出会い頭に愛の告白



「す、好きだ!」

 その時、確かにいつも騒がしい食堂が、驚くほど静まり返った。





 今日の昼飯は筍と厚揚げの煮物と焼き魚、白飯に大根と豆腐の味噌汁。俺はその中のうち、筍と厚揚げの煮物を口に運んでいる途中で、目の前で顔を真っ赤にしている同じクラスの伊賀崎孫兵に目を丸くした。しん・・・とまるで水を打ったように静まり返る食堂の異様さも気にならないほど、驚いた。伊賀崎はぎゅっと体を小さくして、目をきつく閉じてふるふると震えている。きっと今のこの食堂の異様さも気がついていないのだろう。
 元が結構白い肌をしてるもんだから、余計に顔が赤いのがよくわかった。しきりに瞬きを繰り返していると、箸の先に抓んだ筍が落ちそうになっていることに気づいて慌てて口の中に放り込むと、しゃきしゃきとした食感と共にじわっと出汁が染み出してきた。
 さすが食堂のおばちゃんだ。うまい。そう思いながら、もぐもぐと筍を租借している間に件の発言の意味を考える。しゃくしゃくしゃくしゃく。ごくり。

「あぁ、友達になりたいってことか?」
「そ、そう!」
「そっかそっか。びびったー。いきなり好きだとか言うから何事かと思ったぜ」

 飲み下した直後になんとなく言いたいことがわかった気がして問いかければ、きつく目を閉じていた伊賀崎は閉じていた目を開いてこくこくこく、と勢いよく首を上下に振った。
 あまりに勢いよく上下に振るもんだから、首が取れないかと思わず危ぶんだが、伊賀崎は白い頬を紅潮させてきゅっと唇を噛み締めた。握った拳がぷるぷる震えている。
 周りで食事を取っていた他の生徒も、俺の解釈と伊賀崎がそれを認めたことによってなぁんだ、とばかりにぎこちない空気が溶けていった。どことなくほっとしたような、面白くないな、というような複雑な視線と空気が入り混じっていたが、凍っていた空気が溶けていくには申し分ない。ざわざわと、いつもの喧騒を取り戻し始めて俺は魚の身を解すと不安そうな伊賀崎にニカ、と笑いかけた。

「友達になろうって言われたのは初めてだ」
「わ、私も友達になりたいって言ったのは、は、初めて、だ・・・!」
「まぁ普通言わないしなぁ」

 大抵成り行きとか相性とか話題が合う奴と自然となるもんで、わざわざ宣言されてなることはあんまりないだろう。そう思うと貴重な体験だな、とふむふむと頷いて塩気の効いた身を頬張る。そういえば同じクラスだけど伊賀崎と喋ったことあんまりないんだよなぁ。
 まぁ、伊賀崎そのものがあんまりクラスの奴らと親しくしているところを見たことがないからなんだが。それは多分に伊賀崎が毒のある生き物をペットとして扱い、ほぼ一緒に連れ歩いていることが多いからなんだろう。本人もあんまり他人に興味がなさそうではあるし。
 いや、別にクラス内で険悪だとかじゃねぇんだよ。まぁ、ちょっとばかし敬遠にされている節がないとは言わないが、でも悪いわけじゃない。ただ、そう親しい奴も見かけないだけで。
 他のクラスにはなんかいるみたいだけどな、仲いい奴。伊賀崎ってあんまり他人、というか人間に興味なさそうな感じだからなー。毒虫優先っていうか。なんだっけ、いつもつれてる赤い斑の蛇。じゅんこだったか。ああいうのと一緒にいることが多いし、すごいラブラブだもんなー。・・・・あれ、それ考えると俺すごいこと言われたんじゃないか?ていうかなんで俺?んん?ふと思い当たって首を傾げると、伊賀崎はちょっと泣きそうになった。

「や、やっぱり嫌か?私なんかと友達になるのは・・・」
「へ?あ、いやいや違うって。ただなんで俺なのかなーって思っただけだから気にすんなよ。ま、じゃぁなんか変な始まり方だけど・・・よろしくな、伊賀崎」

 しゅん、と明らかに落ち込んだ伊賀崎に慌ててフォローすると、そろそろと上目遣いにこちらを見てくる。なんかその様子が怯えている小動物にも見えて、生物の世話してると似るもんなのかな、とちょっと笑えた。ぱち、と箸を箸置きに揃えて置いて、向かい側に座っている伊賀崎に向かって手を伸ばす。ほら、やっぱ友達の始まりは握手って相場は決まってるんだよ。
 差し出した手を、伊賀崎は目を丸くして見つめて、それから俺の顔を驚いたように凝視してくる。こいつ綺麗な顔してるよなぁ、とその顔をマジマジを見つめながら、一層笑みを深くしてん、と手を揺らした。伊賀崎は、幾度か俺の顔と手を交互に見てから、恐る恐る、躊躇うようにそっと手を伸ばして、やけにゆっくりと慎重に手を握ってきた。重なった手に、こっちからぎゅっと力を込めて握れば伊賀崎の肩がぴゃっと飛び上がる。
 なんか面白いな、こいつ。くく、と笑みを喉奥で殺して、瞳を細めた。

「よ、よろしく。
「おぅ」

 答えると、伊賀崎がそれは嬉しそうにはにかんだので、なんかこっちもちょっと嬉しく感じた。