それは事故のようなキス
忍術学園にはさして珍しくもない爆発音。またどこぞの六年生が焙烙火矢をぶん投げたのであろう。被害者は一年は組かそれとも同じクラスの某会計委員長か。
ともかくも日常茶飯事たるそれに、今更なんの感慨も浮かばない。そう、巻き込まれさえしなければ。
※
爆風が襲い掛かったのは後ろからだ。熱い、と思ったのは一瞬で地面が揺らいだのは数瞬。衝撃に足元をふらつかせ、手元が疎かになったのは己の不手際。首を覆っていたざらざらとしたいとおしい感触が、ふわりと解けていく。気がついたときにはもう遅く、赤い斑の一等美しい彼女は空中を為す術もなく飛んでいたのだ。見開いた目がなんと恐怖を浮かばせていることか。全身から血の気が引き、伸ばした腕は彼女に届かない。あぁ!!
「じゅんこおおおおおおおお!!!!!!!!」
じゅんこが!僕のじゅんこが!愛しい愛しい愛しい僕のじゅんこが!!!このままでは堅い地面に叩きつけられてしまう!!あぁあのしなやかで美しい体が、こんな無粋な茶色い地面に叩きつけられて傷つくなんて!あの完璧な体に、傷がついてしまうなんて!彼女に苦痛を味合わせてしまうなんて!じゅんこじゅんこじゅんこじゅんこじゅんこ・・・!!!
全ては一瞬。慌てて動かした足も間に合わない。間違いなく、このままじゅんこは地面に叩きつけられてしまう。あぁ、と悲痛な悲鳴が唇から零れ出ると、細くも長いしなやかな体が地面に近づいて、その行く末を見逃すまいと目を限界まで見開いた。いや、目を閉じることすらただ恐ろしかったのに違いない。じゅんこ、と掠れた声で名前を呼ぶ刹那、地面に叩きつけられる直前に人影がその下に滑り込んだ。ずざぁ、と土を削る音が耳に届くと、どさりとぶつかりあう音がする。呆気に取られて固まっていると、塊は小さく呻いてひらり、と手を振った。
「セーッフ!」
「・・・ぁ、」
聞き覚えのある声だ。どくりと心臓が脈打ったのを実感すると、むくりと人影は仰向けにしていた体を動かして、地面の上に足を開いて座りなおす、そうして腕に抱えるようにして抱きしめるじゅんこに、ほっとしたような笑みを浮かべた顔をみて、へなへなと体から力が抜けた。
「伊賀崎!じゅんこちゃん無事だぞー」
「、」
にいっと浮かぶ笑みが眩しくて、ちょっと目を細めてから、はっと慌てて二人に駆け寄る。
近寄って手を差し出すと、じゅんこが差し伸べられてするすると腕に巻きついて登ってきた。見た限り怪我も火傷もなく元気そうだ。あまりのことにうっかり目頭を熱く感じながら、ほっと安堵して座り込むとはよかった、と顔をくしゃくしゃにした。
「あのまま叩きつけられたらちょっと危なかったもんな。間に合ってよかったよ」
「あ、ありがとう・・・っ・・・!」
「いいっていいって。それより伊賀崎は怪我とかないのか?」
首を傾げて問いかけるに、こくこくと首を縦に振ってじゅんこを抱きしめる。ぐすっと鼻を鳴らすと、泣くなよー、と笑っては頭をぽんぽんと触ってきた。本来人に触れられるのがあまり好きではないけれど(じゅんこ達は別だ)、何故かの手は安心できて目を薄っすらと細める。どことなく竹谷先輩の手に似ているかもしれない。でもこっちの方が好きだ、と思っていると、よいしょ、という声が聞こえて手が離れていった。
少しの名残惜しさを感じて顔をあげれば、装束についた土を叩き落としつつ、立ち上がった姿が見えてあっと慌てて問いかけた。
「こそ!怪我はないのか?」
「ん?あぁ、ちょっと肘擦ったぐらいだから平気だよ。それより見てくれよこの背中。ひっでぇよなぁ」
そういってちょい、と示された肘は確かにちょっと擦りむけて血が滲んでいて、多少血の気が引いたが、更にその背中を見せられてうわぁ、と顔を顰めることになった。これは・・・ひどい・・・。
「泥だらけだな」
「だろ?思いっきり突っ込んだからなあ。まぁ破れてはないようだから洗えばなんとかなるだろ」
左半面の背中から足先にかけてまで、地面を滑ったからかどろどろに汚れて見るに耐えない有様だ。確かに洗えばある程度マシになるだろうが、繊維と繊維の間に土が入り込んでちゃんと汚れが取れるかどうか・・・。とりあえずこのまま校舎内は出歩けまい、という姿に益々立花先輩とその他原因になっただろう面子に恨み節を向けて、眉を潜める。
その様子に気がついたのか、は首を傾げて顔を近づけてきた。咄嗟に仰け反った僕は悪くない、悪くないんだ・・・!
「伊賀崎?どうした?」
「あ、う、い、いや、なんでも・・・!そ、そうだ。ほら、じゅんこ。じゅんこもにお礼を言うんだよ?」
なんたって君の命の恩人なのだから!首に巻きついて舌をちろちろと出していたじゅんこにそう囁きかけると、納得したようにじゅんこが鎌首をもたげる。は顔を僕に近づけているので、じゅんことも割りと至近距離で見詰め合うことになった。きょとんとした目でじゅんこをまじまじと見つめると、そんなに顔を近づけるじゅんこ。そうして。
「あ」
「―――――っ!!!!????」
ちろり、とじゅんこの舌が、の唇を、な、な、舐め・・・!!!!
「じゅんこぉぉぉぉぉぉぉ!!???」
「あー・・・・」
驚いたように唇に触れると、満足そうに身をくねらせるじゅんこに開いた口が塞がらない。え、ちょ、な、じゅんこ、どういうつもりだい!?まさかじゅんこのことが!?え、えぇっ?そ、そんな・・・!
「僕はどうしたら・・・!」
「いやどうもしないからな?」
じゅんこを愛しているけれど、だって大好きなのに・・・!苦悩する僕に、の声はいささか遠く聞こえた。とりあえず、あとで今回の原因になった人物を突き詰めて、嫌がらせに毒虫をけしかけてやろうと思います。