いつか壊れる箱庭で
まあ教団は広いからな、俺だって全部把握してるわけじゃねえし。
自分のよく行くところとか、部屋までの道とか、それぐらいしか覚える気もなかったからな。方向音痴でなくても、この教団内を覚えるのは一苦労だ。それこそ天才といえるほどオツムがよくなけりゃ全部を把握するのは無理じゃなかろうか。あぁ、だからなユウ。
「迷子を恥ずかしがる必要はねぇぞー?」
「うるせぇ馬鹿!!ま、迷子になんかなってねぇっ」
「はいはい。わーかったから足元にしがみつくな。動きにくい」
人通りなんざ欠片もない、静かな石造りの廊下の片隅で縮こまってぐすぐす鼻を鳴らしていた子供を偶々通りかかって発見するなんて、俺ってすごい確立。声をかけた瞬間から突進をかまして足にしがみついたユウの頭をぺしぺしと叩きながら、よっこいせ、と声をかけて歩き出す。言われた通り足にしがみつくのはやめたが、コートの裾を握って離れようとしないユウにバレないように喉を震わせて笑い声を噛み殺し、今頃ティエドールが慌ててんのかねぇ、とブーツの踵を鳴らした。
「大体、ここは広すぎるんだ。なんでこんなに広いんだよ。薄暗いし」
「まあ、住んでる人間の数が半端ないからな。俺も当初はそう思ってた」
けど住んでるとどうでもよくなったな。食堂に行けばなんでこんなに広いのかって理由も嫌って言うほどわかるし。恥ずかしさからか情けなさからかは知らないが、まだ頬を赤くしながらぶちぶちと文句を零すユウに適当な相槌を返し、執務室までの道順を行く。任務を受けに部屋に呼び出されたっていうのに、その行き道で見つけるとはなぁ。あそこ滅多に人が通らないんだぞ?運がよかったよ、本当に。見つからなかったらどうなってたことかと思いつつ、てけてけと歩くユウの歩調に合わせるようにペースを落としながら、ずれたストールを肩にかけなおす。任務なーめんどくせー。
「おい、。どこ行ってるんだよ」
「あぁ?執務室。呼び出されたからな」
「・・・任務か?」
「まあ、でなけりゃそうそう呼び出しはねぇだろうな」
「長いのか?」
「さあ?まだ話も聞いてねぇし」
短期間で終わればそりゃいいが、大抵他国に赴くんだから長期なのは必至だ。やだねぇ、面倒臭い。無気力に適当に応えていけば、何故かユウの顔が次第に曇っていく。というか不機嫌になっていく。眉間に刻まれた皺に、お前その年で眉間に皺寄せてたら年取ったら取れなくなるぞ、と眉を潜めた。
「俺も行きたい」
「は?任務にか?酔狂だなお前」
任務なんて疲れるし大変だし面倒だしAKUMAはグロイし気分のいいもんじゃないし死ぬ危険性もあるし、無駄足のときだって結構あるし、ぶっちゃけいいところなんて海外旅行がほぼタダでできるってぐらいだぞ。しかも任務のこと考えると明らかにプラスマイナスでマイナスよりだ。俯き加減にむっすりと、不機嫌顔で呟いたユウを思いっきり変なものを見る目で見ると、ギッとすごい目で睨まれた。こいつ将来目つきの悪い子になるんじゃないだろうか。どこで育て方間違えたかなー。別に俺が育てたわけじゃねぇけど。
「俺だってエクソシストだろ。修行だってしてるし、任務の一つぐらい平気だっ」
「あーまぁなぁ。そういやお前まだ任務経験なかったか・・・でもAKUMAとはいくらかやっただろ。ティエドールの付き添いで」
「やった!だからもう平気だ。俺も行きたい」
「とはいってもな。任務の配分やるのは俺じゃねぇし・・・それに、お前のイノセンスは装備型だろ。しかも下手したら手元から離れやすいタイプだ。迂闊には出せねぇよ」
「だって装備型だろっ」
「俺はいいの。強いから」
ふ、と目を細めて笑えば、ぐっと唇を引き結んでぷいって顔を逸らす。その姿にユウのタイプももう少し手元から離れにくいものであれば、とぼんやりと廊下の先に目を向けた。
例えば手袋だとか、装備型にしても遠距離だとか中距離だとか、むしろ離れて攻撃するものであればいいんだが、ユウの場合は完全なる接近戦型だ。遠距離がないわけではなくても、基本的に相手の懐に入って切り刻むタイプ・・・イノセンスが刀の形してるんだから当然なんだが。そうなると、どうにも手元から離れるかもしれない可能性が高い。もしもそうなったらどえらいことになる。そういう場合でもある程度対処できるように、ともしもを考えて体術も仕込んではあるが、未発達の、まだ年端もいかない子供にそう大きな期待もできるはずがない。経験を積ませねばならないとはいっても・・・貴重な適合者にそうそう迂闊な人選はできねぇよなあ。まだしばらくは様子見といったところか。まあ、上から命令がくるまで我慢だな我慢。そればっかりは俺がすることじゃねえし。そういいながらぺしぺしと形のよい頭を叩くと、ユウがむっとした顔で手を払いのける。うっわ反抗期?お兄さんショック!(年齢的に父親だろとか言うなよ)
「誰がお兄さんだ!!」
「いやーどう見ても俺だろー。なー可愛い弟よ」
「なっば、か、可愛いとか言うなっ阿呆!!」
「ユウ、お前最近マジで口悪くなってねぇ?」
あっれ可笑しいな、誰かこいつの前でこんな言葉遣いしてたっけかな。・・・もしかして俺?いやいや、ユウの前でこんなこというようなことはしてないつもりだが。無意識かもなぁ。将来口悪い子になったら俺の責任かも、と危ぶみつつ、まあいいか、と肩を竦めた。その間も下できゃんきゃんと吠え立てる子供を宥めるように頭を撫でて、黙らせる。まあその内、嫌でも戦いにでることになるんだから、まだしばらくは箱庭にいてもいいんじゃないかと、俺は思うがなぁ。