そんな彼女の後日談。



 朝。爽やかな朝の気配と共に戸の隙間から零れ入る朝陽に脳みそが起きなさい、と指令を告げる。その指令に従うかのように意識は覚醒へと動き出し、連動して閉じていた瞼も動き出す。薄い皮膚を震わせてぱちりと目を開けると、規則正しい木の板の繋ぎ目が見えた。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返すこと数秒。目を擦ろうと動かした腕に、違和感を覚える。
 はて、なにやら妙に重たいな。低血圧というほどではないがしかしすぐに回転数を早めることも出来ない一般的な脳みそを持つ私は寝起きで深く物事を考えないまま、動かない右手の方向に何の疑問も浮かべず首をぐるりと巡らす。

「・・・・びしょうじょ?」

 長い睫毛にふわふわの髪。ふっくらぷるるんな唇とすやすやと健やかな寝息。自分のものでもましてや同室者のものでもない寝顔が顔の真横にある。近すぎて吐息がかかりそうだ。思考回路が止まったが、ふと視線を下に下げれば胸に抱きこまれた自分の右腕がある。決してふくよか、とは言えないがそれでも標準並みの大きさを備えたそれに押し付けるようにして抱き込まれた腕に柔らかな感触がふにふにと伝わり、あら嫌だ抱き枕?と首を傾げた。しばらく穏やかな寝顔を見つめて、私は顔の位置を元に戻す。
 再び天井を見上げてから、眉間に皺を寄せた。・・・・・・・・・え、なんだこれ。
 えーと・・・?と考え込みながら、右手は使えない、と判断して眉間の皺を解すために今度は左腕を動かす。が、こちらも何故か動かない。僅かな沈黙のあと、恐る恐る首を左に動かせば、そこにはまたタイプの違った美少女の寝顔。すっと通った鼻筋につやつやふにふにの唇。睫毛の長さこそ隣の美少女に劣るものの、量の多さでは負けていないだろう。黒々と扇方のそれが瞼を縁取り、こちらは標準よりも大きめの胸の谷間に挟む込むようにして左腕を抱いていた。着崩れた寝衣の合わせ目から白い魅惑の谷間が覗き、やっぱりふにふにとした感触が腕を包む。・・・・・・・・・・・・え、なんだこれ。
 私はまた顔を元の位置に戻し、目を閉じた。いち、にぃ、さん。数えて、目を開けて、左右を見る。うん、よし。

「また、か・・・」

 朝から幸先の悪い声で呟き、私は全身から力を抜いた。





、はいあーん」
ちゃん、お茶のお代わりいれるね」

 横から差し出される箸の先の魚の身を口に含んで、咀嚼しながら差し出された湯のみを受け取る。ざわざわと賑やかな朝食の席で、ちょ、どこのキャバクラだみたいな状況の私は四方八方から針の筵状態だ。それが奇異ならばまだしも嫉妬含みとかもう残念でならない。
 けっと荒んだ心境でにこにこ笑顔を振りまく二人をちらりと見て、周囲を目だけで見回して、私はもそりと白米を口に運んだ。・・・美味しいけど美味しくないよぉ。

「先輩、高梨さん・・・私自分で食べれるんで、毎日毎日こんなことしなくていいんですよ・・・?」

 むしろしないで欲しいのだが、二人はきょとんとした顔をしてから、ぽっと頬を染めた。何故。

「嫌だわ、気遣ってくれるの?」
「大丈夫だよ、ちゃん。私たち喜んでやってるんだから」
「いやだから私の言葉の裏を読んでというかやっぱり湾曲して解釈しちゃうんですね・・・」
「ふふ、がちょっとうんざりしてることぐらいわかってるわよ。でもねぇが言ったのよ?私たちはのものだって」
「そうそう。ちゃんのものっていうことは、ちゃんの手足になるってことでしょう?」
「いや別にそんな道具みたいな考えではなくてですね、」

 別に召使いやこの場合メイド?みたいなことしやがれってことじゃなくて、ていうかあの時ブチ切れてたから何言ってたのかよくわかってなくてですね・・・。しかし言ったことは事実なので言葉を濁すと、あー!と高い少年の声が食堂内に響いた。

先輩おはようございます!嵐山先輩と秋帆さんもおはようございます!」
「あー。おはよう、猪名寺。朝から元気ねぇ。羨ましいわ・・・」

 きらきらとこれぞ爽やかな朝に相応しい!とばかりの笑顔に言い知れない嫉妬を覚えつつ力なく口元をゆがめると、猪名寺は前に座ってもいいですか?と問いかけてきた。
 それに両脇の二人が口を開く前にどうぞどうぞと促してついでに居心地悪そうにしている猪名寺の友達の摂津と福富も座るように促した。
 こんなカオスに誘い込んで申し訳ないと思うが、うん。巻き添えになれ。てーか周りで見てくる連中も素直にこうして声かけりゃ相席ぐらいするのに。そしてうまいことこの二人の意識を私から逸らしてくれればいいのに。猪名寺たちが座ると同時に羨望の視線も加わったことに溜息を零しながら、食欲がなくなってきたので卵焼きの残りを福富のお盆においてやった。瞬間、すげぇきらきらした顔で見られた。あれ?

「ありがとうございます!!うわぁい、乱太郎、先輩っていい人だねぇ」
「そうでしょそうでしょ!先輩はとってもかっこよくて強くって優しくって青空が似合う人なんだから!」

 いやそんなすごい人じゃないよ私。てか最後のなんだ。青空?誰にでも似合うだろうそんなもの。たかが卵焼き数切れですでに心許したような気がする福富においおい、と思うも、その後の猪名寺の興奮っぷりにも顔が引き攣る。
 あれーおかしいなー。なんだか猪名寺からも横二人と同じ臭いがするぞー?幸いにもここまでやばそうなものではないが、一歩踏み外すと人生どうなるかわからない。すでに事例が二人も身近にいるので、私は彼らの横で呆れた顔をしている摂津にこそりと声をかけた。

「摂津の」
「・・・なんすか」
「猪名寺がこっち側にこないように見守ってやっておいてね。私もうこの二人で手一杯だから」

 あとあれだけ宣言したにも関わらず鬱陶しい嫉妬やらなんやら向けてくる阿呆共への対策にも苦労してるから、できるだけ猪名寺には可愛い後輩のままでいて欲しいのだ。
 割かし真剣な声音でいうと、摂津は眉を寄せて何時の間にか殺し殺されの関係であったことも忘却の彼方にいったかのように、何故か私談義に花咲かせる3人をちら、と見てからずずず、と味噌汁を啜った。

「先輩が牽制してたほうがいいんじゃいっすか」
「私がやると変な方向に行きかねないから言ってるんだよ。事実すでに変な方向にいっちゃったのが横にいるんでね。友達が大切なら道を間違いそうなときは体張って止めるんだよ」
「銭にならないことはしない主義っす」

 そういって顔を背ける摂津は、しかし友達のためならその主義とて捻じ曲げるのではなかろうか、と思う。とりあえず猪名寺に早く飯食えよ、冷めちまうだろ、と言って注意を促しているところには気遣いが見えたので、多分この子は言われずともちゃんと猪名寺のことを見てくれるだろう。・・・やっぱり周囲の環境なのかなぁ、と甲斐甲斐しく私がもう食べないと見て取ったのか、余ったものをぱくぱくと食べる先輩と高梨さんを眺めて、私ははぁぁ、と溜息を吐いた。

「とりあえず、そこらで鬱陶しい視線向けてくる人たちなんとかしといてくださいね、お二人とも」
「そうだねぇ。ちゃんに馬鹿なことしてくる馬鹿な人たちのことは早急になんとかしないよね。私別にあの人たちのこと好きでもなんでもないのに未練がましく付き纏ってくるの鬱陶しいなって思ってたの」
「ほーんと馬鹿よねぇ。こっちが勝手にを愛しているだけであってにはなーんにも非はないのに嫉妬してる連中とか何様?って感じ。自分たちが好かれて当然とか思ってるのかしらナルシストっていやねぇ。人を簡単にボロ雑巾みたいに使う人間が好かれるわけないじゃない」

 所々過去の所業も混ざってるような毒の吐きように何人かがクリティカルヒットしてるんですけど・・・。とりあえず目の前の後輩3人にこの毒はきついから3人で互いの耳を塞ぐように指示を出して、私は綺麗サッパリ片付いた食器を持って席を立った。

「と、いうことだそうで。嫉妬やらなんやら、隠していても結構バレてるのでもう少し冷静に大人になってくださいね、先輩方」

 特に5、6年生。あと一年か二年で卒業して社会に出るんだから、こんなところで教師の評価下げてるんじゃないよ。ついでにいうと、いくらかの忍たまとあとくの一の大半からあんたら結構な評価貰ってるんですからね。
 それが決していい意味での評価などではないと、目を見開く彼らにはきっとわかったことであろうけれど。食器を片付け、食堂を出るとすぐ後ろに彼女らが付き従う。あぁ。

「いつか絆されそうで怖い・・・」

 ていうかそれが狙いか?!もしや!ぞぞぉ、とよもやの未来を憂いて、両肩を抱く。
 せめて健全であるために、猪名寺はキープしてたほうがいいのかしら・・・?割かし真面目に考えた、それは平穏とは言えずとも、少なくとも平和ではなかろうか?と首を傾げる程度には平和な日常になりつつある、授業の鐘がなるすこぉし前のことだった。