人肌の罪
語るだけ語って泣き疲れたのか、それとももう精神的に限界だったのか、ぐったりと気を失うように意識を飛ばした先輩の汚れた顔を服の袖で拭い、ふぅ、と吐息を零す。
・・・いや、はや。うん。私が死んだ後あそこどうなったんだろう、と思ったが、これなら知らない方が精神的に楽だったんじゃないかと思う。後悔先に立たずってこういうことか。
私が死んだ後、あの女も勿論自分の喉掻き切って死んだらしい。私に折り重なるようにして死んだ少女と、殺された私はやっぱりマスコミの目に晒され、まぁ色々取り上げられたわけだ。そりゃ格好の的だわな。しかも片方は自殺なんてしそうもない恵まれた人間だったわけだし。私はそれこそなんでそこで私?と死ぬ相方としては不十分な人間であっただろうし。そのチグハグなところがまた人の好奇心を擽ったのか。とりあえず虐めがあったのかとかそういうところから操作が入りつつ、学校にも、この先輩の家にもマスコミが押し寄せてくるのはわかる。驚きなのは先輩はあの女の双子の姉で、常日頃愛されるあの女と比べられて鬱屈とした日々を過ごしていたということだ。最初は自殺した妹のせいで(しかも他人と無理心中。私関係なかったのに)世間の目にさらされ、家庭環境が、とか学校の虐めが、だとかでまた劣悪な環境になり。さらにそこで衝撃的な事実が発覚。なんと二人合意の上での自殺だと思われていたところ、何か遺書がないかと入った妹の部屋で、壁一面に貼られた私の写真があったというのだ。やめて気持ち悪い。しかも明らかに盗み撮りしたようなものからなんか色々。その異常な部屋に、これはもしかしたら合意ではなく一方的な?ということになり(よかった!愛し合っていたとか寒いことにならなくて!)更に話題は加速。
そうなると愛されていても精神的に可笑しな子だった、ということになり非難は更に強くなり、家庭は崩壊、周囲も崩壊、社会的に色々まずい。最終的に外に出たときに、なんか可笑しな人に刺されて死んでしまったらしい。あの女の熱狂的な信者か何かが、あの子のバッシングに堪えられなくて及んだ犯行?らしい。喚きたてていた内容からするに。え、なにその理不尽。この人全く関係ないのに悲惨すぎるその結末。でも人間ってそういうものだよね、あの女が電波なことと同じぐらい電波な人間がいても可笑しくない。
私以上になんかもう追い詰められすぎな先輩は、もうほんと被害者というしかない。これは仕方ない、復讐に走っても仕方ない。むしろ殺しに行かなかっただけ先輩凄い。それだけ人生狂わされてよく物を隠すとかいう行為だけで済みましたね。あの女に殺された私がいうのもなんだが、先輩の人生あれのせいで狂いすぎじゃないだろうか。
泣いて腫れた瞼にそっと指先をあてて、健やかな寝息にほっとしながらうーん、と首を傾げる。とりあえず私の素性は黙っていよう。これ以上この人に色々背負わせるのは忍びないし、言わないほうが平和な気がするし。そうだなぁ、それと先輩の環境も改善させないとな。だって前世でそんな目にあって、今生でもこんな目にあって。神様、あなたこの人嫌いなんですか?それであの電波は好きなんですか?エコ贔屓反対。神様なら平等に愛してやれよ。あぁ全く、世の中ままならなすぎだろう。私もあなたも、あの女のせいで人生狂いっぱなしですね。嫌んなっちゃう。
とりあえず考えることとかやらなくちゃいけないことは色々あるけど、まず最初に先輩の治療から入ろう。そう思って顔をあげると、ばちり。木の影からこっちを見る相手と、目があった。
・・・・・・・・・・・・・あ。
「君、は」
「あ、す、すみません・・・!」
水色井桁。忍たまの一年生の装束だ。それとあの眼鏡。学園で眼鏡をしている人間は少ないから、割と人数を絞れる。・・・確か保健室でもいくらか見かけたことあるな。話したことはあんまりないけど・・・あぁそうだ、あの一年は組の子だ。あのトラブルばっかり起こす一年生。確か・・・。
「猪名寺?」
「は、はいぃ!」
「あ、ごめん。呼んだだけだから」
思い出した名前が思わず口に出ていたらしい。びくっと直立不動になった猪名寺に、名前あってたのか、と思いながらはて、どうしたものかと頬を掻いた。今学園で一番嫌われてる先輩と一緒にいる自分。加えてそこに猪名寺がいたということ。もしかして今の話聞かれてた?と思ったが、まぁ彼にあの内容の全てが理解できるはずもない、とちょっと胸を撫で下ろす。何より先輩の言っていたことは支離滅裂だから、余計何言ってたかわからないだろう。うん、オッケー。じゃぁ問題は、私とこの先輩が一緒にいるということか。彼から話が広まって手を打つ前に私まで虐めの対象に入っていくのは嫌だしなぁー。
これは困ったぞ、と思ったが、とりあえず一年生ならどうとでもできるか、と思ってちょっと離れた所にいる猪名寺にもう一度声をかけた。
「猪名寺、お願いしたいことがあるんだけど」
「はい・・・?なんですか?」
びくびくしながら、ちらちらと私と先輩を見る猪名寺にそういうと、不思議そうな顔をしてきょとんと彼は目を瞬かせる。私はちら、と視線を落して、あのね、と口を開いた。
「君確か保健委員だったよね?治療道具と濡れた手拭いを持ってきて欲しいんだけど」
「治療道具と、濡れた手拭い、ですか?それ、は・・・その人、に?」
そういって困惑した様子で先輩をみた猪名寺に、やっぱりだめかなあ?と思いつつもそう、と返事を返した。えぇい保健委員なら例え嫌いな相手だろうとも手当てする気概を持たないか!日頃敵にまで手当てする室町のナイチンゲールの異名はどうした!あ、それ保健委員長だけか。まぁ保健委員全員その候補生だろうから別にいいだろう。ともかくさっさと持ってくる!ついでに誰を手当てするとかは口外しない方向でお願い!
しかしやっぱりだめかも、と思っていると、猪名寺はきゅっと唇を引き結んで、それから決然とした顔で頷いた。
「わかりました、すぐ持ってきます!」
「え?あ、あぁ・・・ありがとう」
お礼を言い終える前にぴゅん!と物凄い速さで走っていった猪名寺に足が速いのね、なんて思いながら私はもぞりと寝返りを打つ先輩の髪を撫で、一息吐いた。
「さて、どんな言い訳考えようかなぁ」
先輩の風当たりが少しは改善されるような、そんなうまい言い訳、果たしてあるのだろうか?悩みながらも救急道具を持ってきた猪名寺の頭を撫でてやりながら、まずは顔の治療から手を施した。ところで猪名寺君。君、もう去ってもいいんだよ?そういっても、彼はぼくも保健委員ですから!といって何故か手当てに付き合ってくれた。良い子!この子良い子!感動に思わず目頭を押さえたのは、何も間違ったことじゃないと思う。よかったね先輩。こういう子もいるんだから自殺とかしないでくださいね!そう念じつつ、ひやりと濡れた手拭いを、彼女の瞼の上に置いた。