10: 30年後の未来で待ってる
「あなたを一目見たその時からその御姿を忘れることができません。今も尚この胸は張り裂けてしまいそうです――――さっさと胸でも腹でも裂ければいいのに」
甘く低い声でハッ!と馬鹿にしたように笑って長兄は手紙を折り紙に変える。
ビリビリと正方形に几帳面に切ると丁寧に三角形を作っていく。妹に教えて貰ったとおりに几帳面に折り目をつけて、丁寧に折っていくとあっという間に鶴が出来あがった。文字の部分がなんとなく呪われていそうだ。
「あなたの声はまるで小鳥の囀りのように美しい。その声で私の名前を呼んでいただければそれこそが天にも昇る心地だと――――そのまま召されてしまえば手間も省けるのに」
しなやかな柳眉を潜めて、次兄は紙を裏返しにするとたっぷりと墨を含ませた筆でその裏に落書きを始める。一人目を描き始めたところで同じ顔を続けるのは面倒だ、と思いなおして塗り潰して描きなおす。やたらとデフォルメされた妹と弟達がニコニコ笑顔を向けていた。さりげなく上手い。
「あなたの指先で奏でられる音は一体どれほど至上の音色なのでしょうか。是非とも私も笛と共に一曲を共にしたいと願っております――――龍蓮をこいつの家に押しかけさせよう」
にっこりと悪辣に笑って三兄が嬉々として新しい紙を取り出して筆を滑らせる。さらさらと流暢に綴られる返答は果たしてどんな地獄へのプレリュードなのか。
やたらと綺麗に、しかも芸も細かく女らしい柔らかなタッチで書き綴られる文字は本人が書いたとは思われなくても代筆の侍女辺りだと思われるだろう。実は藍家当主直筆。結構レアである。
「毎度毎度馬鹿だなぁ、こいつ等も」
「馬鹿というか紙の無駄だろう。資源の無駄だ。全く、勿体無い」
「なあお前達、龍蓮は今どの辺りにいるんだったかな?」
「白州辺りにいるんじゃなかったかな。この前に茅炎白酒が送られていたから」
「なにっ?全く龍蓮め、私達にはお土産なんて一つも寄越さないくせに」
「には定期的に送ってるんだよねぇ。人面石とか極彩色の羽根とか」
会話しながらも部屋に山と積まれている手紙――いわゆる縁談話、あるいは恋文と呼ばれるものを片っ端から鼻で笑い一刀の元に切り捨てて破り捨てていく。本人が読むどころか手に届くこともなく、時折えげつない報復なども交えて三つ子は嬉々として縁談を握りつぶしていく。まさしく握りつぶすのだ。そこに罪悪感などは一切ない。むしろ楽しんでいる。面白がっている―――笑顔の裏ではテメェ等ごときにをやるかよ身の程知らずめ、地獄に落ちろ―――と思っているかはさておき、とりあえず満面の笑顔だった。
長兄は鶴から二作目の紙ヒコーキ・・・飛行機とはなんぞや?と思いつつも妹は紙ヒコーキは紙ヒコーキだと譲らなかったので紙ヒコーキを手首のスナップを利かせて飛ばす。つい、と飛距離を伸ばして水平に飛んでいく紙ヒコーキの先端がこつん、と扉に当たって落ちた。
先は折れ曲がったかなぁ、と思っているとギィ、と扉が開く。三つ子は振り向くと今度は嘘偽りなく満面の笑みで扉を開けた人物を迎え入れた。
「やあ」
「どうしたんだい可愛い妹よ」
「珍しいね本邸にくるなんて」
「あー、まぁな。・・・てかなんだこの紙の山?」
「あぁただのゴミだよゴミ」
「そうそうただの資源の無駄の塊だよ」
「すぐに捨てるから問題はないよ」
「・・そーか?」
にしても多過ぎだろこれ、とぼやきながらも大して興味もないのか、はざっかざかと淑女にあるまじき大股の足さばきで三つ子の前まで来ると長い髪を揺らして立ち止まる。
見下ろす妹、見上げる兄。同じ顔が三つも並んで人形みてぇ、と思いながらが小首を傾げる。
「ちょっとしばらく紫州に行ってもいいか?」
「んー、どうして?」
「・・・・・・・・まあ、ちょっと」
「おやおや?理由を言ってくれないと許可できないよ、」
「あぁ、まあ、なんだ。あれだよあれ」
「あれってなんだい?」
「だからあれはあれ・・・あー、・・・れーしんが紫州に遊びにこないかーって」
罰が悪そうに顔を歪めながらおずおずと切り出した妹に、三つ子の笑みが深まる。
あぁ、と思わずは肩を落とした。
「残念だね。たった今わかったことなんだけどしばらく碧州の方へ視察に行ってもらわないといけなくなったんだ」
「・・・たった今、か」
「そうたった今。あぁ安心するんだよ。勿論君を一人でなんて行かせやしないから」
「いや別に心配もしてねぇ、っつかそれ俺が行くのは決定事項なのか・・・?」
「当主命令。・・・お願いできるよね、」
こてん、と手を組んで小首を傾げて上目遣い。整った顔だからこそまだ許せるが、大の男がやっても全然ちっとも可愛くない。ひくりとの片頬が引き攣り、伸ばされた指先が三兄の頬に伸ばされた。むんず掴んで引っ張ってみる。
「か・わ・い・く・ね・ぇ!!」
「いひゃいよ」
「うるせぇ!そういう動作は小さい子供か女がやってこそ有り難味があるんだよ!!テメェがやっても全然全くこれっっぽっちも可愛くない!!可愛くない動作なんか認めるかこの愚兄その三!!」
「相変わらずだねぇ。まあとりあえずそういうわけだから」
「紫州に行くのは諦めてね。ちゃんと黎深には断りの返事は出しておくから心配せずに行っておいで」
「・・・・・・・・おいそれは遠まわしに黎深に喧嘩売るつもりなのか」
引っ張っていた三兄の頬を開放して、胡乱気な目でねめつけるに、三人の兄達はうふ、と小首を同時に傾げる。いやだから可愛くねぇんだよお前等。
苛、との眉間に皺が寄ったがどこ吹く風。異口同音に、三つ子は告げた。
「「「いやそんなまさか」」」
「・・・・・・・・・・・・せめて手紙だけは俺に書かせろ。それぐらい譲歩しやがれ」
あぁ、黎深にどれだけ嫌味を言われることだろう。そう思うとうんざりもするが、貴陽が灰塵と帰しても困る。頭痛のする米神を押えながら、溜息を零した。明らかに、いや本人達にその気が本当になかったとしても、とりあえず根本的に反りの合わない紅藍当主達である。
どう転がっても平穏さは求められそうもないのは長年の付き合いだ。楸瑛達よりもよぉっくわかっている。回避するに越したことはない、とは項垂れながら、踵を返した。
その時不意に山積みの手紙が視界に入ったが、そういえばどんな内容なのだろう、と思わず手を伸ばした先で、長兄の声が割って入る。ピタリ、と指先を止めて振り向けば、長兄は穏やかな眼差しを細めた。
「ねぇ、」
「アン?」
「はずーっと、私達の傍にいてくれるよね?」
ふざけた調子なのに、瞳だって面白そうに歪んでいるのに。確認するような問いかけに、一瞬逡巡し、は手紙に伸ばした手を引っ込めると、ひょい、と肩を竦めた。
「さぁな。確約なんかできねぇよ」
「つれないねぇ」
「うっせ。・・・ま、まだしばらくはここにいるだろうけどな」
次兄が拗ねたように唇を尖らせると、がいい年して、とぼやきながら僅かに口角を持ち上げる。一見して皮肉気な笑みで、さらりと長い黒髪を揺らした。
「その手紙、さっさと燃やせよ」
「あぁ、わかったよ。じゃあね、」
「おぅ」
ひらり、と片手を振って室から出ていったに、くつりと喉奥を震わせる。
「さて、じゃあ我等のお姫様の望み通りに、これ全部燃やしてしまおうか」
「ただ燃やすだけでは勿体無いよ。焼き芋にでもしよう」
「それはいい。も好きだから、折角だし外でお茶と行こうか」
カタリ、と立ちあがり、家人に手紙の運搬と、芋の用意を言いつけながら、三つ子は嬉々として部屋から出ていく。まだ屋敷内から出てもいないだろう妹を追いかけて。足取りも軽やかに、三人の規則正しい靴音が廊下に響き渡った。