彼と彼女の不協和音
ノックの音は聞こえなかった。シャワーの音に掻き消されていたからだが、次に聞こえた呼び声はさすがに聞こえて多少焦る。え、なんだよいきなり。それがまた珍しい人間の声だったものだから、何か急ぎの用でもあるのかと慌ててシャワーを止めると浴室のドアを開け、声を張り上げた。
「ちょっと待ってろ。すぐ行く」
声をかけてから、適当に体を拭いて下を穿く。上・・・は軽く羽織るだけにして、ボタンを留める時間は惜しかったから前は開けっ放しにしておいた。下だけはいてりゃ十分だろ。
十分に拭いきれていない髪からポタポタと垂れる雫が冷たく肩に落ち、衣服を濡らす。ちょっと気持ち悪かったが、ガシガシとタオルで乱暴に拭きながらばたばたと慌てて部屋のドアを開けた。
なにせ聞こえた声はクラウドのものだった。俺の部屋にくるなんざほぼありえない奴が来たのだ。何か重要な話でもあるのかと思うのが普通だろ?ただでさえ俺はクラウドに嫌われている可能性が高いのだ。そんな相手が部屋を訪ねてくる。機嫌を損ねないように、且つできるならば関係を向上させたいなぁという打算があっても可笑しくはない。いやだって、それなりに接触ある仲間なのに嫌われてるって切ないじゃねぇか。できるならば可もなく不可もなくという位置に収まりたいものである。
というわけで、迅速を心がけた俺に非はない、と思う。いや、うん。・・・・年頃の女の子の前に出る格好ではなかったかもしれないが。頭をタオルでふきふき、ガチャっと開けたドアの前にはやはりクラウドがいた。俺は首を傾げ、目を見開くクラウドに笑いかける。
「悪ぃ、クラウド。待たせた・・・・どうした?」
「な、あ、う、・・・な、なんて格好をしているんだ貴様・・・・っ!」
「ァン?」
口をパクパクと開閉し、顔を真っ赤にして珍しくも動揺しているらしいクラウドに眉宇を潜める。無意識なのだろうか、俺から距離をとるように後ろに後退したその態度にそんなに可笑しい格好か?と首を捻りながら頭に被せていたタオルを首へとかけた。
「あぁ、今シャワー浴びてたからな」
「ふ、服ぐらいちゃんと着てこないか、馬鹿!」
「つっても、待たせるのも悪いだろ。別に下は穿いてんだし、気にすんなよ」
パンツ一丁ってわけでもねぇんだし。大体クラウドの性格から見て、男の裸ぐらいで動揺するとも思えなかったし。それこそ上半身だけだぜ?前は留めてないにしても、シャツは羽織っているし、そんな過剰反応するほどのことでもないはずだ。口元を手で覆いながら、顔を真っ赤にして柳眉を吊り上げるクラウドを不思議そうに見返して、瞬きを繰り返す。
「なぁクラウド」
「なんだ」
「なんでそんなに顔赤いんだ?これぐらい見慣れてるだろ?」
「~~~~~っ!!!」
あ、なんか余計に赤くなった・・・・て。
「へぶっ!?」
「この馬鹿!阿呆!鈍感!恥知らずっ!!!そんな貧相な体を私に見せるな露出狂ーーーーーーー!!!!」
罵詈雑言を浴びせ、俺の顔にクラウドは何かを投げつけ、勢いよく扉を閉めた。引き止めようにも、顔面に物を投げつけられた俺はそれどころではなく、額と鼻を強かに打ちつけて、思わず後ろによろける。閉じられたドアは勢いが余りすぎて大きな音をたて、下手すれば蝶番が吹っ飛びそうな衝撃に僅か震えていた。ばさっと、音をたてて顔にぶち当てられたものが床に落ち、俺はあまりの痛みに半涙目になりながら鼻を押さえた。
「貧相な体って・・・」
顔面の痛みも然ることながら、クラウドの捨て台詞は地味にショックだ。貧相って、貧相って・・・そんなに貧相か?
思わず開けっぴろげな自身の体を見下ろし、腹筋にぺたり、と手を触れる。さすがにソカロほどがたいに恵まれているわけではないからあそこまで重厚なものはないにしても、貧相と罵られるほどの鍛え方はしていないはずだ。しっかりと割れている腹筋は今は力をこめてはいないが、それにしたって通常の腹よりはずっと堅い。体のアチコチに刻まれた傷跡は見苦しいかもしれないが。・・・クロスとはたっぱが違うからな(ソカロほどには無理だとしても、クロスにはぜってぇ追いついてやる・・・!)まあやはりがたいに差は出るかもしれないが・・・だが貧相といわれるほどの体つきはしていないはずだ!納得できねぇ!!
「しかも露出狂って・・・は、待てよ?!今の誰かに聞かれてたら俺は変態のレッテルが?!」
濡れ衣だ!!俺だって好き好んで見せているわけじゃない。待たせたら悪いと思っての判断がよもやこんな展開になろうとは!気がついた危惧にサッと顔から血の気を引かせて、とりあえずなんとしてでもクラウドの誤解を解かねば、と焦りを生み出す。・・・とりあえず前は閉じておこう。チマチマとボタンを留めて、第二ボタンまでは開けっ放しにしておく。そして首にかけていたタオルはぽいっと近くの椅子に放り投げ、そこでやっと俺は顔面にぶつけられたブツに視線を向けた。早く追いかけたいのは山々だが、落ちたものをそのままというのもどうかと思うしな。ちっと舌打ちを一つしてからしゃがみこみ、拾い上げたそれは色あせた茶表紙の本。見えていたのは裏表紙だったからくるりとひっくり返し、タイトルを見て軽く目を見開いた。・・・俺の読みたかったヤツじゃねぇか、これ。
「・・・持ってきてくれたのか」
クラウドが持っていたわけじゃないだろうから、恐らくは誰かに頼まれたか何かしたのだろう。まあ、そうでもなければあいつがわざわざ俺を訪ねるとは思わないしな。じっとその本を見つめ、ふぅ、と肩を落とすとテーブルの上に置き、それから恐らくはダッシュで何処かに行っただろうクラウドを追いかけるためにドアを開け放った。・・・とりあえず、談話室に行ってみるか。あぁ全く、俺はどうやったらあいつを怒らせずに会話ができるんだろうか。そんな日がくるのかこないのか・・・そもそもなんで俺はクラウドにあんなに嫌われてるんだろうな。
目下、俺の悩み事は会うたびに怒っている同僚から如何にしてこれ以上の顰蹙を買わないか、それに尽きるのだった。