Going my way
迷わない分かれ道はないし、後悔のない選択もなくて、なら選ぶ道はなんだろう。
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腰のベルトにさしてある血桜の、白い柄を撫でて溜息を零す。帰ってきたらいきなりネガティブなオーラが漂ってくるから、何事かと思ったら。ソファに座ってぼんやりとしている兄妹を後ろからみて、馬鹿だなぁ、としみじみと思った。たぶん色んな人から助言とか貰ったと思うし、色んな考えも聞いただろうし、そしてそれはきっと全部一つの事柄を示していたはずだと思うんだ。だって、ここにいる人間皆お人好しだから。
さて、声をかけてやるべきか放っておくべきか。どうせ私が何か言わなくても二人は二人で結論を出すだろうし、ギブソンさんかミモザさんが背中を押してもくれるだろう。二人は決して二人だけではないのだから、私が手を貸す必要なんてない。当人に任せよう、と勝手に決めて踵を返すと、不意に「あ」という声が聞こえた。反射的に足を止めてあちゃーと内心で舌を出しながら後ろを向く。
しっかりとこっちを見ているマグナとトリスに、しばらく沈黙して仕方なくゆるりと片手をあげた。
「ただいま」
「お帰り、・・・って、今まで何処に行ってたのよ。メノウ達が泣きながら探してたわよ?」
「(うわっちゃー泣きながらかよ)占いの館かな?」
で、いいんだよねあそこ。一応、あの人自分で占い師とか言ってたし。無論ただの占い師であるはずがないのだが、そこんところは私としてはどうでもいい事柄なので黙殺しておく。
それよりも泣きながら私を探していたという瑪瑙の方が重要である。一応お土産なんかも用意したわけだが、果たしてそれで許してくれるだろうか。いや、許してはくれるだろうが、きっとこっちの良心が激しく痛むようなそんな眼差しで見つめてくるに違いない。
ネスティの説教とかバルレルの怒声とかよりも、それの方が何十倍も私にとっては深刻な問題だ。まずいなぁ、と思って顔を顰めながら黙していると、マグナが目敏く(でもないか)視線を走らせた。
「あれ、。それって・・・剣?」
「うわぁ、真っ白」
ソファから立ちあがって近づいてきたトリスが、私の腰にさしてある血桜を目に留めて感嘆の吐息を零した。キラキラと輝く目で血桜を凝視して、マグナも興味津々でトリスの後ろから血桜に視線を送る。不意に血桜が不機嫌そうに身を震わせたのが伝わったが、傍目からその振動が伝わるはずもなく、判ったのは私のみである。思いっきり意思のあるらしい無機物に、今更驚くはずもなく(なにせ入手方法が方法だ)、私は薄く微笑んだ。
「あぁ、うん。ちょっととあるところから貰ってきたのよ」
貰う、というのも違うらしいけど。にっこりと笑みを浮かべて答えると、へぇ~と感心したように二人が声を零す。とりあえず、いつまでも刀なんか見ててもしょうがないので、ソファに促した。結構あっさりと従った二人はソファに座り、そして私は去ろうと踵を返すのだがくんっと外套が引っ張られる感じがして、仕方なく足を止めて振りかえる。想像通り、マグナによって握られている外套の端に苦笑した。
「なに?」
「うん・・・あのね、」
「うん」
振りかえると、手が放された外套がふわりと広がる。言い難そうに口篭もらせたマグナに、小首を傾げて促すと、俯きながら話し始めた。結局お悩み相談になるわけか。
「俺、やっぱりどう考えても、アメルを見捨てるなんてできないんだ」
「ふーん」
「派閥や騎士団にアメルを任せたら、アメルがアメルであることを否定されそうでしょ?」
「まあ、ねぇ」
トリスが上目遣いに見てくるので見下ろしつつ、確かにそれはあるだろうな、と頷いておく。一個人の意思など、団体様の前ではかなり無視されるのだ。いやぁ、世知辛い世の中だねぇ。首筋に手をあてて、首を傾げながら適当な合いの手を打って二人の話しを進めていく。
「確かに騎士団や派閥に任せたほうがいいんだとは思うの」
「デグレアが相手だとしたら、俺達の手に負えないかもしれないし、それが一番なんだって・・・わかってるんだけど・・・・」
呟くように言って沈黙した二人に、はて、じゃあ何が問題なんだと目を瞬く。いやそりゃあ最良の選択は何か、ということなんだろうけど。しかし、彼ら二人の話しを聞けば聞くほど、すでに答えは出ている気がしてならない。というか初っ端で答え言ってなかったか?なのになんでそこで悩む?自分の気持ち考えろっていうギブソンさんの言葉の意味わかってるんだろうか。・・・ま、事が事だと、悩むのもわかるけど。悩んでいる二人の旋毛を見下ろしながら、なんていうかこいつらも要領悪いなぁと呆れたように溜息を吐いた。
「あー・・・誰かに、騎士団とかに預けた方がいいとか、言われた?」
「えっ。ううん。誰も。ネスティは俺達の思うようにしたら良いって言ってたし、ケイナとリューグはアメルを守るって言ってたし、フォルテは・・・どっちとも言ってなかったけど、でも預けた方がいいなんてことは言わなかったよ」
「メノウも、アメルは普通の弱くて優しい女の子なんだって、言ってて・・・それに、レイムさんにも相談したんだけど」
え。
「レイム?」
「うん。気晴らしに外に出たときに偶然会って」
「へぇ~・・・レイムが、ねぇ」
なんていうか、これまた微妙な。なんとも言えない顔で呟く私に、不思議そうな目が向けられるが無視しておく。これは私の主観だが、あいつが善意だけで行動するタイプには見えない。傍から見れば物腰柔らかな青年だが、果たしてその実態は、といった裏があるような相手だし。まあ恐らく私に害はないだろうからいいんだが、瑪瑙には害ありまくりそうなので警戒しておくに越したことは無い。さて、そこは置いといてレイムにも相談したとして、どんな言葉貰ったんだ?
「自分の選んだ道だったら、最悪の結果でも後悔なんてしないって」
「うん。まあ、正論ね」
案外まともだった。意外に思いながら、そこまで背中を押してもらえるようなこと貰ってるくせにまだ悩むのかこの子等は、と苦笑する。あー・・・なんだ。ここは私からも何か言うべきなのか?まあ、それを期待して相談されたんだろうけど。つってもなぁ。別に私としてはどうなろうが私と瑪瑙に問題なければ良い、という思考回路なわけだし。うーむ。・・・・・・まあ、あえて私の考えを言うのなら。
「私に言わせるなら、どっちを選ぶにしろ後悔しない道はないよ」
「え?」
「大なり小なり、人は選んだ道で後悔するものよ。性、っていうのかな。そういう生き物だから、人間は」
ていうか最悪の結果になったら普通に後悔するだろう。少なくとも私は自分の選んだ道だとしても後悔するぞ。レイムのことも正論であることは違いないが、私の考えとは違うだけの話だ。大体、後悔というのは最悪とならないように、その原因を知るためにあるのだ。
その道を選んで進み、きっと最悪となる前にいくつかの警告がある。それを見なおしていき、そうしてその情報を踏まえて、人は道を選んでいく。
間違わない人間なんていない。だが、それを正せない人間もいない。しようとするかしないかの違いはあれど、変えようと思うのならば幾らでもできる。そういうものなんだと、思っているから。瞬く二人に、微笑んで頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。うわ、と慌てる様子にカラカラと笑いながらにやりと口角を吊り上げた。
「まあこれは私の持論なわけだけどね。後悔するしないで選ぶのは、馬鹿な問題だよ」
どっちにしろするなら、後悔の少ない道を選べばいいわけで、だけどそれって考えるよりもずっと難しくて、どれが後悔が少ないんだろう、なんて考えるけど結局理性だとか体裁だとか立場だとか、色んなしがらみがあって選ぶのは周りから決められてたりするわけで。
大人になればなるほどそういうのは本当にたくさん出来て、いっそ子どもみたいに本能で動けたらいいのにね、なんて笑ってても実際そんなこと簡単にできるはずがなくて。
それは意思が弱いとかそうじゃなくて、自分のためだとかじゃなくて、やっぱり他人のことも少なからず考えるから、やっぱりしがらみは強くなるんだと思う。(結局自分の為なんだけど)自分で決めて選ぶっていう自由意思って本当、考えるほど生易しくないし暖かくもないしむしろ冷たくて物凄く面倒だ。しかもそれがこんな人の生死かかってます、みたいな本気で悩むような選択だと、こいつらが頭から蒸気出すほど悩むのもわかるのだ。
だが理解しても、私としてはこの二人がこんなことで悩むのはらしくないなぁ、とか思うのですよ。らしくなくて、そして本当はこんな哲学染みた言葉もいらないのだ。後悔しないように、とか考える前に、マグナとトリスは、もうすでに決めているのだから。最良なんて選ばなくていい。皆、彼等にそんな選択なんて望んでない。求めてるのは、ただただ真っ直ぐな――二人の意思だけ。
「さて、私の話しは無視してさ。二人共、アメルに会ってくれば?」
「え?」
「だってよくよく考えて当事者はアメルなわけだし?ぶっちゃけ他の人の話がどうとかいうよりも、アメル自身の言葉聞いたほうが、二人とも決心がつくと思うよ」
ぐしゃぐしゃになった頭を手櫛で直している二人の、意表を突かれたような間の抜けた顔にくすくすと笑う。他人の助言も大切だろう。それは自分の中で肥やしになるだろう。
だけど、この問題はアメルの問題で、二人が悩むのはアメルにとってどれがいいか悩んでるからで、だったらアメルと話してしまえばいいわけだ。簡単簡単。そうしたら、すぐにでも決心なんてつくからさ。二人のすごいところは、自分が何をしたいか、すぐにでも決めてるところだと思う。普段は考え足りないしどっか抜けてるしお人好しだけど、そういうところは感心するね!
「結論はもう出てる。あとは、アメルと話して決心しておいで」
にっこりと笑って、無理矢理二人の腕を引っ張って立たせると背中を押す。戸惑っている視線を受けとめて、とりあえず有無を言わせぬ朗らかな笑顔を見せつけた。
まあぶっちゃけいい加減この話題飽きたというか、この問題の答えなんて本当に最初から出てたんだから、手伝うのも馬鹿らしい。というわけで、アメルとギブソンさんたちに後はお任せするとしよう。ぐいぐいと背中を押して部屋から押し出し、困惑しながら結局素直に従って歩いていく背中に小さくひらひらと手を振った。背中が廊下の角に消えると溜息を吐く。あぁ全く。
「優柔不断だねぇ」
自分の望みを考えなおせって、ギブソンさんは言ってたのにね?肩を竦めて、私は瑪瑙を探しに出た。何度も言うが、ぶっちゃけその問題より瑪瑙の方が重要なんだって私!