難解な方程式
「なあクロス。俺は実はクラウドに嫌われてるんじゃないかと最近思うんだが、どう思う?」
「嫌われてるんじゃねぇのか」
「お前、真面目に答える気ねぇだろ」
「野郎の相談事に乗るつもりはねぇよ」
明らかに面倒、という顔をして、グラスを傾けたクロスにあぁこいつってこういう人間だった、と眉間に皺を寄せて溜息を零した。
腹いせにクロスの手からグラスを乱暴に奪い取り、ぐいっと中身を飲み干して空になったグラスの中に情緒も何もなくどぼどぼとワインを注ぐ。
クロスが人のモンを取るな、と愚痴っていたが知ったことではない。人が割りと真面目に質問したっていうのに適当にはぐらかす奴が悪いのだ。そんな人間だとはとうの昔に知っていたが、今回は割りと真剣に悩んでるんだぞ、これでも。
「どの辺が」
「お前、俺のこの真剣な顔を見てそれを言うか」
「お前の表情はわかりにくいんだよ。ったく。グラス返せ」
「やなこった」
伸ばされた腕をひょい、とかわし、椅子の背もたれに背中を預けると、苛吐いたようにクロスは舌打ちを零したが、僅かな溜息と共に前髪をかきあげてタバコに火をつける。
服に匂いが染み付くな、と思ったがまあ別に特別嫌いな匂いでもねぇからいいか。煙を吐き出すクロスに一瞥を向け、再び酒を喉に通しながらどうしたもんかなぁ、とぼやいた。
「俺、あいつに何かしたっけか」
「・・・さぁな」
「身に覚えはないんだが・・・ていうか理不尽じゃね?俺はただ任務にこれから行くんだって言っただけなのになんで怒られるんだ?それ俺のせいじゃねぇよな?」
約一ヶ月ほど前の出来事を思い返しながら、首を傾げればやたらと呆れた、至極どうでもよさそうなクロスの半眼が向けられる。長い無造作な赤毛の隙間から見える目つきは悪く、ユウもでかくなったらこんな目つきになんのかなぁ、とちらっと考える。こんな男にはなって欲しくないもんだ。頬杖をついて、クラウドはなんであんなにも怒ったのか、考えてもわからないことに深く溜息を零した。
「一ヶ月前っていやぁ、クラウドが本部に帰ってきた頃か」
「そうそう。丁度入れ違いで任務が入ってな。偶々会ったときに会話の流れで言ったんだが、そうしたらあいついきなり「この馬鹿が!!」って怒るんだよ。わけわかんねぇ」
なんで任務に行くのに怒られるんだ?それまでは、久しぶりに会ったってことでぶっきらぼうながらも、割と普通の態度だったはずなのにいきなり怒鳴られると俺もどうしたらいいかわかんねぇよ。言い返したら言い返したで、顔真っ赤にして「自分で考えてみろ!」ときたもんだ。いや、考えてもわからねぇよクラウド。一応、素直に考えてみたけど、やっぱりサッパリだ。
「偶にあいつああやって怒るんだよな。なんでだろー?」
「・・・クラウドも報われねぇな」
「あ?何が?」
「さぁな。まあ、クラウドも何か思うことがあるんだろう。女心はお前には難しいだろうな」
馬鹿にしたように上から目線で鼻で笑ったクロスに、不愉快気に眉間に皺を寄せてボトルの首を引っつかんだ。
「お前のそういう態度がつくづく苛っとくるよなぁ。どうせ俺はお前に比べれば女経験がねぇよ」
「ハッ。俺の場合は女の方から寄ってくるからな。比べるのが無謀なんだよ」
「言ってろ。女の趣味はつくづくわからん」
吐き捨てるように言って、溜息を零す。なんで女はこんな男がいいんだ?男の目から見てもかなり最低の部類だろ?あれか、ちょっと悪い男の方がいいのよvってか?・・・女心とは謎だ。だが当面の謎はクラウドだよな。やっぱり思い当たる節がないのに、クロスはなにやら物知り顔でタバコふかすものだから、余計に理不尽さを感じる。うーん?
「本人に聞いちゃだめなんだろーか・・・」
「聞けば確実にラウ・シーミンをけしかけられるぞ」
「だよなぁ・・・。あーラウは素直で可愛いのに、なんで飼い主はああも難解な性格してんだ」
クラウドの肩に乗っている子猿の愛くるしい様を思い浮かべつつ、クールな顔して佇む飼い主の姿を思い浮かべる。いや本当、ラウは素直に懐いてくれてんのに、飼い主は俺を目の敵ってどうなんだ。頭を抱えながら、どんなに考えても見つからない答えに、溜息交じりに酒を煽る。クロスが馬鹿かこいつ、みたいな目を向けてくるのもむっときたが、反応するのも面倒くさくなって、頬杖をついて目線を落とした。
「女ってわかんねぇ」
「俺はお前のその鈍さがわからねぇよ」
ついでに「クラウドの趣味もわからん。これより俺の方がいいだろう」なんて、やれやれ、といわんばかりの様子が微妙に癪に障る。
溜息を混ぜて、心底呆れたように俺の手からグラスを奪い返したクロスに、なんのことだよ、と眉を潜めれば、テメェで考えろ、とすげなく切って捨てられた。友人甲斐のない男だ、本当にこいつは。
「ちっ。・・・本部にお前の居場所バラすぞこの野郎・・・」
「相談に乗ってやった心優しい友に対してする仕打ちか、それは」
「はん。どこの誰が心優しい友だ。あぁでも、本当にそろそろ一度帰ってきた方がいいんじゃねぇのか。イノセンスも大分溜まってんだろ」
言外に荷物だろそれ、と言ってやれば、クロスは逡巡するように一度視線を外し、それから顔を顰めつつ、タバコの灰を灰皿へと落とした。
「お前が持ってけ、」
「ざけんなよ。それでなんでお前を連れてこなかったって愚痴られるのはゴメンだ」
つーわけで。
「連行な」
「っ、てめぇ・・っ」
しゅるり、と発動したイノセンスをクロスの体に巻きつけて拘束してやりながら、あー任務完了、とぼやいて席を立った。後ろでひっくい声で不穏さを醸し出しているクロスが恐ろしい気もしたが、俺も上からけんけん言われるのは懲り懲りなのだ。
「ちっ。やっぱりテメェの話なんか聞くんじゃなかった・・・」
「いや、相談はマジだったよ。クラウドの行動って意味不明だ」
「せいぜい悩んでろ、ボケ」
「言ってろ、問題児」
ずーるずるとクロスを引きずりながら、ゴーレムに向かって任務完了の報告を、本部に向けて発信した。