藍の華
彼女に似合うのは、気高く深い、藍にも届くほどの青の色彩。
足元に近づくにつれ淡く色彩を変え、あまり目立たないが、けれど緻密な銀糸の芙蓉が咲き誇る。鴉の濡れ羽色の髪を飾る真珠は藍州産の淡水真珠。
無論最高級である大粒の人魚の涙は、淡くまろやかな虹色と共に、濡れ羽色の髪にほどよく品を与え、映えさせた。目尻と頬に差した薔薇色、唇に吐かれた艶やかな紅がぷっくりとした唇に花を与え、くっと弧を描いた瞬間にまた色味を変える。女性にしては切れ長の眼差しは、どことなく楸瑛に似ていた。久方ぶりに会った姉に、楸瑛の相好が穏やかに崩れる。そこに藍楸瑛という官吏も男もおらず、弟としての顔が覗く。
「姉上」
「久しぶりだな、楸瑛。元気にしてたか?」
「はい。姉上もお元気そうで何よりです。藍州から急に呼びたててしまい、申し訳ありませんでした。こちらでなんとかできればよかったのですが・・・龍蓮が相手では」
「まあ、しょうがないだろ。お前と龍蓮、相性としてはあんまりよくないからな。全く、あれほど人様に迷惑かけるなっつったのに」
それで姫かよ、という容姿を裏切る荒荒しい口調も、慣れたものなのか楸瑛は対して気にもせず目の前の姉にただ申し訳なさそうに眉を下げて頭一つ分は小さい姉の旋毛を見下ろした。
がしがしと乱暴に、けれど結っている髪には気を付けながら頭を掻いたは、ふん、と軽く鼻を鳴らしてからぷっくりとした唇をクッと吊り上げ、問答無用に男らしい笑みを浮かべた。
その瞬間あぁ姉上だと、楸瑛もつられて笑みを浮かべる。
「折角会えたんだ、ゆっくりと話したいところだが・・・事は急ぐんだろう?」
「はい・・・私も、折角会えたのですから姉上とお話がしたいのですが・・・事が事ですから。というよりも折角久方ぶりにお会いできたというのに、その理由が龍蓮関係などと・・・」
「拗ねんな拗ねんな。つーかお前がこっちに戻ってくりゃいい話だろうが。だーれがわざわざ朝廷に残ったんだっけ?」
「・・・姉上・・・」
にやりとからかうように笑ったに、楸瑛は一瞬言葉につまり、なんともいえない複雑な顔で困ったように姉の名前を呼ぶ。けれど知っている。決して、彼女は楸瑛が藍家に戻らなかった事を怒っているわけではない。
むしろこの姉はそんなことに興味はなく、むしろ楸瑛が一度、王に見切りをつけた藍家の要請を突っぱねた時も、思うままに苦労してみろ、と背中を押してくれたのだ。渋い顔をする兄達を説得するのも手伝ってくれた。彼女曰く、「若いんだから取り返しがつく内にやらせとけよ。その内できなくなるんだから」ということらしい。
つまり、若い頃の苦労は買ってでもしろと。微妙な楸瑛の表情に、ぷっと吹き出しながらカラカラとは声をあげた。
「んな情けない顔すんなよ楸瑛。いいじゃねぇか。今のところ後悔はしてねぇんだろ?」
「それは勿論」
「ならいい。今後はどうなるかしらねぇが、とりあえずは今が一番だ。俺も折角紫州にきたし、しばらく滞在するつもりだからな。話そうと思えばいつでもできる」
「姉上」
「行くぞ、楸瑛。朝廷を救うヒーローのお出ましだ」
いいながら青の衣を翻し背中を向ける姿は、小柄で自分よりも小さな女性のはずなのに、これ以上なく頼もしく見えるのは何故なのか。
小柄な姉が誰よりも男らしく思える、と常日頃幼い頃から思っていた楸瑛は、しばらく会ってはおらずとも変わりない姉の姿に頬を緩め、はい、と頷いた。