05: 一度しか言わない。てか、言えない
弱々しく握られた袖。指先で抓むだけの、弱い力は簡単に振り解ける。軽く、手を振ればいい。そうすればその指先は簡単に離れていくだろう。そして何事もなかったかのように、終わるのだ。なのにどうして立ち止まった。どうして気づいた。
弱々しい力。振り解くことをよしとした、か弱き引き止めに。気づき、足を止めて、振りかえってしまったのは、間違いなく己の落ち度だ。
後悔したところでもう遅い。気づかなければよかった。そうすればお互い、なにも、ないままで・・・己の中だけに仕舞えたのに。引き止める指先。見詰め合う渋面。紡がれる―――無意味な。
「行くな」
蚊の泣くような声で。けれどはっきりと耳に届いた言葉に、僅かに眉を潜めて、ゆっくりと袖を握る指先を振り解いた。苦もなく外れた指先はだらんと体の横で揺れ、注がれる視線に笑みを浮かべる。
「無茶言うなって。行かなきゃ大っっっ好きなおにーさまが戻ってこねぇぞ?」
「・・・お前もここに残ればいい。兄上は必ず取り戻す」
「そりゃ無理だ。わかってんだろ?大体、うちの馬鹿兄達は執念深いからな。取捨択一だ」
どちらもなんて、無理なのだ。これで俺の身がもっと自由の身なのならば考えようも合ったが、そうもいかない。わかってるくせに、傷つくような我侭を言わせてしまったのに、ちょっと罪悪感が湧いた。微笑めば、ガキは顔を顰めて視線を逸らす。ぎゅっと握られた拳を、取る事はない。ただ一歩、確実な線を引く。でなければ、成り立たない世界なのだ、ここは。
「俺の居場所と、お前の居場所は違うんだ黎深」
「・・・わかっている」
「あぁ、だよな。お前頭いいもんな。・・・ごめんな。言わせちまって」
「うるさい」
「その憎まれ口もしばらく聞けなくなるなぁ。また聞くことがあったら、もう少し歯に衣着せておけよ」
「減らず口はお前もだろうが、。・・・せいぜいあの鬼畜共の手綱を握っておくんだな!」
ふん、と鼻を鳴らして、あげた扇子を広げた黎深はそれで口元を隠す。存外気に入っていたみたいだ。今の今まで持っている素振りすら見せなかったくせに。
そう思いながら、くすりと笑ってわしわしと髪を掻き混ぜた。止めろ!!と怒鳴られたがあえて無視して、ぐちゃぐちゃに髪を乱してやった。
「貴様!覚悟しとけこの馬鹿女!!」
「あーっはっはっはっ!俺をどうにかしてぇんなら三つ子をどうにかしてからだなブラコンが!」
べしっと結構遠慮なく手を叩き落とされてかなり痛かったが、叩かれた部分を撫でながら高笑いをしてやる。
「おーっほっほっほっ」でないだけマシだろう。てかそんな笑い方できるか!そうやって、二人して罵り合いながら、なかったことにする。笑って、小突き合って、喧嘩にも満たないじゃれ合いを繰り返して。繰り返して繰り返して。
お互い、忘れたふりをするのが、約束事なのだ。