月下飛行 1



 世の中、隠し事があるときに何故か明るみに出やすかったり。





 簡単に部屋で荷物を纏めて、片隅に置く。まあ荷物といっても、そんな大したものはないんだけど。とりあえず最初に来ていたジャージは恐れ多い事ながら、このまま置かせてもらうことにしよう。だって邪魔だし。元の世界に帰る時以外に、私達がこれを着ることはもうきっとないだろうから。同じように部屋で荷物を纏めていた瑪瑙も、ぺたりと座りこんだ床で、ジャージに視線を落としていた。

「ミモザさんとギブソンさんに黙って出ていくの、なんだか心苦しいね・・・」

 お世話になったのに、と心持ち曇った顔で、溜息交じりに呟いた瑪瑙に肩を竦める。
 華武のジャージを握り締め、丁寧に畳んだ瑪瑙は枕元にそのジャージを置き、寂しそうにそれを指先で撫でた。あの後、マグナとトリスをアメルのところにやってなんとか瑪瑙を宥めて事無きを得たわけだが、その後思惑通り決心がついたのか、満場一致でアメルを死守しよう、という結論で纏まった。もっとも出きるなら私達は一抜けしたかったのだが、瑪瑙は明らかにアメルを守る気満々だったので(まあ、瑪瑙は守られる側だとは思うが)仕方ないなぁ、と思いつつも参加することになり。ていうか皆賛同することに誰一人として疑問に思ってない辺り、お人好し度の高さが伺える。まあ私は瑪瑙が守れればそれでいいので、アメル辺りはマグナ達に任せよう。というか、アメルだけ守っていれば良い、と言う状態ではないのだ。もしもメンバーの内誰かが人質にでもなってみろ。アメルは迷い無く自分を差し出す。つまり、アメルだけ守ってればいいんだーなんていう、単純なことにはならないのだ。
 なので、私は全体のフォローメインに瑪瑙死守、というスタンスを崩すわけにはいかない。さておき、結論はアメルを守ることで固まったのだが、それ以後どうするかで、これ以上ミモザさんたち巻き込むわけには行かない!という兄妹の主張により、夜中ひっそり逃亡します、ということになった。いっそのこと真昼間から堂々と逃亡した方が実は判り難いんじゃないか?という案も浮かんだんだけど、セオリーは夜なんだし、まあいいか、ということで。でも昼間から逃げたほうが敵の予想も外れそうだよなぁ。

「まあ、お世話になった相手にする対応じゃないわよね」
「うん・・・でも、しょうがないよね。これ以上、巻きこんではいられないもの・・・」
「二人には立場があるからねぇ」

 根無し草、もとい何時どこで死のうと関係ない私達や、フォルテにケイナ、下級召喚師であるマグナ達や、事の原因であるアメル達は、死んだところでどうということはない。
 それはとても寂しいことではあるが、歴然とした事実だ。まあマグナ達は少々問題があるかもしれないけど。しかし、ミモザさん達はそれ相応に立場、というか位置を確立している大人だ。こんな豪邸にも住んでるし、重要な人間なんだろうなぁ、と思う。そんな二人がいつまでも私達と関わっていれば、そりゃ本人達はいいだろうけど確実に迷惑になるのだ。
 気にするような二人ではないとは思うが、そこはそれ、こちらの気持ちというのもあるし。私としては利用できるもんは利用した方がお得だとは思うが、それは私があまりミモザさん達と親しくない間柄だからだ。真っ当に考えて、親しい人をこんな破滅を呼び込みかねない危険なことに巻き込みたいとは誰も思わない。だから、利用した方がいいとは思うけど今回ばかりはその言葉を飲み込んでマグナ達に従ったのだ。
 もっとも、マジでやばいことになったらそんな甘っちょろいことなんて言ってられないだろうから、そうなったらどうであれ巻き込むつもりだけど。私が守りたいのは、アメルではなくて瑪瑙なのだし。

「まあ、無駄っぽいけど」
「え?」
「こっちの話し」

 不思議そうに振り向いた瑪瑙に、にっこりと笑みを浮かべてさらりと流す。頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる瑪瑙の、蒸し栗色の髪を柔らかく手で梳きながら、誤魔化しを悟られないよう、くるくると指先に絡めて遊んだ。擽ったそうに首を竦め、はんなり頬を染めた瑪瑙が身じろぎをする。

「もう、ちゃん。擽ったいよ」
「んー相変わらず良い手触り」

 細くふわふわとした髪は艶やかで、光りに透かせばまるで金の糸のようだ。指先に絡ませれば素直に絡み、しなやかな曲線を描く髪で遊びながら、今頃下でまごまごしているだろうマグナとトリスを思い浮かべる。なんていうか、確実にばれると思うんだよね、あの人達相手だと。無論私やフォルテ、ケイナ辺りならば、なんとか誤魔化すことも可能だがあの良く言えば正直、悪く言えば単純な二人で、人生の先輩の目を誤魔化せるとは到底思わない。
 きっと、確実に、それはもう断言してもいいというぐらいの自信で。気づかれてるだろうなぁ、としみじみ思っていたりする。まあ、そこで突っ込んでこないのがあの人達だ。
 何故私達がその結論に至ったのか、正確に把握し、何よりも自分達の立ち位置を弁えている、賢君だ。きっと見逃してくれるだろうし、恐らくはなんらかの形でのサポートに回るつもりだと、私はそう考えている。いやはや、なんともいい先輩を持ったものだよマグナ達は。
 私等の先輩(某野球部レギュラー)なんて、むしろ私が指揮握ってるくらいだからね。

「羨ましい・・・」
「?髪が?」
「それもあるけど」
「私は、ちゃんの髪の方が大好きよ」
「ありがとう」

 色々的外れな会話だったりするのだが、にっこり笑顔で言ってくれる瑪瑙がとても可愛いのでそれで済ませておく。まあ、実際瑪瑙の髪は羨ましいぐらい綺麗なので、嘘ではないし。
 うっとりと見つめてくる瑪瑙が、私の髪のことが好きだという事実も、知っている。ただの黒髪がそこまでいいかね、とは思うが、瑪瑙の場合は仕方ないだろう。
 瑪瑙が、本当は、黒髪と黒目でありたかったことを私は知ってるし。でも、私は瑪瑙のこの髪が好きだから、こうであることに感謝している。ともあれ、まるで猫の子のように、目を細めてうっとりと髪を梳かれている瑪瑙に微笑み、今日の逃亡の手順に思考を飛ばした。ていうか、たぶんあの二人の手を借りないと、無事に事は進みそうに無いとか思っちゃうのですが。





「それはそうと、今日の夜に出発かい?」

 確か話題は最近行方不明が多い、とかいう物騒な内容だったかと思う。召喚師だけでなく、なんでも派閥の兵士も姿を消したんだとかどうとか?
 物騒な世の中になりましたねぇ、という世間話程度の内容だったはずなのに、会話の流れに乗せてさらりと問いかけられて一瞬閉口すると、にっこりと微笑みを浮かべた。

「あらいやだギブソンさん。いきなり核心つくのやめてくれません?」
「流れというものは大切だろう?」
「脈絡がなさすぎですよ」

 にこ、と笑顔には笑顔で、という腹なのかは知らないが返されてうわやっぱ気づかれてる、と内心で呟く。反則だ、いきなりそんなさらりと尋ねるなんて。苦笑すると、ギブソンさんは朗らかに笑いながら、彼等に隠し事は向かないね、と言った。彼等とはいわずもがなあの兄妹のことだろう。やっぱりそこから漏れたか。大方予想通りの展開に、私は肩を竦めた。

「月が曇ってくれると嬉しいんですけどねぇ」
「今夜は満月だよ」
「え、それってかなり逃亡には悪条件な気がするんですけれど」
「まあ、普通はこんな日に逃避行なんてしないだろうね」
「ですよねー」

 月が明るい日に逃げるとか、ぶっちゃけありえなーい。もっと日を選べ、ってか?まあ、急がなければならない、というのもあるし、仕方ないといえばないような気も。
 溜息を零し、お茶の水面を波立たせながらことん、とカップをテーブルに置く。軽く瞼を閉じて、それから周りに人がいないことを確認し、真剣な顔でギブソンさんに向き直った。

「今更ですが、ご助力お願いします」
「任せたまえ。恐らく、何かしらのアクションをかけてくるだろうとは思っているからね」
「私も、そう思います。マグナ達はお二人に迷惑をかけたくないそうですけど、私としてもこれ以上巻きこみたくはないんですが・・・まあ気づかれてますし、この際逃げきれるまでは」

 気づかれてるんならそれを利用する方向に物事を考えなければ。二人は食えない人間だが、けどやっぱりというかなんというか、お人好しな面もあるわけだし。という後輩を大事にいるいい先輩方だ。握った手で口元を隠し、眉を上げてキリリとした顔を作る。ギブソンさんはゆったりと頷き、

「出来うる限りの死力は尽くそう。そういうことに適任な人材も、知っていることだしね」
「それは有り難いですね。お二人の協力があるなら、なんとか逃げきれそうですよ」

 快く快諾してくれたので、というか私が言わなくてもきっとそうしてくれただろうとは思うが、ひとまずこれで背後の心配はなさそうである。ほっと安堵の吐息を零し、私は胸を撫で下ろした。あのメンバーだけじゃやっぱり不安なんだよね。やっぱほら、強力な召喚術とか、あったほうが何かと便利。接近戦系統の人間って、魔力に対する免疫がないらしく、結構致命的らしいし。剣士系とか、格闘系とか、そういうタイプ?ともかくも、気づかれないように頑張ってるマグナ達には悪いが、強制的にギブソンさん達はこの逃亡に巻き込みます。
 大体、そうでもしないと私達は逃げきれないだろうと思う。顎に手を添え、思い描くのは黒騎士のあの、追い詰められているかのような強い眼光。ルヴァイド達は、恐らく何重かの罠を仕掛けてくるだろうと、そう思わせるには十分だ。つまり、それぐらい頭の回りそうな人間なのだ、あの男。あぁいっそ、力押しだけの司令塔ならばよかったのに。面倒だーとぼやきながら、月が昇る時をただひたすらに私達は待った。