3.運命に弄さるる者
大海賊のくせに主戦は随分と可愛らしいモデルなんだなぁ。巨大な巨大な船首に仁王立ちをする、遠目に見てもありゃ規格外の巨体だわ、と唸らずにいられない男を見ながら強面に似合わぬどこか癒しを覚える白鯨の鼻先を眺め回す。死刑台の上で後ろ手に海楼石の手錠をかけられ、その能力も身動きすらも封じられた事の中心の悲痛の叫びが船首の男に向かって吐き出される声を聞きながら、この会話すら無駄じゃないかとか思ったりもするんだよね。
会話させる余裕があるならさっさと首チョンパしちゃえよ、とか。思う私は血も涙もないとか言われるのかなぁ。まぁ今回の目的は男の処刑もそうだが大部分はこれを機に目の上のたんこぶも生易しい、とにかく目障りでしかないかの海賊団の殲滅にあるのだから、このやり取りも無駄ではない。
懇願を秘めて叫ぶ男の訴えを鼻で笑いながら、それでも内包しようとする男の器の大きさをまざまざと見せ付けられつつ、やがて開幕のベルが鳴り響く。いや、まぁちょっとベルは可愛すぎた。開幕の地鳴りが鳴り響くってところだろうか。
揺れる大地に、ざわめく周囲。うろたえる周りとは裏腹に、悠然と構える人間の何割かは最早人間じゃねぇというしかない面子。え?そこに私が含まれてるって?否定できない我が身が辛い。
「フッフッフ。やけに落ち着いてんだなぁ、嬢ちゃん」
「まぁ別段我が身に危険が迫ってるわけでもないし。この程度でぎゃーぎゃー言ってたらやってけないでしょう、この世界」
「違いねぇ!」
そもそも、これぐらいの事象想定できずしてこの場に立つことをわざわざ了承するわけもないでしょうに。むしろ、これぐらいできずして何が世界最強の海賊団の船長か。ほら、センゴクも言ってるじゃない。あれは、世界を滅ぼす力を持っているのだと。
さらっと気負うでもなく言えば、何が可笑しいのか含み笑いを零しながらピンクの羽毛男が巨体を揺らしてにぃ、と口角を吊り上げる。見上げるのも疲れるので顔は正面を向いたまま、両側から襲い掛かる津波にふと遠くからこれやったらすでに事態は終わったのではと思った。いやダメか。それじゃ助けるはずの相手をも殺す羽目になる。本末転倒だねそりゃ。
「おーおーさすが海軍大将様。あの巨大津波を一瞬で凍らせやがった」
「夏場に一人欲しいわねぇ」
「・・・確かに」
両再度で凍りついた津波にクーラーいらずとは羨ましい、とまさかの横からの賛同。振り向けば、周りの巨大さに気をとられがちだが大概こいつも背が高いといわざるを言えない男が真顔でじっと正面で行われる争いを眺めている。
眉一つ動かさない様子で、おもむろに男が一歩前に出る。砲撃音さえも轟き始めた中で、なんてゆっくりとした動作だろうか。まぁ、それをいうなら立っている人間・・・王下七武海の面子はどれも一様に本気でこの戦いに参戦する気があるのかというぐらい他人事のような風情ではあるが。まぁ他人事なんだけど、究極的に言えば。
すっと、世界一の大剣豪の名を冠する男が、すっと背中の剣に手をかけた。・・・おや。
「フフフッ。なんだ、やんのかお前」
「推し量るだけだ・・・近く見えるあの男と我々の本当の距離を」
言いながら、すらりと抜かれた剣の反りが黒い光を跳ね返す。ふっと一呼吸の間に、ともすればその手元すら見えない速度で斬戟が振り下ろされ、轟音をたてて剣圧が大地を裂いた。
真っ直ぐに、近づく全てを切り裂きながら、伸びる先には鯨の船首とその上に立つ男がいる。
振り下ろされた衝撃で沸き起こった風圧にばさっと髪や衣服が乱れる中、ちっと小さな舌打ちが聞こえてちらりと視線を横に流した。
長く艶やかな黒髪を風に乱れさせ、すらりと長いカモシカのような白い足が惜しげもなく風に煽られて大きく翻るスリットから見えて思わず凝視した。美脚ー!
不快そうに寄せられた眉は造作が美しいからこそ余計に迫力が篭る。ちらりと見える苛立ちさえも美しいと思わせる女性はそうはいないだろう。なるほど絶世の美女。言いえて妙である。絶世の美少女なら見知ってるんだけどなぁ。
「・・・なんじゃ」
「いや別に。風に乱れる様も綺麗だと思って」
「ふん」
言われなれているのかそんなことは当たり前だという周知の事実なのか、鼻一つ鳴らされたぐらいで視線が逸らされる。まぁこれだけ美人ならそれも自意識過剰ということではなく、当然のことなのだろうとさして気にも留めないが。そうこうしている内にすでに下は混戦模様だ。
こちらが暢気に構えている間に光は雨あられと降り注ぐは海は凍りつくは砲撃は絶え間なく鳴り響くは剣戟は止まないし悲鳴も雄叫びも五月蝿いほど聞こえるし、と。今度はマグマさえも噴出した。大爆発を起こして迫る氷塊を溶かし、いや蒸発させたマグマが地上に降り注ぐ。
灼熱の岩石がゴロゴロと地面に落ちると、正直敵も味方も関係なく逃げ惑っているように見えた。あれ味方識別とかはできないのだろうか・・・不便だな。
「なんだろうね。味方への被害は考えないものなのかしら」
「フフフ。まぁ、こんな戦争だ。味方の攻撃に巻き込まれるような愚図は最初からこの場にゃ不釣合いだったんだろうよ」
「なるほど」
まぁ、それも一理あるか。相応の実力があるのならば巻き込まれるような愚は起こさないものだろう。それでも巻き込まれることはあるだろうが、それをどうにかできるだけの実力と機転があるものだけがこの戦争を乗り越えていけるに違いない。
眼下の様子をさながら地獄でも見るかのように戦く一兵卒の何人が、果たしてこの先に足を進められるのか。面白い、と思うと同時に憐れな、とも思う。知らなければそれに越したことはないのに、知らなければならなかった現状に浮かぶのは憐憫か嘲笑か。
「さて・・・青年は何を為すべきか」
巨人、今まで巨人だと思っていたものよりも更に巨大な人間の出現に、またしても周りが惑う中、見上げた先、声を張り上げて逃げるも戦うもできない囚人の姿に、転ぶ先の未来はまだ見えない。