!」
なんだそのあからさまな流しようは。執拗に私の言い分は流すトリスとマグナに思わずじと目を向けると、二人は天然なのか故意なのか、気づいてないように真剣な顔で金髪君を見つめていた。・・・・天然なんだろうなぁ。遠い目をしながら、私間違ってないよね?と誰にともなく問いかけた。人道的かどうかはさておき、合理的に考えれば間違ってないと思うんだけど。命あっての物種。しかしどうせ死ぬなら意義のある死に方をしたいじゃないか。
私としてはのんびりまったり寿命で眠るように死にたいですが。こんなところで、蜂の巣のようになって死にたくはないし、そんなグロイ死体をみたくもない。それに、王都近くで、そんな不祥事起こしたくないしなぁ。
「・・・だとすれば、貴様らの望みは永遠に叶うまいな」
ぼんやりと考えていると、聞いたことのある声がややくぐもった調子で鼓膜を震わせた。一斉に、視線がその声の飛んできた方向に向かう。リューグ辺りが斧を構えなおしたのを視界の片隅に収め、私は緩慢に首を動かした。
「なぜなら我らの任務はそこの聖女を確保してはじめて達成されるものだからだ」
朗々と響く声は、堂々として。低い美声はまるで演説をしているかのように聞こえる。あぁ、まるであの時のようだ。余裕を含ませ、響き渡るこの声。広がった視界に映る、漆黒の姿に口角が吊り上った。マントを靡かせ、今度は素顔でなく仮面を被ったあの司令官が、悠然と立ってこちらを見ていた。湿原と、マントを靡かせて佇む黒騎士はまるで絵画の一つのようにぴったりと嵌って。悠然としているが、さっきまであれは私に組み敷かれていたのだ。そう考えるとなんか物凄く微妙な心境になる。私に視線は向けられないが(故意にしていると思われる)現れた黒騎士に、ネスティの苦々しい声が耳に届いた。
「これではっきりしたな。やはり、こいつらは仲間だったんだ」
「それは判りきってたことじゃ・・・」
思わず呟くが、自然とそれは黙殺された。なんだろう、この扱い。ちょっと酷いんじゃないか?と思っていると、ネスティの呟きに何か返すこともなく、黒騎士はついっと顔を立ち竦む金髪とゼルフィルドに向けた。
「イオス、そしてゼルフィルド。俺は貴様らに、監視を継続することのみを命じたはずだが?」
静かな声だった。むしろ柔らかくさえ聞こえたかもしれない。しかし、そこに含められたものはもっと厳しく、重いものだった。
「ですが・・・っ」
「命令違反の挙げ句に、これ以上の醜態を俺に見せるつもりか!?」
「もっ、申し訳ございませんっ!!」
「我々ノ先走リデシタ」
言い訳がましく口を開いた金髪・・・イオスに、鋭い叱咤が飛ぶ。あぁそうか。これって黒騎士の指示じゃなかったんだ。まあ、そりゃそうか。ここで戦闘始めたところで、不利なのはあっちだしなぁ。接触した分、あの男がそこまで馬鹿じゃないことはよく判っている。
威圧感を放つ黒騎士と、俯いているイオス、ゼルフィルドを眺めて視線を落とした。
「なあ、黒騎士の旦那。部下への説教もいいが、状況を考えろよ。後から出ばってきても、この場の主導権はオレたちにあるんだぜ?」
なんとも私達を無視した形の遣り取りに、痺れを切らしたようにフォルテが口元を歪めて言葉を挟んだ。黒騎士が、煩わしそうにフォルテに顔を向ける。気がつけば、いつの間にやらフォルテは放していたイオスを再び捕まえていた。抜け目ないなぁ。うん。流石冒険者。だけど。
「フォルテ、それ、そっくりそのまま返されるわよ」
「なにっ?」
「そういうことだ・・・出ろっ!!」
肩を竦めて言うと、黒騎士がちらりと私に一瞥向けてから、さっと片手をあげた。
その瞬間、ざざっと音をたてて黒い人影が現れる。ぐるりと囲まれる形で出てきた黒騎士達に、ケイナが悲鳴をあげた。
「そんな!いつの間にっ」
「完全に包囲されてやがる・・・!」
愕然と呟く声に、黒騎士はふっと鼻で笑った。そのまま、余裕の態度で私達を見下ろす。
「・・・女も言ったように、潜む敵がいることぐらい把握しておくんだな。わざわざ姿を見せなくても、その気であれば貴様らをまとめて始末することはできた。そうしなかったのは、借りを返すためだ」
「借りって?」
「そこの女召喚師と・・・・・女には、結果として部下の愚行を止めてもらったわけだからな」
「あら、どうも。そういう礼儀は守ってくれるわけね」
視線を向けられたミモザさんは、軽い調子で肩を竦めた。私は黒騎士のひしひしたる殺気にやばいなぁと視線を外して、居心地悪い、と蛙が潰れたような声を喉奥で出した。
なんか殺気が私にだけ向かってるっていうのが痛い。さっきからずぅっと私に向かってくるんだよねぇあの殺気。視線は向けないくせに殺気だけ異様に向けられて、私にどうしろと?
しかも借りの部分って別の何かも含まれてそうだし。あぁたぶんあの時のことなんだろうなぁとはわかってるんだけど。居た堪れない、と思いつつ、黒騎士とトリス達の会話に耳をすませた。
「ふざけやがって・・・余裕のつもりか!?」
「ならば、わざわざ姿を見せたわけを聞こう」
「貴様らに宣戦勧告をするためだ。崖城都市デグレア特務部隊「黒の旅団」の総司令官としてな」
「デグレアだと!?」
あ、それ私が頑張って聞き出した内容なのに!!やっぱり無駄骨か!なんかそんな感じしたんだよ!!あぁくそ。頑張って黒騎士組み敷いて、恨まれる役やって、今もこうして殺気貰ってるっていうのにあんまりだっ。泣きたくなってると、ミニスの驚愕の戦きが聞こえた。
「デグレアって・・・たしか、旧王国最大の軍事都市じゃ・・・」
記憶を浚うように零された呟きに、瑪瑙が首を傾げる。
「旧王国・・・?軍事都市って・・・・そんな?!」
「理解したようだな。自分たちが敵に回そうとしているものの大きさを。それを知ってなお貴様たちは我が軍勢と敵対するつもりか?」
はっと気づいたように口元に手をあて、血の気を引かせた瑪瑙に黒騎士は淡々と言葉を重ねる。暗に無謀なことは止せ、と言っているのが解り、眉を跳ね上げると溜息を今度こそ遠慮なく吐いた。・・・・個人対国では、規模が違いすぎる。普通ならばきっと諦めもするのだろうが、しかしここはあえてこう言おう。「個人」対「国」なのだ、と。言ったはずだけどな、私。お人好しが多すぎるって。冷めた目で私は黒騎士を見つめた。
「それがどうしたのよ、あなたたちが何者でも関係ない。あたしは決めたの。絶対に、アメルのこと守るって!!」
「そうだ。国が相手だろうと、何が相手だろうと!俺達はアメルを見捨てない。守ってみせる。必ず!」
吼えるように、マグナとトリスが苛烈な瞳で黒騎士を睨みつけた。胸を張り、そこには微塵の躊躇いもなく。真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐな感情は、決意を篭めて。眩しいほどに。
軽く目を細め、小さく笑んだ。あぁなんて真っ直ぐな。真っ直ぐ過ぎて、時々怖いぐらいだ。
「お人好し」
呟きは風に攫われ、消える。そんなに軽いものじゃない。そんなに簡単なものじゃない。
誰かを守ることはとても難しいことだ。自分でさえ守るのがままならないこともある。
なのにそれでも、守るというのは、無謀のような強さだと思った。馬鹿だねぇ、とどこか愛しさを覚えながら肩を竦める。
「はいはい。二人共熱血するのはいいけど状況考えようねー?」
「!」
「そうだな。どの道この状況では・・・」
そういって、盛大に苦虫を数十匹ほど噛み潰したような顔で、ネスティは黒騎士をねめつけた。そこでミモザさんが肩を竦める。
「大丈夫よ」
「えっ?」
「まあ、確かに殺されることはないでしょうしねぇ。今借りを返すって言ったばかりですし、ここ王都だし」
「あんな奴等の言い分を信じるっていうのか?!」
しみじみと言うと、間髪いれずリューグが鼻息も荒く怒鳴った。思わず顔を顰めながら、ミモザさんと顔を見合わせる。あれ、わかんないものなのかな?
「リューグ?ここ、王都ゼラムの領地なんだよ?」
小さい子に言い聞かせるみたいに言うと、鼻白んだリューグが、眉間に皺を寄せた。悪い目つきが更に悪くなった。
「だからどうしたっていうんだよ」
「だからつまり」
「聖王国の領土に、デグレアの人間が武力を持って入ってるってことは、それだけ危険って意味よ・・・というわけで、自信満々に言ってくれてるけどね、黒騎士さん。ここは聖王国の領土で、貴方たちのやっていることは、軍事侵攻よ。わかってるのかしら?」
私の台詞を引き継ぎ、ミモザさんが不敵な笑みを口端に浮かべて、黒騎士を見る。その瞬間、合点がいったようにケイナが目を見開いた。
「承知している」
「ふーん・・・なら、覚えといて。派閥の同胞を傷つけ、まして、無用の戦乱で世界の調和を乱そうとする者たちには、蒼の派閥は容赦なくその力をもって介入するってね!」
見事な啖呵だった。堂々といってのけたミモザさんに視線が一気に集中する。
「ミモザ先輩・・・」
「さあ、みんな。帰るわよ」
「帰るって・・・」
「心配しないで。今ここで戦端を開けばどうなるか、あいつらだってわかってる」
「聖王国に属する全ての街と、召喚師の集団を敵に回すことになるわけだからなあ」
「そういうことだったのね。あの時が最悪にはならないって言ったのは」
「考えが深いよなぁ、は。それはちと困るだろ?黒騎士の旦那」
にやり、と意地悪く笑ったフォルテは、どんっと捕まえていたイオスの背中を突いて前に押し出した。背中を押されて踏鞴を踏みながら、イオスは機敏に後ろを振り向く。
その頃にはもうミモザさんは踵を返していたし、戸惑いながら周りは黒騎士達を見ていた。私は即座に瑪瑙の傍に行きながら、ゆっくりと後ろをみる。黒騎士が、物憂げに告げた。
「・・・行くがいい、今は追わん。だが、今だけだ。次に貴様らとまみえたその時には、このルヴァイド、もはや容赦せん。それを忘れるな・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルヴァイドっていうんだ、あの人!!
今初めて(というかようやく?)知った名前にへぇ、と意味のない感嘆を零して頷く。
それから、視線をルヴァイドからゼルフィルドに移した。かっちりと、ゼルフィルドと視線が合う。何を言うでもなく、ただ数秒見詰め合い、ほぼ同時に目を逸らした。次に会ったときは、今度こそゼルフィルドと戦うときなのだろう。きゅっと唇を引き結び、心配そうな瑪瑙の背中を軽く叩いて促す。躊躇いつつも素直に従う瑪瑙に、話さないとなぁと思いながら背中に突き刺さる視線に口元を引くつかせた。うぅ・・・なんか今度会ったら私に剣が一直線に飛んできそうだよ。けれど、それでも決して振りかえらず、私達は黒騎士を置いて湿原を後にした。さて、一段落のようで実はどでかい問題が降り積もったわけなのだが、これからどうしようかしらねぇ?がしがしと頭を掻きながら、溜息を一つ零した。
「おい」
「ん?何バルレル」
「全部話せよ」
「・・・・・・解ってたの?」
「フンッ」
鼻息も荒くつんっとそっぽを向いたバルレルに、思わず乾いた笑いが零れる。
瑪瑙だけじゃなくてバルレルにも説明しなくてはならないわけ?あぁ・・・私にはまだ面倒なことが残されたようだ。