おやすみ、ダーリン
「鳳珠、・・・おや、まぁ」
聞こえてきた聞きなれた上司の声にふと顔をあげて、目を丸くしているその様子に小さく口元を緩める。
「景侍郎」
「君、これはまた、珍しいこともあったものですね」
言いながら近寄ってきた彼は、しげしげと私の膝元を覗きこむようにしてひたすら感心しているようだった。私も、そりゃそうだろうな、と思いながらつと視線を自分の膝に落とす。
そこには仮面を取った黄尚書が、その麗しいにも程がある顔を晒したまま、眠れる美女も真っ青な寝姿を晒しているのだ。しかも私の膝を枕にして。・・・まあ、これには理由があるのだが。
「最近働き詰で徹夜に近かったからですかね・・・」
「まあそれもあるでしょうけど。これは人為的なものですよ、侍郎」
「人為的?・・・って、まさか君」
パッと顔を上げた景侍郎に、にっこりと満面の笑みを浮かべて小首を傾げる。ついでに彼の腕から追加書類を抜き取りながら、軽く首を傾げて。
「はい。少々お茶に薬を混ぜてみました。景侍郎もさっき言ってましたけど、最近黄尚書も働き詰でしたから。ここらで強制的にでも休ませないと、倒れてしまいそうでしたし」
「それにしても、手荒な方法ですねぇ」
「あはは。これでも気を使ったんですよ。疲れに応じて睡眠の度合いが違うんですけど・・・熟睡している辺り、限界だったのかもしれませんね」
言いながらさらりと、やはり指通しのよすぎる髪を撫でて、書類に視線を落とす。ぱっと頭の中で計算を重ねながら、近くの筆をとってさらさらと書き込んでいく。
尚書の印が必要なものは置いておくしかないが・・・どうやら割りと大半こちらで処理しても問題ないもののようだ。ただ、・・・侍郎クラスじゃないと中々時間のかかりそうな仕事ではあるが。
「これで追加は全部ですか?」
「まだまだありますよ。鳳珠がこれなら・・・君に頑張ってもらうしか。私もやりますけど」
「あぁ、そのぐらい覚悟してますよ。尚書をこんなにしたんですから、ね。戻りましょうか」
「あぁ、いいですよ。そのままで」
黄尚書の頭をどかそうと手をかけた刹那、にっこりと満面の笑みで告げられて僅かに眉宇が寄る。あまりにも清清しい笑みに、ふとそういえばこの人もイイ性格してたっけなぁ、と思い出した。
「折角君の膝で気持ち良さそうに寝ているんです。しばらくそのままでお願いしますよ」
「仕事がしにくいんですが」
「なんとかなりますよ。今から持ってきますから、そのままで」
「・・・はーい。わかりましたよ」
笑顔でゴリ押し。素敵なスキルだ、とほわほわとした笑顔を眺めながら肩を竦める。
目が覚めたら尚書どんな反応するかなぁ、と思いつつ、ウキウキと踵を返した侍郎に、別の書類を一枚ぺらりと手にとって、数字の羅列に視線を走らせた。