02: 俺ならお前を泣かせたりなんかしない



「なんですの次兄様。ここはわたくしの室であってあなた様の私室ではありませんのよ」

 一々落ち込む度に室に侵入すんのやめてくんねぇ?稽古用の舞扇を適当に机上に放り投げ、人様の寝台の上でイルカの抱き枕(手作り。綿をこれでもかと集めて抱き心地抜群だ)を抱きしめて横になっているとりあえず異母兄に溜息を零す。性質の悪いことに拗ねているみたいにイルカの抱き枕にしがみついてる姿は可愛いんだがどうしよう。
 性格があれだが容姿はまだ可愛いからなぁこいつ。これででかくなったらとりあえず室に出入り禁止だよな。(しかしやっても何時の間にか侵入してそうなのはどういうことだ)
 色々着重ねている着物を脱いで楽な格好になりながら、ごろりと寝返りを打ってこちらを向いた次兄の視線に片眉を跳ねた。

。その口調は不気味だよ」
「よーしテメェ歯ぁ食いしばれ」

 人が頑張って身につけた口調を不気味とはなんだ不気味とは。自分でもちょっとそう思ってるが、他人に指摘されることほど癪に障るもんはねぇ。ぐ、と拳を握って青筋立てると、次兄はイルカの抱き枕に顔の半分を埋めながら肩をすくめた。

の拳は痛いから嫌だな。しかも平手じゃなくて本当に拳で殴るんだから
「はん。男は拳で殴ってなんぼだろうが」
「どうやったらこんなに男らしい女の子になるのかな不思議だよ。お嫁の貰い手がないよ?あげないけど」
「はん。上等だ。こっちも嫁ぐつもりはさらさらねぇよおぞましい」

 貰うなら喜んでしてやるけどな。誰が嫁ぐか俺は男だご免被る。考えただけで鳥肌の立った腕を擦りながら吐き捨てると、次兄はにっこりと笑ってそれがだよね、などとほざく。よくわからないが褒められた気がしないのはなんでた。まあいいが別に。それよか。

「・・・で。また何言われた?馬鹿兄」
「・・・・はね、そういう部分が少し困るな」

 言いながら本当に困ったように眉を下げて、ばふ、と抱き枕に頬を押しつける。
 ていうかいい加減それ返せ。可愛いけどもんのすごく可愛くて見た目いいけど、それは俺のお気に入りだ!俺の苦労の結晶だ!大変だったんだぞイルカ型の抱き枕。
 まず綿集めるのだけでも大変だったんだぞ。藍家の力がなかったらまじ無理だったっつの。ややデフォルメされたイルカの抱き枕は俺のお気に入りだが、同様に三つ子のお気に入りでもあった。なにせ中身が全部綿。柔らかくふかふかして抱きしめるのに丁度良い抱き枕は奴らにも人気だった。でもあげない。(俺の苦労をやすやすとやってなるものか)
 寝台によっこいせ、と上がりながら抱き枕を分捕ろうとするが、ひし、としっかりと腕に抱き込む次兄に眉間に皺を寄せた。・・・・・・・・・・こんの野郎。

「妹のもん取るな馬鹿兄が」
「これ抱き心地がいいんだよねぇ。ねぇ私達の分も作ってよ」
「面倒だな・・・イルカでいいのか?」
「うん。とお揃いなんて、嬉しいな」
「よしわかったお前等猫な猫」

 お揃いとか寒いこと抜かすな。盛大に顔を歪めながら、溜息を零して同じイルカの抱き枕に顎を乗せる。ふかっとした感触が気持ちいい。彩雲国じゃまずない感触だ。
 至近距離の次兄の顔をじっくりとっくり眺めつつ(将来は美形確定だ。でも可愛くなくなりそうだから不満)まだまだ柔らかい頬をつねった。

「いひゃい」
「おぅ。何があったか聞く気もねぇけどなー。落ち込むだけ落ち込んだらさっさと出ていけよ。・・・あんま、ここにいちゃまずいだろ」

 直系がいるには、ちとここは不相応だ。別に俺は気にしないが周りがうるさいのと、ついでにこいつ等にまた何か言われるのはいい気がしない。言えば、けれど相手はそれこそが不愉快だとでもいうように眉を顰めた。一瞬、どこか冷たい双眸で吐き捨てる。

「他の人間なんて気にする必要はないよ。は私達の妹なのだから」
「はぁん?」
「自慢の妹だよ。他の弟妹兄姉に興味はないけど。、私達の可愛い可愛い妹。今頃は雪達もこっちにきてるんじゃないかな?」
「・・・ってことは、結局全員集合かよ・・・めんどくせー」

 ここは避難所でも駆け込み寺でもねぇんだぞ。てか可愛い妹って。・・・痒くなるなそーいうの。つかキモイ?がしがしと乱暴に頭を掻いて、まだ髪に刺したままの飾りをていや、と乱暴に抜いた。括っている髪も一旦解いてばさりと背中に落とす。長くなったもんだと思えば、その髪をするりと手に取られた。ちろりと横目に視線を落とす。

のところにくるとねぇ、気楽なんだよ」
「だから入り浸るってか。迷惑な話だな」

 髪を弄らせたまま適当な相槌を打つと、つんっと髪を引っ張られて鬱陶しげに睨む。
 次兄はにっこりと笑いながら、体を起こして圧し掛かってきた。重い、と呟けば柔らかい、と返される。やめろ変態。

も抱き心地がいいよね」
「うわぁやめろ離れろ気持ち悪い。見ろ鳥肌が立ったじゃねぇか!!」
「ぎゅー」
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!離れろこの馬鹿変態いぃぃぃ!!!」

 女の子ならば大歓迎だがお前男だろうが!!可愛くても遠慮するぞっていうかお前等性格が悪いから嫌なんだこんちくしょーーー!!

「ねえ
「アン?」
「もしも、私が今ここで泣いたらどうする?」

 ギリギリと離れようとお互いに奮戦しながら、かけられた問いに一拍間を置いて、

「必要があるなら泣かせるが、ないなら絶対泣かせない・・・泣かせないようにするに決まってるだろ」

 泣く事が必要なときだってある。けれど、自分のせいで泣くのだとしたら、絶対に泣かせたりなどしない。ていうかいい加減離れろ。うんざりと半眼になれば、くつくつと喉奥を震わせ、次兄は一層腕に力をこめた。うぉ、苦しい。

「うん。ならきっと私達を泣かせはしないね」
「つか、まじ、放せ馬鹿・・・冗談じゃなく苦しいって・・・!」
「でもね。私達もを泣かせはしないからね・・・愛しい私達の妹」

 苦しいつってんだろうがせめて力緩めろこの馬鹿!不本意ながらこの体、ちゃんと深窓の令嬢チックなんだよちくしょう。体鍛えねぇと・・・!!切実に思いつつ、すでに武術を習い始めてる兄の力は、子供とはいえ中々きついものがあるということを自覚した瞬間だった。
 笑ってないでさっさと離れろこの糞馬鹿兄め!!その後ヤッパリ同じようにやってきやがった残り二人に同じように抱き潰されかけた苦い経験があったりするわけだが、最高の人生の汚点だ!!