キャラメルミルクティ



「それでね、それでね、コムイにいさんがご飯を作るとね、いっつもお米が真っ黒になっちゃうの!」
「リナの兄ちゃんは不器用なんだなぁ」
「そうなの!にいさん、頭がいいのにとっても不器用なの!」

 でもね、村でも一番頭がよくってにいさんすごいんだよ!と無邪気に笑うリナリーがくるりと振り返ったので、纏めようとした髪がするりと掌から逃げてしまった。ぱさりと肩に落ちると、あ、とリナリーが目を丸くして、俺は苦笑を浮かべる。こーら、と言いながらぺしりと頭に掌を乗せた。

「動くなって言っただろ?」
「ごめんなさい・・・」
「怒ってないから気にすんな。ほら、前向け。なんなら鏡越しにこっち見てろ」
「うん。ありがと、にぃさん!」

 くり、と頭を挟んで正面を向かせて、鏡の中のリナリーに目を合わせてやると、可愛らしい顔には花が咲くような笑顔が浮かぶ。ロリコンのつもりはないが可愛いなぁ、と頬を緩めたくなる笑顔に小さく口角を吊り上げ、落ちた髪を掬い取って再び櫛を通した。
 つやつやとした黒髪を丁寧に解して、一度軽く結わえると、反対側の髪に手を伸ばす。それを今度は高い位置に持っていき、たるみがないように気をつけながら手早くゴムで纏め上げた。ピンクのボンボンがついているヘアゴムは婦長提供の代物だ。今日のリナリーの白いワンピースにはよく似合うことだろう。同じように反対側もピンクのボンボンのついたヘアゴムで纏めて、高さに差異がないかを鏡でちゃんとチェックしてやる。ここんところ、髪を結ぶの巧くなってきたんじゃないか、と思う。そんなに不器用なタイプではなかったが、女の子の髪を結わえる、なんて経験がそうあるわけではない。むしろ初体験といってもいい。その割に結構うまいよな、なんて自画自賛しながらツインテールになったリナリーの頭に手を乗せて、よし、と満足気に頷いた。

「上出来。できたぞ、リナリー」
「今日はピンクのボンボン?」
「あぁ。婦長からのもらいもんだ。よく似合ってるぞ」
「本当?」
「本当本当」

 うっかり犯罪者が寄ってくるぐらい可愛いって。髪を束ねるボンボンに触れて、クリクリと弄りながらリナリーが後ろを振り返るのに合わせてにっこりと笑ってやる。そうするとリナリーはパァ、と顔を明るくして椅子から飛び降りると躊躇いもなく俺の脚にしがみついてきた。リナリーぐらいでバランスが崩れることもなく、なんなく受け止めてやりながら自然な動作で脇の下に手を差し込みひょいっと抱き上げる。腕にリナリーを座らせてやり、同じぐらいの目線になったリナリーがはにかむように頬を染めたが、しかし何故か次の瞬間には表情を曇らせ、ぎゅっと肩にかけてあるストールを握り締めてきた。

「ん?どうした、リナリー」
「・・・にいさん、今日にんむに行くんでしょう・・・?」

 沈んだ調子で問いかけてくるリナリーに、あー、と少し間を開けてからそうだな、と肯定する。頷けば益々リナリーの顔が、まるで今にも雨が降りそうな曇り空みたいになって、えぇ、ちょ、そんな顔するなよ、と内心で少し焦った。さっきまで笑ってたのにこの表情の変わりよう。お兄さんドギマギするぞ。
 どうしたもんか、と思いながら首を傾げれば、リナリーは泣きそうな顔で小さくいっちゃやだ、などと呟いてくる。ぎゅっとストールを握る手が強くなるのに、そう言われてもなぁ、と内心でぼやいてよしよし、とばかりに頭を撫でた。なんかもう色々と可愛すぎて、この子の兄ちゃんって幸せ者だろうなきっと、とそんな確信を抱きながらリナリーを宥める言葉を探した。
 この薄暗い教団に、無理矢理つれてこられた小さな女の子が心を開くのは今だ婦長と俺ばかり。ちなみになんで俺が懐かれたかというと、偶々迷子になってたこの子を保護したのが切欠だ。任務から帰って来たらなんかちっせぇ女の子がびーびー泣いてんだから俺もびびったってあの時は。俺にどうしろと?!とびくびくしたのは誰にも話さない俺だけの秘密である。いや、ただでさえちっさいガキなんて相手にしたことほとんどねぇのに、しかも相手が女の子だぜ?男ならまだしも女の子。同年代の女でさえ意味不明なのに、未知の生物に出会ったといっても過言ではない。途方に暮れた俺の心境も察してくれ。まあ、結果は見ての通り現在のポジションにいるわけだが・・・。そんな今だ心を閉ざしがちなリナリーが、俺が離れることを渋るのは極当然の成り行きなのかもしれない。不安で仕方ないのだろう。無理矢理家族から引き離された幼い子が、この牢獄のような場所で時を過ごすのは。この子にとって、ココは家でもなんでもない。ただの檻だ。冷たく淀んだ、恐ろしいものが住まう檻。リナリーのふっくらとした頬を片手で包み込むように触れて、きゅっと寄せられた眉に人差し指を添えるとつん、と軽く突っついた。パチクリ、と黒目の比率が大きい目が瞬きを繰り返す。

「にぃさん?」
「リナ、土産何がいい」
「ふぇ?」
「おみやげ。なんでも好きなもん買ってきてやるぞー」
「・・・おみやげ?」
「あぁ」

 笑みを深めて、きょとんとするリナリーの前髪をかきあげる。

「お土産持って、帰ってくるからな。それまで元気で良い子にしてろよ」
「・・・帰って、来る?」
「あぁ。絶対帰ってくるから、ほら、なんでも好きなもん言えよ」

 ぬいぐるみか、服か、靴か、リボンか、おもちゃか、お菓子か。なんだっていい。好きなものを好きなだけ言えばいい。どうせ経費で落とすつもりだから金の心配もねぇし。いやーこういう時に教団って便利だよな。使えるもんは使ってやらないと勿体無いだろ?俺が囁いたものが魅力的だったのかなんなのか、暗かった顔を少し明るくさせて、リナリーは悩むように唇を尖らせた。

「・・・なんでも?」
「なんでも。まあすぐに決めなくてもいいぞ。任務中でもなんでもゴーレム使えば連絡は取れるしな。とりあえず朝飯食うか。腹減っただろ?」

 言えば、ナイスタイミングでリナリーの腹がぐぅ、と鳴る。それにリナリーが腹に手をあて、恥ずかしそうに顔を赤くしたので、くつくつと喉奥を震わせた。

「もう、笑わないで、にいさんっ」
「はは、悪ぃ悪ぃ。んじゃ、元気なお腹を慰めに行くか」
「にいさん!」

 意地悪く片目を閉じて言ってやれば、真っ赤になってリナリーがべしり、と頭を叩いてくる。
 痛い痛い、なんて笑って言ってやりながら、リナリーを抱いたまま部屋を出て廊下を歩き出し、ふわりとストールを靡かせた。

「リナ、土産は食い物がいいか?」
「~~~~ばかばかっにいさんのばかぁっ!」

 あ、ちょ、髪は引っ張るなってリナリー!少しからかいが過ぎたかもしれない、と思いながらも、まあ元気になったようだし、これはこれでいいか、と頬をふくらませてそっぽを向いたリナリーに、くすりと小さく笑みを浮かべた。