ギブアンドテイク
異世界に行くのは構わない。最終的に帰る手段はあるのだから、ちょっとした旅行だと思えばそれはさほど苦に思うことはないからだ。けれども、これは頂けない。本当に、毎度毎度、何故にこうも運命とやらは人をイラつかせるのか。
「多くは望まないわ」
腰を落ち着けた椅子がぎしりと軋みをあげる。大きくスリットの入った衣服から見える足は現代風でいうならトレンカの黒で覆われて、足先はやはり黒い靴に収まっている。目の前に座りテーブルの上に両肘を置き、組んだ手で口元を隠して眼鏡の奥からこちらを見る男の値踏みの視線を鼻で笑いながら、唇をゆがめた。
「私は探している人物がいる。あなた達はその情報を例え欠片でもいい、私に与えること。若しくは見つけたらそれがどこの所属であろうと、手厚く保護すること。傷一つ、髪の一筋、心の一欠けら、損なうことも許さないわ。全くの無傷で、心身とも健康に扱うこと。それ以上は望まない。その代わり、私は探し人が見つかるまで、あなた達に力を貸しましょう」
「本当にたったそれだけでいいのか?」
「たったそれだけが望みよ」
だから、たったそれだけの望みなのだから、叶えなければならない義務にも等しいのだ。難しいことなど何一つ願ってない。無茶なことなど何一つ言ってない。だからこそ、何が何でも叶えてもらわなくてはならないのだ。
組んでいた足を戻して、かつんと床にぶつける。肘かけに手を置き、すっと立ち上がれば視線も合わせて動いてきた。
「まぁ、私自身はあんまり目立つ気はないから、内密に扱ってくれると動きやすいのだけど。以上が私の条件。勿論呑んでくれるわよね?センゴク元帥」
「・・・その程度の願いで済むなら上々だ。欲がない奴だ」
「そう?欲塗れよ」
ただ、何に重きを置くかは人それぞれじゃない?それが他人にとってみれば取るに足らないことであれ、そうでないことであれ。ただ私にとってそれは、何よりも優先するべき事項なのだから。
「探し人の特徴は」
「蒸し栗色の髪に飴色の瞳。肌は真っ白できめ細かく、まるで御伽噺に出てくるお姫様か天使みたいな絶世の美少女。服装は基本白のスカートが多いでしょうね。名前は白銀瑪瑙。あぁ、写真があるからこれ配布してくれればいいわ。悪用はしないでね」
「するか。・・・・・・・・・本当に人間か?これは」
「一応ね。ふふ、可愛いでしょう?こんなに可愛いとヤバイ奴らにも目をつけられそうで気が気じゃないの。まぁあの子天性の逆ハー体質だからなんだかんだ無事だとは思うんだけど、万が一があっても嫌だし」
「逆ハー?」
「こっちの話よ。それじゃ。私はもう行くわ。あぁ、これが連絡用の電伝虫の番号。何かあればそれでよろしく」
ひらり、と紙切れ一枚をぴっと相手に飛ばせば、なんなくそれを受け止めて男は溜息を吐く。その顔にはまだ何かあるんじゃないかと疑ってかかるような剣呑な光があったが、生憎とそれ以上ここで望むものなど皆無だ。
立場上限界まで頭を回さないといけないとはいえ、あまり裏の裏のそのまた裏まで日頃から読んでいると、その内血管がぷっつん行くんじゃないかと思う。どうでもいいけれど。
軽く肩を竦めて暗い室内から出れば、そこは白い廊下が真っ直ぐに伸びている。馬鹿みたいに重苦しい造りだ。その中をかつかつと音をたてて歩けば、時折制服を着た男共と擦れ違う。誰もがこいつ誰?みたいな顔をしてくるのが鬱陶しいが、知られていないことは都合がいい。
「しかし、この海のど真ん中でどこから探せばいいのやら・・・」
あぁ全く、なんだってこう、異世界にきたらあの子と離れ離れにならなくちゃいけないのか・・・!ちっと舌打ちを打って、私は苛立ちも露に前髪を掻き揚げた。