いい子、いい子。



 相変わらず電波少女はちやほやともてはやされ優雅な生活をしており、それを見かけたり見かけなかったりしながら隠れ過ごして幾月か。さて、最近私はなんだか小型犬と中型犬に懐かれております。中型犬はわかるけど小型犬は何故に?と疑問に思う日々。
 まぁ、可愛らしいのでよしとするべきか?こてりと首を傾げて疑問符を浮かべて見せたが、目の前の小型犬はそんな疑問など考え付きもしないように、にっこりと笑っていた。





 ここ最近人が犬みたいに見える、といったら私はどう思われるだろうか。いや別に全ての人間に犬耳や尻尾が見えるとか犬が服着て二足歩行してるとかそんな見え方ではない。単純に、犬のようだ、と思う人間がいるのだ。

先輩、ぼく今日マラソンで一番を取ったんですよ!」
「へぇ、すごいね猪名寺。えらいえらい」
「えへへ!」

 褒めて褒めて、と尻尾を振って主張するので、ふわふわの猫毛の髪を掻き混ぜるように撫でてやる。すると嬉しそうにはにかむので、和むわぁ、と頬を緩めるとにゅっと後ろから腕が伸びてきた。そのままお腹の前で指を絡み合わせて、背中にぴとりと何かがくっつく。おまけにむにゅぅ、と柔らかいものも押し当てられて、結構大きいな・・・と、横を向いてそれを視界に納めた。

「私だって今日の試験で百点を取ったわ!ね、。私頑張ったでしょう?」
「おお、さすが先輩ですね」

 なんだかんだ優秀な先輩ではあったのだ。あの女への嫉妬と憎悪に我さえ忘れなければ、もしかしたら水面下で全ては終わっていたかもしれないほどに。それをしなかったのは、この人がそれほどまでに感情に振り回されていたか、あるいは、徹底的な排除に乗り出すほど非情になりきれなかったせいか。どちらかはわからないけれども、冷静になってみれば先輩の実力はくの一教室でもトップクラス。目立ちはしなかったが(そしてそれは忍びとしてとても必要なことだと思う)、文武に長けた人であったから、百点もざらにあったのではないかと思うけれども・・・私はそんな点数滅多に取れやしないから素直に賞賛するね!百点とか普通とれないからね。
 すごーい、とパチパチと拍手を送るとどことなく不満気な顔をされた。賞賛してるのに不満そうな顔されるとはこれ如何に。小首を傾げると益々背中に密着され、先輩の柔らかい胸部が潰れていく。これで私が男だったら誘われてると勘違いされてしまいますよ先輩。

だったら男でも女でも構わないわ。むしろ願ったり叶ったり」
「目の前にお子様いるんで、自重お願いします。はーい猪名寺耳塞いでるー?」
「先輩、何言ってるか聞こえません!」
「うん、よしよし。ちゃんと塞いでるね」

 がっしぃ、と猪名寺の両耳をがっちり塞いで、ぽけっとしている猪名寺ににっこりと笑いかける。猪名寺は会話が聞こえていないので頭にクエスチョンマークを飛ばしていたが、同じようにほけっとした笑みを返してきたのでまぁ問題はないだろう。むしろ問題はそれすら気に食わない!とばかりにぎゅうぎゅうと胸を背中に(ここまで来ると故意だとわかる)押し付ける先輩の方だ。あててんのよ、とばかりの圧に、私男じゃないんで無意味ですよーと気の抜けた声をだせば、先輩はちっと舌打ちしてようやく胸を押し付けるのをやめる。が、腹の前に回った腕はそのままで、依然として密着率にさほどの差はなかった。傍から見たらどういう状況かしらこれ。

は乱太郎にばかり優しいわ・・・」
「年下には優しくするものでは?」
「なら私も年下になる」
「先輩、年の差はどう足掻いても覆せないものですよ」

 そんな駄々っ子みたいなこと言わないでくださいよ。呆れたように目を半眼にし、いやいやと首を横に振る先輩に、なんか子供返りしたみたいだなぁ、と思って猪名寺の耳から手を外し、ぽんぽん、と頭を撫でる。柔らかい髪質に指先を埋めて額を掠めると、肩に額をこすりつけるようにいじけていた先輩の雰囲気がガラリと変わった。

、好き!」
「ありがとうございますー」

 え、なんか機嫌直ったし。むぎゅむぎゅ抱きつく先輩に機嫌スイッチがどこなのかよくわからん、と思っていると、そんな一方的なラブコールをぽかんと眺めていた猪名寺が、はっと気がついたように負けじとばかりに正面に飛びついてきた。だから何故!?

「ぼくも先輩が好きです!」
「・・・ありがとう?」

 まぁ愛の告白。うんうん、告白されるならやっぱりこれぐらい穏やかで可愛らしいのがいいよねぇ。まかり間違ってもいきなり刃物持ち出すような愛の告白は嫌だよねぇ・・・それ以前に同性というところが大問題だけどね!(私にそっちの趣味はない!)まぁ今のところ恋愛というよりこれは・・・主人に懐く犬的な親愛感情っていうか?そういう意味合いではないのはわかっているので、特に気にしないが、さて。この前後からのサンドイッチ状態は私どうすればいいの。
 苦しくはないが身動きが取れない。嫌じゃないけど若干困る。なんだこの微妙な状態は。そもそも先輩に懐かれたのはわかるんだが、何故に猪名寺まで懐いているのかサッパリなのである。いや、悪いことではないんだけれども・・・忍たまがくの一に懐くって滅多にないし。なにせ日頃の所業が所業なので。いやー後輩が男でも女でも可愛いもんは可愛いもんだよ!後ろの先輩は普通にしてれば憧れの先輩像を体言してるし。まぁ、この状況だとちょっと無理だが。それに猪名寺がこうして無邪気に私達に懐いてくれたからこそ、先輩の悪評もちょっと落ち着いているわけで。いや本当、さすが忍術学園一有名な一年は組のトラブルメーカー筆頭である。どこかしらとこの子繋がってるから、ちょっと噂を流させると凄い勢いで広がってくの。おかげで先輩の周囲も最近落ち着いてきたかなぁ・・・?と思う程度には回復してる、と思いたい。少なくとも先輩とこうして一緒にいるからといって私まで敵視されることは・・・ないとは言わないけど、まぁ概ねなんとかなりそうだし。あぁでも、友達から一緒にいるのやめなよ!とかは散々言われたけれどもね。まぁ今はそんなことより。

「・・二人とも、そろそろ離れてくれません?」
「イヤ」
「もっとこうしていたいです」
「私は身動きがしたいよ・・・」

 サンドイッチな状態は結構大変なんですよ?これがむさい男じゃないだけマシと取ればいいのかわからないが、いつまでもこのままってのはちょっと・・・。とりあえず、正面から抱きつく猪名寺の赤茶けた髪をふわふわと掻き混ぜながら、はぁ、と溜息を零した。
 そろそろこの光景を見つけた一年は組の一部の視線が大層痛いのですよ、お二人さん。上級生でないだけマシ、と、自分を慰めながら、首を傾げて肩に顎を乗せる先輩の頭にこつんと米神をぶつける音が、小さく耳の中に響いては消えていった。