ランチタイムは恋戦場



 失敗した。人でごった返す食堂を見回して、溜息を吐くと肩を落とした。色とりどりの忍び装束が、まるで洪水のように溢れかえって圧巻の一言に尽きる。
 先生の頼みごとを終えてきてみれば、丁度もっとも人が多い時間帯にぶち当たってしまったらしい。いつもは時間をずらすから、多いとしてもこんな座る席もない、というほどの人ごみに当たることはないのだけれど。一角を占める水色井桁模様の一年(確かあれは、有名な一年は組だ)の横を通り過ぎながら、せめてどこか座れるスペースはないものか、とぐるりと食堂内を見渡した。一年のところ・・・いや、さすがにあんな下級生のところに紛れ込んだら気まずいだろう。というかまずスペースがない。じょろじょろしてるなぁ、一年生は。
 二年生、は・・・・座るところがないな。四年、はダメだ。学年同士の反りが合わない。
 こっちは特に何も思ってなくても、あっちに嫌な顔されたら飯がまずくなる。折角のおばちゃんの飯は美味いままで味わって食べたいし。五年と六年はこっちが気後れするからなぁ。あんまし接点ねぇし。あるとすれば鉢屋先輩ぐらいだが、あの人の傍で飯食うのはちょっと疲れそうだ。やっぱり無しだな。とどのつまり同じ三年が一番望ましいんだが・・・お?あそこにいるのは。

「伊賀崎」


 犇めき合う萌黄の集団の中に、見知った顔を見つけて狭い通路を相手にぶつからないようにひょいひょいと通り抜ける。こちらに気づいた伊賀崎が、その白い面をぱっとあげて小首を傾げた。

「今日は遅いんだな」
「あぁ、ちょっと先生に捕まってな。お前は・・・他の奴と食べてたのか」

 定食を抱えたまま、伊賀崎の周りにいる奴らをぐるりと見回して、見事にい組の顔がねぇ、と内心で唸った。そういや伊賀崎は他の組には友達がいたんだっけ。
 あまり知らない奴もいるが・・・右端にいる二人は確かは組だな。見かけたことがある。
 んで反対側がろ組の毎度お騒がせの迷子組とその保護者だ。むしろ捕獲者といったほうが適切なのかもしれないが・・・縄もって怒鳴っている姿を良く見かけている。
 あ、しかも今も腰に縄つけてるぞ。そこまでしないとダメなのか・・・大変なんだなぁ、ろ組も。

「孫兵、こいつは?」
。い組の学級委員長だ」
「ども。伊賀崎の友人のだ。よろしく」

 軽い調子で挨拶したら、なんかあぁあの、とばかりにものすげぇ頷きを返された。ついでに一部の視線が妙に生温い。え、なんで?まさしく今納得しましたーと言わんばかりに頷かれるとちょっと気になるんだが・・・。伊賀崎、お前なんか言ったのか?

「おぉ!お前があのまごへーが一年かむぐぅ!?
「さ、左門!!」

 なんか、箸を握り締めて目をきらきらさせながら大口を開けていた・・・あぁ、そうだ。会計委員会の神埼だ。その神崎が、突然真正面から伸びてきた箸に魚を口に突っ込まれて悶えている。しかもその魚、骨丸ごとだ。喉に来るぞあれは。慌てて横に座っていたいつも神崎達を探しているろ組の奴と、は組の二人がお茶やら背中を擦って対処している。
 ・・・えーと?ちらり、と箸が伸びてきた方向を見ると、伊賀崎が品のある動作で綺麗に魚の骨を小骨までとっている所だった。そして、魚の身を解しながらにこり、と整った顔に笑みを浮かべてみせる。

「左門、魚は美味しいか?」
「・・・・!!」

 折角命を貰っているんだ、大事に食えよ。なんて、道徳的なこと言っているが何故だろう。伊賀崎の笑顔が今までにないぐらい輝いている気がするのは。ぶっちゃけるとちょっと怖い。
 魚を骨ごと突っ込まれた神埼は、顔を青くさせてこくこくと頷いていた。口からぴょこんと魚の尻尾が覗いているのがどことなくシュールである。その隣では何故か関係ないはずの奴まで青くなっている上に、涙目だ。ガタガタと震え方が尋常ではない・・・大丈夫か?
 何故かこの一角だけ妙な緊張感を孕んでいるような気がして首を傾げたが、果たして俺はどうしたらいいんだろうか?

「あー、なんだ。悪いな、食事中邪魔して」
「いや、は何も悪くない」
「そうか?いや、でもなんか・・・」
「いいんだよ、君は悪くないから!」
「うんうん。そうだよ!君は悪くないからね!」

 俺がきてから空気が可笑しくなったのは確かだろうから、やっぱり俺のせいなのかなって。眉を下げれば、必死こいては組の二人がそういい募る。その姿があまりに必死だったので、ここで頷いておかないとなんか可哀想なことになる、とピピッときて俺はありがと、とにこりと笑みを浮かべた。それにほっと胸を二人が撫で下ろしたので、多分判断は誤ってはいなかったんだと思う。・・・さて。しかし、当初の目的は座る席を確保することだったのだが・・・ココもあいてないか・・・。しょうがないな、他のところを探そう。全員の食事を見てみるに、まだ食べ終わるにはしばらくかかりそうだし。そう決めると、じゃあ俺はこれで、と踵を返したが、慌てたように「えっ!」と声が聞こえたので、首だけ捻って後ろを振り返った。

、もう行くのか?」
「や、だって座るところねぇだろ?だから他の席探さないと」

 目を丸くして寂しそうな顔をした伊賀崎にそういった瞬間、どがしゃぁ!と不吉な何かが崩れる音がした。何事だ?!と音のした方向を見れば、伊賀崎の向かい側の一番端に座っていた迷子の片割れ?が、ひっくり返って足だけが見えている状態で背中から倒れている。さながらあの足の角度は犬神家・・・犬神家ってなんだ?思わず自分で浮かんだフレーズだが不思議に思って首を傾げるが、伊賀崎は横で起こった惨事に呆然としている二人を見つめて、平然とした態度を崩さなかった。

「ほら、作兵衛、左門。奥に詰めないか」
「え、いやでも三之助が、」
「奥に詰めないか」
「孫兵、三之助は・・・」
「お・く・に」
「「・・・・はい」」

 伊賀崎さん。それは所謂脅しという奴では?半ば無表情で淡々と命じられ、しおしおと言われるがままに奥に詰める神埼ともう一人。足だけ見せて転がっている奴に向かって、すまねぇ、三之助・・・!と涙している奴が人一人分ぐらい隙間を作ると、伊賀崎は満足そうに頷いてこっちを見た。思わずびくっと肩を揺らした俺は間違ってない。

「ほら、。席空いたよ」
「いや、それは空いたっていうか・・・」

 空けさせたという方が適切なような・・・?その言葉はぐっと飲み込んで、恐る恐る周りの奴らに視線を向ける。伊賀崎の横にいる二人は、最早諦めたような顔で微笑んでいて、残る二人も早く座れ、とばかりに視線を送られた。多分ここで座らないと色んなことが無駄になる気がする。そう悟った俺は、失礼しまーす、と小声で断ってから伊賀崎の正面に腰を下ろした。いや、うん。なんか、マジごめん。

「伊賀崎って、結構強引なんだなぁ・・・」
「そ、そうかな?」
「あぁ、なんかビックリした」

 あんま強引なのはいけねぇよ?と、一応一言注意をしてから(せめて、な)、神妙な顔で頷いた伊賀崎を尻目に、あんたらも悪かったな、と謝っておく。別に俺が手を出したわけじゃないけど、でも現状を省みるに俺が原因っぽいし。割り箸をパキン、と割って親子丼に手を伸ばしながら、ふぅ、と吐息を零した。ところで床に落ちた奴は頭とか打ってないのだろうか?あとで保健室に連れてった方がいいかなぁ、と思いながら、鶏肉をむしゃり、と噛み切った。あぁ、ちょっと冷めてるけどやっぱり美味い。