終焉の前夜に会いましょう
最初の終わりは身勝手な妹のせいだった。
可愛い妹。優しい妹。なにもできなくたって、その微笑み一つで許される、それはそれは愛らしかった妹。
自慢に思うのと同時にどれだけ私が惨めで妬ましく思っていたか、無邪気な微笑みを浮かべるあなたは知っていたかしら?いいえきっと知らなかったに違いないわ。あなたは私を慕ってくれたけれど、私を見てなどいなかったもの。父と母の視線はいつもあなたに注がれて、まるで私はおまけ扱いね。私の方が早く生まれたのに、いつの間にか両親を奪われてしまったわ。私の方がなんだってできて、成績がよくても、それでも両親はあなたを褒めて慈しむのね。知ってた?私、百点とっても順位が一桁台になっても、褒められることって少なかったのよ。いつも、母も父もあなたのことばかり見ていたから。悪い成績をとっても、親身になってもらえたことないもの。あなたみたいに、「次を頑張ればいいの」なんて優しい言葉、かけて貰えなかったわ。カラリ。小石がなんだか崩れる音がするの。
その次は学校かしら?あなた本当に周囲に人がたくさんいて、見ていて邪魔じゃないかしら?って思うことが多かったものだわ。でも、楽しそうな笑顔が一杯咲いていたこと、見ていたから知ってたの。知ってた?私にかけられる言葉。あなたの姉なのに可愛くないとか、あなたの姉だからできて当然とか、まるで私あなたの付属品ね。違うでしょ、生まれた順番ならあなたが私の付属品なのに、あなたばっかり愛でられるの。愛されるの。愛想笑いも疲れたわ。
好きな人はいつだってあなたを追いかけて、あなたばかり祝福されるの。家にあなたのせいでストーカーがでて、あなたが怖いのもわかるけどこっちも怖かったのよ。
全部全部全部あなたのせい。あなたが光で私は影。そんな扱いされて平気な人間そういないに決まってるじゃない。無邪気にお姉ちゃんだなんて呼ばないで。嫌いになりきれないから嫌いなのよ。カラカラ。小石が崩れる音がするの。
妬ましくて羨ましくて大嫌いで可愛らしい、私の妹。あなたのために周囲の世界はあったのに、あれだけ世界はあなたに優しかったのに。私の周囲を取り替えてあげたかったぐらい、あなたにとって世界は光で溢れていたのに。
簡単に捨ててしまった、なんて身勝手で憎たらしい最低の妹。
学校の屋上で死んだ女生徒二人。冗談やめて。なんでこんなことになるのよ。
騒ぐマスコミ、やかましい周囲。家に引きこもるようになるなんて当然の末路。
最初は悪いのは妹じゃないほうの生徒だった。同情をされる被害者一家。周囲は死んだ人を罵るの。妹は、とてもとても愛されていたから。愛されていたあの子が死んで嘆き悲しむ家族。私がいるけど、ちぃとも見てはくれないのね。周囲は雑音だらけで五月蝿くて、家からなんて一歩も出られない。そうしたら次は別の疑惑が浮かび上がるの。どういうこと?
無理心中?先に死んだのは女生徒の方?ナイフの指紋は妹のもの?首を掻き切ったのは妹自身?ねぇどういうこと。あの子自分で死んだの?人を巻き込んで勝手に死んだの?人を殺したの?ねぇどういうこと。あぁやめてよ、家に入らないで。暴かないで。それをやられたら、この家がどうなるかわかっているの!?
押し入られた妹の部屋は異常だった。至る所に張られた写真。日記に埋め尽くされた愛の言葉。気狂い者の部屋のそれそのままで、まるで妹が被害にあったストーカーの部屋みたいね。あぁそう、そうなの。あの子、殺した子を愛していたのね。公表するマスコミ。終わる事件。だけど周囲の喚き声はやまないの。同情は一転して非難と中傷へ。被害者家族は加害者家族へ。加害者家族は被害者家族へ。愛されていた妹は「頭の可笑しい子」になって、私たち家族は世間に後ろ指さされるようになった。母はうつ病にかかって、父は会社になどいられなくなった。私だってもう学校になんていけないわ。外にだって出歩けば何をされるかわからない。向けられる悪意、悪意・やめてよ。私たちが悪いんじゃない。全部妹のせいじゃない!家庭環境が悪かった?どこがよ、あの子愛されて可愛がられて、私なんかよりよっぽど優遇されてたわ!それを重荷に思ってた?どこまで傲慢なのあの子!
家庭崩壊なんてあっという間。死んだあの子は全部こっちに押し付けて、今頃どうしているのかしら?そうね、背負うのはいつも生きている人間ばかり。死んだらそこで終わりなの。
ねぇだから、これで終わり、でしょう?
お前のせい?知らないわ。あの子の勝手じゃない。あの子は悪くない?馬鹿ね、現実見なさいよ。ぜーんぶあの子のせいよ。あの子の代わりに私が死ねばよかった?そうね、そうだったらどれだけ楽だったかしら。あぁでも安心しなさいよ、これであんたも犯罪者の仲間入り。あの子の仲間よ、よかったわね。これで私はこの世界からいなくなるの。あぁよかった。死んでしまえば何言われても関係ないものね。死んで当然だって言われようが、同情掻き集めようが、死んでしまえばそれで終わり。妹が私達に擦り付けていったみたいに、私も生きている奴等に押し付けてやるわ!安心して死ねたと知ったら、両親は少しは後悔してくれたかしら?そう思って死んだのに、始まりだったなんて滑稽ね。
二度目の生は、私にとってささやかな幸福で溢れていた。だって妹がいない。両親には私一人だけで、私は愛されて、可愛がられて、みんな私をちゃんとみてくれるわ。学校にだっていかせてもらえたの。普通の学校ではなかったけれど、勉強もろくろくさせて貰えない時代(なんと室町時代だったのよ。過去に生まれ変わるってありかしら?)にしては好待遇。時代は厳しかったけれど、恵まれた生活だった。
学校では妹みたいに愛されるなんてことはないけれど、それでもいい友達に恵まれて、ちょっといいかな、と思う男子もいて、それをあの化け物みたいな妹に奪われたり諦めたりしなくていいの。優しい世界。大好きだったわ。幸せだったの。当たり前の日々が、いとおしかった。
でも、どうしてあの子は私の幸せを悉く壊していくのかしら?
二度目の終わりも、妹のせいだった。
あの子が生まれる前まで愛されていたのは私。あの子が生まれる前まで私は存在を認められていたのに。あの子が生まれたら、私なんてすぐに隅に追いやられてしまう。
やっとあの子のいない世界にきたのに、再び現れた憎たらしい妹。忌々しい妹。
生まれ変わった私の容姿は以前とは違っていて、なのにあれだけは以前と同じ。箱庭を壊す悪魔。身勝手の化身。ねぇ聞いてよ皆。そいつは天女だなんて言われるような綺麗な生き物なんかじゃないわ。勝手な思い込みで関係のない人を殺してしまうような気違い者よ。他人の人生滅茶苦茶にして勝手に死んじゃうような傲慢な女よ。愛されていたのにその愛を無碍にする酷い奴よ。ねぇ皆そんな奴愛さないで。認めないで。求めないで。
ねぇどうしてその子ばかり求められて、必要とされるの?
嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌い。だってそいつのせいで私の人生滅茶苦茶よ。私の家族はボロボロよ。そいつのせいで他人まで死んだのよ。他人の家族までボロボロになったのよ。
全部全部全部全部全部、それの我がままで傲慢で可笑しな思考のせいで、狂ったのよ。そいつは自分さえよければ他人が不幸になったって構わない最低の人間よ。
なのに、それはここで笑って、生きるのね。それが死んだ後の世界なんて気にもしないで過ごすのね。まるで自分に罪がないみたいに。まるで自分は汚れてないように。
ふざけないで。
冗談じゃない、そんなこと認めない。許してなどやらない。それの罪をなかったことに?馬鹿言わないで。そいつのせいでどれだけの人間が苦しんだというの。悲しんだというの。
そんなことも知らないみたいに笑って愛されている姿を指を咥えて見てろというの?冗談はよして。私、そこまで我慢強くなんてないわ。私、これ以上あれの姿なんて見ていたくないの。虫唾が走るわ。嫌なことばかり思い出すの。ねぇ、臭いものには蓋、するものでしょう?
友達は皆あの子のこと褒めるの。違うわ、あの子そんな良い子じゃないわ。
男共は皆あの子を好きになるの。馬鹿ね、あの子思い込みの激しい気違いよ。
ねぇ、どうして私の大切なものを悉く奪っていくのかしら、あれは。
私が私の幸せを守って何が悪いの。崩されたくないの、熱病に浮かされたように狂っていく学園が耐えられないの。私の小さな箱庭を、守りたいの。ううん、詭弁ね。私、あれがのうのうと笑っている事が、許せないだけよ。
たったそれだけのことなのに、どうしてこうなるのかしら。
向けられる罵声、嫌悪の目、振るわれる暴力、注がれる悪意。
排除するつもりが、私が排除される立場になってしまった。私、ずっとこの学園にいたのに。六年間、ここで過ごしてきたのに。なのに、誰も私の味方にもなってくれないのね。
友達だと思ってた。でももう違うのね。伸ばした腕は、叩き落とされてしまったの。
好きな人がいた。でももう報われないのね。視線を向けると嫌悪の瞳で睨まれた。
誰も声をかけてきてくれない。誰も手を伸ばしてきてくれない。授業ではわざと標的にされて、傷だらけ。死なないのが不思議なぐらい。食事には少量の毒が混ぜられるようになった。吐いて苦しむ姿をみて嘲笑う人の多いこと。
日に日に増えていく包帯を巻く範囲。青白くなる肌。細くなる体。だけど誰も、心配もしてくれないし、止めてもくれない。
ぽっと出の存在に、私の六年間なんて負けてしまうことが、悲しくて悔しくて仕方なかった。六年間。決して短くないし、薄くもない時間のはずだった。だけど、たった数週間の存在にすら及ばないちっぽけなものだったのね。カラリ、コロリ。ガラガラガラ。小石が崩れて壊れていく音が響いていくの。心が、壊れていくの。
ねぇそんなに私がしたことって許されないの?別に怪我させたわけじゃないじゃない。殺そうとしたわけでもないじゃない。ここから出て行って欲しいから、物を盗んで捨てていただけよ。そうね、褒められたことじゃないわ。知ってるわ。だけど必要なことだったのよ。私の幸せのためだったのよ。私にはその権利があるでしょう?私こそ復讐する資格があるでしょう?どうしてよ、どうしてそればっかり守られるの。愛されるの。私じゃ駄目なの?私はいらないの?悪いのはその子よ。罪を犯したのはその子よ。なんで、どうして。ねぇ、友達だったじゃない。六年間一緒だったじゃない。その時間は、こんな女の存在でなかったことにされてしまうのね。
ねぇ、私、もう、疲れたわ。
※
「、、、、ねぇ本当に私のことが好き?好きでいてくれる?嫌いになったりしない?あれのところにいったりしない?、、、。一緒にいてね、約束よ。お願いよ。がいなくなったら、私一人ぼっちになってしまうわ」
「先輩、乱太郎君もいるじゃないですか。大丈夫ですよ、一人になんてしませんってば」
「本当?本当?嬉しい、嬉しい。、、、、、好き、大好き。世界で一番好きよ。だぁいすき!」
「・・・先輩、まるで雛の刷り込みのようですねぇ・・・」
「そう?そうかもね。ふふふ、でもいいの。だって」
私があなたを大好きなのは、紛れもない事実なのだから!(終わる世界は、新しい世界に再構築されたの。なんて素晴らしい世界なの!)
三度目など、訪れさせない。