吐き気のする理想論



 屋上への呼び出し。すわいじめかリンチか告白か、というような展開だが呼び出した相手は全くなんの関わりもない学校のマドンナからだった。ちなみに学校のマドンナだと判明したのは屋上へ行ってからだったので、呼び出し(古典的だが有効な下駄箱の中に手紙という手口)直後は誰からかサッパリだった。いじめだったら嫌だなぁと思ったが、屋上で待ってますかしこみたいな手紙だったのでもしかしたら告白じゃね?と囃し立てる友人たちに行くべきか行かぬべきかを尋ね、もしも告白だったらあれだし行けば?という話になり、きたらいるのは学校のマドンナ。クラスのどころではない男女ともに憧れ羨望恋に嫉妬に、一部では熱狂的なストーカー被害まであったという学校一の美少女にして性格美人。しかし彼女、運動神経は普通で頭も普通らしい。ただ顔と性格がよいので大層モテモテな少女だ羨ましいけどどうでもいい。というそんな私との接点が一ミクロンあるかないかの学校のマドンナに呼び出しをされるとはこれ如何に。え、なに実は学校のマドンナとは仮の姿、生徒を欺く隠れ蓑でその実態は学校を裏で牛耳る虐めの首謀者性格激悪女だった!とかいう漫画的設定なの?そしてその被害者に選ばれたのは無関係の一般人?私悲劇のヒロインポジション!?やったー!なんていうかこの野郎。虐めとか願い下げだ。昨今の虐めの怖さといったらないよやめてやめて超怖い、なんて妄想逞しく考えつつ、青い空の下、既定の丈よりもいささか短い制服のスカートを揺らし、ちょっと染めているのか、派手ではないけど染めているだろうセミロングの髪を風に靡かせて、愛らしい顔に満面の笑みを浮かべたマドンナをぽかーんと見つめる。絵になりすぎていて怖い。なにこの子、相変わらず可愛い子!
 褒めているのか貶しているのかサッパリな思考回路だが、とりあえず笑顔で迎えられた辺り虐めの標的とかそういうことはない・・・?いやでもまだわからん。ていうかそもそも呼び出された意味がわからないし。だって接点がないのだ。クラスも違うし部活も違うし体育の授業だって一緒じゃないし。彼女は学校では有名だから名前をこっちは知っているけれど、あっちは知らないだろうってぐらい接点はない、はずだ。
 だから彼女が呼び出し相手ならばもしかしたら間違いかも、という可能性だって考えたのに、頬を薄っすらと染めて満面の笑顔で私の名前を呼ぶ彼女に人違いです、とも言えやしない。

ちゃん、よかった。やっぱり来てくれた」
「え?」

 ちゃん?え、なんでいきなり名前呼びなのこの子。満面の笑顔で近寄ってくる彼女に多少引きながら、あぁやっぱ私が呼び出し対象なんだ?と首を捻りつつ一体全体何の用なのか、と口を開いたら、どすり。なんかそんな音がした。

「あぁよかった。ちゃんだもの、きっときてくれるって信じてたけど、でももしかしたら今日何か用事があって来れないかもしれないって考えてたの。でもきてくれて本当によかった!」
「あ・・・?」
「でも私ずっと寂しかったんだよ?ちゃんずっと話しかけてきてくれないし、傍にきてもくれないし、私から声をかけたかったけど、なんだか五月蝿い人が多くて中々傍にいけなくて。ごめんね、ちゃんも寂しかったでしょう?もう、本当あの人たち嫌い!私とちゃんの邪魔ばっかりするんだもの」

 そう、いつもの時々見かけるような天使の笑顔でちょっと拗ねたように唇を尖らせる姿はとても可愛らしい。あぁこの子本当に美少女だ、としみじみ納得したけど、言っている意味がわからなかったし何よりお腹の辺りに違和感があって、なんだかすごく痛くて、それどころじゃなかった。なに、これ。

ちゃんもあの人たちがいたから一緒にいれなかったんだよね。私もなの。だからあの人たちなんとかしたかったんだけど、中々できなくて・・・一杯考えたんだけど、これが一番だと思うの」
「たかなし、さ・・・」
「私、ちゃん以外いらないし。ちゃんも私以外いらないでしょ?でもみんな邪魔ばっかりするから、二人で邪魔されない世界にいきましょ?」
「あ、・・ぐぅ・・っ」

 なんてテンプレな台詞だろう。あんた馬鹿!?と叫びだしたかったが、その前にぐりりとお腹に物をねじ込まれて苦痛の声をあげるしかできなかった。間近にある彼女の顔を見つめて、微笑む彼女に背筋にぞっと怖気が走る。脂汗が滲んで、カタカタと震える手でがしりと少女の手を掴み、視線を下に落す。そこでようやく、私のお腹の中に埋め込まれたものを視認し、理解した。

「な・・・ハッ、・・・ヒュゥッ」
ちゃん、ちゃん。好き、大好き。愛してる。これでずっと一緒ね、嬉しい。私幸せよ、ちゃん」
「は、なし・・・っ」

 お腹に埋め込まれた刃物は刃の部分が丸々埋まっていて、彼女が両手で隠すように握る柄の部分しか見えていない。おかげでそれがナイフなのか包丁なのか別のものなのかわからず、ただ押し込まれるように刺さるその近くから衣服に血がどんどん広がっていく。
 真っ赤な色をしたそれの侵食部分が広がるにつれて、自分の何かが奪われていくのがわかった。あれ、これやばくない?本気で、やばくない?

「幸せ・・・大好き、ちゃん」
「・・・っ!」

 多分血の気が失せてるんじゃないかと思う私の唇に、何か柔らかくて暖かいものが触れる。視界一杯に目を閉じた彼女の顔が映る。長い睫毛も細かい産毛も全部見える。近すぎて視界が滲むほどだ。・・・近いから滲んでるんだよね?霞んで見えるそれに、彼女の柄を握る両手を掴んでいた手から徐々に力が抜けていく。力が入らない、お腹が痛い、声が出ない、視界が滲む。なんだろう、意識が遠くなっていくような。

「ふふ、幸せ。ちゃんの唇って初めてだけど、とっても柔らかくて気持ちいい・・」

 あぁそっかぁ。私この子に今キスされたのかぁ。ファーストキスだとか言わないけど、でもそっちの趣味は私ないんだけど。なんて、きっと届かない。だって、声が出ないんだもん。目も開けてられない。お腹が痛くて吐きそう。口の中一杯なんか嫌な味がする。あ、だめ、これは、だめだ。

「待っててね、すぐいくから。これでもう寂しくないし、ずっと一緒よ」

 最後にそんな声が聞こえたような気がしたが、すでに痛みとかなんか諸々を超越した何かでそんな細かいこと気にしている余裕もなく。

「あいしてる」

 その後生暖かい何かが顔に降りかかり、私も彼女も発見されたときにはどす黒い色で染まっていたなどと、真っ先に途絶えた私が知るはずも無かった。