危機一髪
咄嗟に伸ばした腕で相手の腰を引寄せ、後ろに倒れる。どさっ尻餅をつきながら、絳攸の足元に転がった刃を潰した鍛錬用の剣に、顔を顰めてほっと胸を撫で下ろした。どうやら無事に回避できたようである。
本当はちゃんと立ったまま支えた方が格好がつくというものだが、いかんせん体格差というものがあるのだ。引寄せて支えるにも中々大変で、しかも思い余って力をいれすぎたらしく、バランスを崩してしまった。
これが瑪瑙ならば余裕で支えることができたんだけど・・・絳攸じゃな。しょうがない、男女の差というものだ。ちょっと格好悪いが、人命には変えられないのでよしとしよう。
ともかく、後ろから抱え込むようにして抱きしめながら(必然的にそうなるんだよ)肩から力を抜き、絳攸の横顔に顔を近づける。実際置くわけではないが、肩に顎を置くような形で、絳攸に安否を問いかけた。
「怪我はないか、絳攸」
耳の近くで問いかけると、一瞬絳攸の肩が大きくびくりと跳ねあがる。そのまま勢いよく後ろを振り向くので、驚いて顔を離した。あのままだと下手したら顔面がぶつかる。パチクリと瞬きをすると真っ赤な顔をした絳攸が唇を戦慄かせて、パクパクと不自然な開閉を行っている。首を傾げながらも、顔面に怪我はなし、と確認してそっと腰に回していた腕を解いた。
「な、な、・・・お、お前・・・・っ!」
「ん?」
赤面しながら何かを訴え様としている絳攸に小首を傾げる。が、絳攸はその瞬間喉に何かが詰まったような顔をして、口を真一文字に引き結んだ。
その様子に怪訝に眉を顰めるが、問いかけるよりも前にいつもの余裕が多少消えた、焦っているような楸瑛の声が聞こえ、そちらに顔を向ける。
「、絳攸。無事かい?」
「あぁ。私は平気だが・・・絳攸はどうだかな」
見たところ怪我らしいものはないけど、と付け足しつつ視線をかけつけてきた楸瑛から絳攸に戻せば、その瞬間我に帰ったように絳攸が顔の赤味を一層増して勢いよく立ちあがった。
ガバッといきなり立ちあがる物だから、一気に視点が高くなり首を後ろに大きく反らす羽目になってしまった。・・・まあ、どうやら無事のようである。ふらつくこともなく立ちあがった絳攸にお互いそう判断して、私も尻餅をついた状態から立ちあがり、軽く服について草や土を払い落とした。
「ったく・・・誰だ、一体。剣を手放した奴は。訓練がなってないんじゃないか、楸瑛」
「反論の余地もないね。まあでも、あえて言わせて貰えるなら黒将軍が相手をしていたようだからね、無理もないんじゃないかな。・・・それでも、剣を飛ばされるなんてなってない以外の何者でもないよ」
「本当に。しかもそれで周りに被害が出るんだ、目も当てられないな」
別に飛ばされようが武官の質が悪くなろうが知ったことではないが、それの被害を被っては堪らない。顔を顰めると、楸瑛は苦笑しながら「改善の余地がある、か」と呟いた。困るのはどうせ自分達なのだから、多いに改善して欲しい。一応国も、と付け加えておくけれど。
「そういえば、絳攸は無事そうだけれど君はどうなんだい?」
「あぁ、平気だ平気。多少腰を打ったぐらいで・・・て、絳攸、いつまで赤面してるつもりだ」
そこまで私に庇われたのが恥ずかしかったのか。ちょっとショック。というか、助けてあげたんだから礼ぐらいいいなよ!一向に反応のない絳攸に怪訝に思うと、楸瑛はくすくすと笑って、絳攸の肩をぽんと叩いた。
「絳攸、に庇ってもらえて嬉しいのはわかるけど、お礼ぐらい言ったらどうなんだい?」
「・・・・っ!!???なっばっな、何を言うんだこの常春?!」
「え、なに。嬉しかったのか」
絳攸、それはどうかと思うよ。反射的に問い返すと、またしても顔を赤くさせた絳攸が眦を吊り上げて、カッと肩を怒らせた。
「馬鹿を言うな!!嬉しいわけがあるかーーーーー!!!」
「素直じゃないねぇ」
「お前は黙ってろ!!だ、大体も体格差を考えろっ。一緒に倒れてどうするんだっ」
「それは、まあしょうがないだろう。あのままにしておけば顔面にぶち当たって大怪我どころの話じゃなかったぞ、正直」
まあ、私が前に出て剣を払いのけるという選択肢もあったけれど、それをここですると色々と面倒なことになりそうなので、別の手段をとっただけで。
「そうだね。刃は潰してあるけれど、あの状態じゃあ危険度に差はないわけだし」
「ぅぐっ」
「助けてやったのに礼もないのは、悲しいなぁ」
「あっ・・・す、すまん。助かった、久遠」
「はいはい。どうも」
わざとらしく言えば気がついたように生真面目な顔に戻る絳攸に、楸瑛と2人してくすくすと笑いながら、そっと前髪を掻きあげた。
「まあ、お前が無事でよかったよ」
くすりと笑うと、心底慌てている声が、謝罪の声と共に聞こえてきた。