手も心も温かいひと
私のうっかり猪名寺んとこにお嫁発言は、そりゃもう地雷も地雷で、はっと気がついたときには時すでに遅し。微笑んでくれればまだいいものを(いやどっちにしろ怖いか)能面のような無表情になった二人を見た瞬間に流れた汗はおっくせんまん。
こちらが止める間もなく、お前等忍者か!というような素早さで(一名忍者だけどもう一人は違うよね?!)いなくなった瞬間にはもう私の顔面蒼白ですとも。断じて周囲の視線とか空気とか諸々の集中砲火で蒼白なわけじゃありません。だってそれどころじゃない。
顔どころか全身から血の気が引く思いで、私はきゃーーー!!と内心で悲鳴をあげた。
「やっべぇやっべぇマジやべぇ!!!あああああああちょ、そこの不運が代名詞な善法寺伊作先輩もとい不運委員長!猪名寺乱太郎は今どこにいるかご存知ですか?!」
「色々酷い!ていうかもといの前後逆じゃ・・・!?それより、え、ら、乱太郎?」
「そうですあなたんとこの可愛い後輩ですよあぁもう知らないの!?知らないならいいですよすみませんが皆様!諸々言いたいことはお有りでしょうが今現在一人の尊い命が特大級の危険に晒されているというかむしろ風前の灯に等しいのでこれで失礼させて頂きます!加えていいますが私はいたって健全な趣向でありあれらの発言は基本関係ないですから!お門違いな嫉妬はノーセンキュウですよむしろ熨斗つけてくれてやるわあのおっそろしいヤンデレ!というわけで私は尊い命を救うという地球の滅亡阻止レベルで重要な任務にいかなくてはならないのでこれにてアデュー!できれば皆さんも猪名寺探して保護してあげてください!マジで!」
でなけりゃマジあの子の命が危ない・・・!!私は呆然と、あんまりといえばあんまりな展開に置いてけぼりを食らっている周囲をやっぱり置いてけぼりにして、その場を脱兎のごとく駆け出した。
あぁ、どうか猪名寺が無事でありますように・・・!ていうかお願いだから間に合ってぇぇぇぇぇ!!!
※
結果を言えば、ギリギリセーフというかかろうじて尊い命は救われたと言っておこう。
見つけた瞬間には再び血の気が全身から引いたものだが、間に合ったのだから万事オッケー終わりよければすべて良し!今にも嵐山先輩の苦無の切っ先で、その命を摘み取られんとしていた猪名寺に、自分の出せる最高速度で走りよってラリアットを決めるがごとく腹部に腕をかける。そのまま走る勢いと、丁度その進路方向にあった仕掛け(これはあれだ、確か一年は組の笑顔が素敵なからくり少年の作品だ)に足をのっける。
すると、一定の重みが加わると発動する仕掛けになっているのか、ぐんっと地面が持ち上がり、体の真下から自分以外の力が加わる。その力に便乗するようにこちらも膝を曲げて跳躍の準備をし、タイミングを合わせて一気にたわめた力を解放した。
すると、ちょっと人間としてありえないほど高く高く飛び上がり、視界一杯に青空と、ちっぽけな人の姿が目に入る。一瞬の無重力。高く高く、遠く遠く。飛び上がった私はそのまま狙いを屋根に定めて、ちょっとどころでない恐怖(着地失敗したら骨折れる・・!!ていうか高!怖!!)を味わいながら傾斜のついた瓦の上に、悲鳴を内心であげながらずっしゃぁ、と音をたてて着地した。・・・・・・・奇跡!奇跡の着地だ!人間死に物狂いでやればなんとかなるもんだね!
そしてそのまま脱力したいところだが、離れた屋根の上に無事逃げおおせたとしてもそれで終わりではない。何故ならやつ等は虎視眈々とこの脇に抱えた少年の命を狙っているのだ。
言っておくが、ひっそり事故死に見せかけるならまだしも犯人わかってる状態で私が今までどおりに接すると思うなよ!・・・まぁ、今現在頭に血が上っている状態の彼女らに、このもっともな言い分が通用するはずもないが。いやむしろ、私が助けたことによってヒートアップしたような気がしなくもない。確認した先で、嵐山先輩と高梨さんは、それはそれは暗く澱んだ、嫉妬と憎悪に塗れた顔でこちらを・・・正確には猪名寺を睨みつけている。
なまじ二人とも顔が整っているだけに、その迫力たるや伝子さんに勝るとも劣らない。
ぶっちゃけ、超怖いです。ぞくぞく!と恐怖とも悪寒ともつかない震えが背筋を走り、私はごくりと喉を鳴らして唇を真一文字に引き結んだ。そうでもしないと弱音が零れてしまいそうなのだ。だってあれ、最早生きた人間の顔じゃないよ。なんか別物だよ。般若?般若なの?それとも鬼なの?修羅なの?鬼女なの?一体どれなの?
「なんかもう本当色々ごめんよ猪名寺。私が迂闊な発言をしたばっかりにとんだ火サスに巻き込んだね・・・。とりあえず君は私の力が及ぶ限り守ってみせるよ」
「先輩、かっこいい・・・!」
ありがとよ!果たして三年生の力で電波天女さまはともかく、ヤンデレ先輩に勝てるかどうかは甚だ疑問だが、しかしそれでも今彼を守れるのは私しかいないのだ。決意を固めて、私は何やら尊敬の眼差しをきらきら向けるこんな状況でありながら図太い神経を余すところなく見せている猪名寺に、いっそ生温い微笑を浮かべた。・・さすがは組。この程度の修羅場は慣れっこというわけですな・・・。学園一のトラブルメーカーの名は伊達ではない。
とりあえず現場から逃げて先生に保護を求めよう。土井先生胃痛の原因更に増やしてごめんなさい。行動方針を決めると、私はすぅっと息を吸い込んで、ぐっと下腹部に力をこめる。よし、行くか!
「猪名寺、しっかり口閉じてるんだよ!」
「はい!」
とりあえず、なんか言葉にすればするだけ墓穴を掘りそうなので(猪名寺だけでなく私のも)、言わぬが花とばかりに即座に長屋の反対側に飛び降りる。さすがに小脇に一年生抱えて動き回るのは三年のしかも女子の力では結構無理があるので、猪名寺は背負うことにした。首にかじりつくようにしてしがみつく猪名寺を気にかけるようで実はそれどころではない感じで、一目散に教師の長屋へと向かう。
あのおっそろしい鬼が追いつかないうちに、お助けキャラを確保することが、私と猪名寺の生存率を大幅にあげるといっても過言ではない。走りっぱなしで正直横っ腹とか痛いのだが、泣き言など言ってられないので、とにかく走る走る。ヤンデレが追いつく前に、なんとしてでも!
某四年の穴掘り小僧が掘った穴を飛び越えながら、私は全身の神経を尖らせ、奥歯を噛み締めた。