言い張る気持ちに嘘はなくとも。
会ったのは偶然だと主張したい。誰に言うわけでもないけれど、内心でそんな言い訳をしてクラウドは愁眉をきつく寄せた。
元々怜悧な美貌を携えたクラウドが、その切れ長の瞳を細めると一層迫力が増し、美人だけど近づくにはちょっと、という雰囲気が周囲に溢れ出すのだ。
本人は知ってか知らずか、気づいていても特に対策を講じる気はなさそうだが、睨みつけるように目の前に立つ男を見上げた。女性にしては背の高いクラウドと、男の身長はほぼ一緒。平行に並ぶ視線の先に、クラウドよりもいささか鋭さを帯びる黒目がある。
お互い成長期のはずなのに、男は周りから見ても明らかに小さかった。確かに周りの男共は無駄ににょきにょきと伸びて馬鹿でかかったが、それにしたって女であるクラウドとほぼ同じ身長というのは小さい部類に入るだろう。
それは東洋人だからなのか、それともこの男だからなのか、知る術はない。少なくとも男が友人たる周りからチビと言われ、怒っている姿は幾度か見かけていた。つまり身長については本人も気にしているのだ。どうでもいいが。
クラウドにとって男は仲間であり同僚であるが、それ以上でも以下でもない。ないったらない。だから緊張しているなんてもっての他で、むしろそんなことはありえないのだ。
そう言い聞かせたクラウドの顔はいつも通りのクールな様相を呈しており、その顔をいささか困ったように男は見ていた。
「えーっと、クラウド?」
「なんだ」
「いや、なんか雰囲気がこわ、あ、いやうんなんでもねぇよ?」
「・・・用件はなんだ」
ぶっきらぼうな言い方はデフォルトだ。男社会の中、女であることを理由に舐められたくは無い。
教団であろうと外であろうと、女の地位が低いのは周知の事実。戦士として、クラウドは男なんぞ負けられないと思っていた。
それは元々のプライドの高さもあっただろうし、サーカスにいた頃は猛獣を相手に鞭をしならせていた度胸の強さも関係しているのだろう。事実クラウドは女だてらに最前線で戦うエクソシストであったし、その実力に最早男女の垣根など存在しようはずもなかった。けれどどうしても、時折聞こえてくる女の癖にという嘲笑は消えてはくれない。長い間に形成されていた男社会というものが、そういう偏見の芽をなくすことを良しとしないのだ。
くだらない、そう切り捨てることは簡単ではあったけれど煩わしいことには違いない。だからこそ余計に強くあらんと、ぶっきらぼうな言い方になってしまうのかもしれなかった。
そんなクラウドに、女はともかく男が近寄りがたい、と思うのは仕方なかった。美人だが怖い。そんなイメージが定着して久しく、クラウドと対等に話せるといえば同じエクソシストの一部か、科学班か、食堂の人間と、あと女性ぐらいのものである。
しかし男、は特別気圧された風もなく、薄く笑みを浮かべて腕に抱えた紙袋に手を突っ込んだ。ふわりと男の肩や腕に纏わりつく深紅のストールが揺れ動く。そしてずい、と差し出されたものに、不覚にもクラウドはきょとりと目を丸くした。
「お土産」
「・・・お土産?」
「そ。任務でな、スイスに行ってきたからチョコ買ってきた。クラウド甘いもん平気だったろ?」
深緑の包装紙に包まれ、リボンのかけられた箱を反射的に出した手にぽんと乗せられ、クラウドの手に一瞬力が篭る。
にっと笑い、ラウにはこっちな、と肩の上に乗る小さな猿にもは透明な袋に入ったクッキーらしきものを差し出し、軽くラウの頭を撫でた。そのとき、当然というべきか偶々というべきか、クラウドの髪にもの指が触れ、耳元でさらりと音が立つ。
どっくん、と心臓が大きく跳ねた気がした。知らず手に篭った力に、みし、と小さく箱の軋む音がしてクラウドはハッと目を見開く。そしていささか乱暴に顔のすぐ横にあるの手を乱暴に叩き落とした。
「いてっ」
「ラウに気安く触るな、馬鹿」
「ひっでぇなぁ。今結構本気で叩いただろ?」
「ふん。それぐらいで痛がっているようではAKUMAとそうそう戦っていられないな」
叩かれた手の甲を摩りながら、いささか恨みがましく見られてツン、と顔を逸らす。視界に入ったラウ・シーミンがクッキーの詰められた袋を抱きしめて円らな瞳を向けてくるのに、クラウドはどことなく居た堪れない気持ちになりながらきゅっと眉を寄せた。
「・・・用件がこれだけなら私はもう行くぞ」
「あ?あー、はいはい。まあ俺も他の奴等にこれ配りにいかなきゃなんねぇしな。じゃあな、クラウド」
ぽつり、と言えばなんの未練もなくは頷き、ひらりと叩かれた手を翻して笑みを浮かべると、背を向けてしまう。長いコートの裾を捌くように遠ざかる背中に、はっとクラウドは目を向けたがもう遅い。
振り返ることもなくさくさくと廊下の向こうに消えていく深紅のストールが靡く様に、わけもなく罵りたい気持ちになり、クラウドはみしり、と再び箱を握る手に力を込めた。
「・・・馬鹿めっ」
何がどうしてこんなにも苛立つのか、図りかねるように半ばやけくそにクラウドは手の中のチョコレートを見下ろし、勢いよく包装紙を乱暴に破り、ぐしゃりと丸めながら箱をあける。
ふわりと香るチョコレート独特の香りに少しだけ溜飲が下がった気がしたが、それでも何かが気に食わなくて、小分けにされているチョコレートの一粒を抓むと口に放り込んだ。
少し噛み砕くと、中からとろりとコーティングされたそれとは別のチョコレートが蕩けだす。舌の上に広がるまろやかな甘みとほのかな苦さが絶妙で、鼻腔を通る香りがまた堪らない。こくりと喉を通して、クラウドは神妙な顔でチョコレートを見た。
「・・・美味しい」
ぽつりと呟き、もう一粒指先で抓むと口にいれ、カリ、とチョコレートを齧る。
広がるのはやはり甘くてほろ苦い、チョコレートの味だった。