行く先が地獄なのだとしても、僕達は



 きっと自分で決めることは何より難しいのだろう。





 とりあえず、ルヴァイド達が約束を違えることはなかったと、それだけは明記しておこう。
 ギブソン・ミモザ邸へと戻った瞬間、強張っていた空気がほぐれたのは確かである。まあ私やミモザさんは、相変わらず飄々としているわけなのだが。少なくともあの男達が、約束を簡単に違えるような人間ではないことは、薄々と感じていたのだ。まあ、絶対に守るだろう、という保証なんて何も無いし、絶対などを信じるほど私は優しくもなく、素直な性格でもないけれど。それはそうと背後と斜め横からの瑪瑙とバルレルの視線が痛い。
 ふふ。色々話し合わなくちゃいけないことがあるのに、私には更に難関が待ちうけているよ。やってらんないなぁ頑張ったのに!不満は内心だけで留めておき、屋敷に帰った私達を迎えたのは一人残っていたギブソンさんの朗らかな笑顔のみだった。

「お帰り、皆。その様子だと、どうやら計画は上手くいったようだね?」
「バッチリよ。まあ少しばかりハプニングもあったけどね」
「そうかい?でも無事な様子でよかったよ」

 ミモザさんとギブソンさんの遣り取りに、複雑な顔をしているネスティは何か言いたそうだったが、結果的に知りたいことは知れたので何も言えない状態である。帰り道でとりあえず今回のネタばらしはすませてあるので、マグナとトリスは顔を見合わせているし、アメルとリューグも内心は複雑そうだ。ていうかリューグは相変わらず仏頂面である。
 とりあえず私は瑪瑙に本当に怪我がないかを確かめつつ(あー掠り傷発見。あとで消毒しておこう)和やかに会話をしている二人に横目を向ける。

「じゃぁ貰った情報を整理しようか。皆も、疲れてるだろうけど部屋においで」
「はい」

 頷いたネスティが、身を翻したギブソンさんの後についていく。のろのろと動き出した周りに、捲っていた瑪瑙の袖を直してから私達もまた最後尾に続いた。あぁ、それにしてもなんて面倒この上ないのか。これから交わされるだろう情報が、そしてそれによって出てくるだろう結論が、とても憂鬱である。もっとも、結果なんて容易く想像できることだけど。むしろその情報が私が身を危険に晒してまで手に入れたものなのに、普通にルヴァイドから暴露されたときには泣くかと思った。
 あぁ、私の苦労って何?ていうかあれか。虐め?逆襲?おのれルヴァイド、大人気無い奴め・・・!
 部屋に入り、椅子に各々が腰掛けたところで私は壁を背に佇む。瑪瑙も自然に横に並んで、バルレルもまた私の隣に立った。いや、だって結構な大人数なんだよ。座れる椅子にも限度がある。それになんかもう疲れたし、私としてはこの後にもう一戦あるから、ここはネスティとフォルテに任せよう、という魂胆だったりする。
 まあぶっちゃけ当事者なのはアメルとリューグだけであって、私達は横から無理矢理関わってるだけなんだけど。しかも私にしてみれば、出きることなら関わりたくないなぁ、ぐらいの心境なのである。
 そんな関係あるのかないのか自分の立ち位置を曖昧に置きつつ、ネスティが暗い面持ちで湿原であった出来事を報告している間に、バルレルにFエイドを持ってこさせる。嫌そうな顔をしたが、素直に言うことを聞いてくれるバルレルはとっても可愛いと思う。なんかちっさいからちょこまかしていてとっても愛らしい。こんなこと言ったら怒るのは目に見えてるので、口に出すなんてことはしないが。とりあえず渋々ながら持ってきたバルレルの頭を撫でてやり、それから瑪瑙の腕をとって傷を負っていた部位にそれをぺったりと貼りつけた。

「ありがとう、ちゃん」
「どういたしまして」

 嬉しそうに微笑む瑪瑙に微笑み返し、バルレルの悪意ある視線をさりげなく遮りつつ、ほのぼの空間を形成していると、ネスティの苛立たしげな声が飛んできた。

「君達は話しを聞いてるのか?!」
「聞いてる聞いてる。リィンバゥムは元々一つの国が治めてて、戦争でそれが分断されて色々国ができたんでしょ。それで北の絶壁に出来ている国がデグレアって奴で、この国と対立してるって内容。訂正は?」
「うっ・・・・おほん。マグナ達と違って君達は聞いてるみたいだな」
「ネスひどっ」

 さらりと答えると、ネスティが言葉を詰めて、誤魔化すように咳払いをする。まあマグナ達にとってみればネスの台詞は心外なんだろうが、簡単に想像できる辺り否定はできないだろう。とりあえず、一端止まっていた会話を再開させるべく、私はミモザさんに視線を向ける。頷いたミモザさんは、話しを戻すために口を開いた。

「簡単に言えばそういうことよ。そんな経緯なわけだから、旧王国は聖王国を目の敵にしちゃってるし」
「すると今度の一件も聖王国への軍事侵攻の一環なのでしょうか?」
「そう考えるのが自然なんだが・・・」

 渋い顔で口篭もるギブソンさんに、眉を動かす。ふむ。確かに、一般的解釈でいけばそれで正解なんだろうけど。それだけじゃなんだかなぁ、と思ったところで、マグナが混乱した面持ちで割って入った。

「ちょっと待ってくれ。そんな国同士の争いになんでアメルが関係してくるんだよ!?」
「そうよ!脈絡がなさすぎるわっ」
「だからギブソンさんも口篭もったんでしょ。そんなこと、皆わかってるって」

 どうどう、と離れたところでいきり立つ二人を宥めていると、ギブソンさんが深く頷いた。

「そうだ。私もそれが気になる」
「女の子一人を捕まえてなにをするつもりなのかしら・・・」

 ぽつり、と俯き加減に呟いたケイナに視線を向けて、考えられるとすれば象徴的な何かなのかもしれないなぁとぼんやりと考える。召喚獣でもない人間が、完全なる癒しの力が扱える。それは、民衆の心を掴むには十分ではないだろうか?アメルは村でその力を示していたわけだし(本人の意思であろうとなかろうと)大勢の人間がわざわざ聖女の奇跡を求めて田舎の村に行くぐらいだ。国にアメルを連れていって、奇跡を操る聖女様を立てれば、民衆が集まってくるのは容易に想像ができる。しかもそれで怪我とか治させていってみろ。間違いなくハートはがっつり手中に収まるね。それにそれだけ不思議な力を国総出で祀り上げれば、聖王国の威厳にもそれなりに影響がでるかもしれない。エルゴの王の血筋(よく知らないけどねここ!)とかいうが、ぶっちゃけ聞いた話によると王族は国の中に引っ込んでて外に出てこないらしいし。しかも結構な暴政だとか。一見平和そうだが、その実中身はおどろおどろしい。そんな中、傷を癒す聖女の出現とそれを取りこんだとする、旧王国。対等になり得るだけの要素が、ないわけでは、ない。これだから政治ってのは厄介なんだよなぁ。

「ただ、間違いないのは領土侵犯を犯してまで連中が彼女の身柄を欲していることだ」

 ぽつり、と呟いたネスティの低い声に、空気がしんと静まり返る。そうだ。何を推測したところで、それだけは間違えようの無い事実だ。デグレアがアメルを欲し、村一つ壊滅させたという、その事実だけは。

「アメルちゃん?大丈夫?顔色が悪いわ」
「うん、平気・・・大丈夫・・・・」

 顔を曇らせた瑪瑙が、ぱたぱたとアメルに近寄り顔を覗きこむが、ぎこちない笑顔をアメルは浮かべる。血の気のない顔に、そりゃ血の気も引くわな、と一人頷いた。個人だけでは到底収まりきらない問題だ。まさかそんな大事になっているだなんて、夢にも思わなかったことだろう。個人の間で済むと思っていたのだ。形はどうあれ、国が絡むなど考えていなかった。けれど、実際に問題は大掛かりな方向へと転がっている。・・・こうなると、ややこしくなってくるなぁ・・・。

「で、でもでもっ。心配いらないわよっ?いくらあいつらが大勢だからって、私たちが王都にいれば、無茶はできないもの!」
「そうだな、奴らだって無茶できないよな」
「そうよね!今までも、そうやって凌いできたんだからっ」

 ミニスの懸命のフォローに、マグナとトリスが大きく頷いて賛同する。まあ、確かにそれはそうなんだけれども。間違いでは、ないんだけども。

「そう簡単に事が進めば、いいんだけどねぇ」
「確かに。これからもそうだって保証はねえな」
!フォルテっ」

 ぼそりと呟いた私達に、ケイナの非難の混じった咎めが飛ぶ。それに軽く肩を竦めると、ネスティが緩く頭を振ってケイナを遮った。

「いや、僕も同感だ。あの「黒の旅団」を指揮するルヴァイドという男は、強い使命感と自信をもっていた。どうしても必要と判断すれば、躊躇わずに強硬手段に出るだろう」
「それって、まさかレルムの村を襲った時のように!?」

 悲鳴のように上がったトリスの言葉に、びくりとアメルの肩が跳ねる。幸いといっていいものか、それに気づいたのは傍にいた瑪瑙と、私ぐらいなものだったが。沈黙が落ちる前に、それもあるけど、とぼやく。

「いつまでも、王都には留まっていられないでしょう。私や瑪瑙、フォルテ達はともかく、マグナ達は一応他にも目的があるんだし。元々、ずっとこのままなんて都合のいい展開なんて望めないのよ。精神的にもきついしねぇ」

 どこか抑揚なく呟けば、ずん、と腹の底に何か重たいものを抱えたような空気になった。多少突き放した言い方だったかもしれないが、現実は見据えてもらわなければ困る。
 肩を落とした面々を見渡しながら、レルムの村かぁ、とぼんやりと記憶を巻き返した。血と炎で真っ赤になっていた村が、閉じた瞼の裏に鮮明に映し出される。夜空が照らされて、まるで昼間かと思うぐらいに明るくて。燃える家々のせいで熱くて、血の臭いに鼻が麻痺して、ごろごろと村人も旅人も関係なく転がっていて。向けられた殺意に、ぬめるように光っていた剣の残忍さ。吐き気を覚えるよりも、如何に生き残るかが、一番大切だった、あの時。そういえば、闇夜の深紅は、どこか見覚えがあったような。

「・・・・・・・あれ?」

 思わず白熱している周りを尻目にこてんと首を傾げる。なんで、そんなこと思ったんだろう、今。見覚えなんて、あるはずがないのに。ていうかあって堪るかよ。あぁ、駄目だ。
 なんだか最近、可笑しい。何が可笑しいと、明確に言えるものではないけれど。リィンバゥムに来てから、妙にチグハグしている気がしてならない。まだ慣れてないからだろうか。まあ異世界だしな。慣れているように見えて、結構疲れてるのかもしれない。
 殺し合いに直接的ではないにしろ、立ち会ってたわけだし。疲れるのも当然か、と納得して、考えを切り上げた。そんな個人的なことは脇に置いておいて、当面の問題はそこではないのだ。

「ま、どちらにしろ悩む前に片付けることなんて山ほどあるけどねー」
「緩いな、オマエ」
「疲れてるのよ、こんなんでも」

 ぼそりと言ったバルレルに言い返し、やっと口を閉じたトリス達が首を傾げるのを視界に納める。はてさて、ギブソンさんバトンターッチ!という具合にチラリと目配せをし、私は口を噤んだ。傍観しておくだけのつもりなのに、やっぱこのメンバーじゃ無理か。口を閉じた私にギブソンさんが僅かに微苦笑を零して、次の瞬間には至極真面目な顔を浮かべた。

「確かに、君達がそう言うのならばその可能性は否定できないのかもしれない。だけどの言う通り、今は敵の動向よりも目先のことを考える必要があるんじゃないか?」
「え?」
「これから先、あなた達がどうしたいか、ってことよ」

 ギブソンさんの後を継いで、ミモザさんが告げる。その瞬間電撃が走ったように強張った周りに、まあそれがぶっちゃけて一番難しいかもしれないんだよねぇ、と他人事のごとく考える。そんな私を尻目に、ギブソンさんが淡々と話しを進めた。

「敵が国家に属する軍隊だとわかった今ならとるべき方法はいくつだってある。騎士団や派閥に保護を求めることもできる。常識で考えればそれが最良の方法だ」
「でも、それじゃあアメルちゃんは・・・」
「そう。瑪瑙の考えてる通り、保護を求めれば連中はアメルを差し出すでしょうね。たかが少女一人の身柄で戦争が回避できるのですもの。誰だってそうするわ」

 まあ、その後の憂いはともかくとして、確かに当面は大丈夫だろう。特に身分もない平民の一人を差し出すだけで、戦争が回避される。国として、執政者として、それは極当たり前の判断だ。例えそれが珍しい能力を持っていたのだとしても、聖王国はそれを喉から手が出るほど欲しがっているわけでもない。極端に言えば、召喚術で事足りるのだから殊更に執着する必要がないのだ。
 国は民を守るもの、とはいっても、一個人までを守ってくれるかというと、そんなわけあるかって話だし。非道なんて言葉は、結局主観的な人間の意見でしかないのだ。

「腹黒い連中の考えそうなことだなァ・・・ニンゲンらしいや」
「バルレル。もうちょっと言葉を選びなさいよ!」

 ウケケ、と愉快そうに笑ったバルレルに、トリスの叱咤が飛ぶ。眉を吊り上げるトリスに、だがバルレルは堪えた風もなく肩を竦めた。

「んだよ、言葉で飾っても結論はおんなじだろォが?ケッ!」
「組織ガ選ブ行動デハソレガ一番ノ方法デアルト考エラレマス」
「で、でも・・・それでは、アメルさんがあんまりです・・・っ」
「ハサハ・・・・・・そんなの、嫌だ、・・・よ・・・・・・」

 理性派と感情派で判れた護衛獣達は、まさしく今のマグナ達の心境そのものだろう。重苦しい沈黙が流れて、沈鬱とした空気に包まれる。その中で、トリスが弱々しく叫んだ。

「アメルを差し出すなんて、そんなの絶対嫌よ・・・!」
「俺だって。俺だって・・・!そんなの、絶対ダメだっ」
「落ちつくんだ、二人とも」
「だってネス!ネスは、ネスはそれでいいのっ?!」
「トリス!落ちついて、トリス。心配しなくても、ここにいるみんなは貴方と同じ気持ちよ。だから落ち着いてちゃんと最後まで話を聞きましょう」

 ケイナが、柔らかく慈愛の篭った声でトリスを宥める。ぽん、と肩に置かれた手に、トリスははっと目を瞬いて、罰が悪そうに俯いた。

「ごめん・・・ネス・・・」
「いや、いいんだ」

 いささか居心地悪いながら、一番居た堪れないのはアメルなんだろうなぁ、と考える。やっぱり、どうするにせよアメルが一番辛い立場なのには違いないのだから。

「気にすることはない。多分、君達ならそう言うと思っていたからね。だが、その思いを貫くのは大変なことだよ。生半可な覚悟ではまずできないだろうな」
「・・・・・」

 微笑んで、けれど一番辛辣に現実を述べたギブソンさんに、返ってくるのは沈黙ばかりだ。いや、返せるのは、と言った方がいいか。もはや沈黙しか横たわらなくなってきた室内に、淡々と、けれど大人として、先輩として、見守る者として、ギブソンさんり真剣な声が朗々と響き渡る。

「よく考えてみるんだ。君たち一人一人が本当に望んでいる事を。結論を出すのは、それからだよ」

 染み渡るように落ちた言葉に、マグナとトリスは俯いて、自分の足元を睨みつけていた。
 ギブソンさんとミモザさんは肩を竦め、真剣だった顔に苦笑を浮かべる。

「とりあえず、これで終わりにしましょ。急がなくてもいいから、ゆっくりと自分の心を見つめ直すのね、マグナ、トリス」
「はい・・・」
「さ、自由にしよう。皆も、好きにしてくれ」

 パンッと手を合わせたギブソンさんに、フォルテ達は強張っていた筋肉を解す様に腕を回しながら、解散していく。アメルは青褪めた顔のまま、心配そうな瑪瑙に作り笑顔を浮かべて、よたよたと部屋を出ていった。私の前を通っていくとき、アメルが泣きそうな顔で私を見て立ち止まったが、すぐに顔をそらして無言で通りすぎる。その弱々しい後ろ姿を見送り、難儀なことだ、と内心で呟く。リューグは苛立たしげに舌打ちを零し、乱暴にずかずかと部屋を出ていき、フォルテ達は苦笑し若いモンは大変だよなぁと親父臭いことを述べて出ていった。本当に大変だな、と一応その「若い者」区別されるべきである私は、まるっきり他人事として捉えていた。や、だって考えるも何も私としてはもうある程度決まってるし。
 マグナとトリス以外も、大方心は決まってるだろう。そもそも、なんかリーダー的位置にいるのあの二人だから、あの二人が決めたことに結果的には従うわけで。まあ私としてはこのまま面倒事なんてなくなっちまえばいいなぁ、と、思わないこともないというか。ええと、まあつまり好きなようにしたまえ、ってことなんだが。付き合ってもいいし、付き合わなくてもいい。それに。

「どうせ結果なんて目に見えてるし」

 だって彼等はお人好しだから。しみじみと頷いていると、不意に凝視してくる視線に気づいて視線を落とした。バルレルが、睨むようにこっちを見ている。ついでに瑪瑙も、心配そうにアメルが消えていった扉に向けていた目を、私に向けている。しばらく無言の見詰め合いが生じ、やがて私はぽくんと手を打った。
 あ、そうか。そういえば湿原で何があったのか、教えないとダメなんだった。うわぁ・・・・・・・アメルのこととか云々よりもこっちの方が私的に大変かもしれない。思わず逃げようかと思ったのは、致し方ないことだろう。ああ、せめて瑪瑙には黙っておきたいんだけど。泣かれたらどうしよう、と、それだけが私の心配である。