天女の羽衣
「
そういって、イノセンスを発動させたエクソシスト様は・・・まるで天の御使いのように、お美しかった。
しゅるり、と衣擦れの音をたてながら、通常の状態から何倍にも長く伸びたストール――対アクマ武器が、まるで豆腐でも切るかのように周囲を埋め尽くすAKUMAの体を裂いた。
まるでそれ自体が意思を持っているかのように、縦横無尽に翻り、数多のAKUMAを瞬くうちに屠っていく。時折攻撃の合間を縫って仕掛けられる銃弾やAKUMAの刃物は、けれどまるで鳥のように軽い動作で避ける彼には一つとして掠りはしない。
むしろ、攻撃を仕掛けた端から、その薄い・・・まるで攻撃に適していない透き通るように滑らかな光沢のある布によって、いとも容易く真っ二つにされていくのだ。発動する前は深紅のストールであったそれは、発動と共に淡く輝きを放つ・・・まさしく名の通り、「天女の羽衣」のごとき姿へと変貌を遂げる。
時には、巻きつけたそれでリンゴを握りつぶすようにAKUMAを破壊し、その反動でまた空中に躍り出る。そうして、絹のように白く透き通るストールはエクソシスト様の体を纏わりつきながら大きく広がり、―――一瞬。
「さて、殲滅完了か」
後に残ったのは壊れたAKUMAの残骸と、たった一人、無傷で佇むエソシスト様だけ。あの瞬間、何倍にも広がり、意思を持つかのように数多のAKUMAを屠っていたストールは、すでに発動も途切れて普通のそれと変わりないようにエクソシスト様の肩にかけられている。汚れも目立たない、あまりにも変わりのない様子にどこかぞっとしたものを覚えながらも、その圧倒的なまでの力に、喜びのような戦慄が走った。
「すごい・・・」
呆然と、あまりの出来事に感情すら込め忘れたように掠れた声で、傷ついた後輩が呟く。あぁ、それ以外になんと言えばいいのだろうか。服についた埃を払うかのように軽く衣服を叩き、顔をあげてこちらを向いたエクソシスト様に息を飲んだ。
――そうしていれば、ただの人にしか見えないというのに、今目の前で行われたことは人では決して出来などしないこと。これが、神に選ばれた使徒の力だと、いうのならば。
「おい、無事か」
「は、・・・い」
「そうか。イノセンスも・・・無事のようだな。ご苦労だった。AKUMAは一応殲滅したからな、タリスマンも解除していいだろう」
隠れていなければ、と嘯きながら近寄ってくるエクソシスト様に、慌ててタリスマンを解除しながら懐にいれておいたイノセンスを差し出す。手が震えていたが、特に意に介した様子もなくエクソシスト様はイノセンスを受け取り、くるりと回しながら酷く無造作に懐に仕舞いこんだ。そのあまりにもぞんざいな扱いに思わず後輩があ、と声をあげたが、口を噤んで上目にエクソシスト様を見やる。
「生き残ったのはお前達だけか?」
「はい。他の者達は全て・・・」
「・・・・体は、残ってはいないんだろうな・・・」
「っみな、砂にな、って・・・!」
自分が感情を殺して報告しているというのに、瞼を一瞬伏せたエクソシスト様に、堪え切れなかったように後輩の嗚咽が響く。ごし、と汚れた袖で目元を強く擦るのに、肩に手を伸ばして抱き寄せれば、エクソシスト様は困ったように眉を下げて頬を掻いた。それから軽い溜息とともに肩を落とし、伸びた腕がいささか乱暴に後輩の涙を拭い取る。
「遺品は残ってないのか」
「・・・どこかには、あるかと思いますが・・・」
「そうか。人数は何人だ」
「5人ほどで・・・あの、エクソシスト様?」
「お前らは近くの町で手当て受けて来い。手配はしてる。イノセンスは・・・俺が持ってた方が安全か」
言いながら、懐にいれたイノセンスをぽん、と軽く叩いてストールを翻し背中を向けた姿に目を丸くする。なにをされるつもりなのだろう、という疑問は一瞬の内に答えに辿りつき、感情を押し殺すことに慣れていたはずなのに、不覚にも目の奥が熱く滾るような感覚を覚えた。
「エクソシスト様・・・!」
「報告は任せたぞ」
ややぶっきらぼうに押し付けるように言われても、こくりと頷くだけで言葉が出てこない。呆然としていた後輩が、再び涙を盛り上がらせるのに気づきながら、自分でも最早止められないことを知った。
あぁ、あぁ――あなたは、ただの人である私達にも、そうして手を差し伸べてくださるのですね。あまりにも圧倒的に、自分達がただ機械の力で、身を縮めて脅えるしかなかった無力感を、鮮やかな赤い残像で全て葬り去った。目に焼きついて離れない。目の前で発動された神の力。淡い輝きとともに翻る様は、まるで羽の生えた鳥のように軽やかで。しなやかに、繊細に、時に激しく――無慈悲に。瞬く間の出来事を、どうして忘れられようか。あぁ、こんな人がいるから、私達はまだ希望を失わないでいられる。神の救いが確かにあるのだと、信じていられる。例えそれが夢想だとしても、そうと思わせてくれる――それが神の使徒だというのならば。
彼らに、全てを捧げつくすことが、きっと私達の使命に他ならないのだろう。